7.凛の能力
「うーん……」
腕を組み、綾乃の言葉をじっくりと考えていたが、凛は結局「やろう!」と乗り気には慣れなかった。
「殺す、じゃないと駄目なのか? 泣くまでぶん殴るとか、土下座させるとかさ」
「はあ……子供の喧嘩じゃないのよ。第一、私が受けた屈辱をその程度のものだなんて思われるのは心外だわ」
「いや、待て。待ってくれ」
右手を出して綾乃の言葉を止め、その手で頭を掻いた凛は首を捻っていた。
「綾乃が怒ってんのは重々承知のうえだけどよ……殺しちまったら、今度はお前の方が狙われるし、何よりも……」
「でも、私が殺さないと」
凛の言葉を遮る反論を綾乃が口にした瞬間だった。
道場の大きな窓を打ち破る勢いで風丸が転がり込み、ガラスをまき散らしながら道場の床に叩きつけられた。
「ぐあっ!」
「風丸!?」
「敵襲である! お二方、気を付け……うっ!」
破れた窓からいくつもの弾丸が雨のように降り注ぎ、風丸は身を躱そうとする。だが、いくつかの弾丸を受けてしまったようで、弾かれたように道場の壁を突き破って反対側へと消えてしまった。
「風丸! 大丈夫か? 返事をしろよ!」
「銃撃? まさか……」
いくら隔離特区でも、日本国内のこと。そうそう銃が手に入るはずがないと綾乃は混乱するが、その間にも敵は道場内へ入って来た。
「ロボット……?」
「失礼ね。これはアーマーよ。あたしだけしか使えないけれど」
目を丸くする二人の前で、電子音を響かせた相手は、角ばった装甲で背面に取り付けられたブースターを噴射しながら着陸した。
建物を揺らしながら床を踏みしめた相手は、人型のロボットそのままの姿だったが、顔を覆っていたフェイスガードが開くと、確かに少女の顔が露わになった。
「子供?!」
「失礼ね! あたしこれでも十二歳だから!」
「小学生じゃねェか。充分ちいせぇよ。だからって、風丸を吹っ飛ばしてくれた礼はしないとなぁ?」
アーマーのせいで手足の長さが延長されているのだろう。白を基調に青と赤のラインが入った機械鎧とでもいうべき装甲は見るからに頑丈で、手には先ほどの攻撃に使用したらしいライフルが握られていた。
肌を露出している部分は一切無く、フェイスガードが開いていなければ人が入っているようには見えない。
「お礼なんていらないわよ?」
「言葉通りの意味にとってんじゃねぇよ……」
呆れた、と凛が肩を落とす横から、綾乃が飛び出して日本刀を振るった。
「炎よ踊れ!」
「ひゃあっ!?」
メカスーツ少女の動きは鈍重で、綾乃の素早い攻撃に悲鳴を上げながらフェイスガードを閉ざしただけだった。
炎は霧散し、刀はスーツの肩部分に弾かれてしまった。反動で思わずのけぞった綾乃に向けてライフルの銃口が動く。
「おっと、させねぇよ!」
遅れて接近した凛の蹴りが銃口の向きを変え、退避した綾乃とは全く別の方向へと数発の銃弾が発射された。
激しい音を立てて道場の床はめくれ上がってしまう。
「ちょっと! びっくりするじゃない!」
「びっくりしたのはこっちだ! なんだよそのロボットスーツは!」
ふふん、とメカスーツ少女は腰に手を当てて胸を張る。
「これはあたしの能力で具現化したものなのよ! どんな攻撃も効かない装甲に弾数無制限のビーム弾使用ライフル! そして何より!」
自慢げに叫んだメカスーツ少女の背中で、バックパックが唸りを上げる。
「この高速飛行能力! さあ、怯えなさい!」
ドバン、と天井を打ち破って上空へと消えたかと思うと、直後にはライフルの弾丸が次々に撃ちこまれる。
「ちょっと、どうするのよ、これ!」
「どうするったってよ……おおっと!?」
右往左往しながら躱していく二人は、再び道場の天井近くまで降下して来たメカスーツ少女を見上げた。
「どうかしら? 降伏してあたしについてくるなら、殺さないであげる」
「どういうつもり?」
「あたしはシンのお願いでここに来ているのよ。あんたたちを連れて来てくれって言われて。でも、生きたままかは指定がなかったわ。つまりそういうことよね」
「シンの……」
先ほどまで話していたグループからの刺客と聞いて、凛はすぐ近くで身構えている綾乃へと視線を向けた。
彼女は同じように上を見上げながら、忌々しげに顔を歪め、歯を食いしばっている。彼女が持つシンへの憎悪は、あのメカスーツ少女にも向けられているのだろう。
刃と炎は今一つ通じなかったが、それでも綾乃はこの少女を“殺そう”とするだろう。
「綾乃。風丸を見に行ってくれ」
「何言っているの」
「いいから。こいつのあいてはオレに任せてくれ」
「ちょっと! あいつは……」
「いいから!」
真剣な目をして叫ぶ凛に、綾乃はしばらく戸惑っていたようだが、凛の「オレじゃあ応急処置もできない」という言葉に、渋々従うことにしたようだ。
「……気を付けなさいよ」
「わかってる。まかせとけ」
「そう簡単に思い通りに……えつ?」
上空という確実に有利な場所にいたはずの少女は、外に向けて綾乃が駆けだしたのを追うようにライフルを向けた直後、自分の目の前に凛の姿が現れたのを見て、一瞬呆気にとられた。
「なんで……」
「レバーを一度下に入れれば大ジャンプ! 常識だろ?」
「そんな常識、あるわけ……きゃあっ!」
大きく振り上げられた踵落しが少女を襲うと、凛のブーツとスーツがぶつかり合い、頭を揺らすような金属音が響いた。
鉄板を仕込んだブーツだったことで、凛にダメージは無かったが、お互いに振動で頭を揺らされる。
「うごごご……」
「ど、どんなブーツ履いてるのよ! ああ、もう!」
左手で凛を叩き落とし、そのまま落下してライフルの銃床で床に落ちた相手へと突撃する。
が、床に落ちたと同時に凛は後転してそれを避けた。
根太までまとめて破壊され、完全に陥没した床から、再びメカスーツ少女がゆっくりと飛び上がって姿を見せた。
「しぶといわね!」
ライフルを乱射する少女に対し、凛は両前腕をぴたりと閉じた格好で腰を落として身構えた。
「馬鹿な真似を……」
そこに容赦なく弾丸を浴びせながら、少女はフェイスガードの中で呆れたように呟く。
彼女が使っているもの全て。銃弾だけでなく装甲やライフルに至るまで、全て能力によって具現化されたものだ。
綾乃の刀と同じようなものだが、イメージで炎を生み出せる綾乃と違い、彼女が生み出したものはボタンなどでの操作が必要になる。
「この銃弾は原作でも雑魚ロボットを蹴散らした威力があるのよ! 生身の人間じゃ粉々に……あれ?」
違和感を覚えた少女が引き金にかけた指を緩めた。
先ほどから弾丸を受け続けている筈の相手が、ピクリとも動かないのだ。
「ちょっと、上半身が吹き飛んだとか、あんまりグロイのは嫌よ?」
「残念だったなぁ。オレは無傷だよ。すこーし痛かったけどな」
「うえっ!? あんた、人間じゃないんじゃない?」
「失礼な奴だな。まあいい。その辺の話はたらふくぶん殴ってからゆっくり聞かせてやるからよ。歯ぁ食いしばれや!」
両腕で完全に弾丸を受け切った凛が吼え、同時に殴りかかる。
それでも少女は慌てない。
どういう理屈で銃弾を耐えたかは不明だが、生身の人間がいくら殴ろうと、装甲を通してダメージを与えるなど不可能なはずだから。
「そうりゃ!」
「……は?」
思わず声を洩らした少女。
それは不思議な光景に見えた。掛け声とともに振り上げられた、大振りにも程がある凛のアッパーカット。
装甲によって弾き返されるはずの拳は少女の腹を捉え、そのまま道場の天井近くまで跳ね上げられてしまったのだ。
「ちょ……」
何が起きたかわからないまま、慌ててバックパックの飛行ブースターを起動させようとする。だが、凛の追撃の方が速かった。
「オレの拳は格ゲーの攻撃! 格ゲーのキャラクターが、硬い相手を殴って痛がるわけないだろ!」
無茶苦茶だ、と少女は反論しようとするが、焦ってブースターのスイッチを探す左手が滑ってしまう。
「それに、どんだけ巨漢でも決まった技が決まれば“浮く”! そして空中で追撃コンボは基本中の基本!」
「ま、待って!」
悲鳴のような声が電子音となって響くが、凛の拳は止まらなかった。
垂直ジャンプ弱パンチから始まったコンボは、途中で空中技キャンセルを挟むことで十七コンボまで繋がる。
ガンガン打撃を与えられ、少女は衝撃を受けてスーツの中で吐き戻さんばかりに上下左右に翻弄された。
「や、やばい。こいつの能力、相手にまで影響する……シンと同じタイプの能力者だ!」
声になるからならないかの言葉。
本来は能力者自身を強化したり、便利な道具を生み出すのが能力の限界だが、時に能力者の力が相手にまで影響を与える場合がある。
今のように、通常では考えられない挙動を“強制的にさせられる”ことなどだ。
「こいつ、ゲームの能力者じゃない。ゲームの世界に相手を引き込む能力者だ……」
「おりゃあ!」
コンボの最後、空中で前転しながらの踵落としが決まると、メカスーツ少女はゆっくりと落下していった。




