4.能力者との攻防
「くっそ……この蛇女が……」
「おやおやぁ。まだ頑張る? 悪口言われたぁくらいで怒ったりもしないよぉ?」
無駄だけど、とパーカー女は再び腕の先を草むらに隠した。
立ち上がった凛は拳を構えてはみるものの、相手の腕がどのあたりにあるのか、予測もできない。
耳を澄ませてもわずかに草が擦れ合う音があちこちから聞こえるだけで、殴られた影響がじんじんと響く頭では、正確な位置を探ることはできなかった。
「ぼぉっとしている暇はないけど?」
「……ちぃっ!」
足元から伸びて来た攻撃にはどうにか反応できた。
息を吐きながら鋭いジャブを放って拳を叩きつけて止めたが、それが精一杯だ。
「腕は二本あるのよぉ?」
「ぐえっ!?」
反撃のために突き出した左手の陰から、敵のもう一本の腕が伸び、わき腹を強かに叩いた。
「あらあらぁ……」
げえげえと唾を吐いて膝を突いた凛を見て、女はケラケラと笑った。
両腕を短くして袖の中に収納した女は、首を左右にかくんかくんと倒して「んん~?」と馬鹿にするように唸っている。
「できそこないのできそこないってところぉかな? 腕一本はどうにか止めても……」
弾むような笑い声を絡めた言葉が、途中で止まった。
凛がいる真正面以外から、何かが来る音が聞こえたからだ。
「炎よ踊れ!」
「まぁだ生きてたのぉ?」
体当たりさながらに肉薄した綾乃が振るう炎の刀は、するりと滑るように避けた女には届かなかった。
だが、僅かにパーカーの肩口を焦がしている。
「ああ、もぉ。これ配給所で二人も殺してやっとぉ手に入れたぁお気に入りなのに」
「そんな余裕を言っていられるのは、ここまでよ。あなたの腕は怖いけれど、私の能力とは相性が悪いでしょう?」
ダメージはあまり残っていないようで、足元はしっかりしている。
腰を落として八相に構えた刀に纏わせた炎は、綾乃の怒りを表すかのように燃え上がっている。
「そぉね。ちょっちキツイかなぁ」
綾乃が言う通りだ、とパーカー女は認めた。
腕が伸び、力も強いとはいえ生身であることには変わりない。燃え上がる刃物で斬られれば直接ダメージになるのだ。
遠距離から攻撃できると同時に、自分の身体も相手に近づく。凛の様な一般人程度の攻撃ならまだしも、能力者の刀となると不利は否めない。
それでも、パーカー女は笑っていた。
「あたしにはキツイ相手だから、ちょっとぉ助けを借りるわぁ」
「助け? ……うっ!?」
右腕と右足に突然痛みを感じ、反射的に綾乃はその場を離れたが、立て続けに痛みは続いた。
「な、何が……針?」
痛みを感じた場所に目を向けると、裁縫に使うような針が何本も手足に突き立っていた。
毒の可能性を考えて慌てて引き抜くが、すぐに次の攻撃が来る。
「あうっ!」
一本の針が綾乃の左目に突き刺さる。
辛うじて目を閉じたのが間に合ったために深くは刺さらず大きなダメージにはなっていないが、引き抜いても痛みでまともに視界を確保できないことには変わりがない。
「あらぁ。結構大変なぁことになってるね」
笑いながらパーカー女が再び腕を伸ばし、今度は真正面から思い切り綾乃の顔面を殴り飛ばした。
声も上げずに仰向けに倒れた綾乃が刀を手放すと、刀は掻き消える。
「あぁ、そんなぁ風に消えちゃうんだ」
初めて見た、と感心しながら近づいたパーカー女は、綾乃の服が乱れ、スカートが捲り上がって足が露わになっているのを見た。
それをあざ笑おうかとした直後、その太ももに見覚えのある“印”を見つけ、大きな笑い声を上げる。
「あっはははぁ! その入れ墨見たことぉあるよぉ! あんたぁ、シンのグループに飼われてたの。綺麗な顔して傷物だったんだぁ」
「う……」
何の話をしているのか気付いた綾乃は、身体を起こすより先にスカートの裾を引き下ろし、入れ墨を隠していた包帯をきつく縛りなおした。
「そんなに必死に隠さなくても、どうせここで死……あぁん?」
パーカー女が気付いた。
「ふぅ、ふぅううう……」
凛が、立ち上がっていた。
「まぁだやる気? できそこないのくせに!」
さっさと死ね、とばかりに両の拳が凛に迫る。
蛇のようにうねる腕は、凛の左右から顎とわき腹を狙って複雑な軌道を描きながら、鞭のようにしなやかに奔った。
「思い出した」
「ふえっ?」
何かを呟いた凛は、わき腹に迫った拳を手刀で叩き落し、顎に伸びて来た腕は顔をわずかに引くことで華麗に避けた。
「痛ぁ! な、なんで……」
「凛、あなた……」
「思い出した。特撮とかヒーローショーとか言ったけど、あれが一番熱くなった記憶じゃない。もっと熱中して、めっちゃ楽しかった思い出がある」
グローブをきっちりと着けなおし、凛はすっきりした表情で立つ。
そして、楽に開いた左手を前に突き出し、ぎりぎりと握りしめた右の拳を胸の前に置く、独特の構えを取った。
「あのヒーローのゲームがあったんだ。親父に買ってもらったそれを、お袋に怒られるまで毎日毎日やってた」
あまり人気があるゲームでは無かったし、攻略本の存在も知らず、インターネットで攻略法を調べるという文化も無かった凛は、子供向けにしては難易度が高いそのゲームを、ひたすらやり続けた。
「大好きな主人公も使って、他のキャラクターもやり込んでやり込んで、そりゃもう指が擦り切れてもやってた。バカみたいだけど、オレには楽しいゲームだったんだ」
いつからやらなくなったのか、今ではちゃんと思い出せる。
家族を全員、それも一度に失って、自分を支える何もかもが消えてしまった気がして、それからはコントローラーに触れた記憶が無い。
「どうして忘れてたのかは知らねぇが、今はハッキリと思い出せる!」
「できそこないがぁ……!」
すっかり復活している様子の凛に、パーカー女は憎々し気に睨みつける。
「ゲーム如きがどうだってのよぉ! そんなもの、何の意味もぉ!」
「言い忘れてたけどな。そのゲーム、対戦格闘だったんだ」
凛の左拳が高々と上がると、打ち下ろしの拳が地面に向けて付きつけられた。
「レバー前と強パンチ。打ち下ろし正拳は足払い技も潰せるんだぜ」
「あああ!」
拳と地面の間には、パーカー女の腕がある。
メキメキと音を立てて骨を砕いた音が周囲にも響き、綾乃は驚きと同時に重要なことを思い出した。
「針の攻撃もある! 気を付けなさい!」
「大丈夫。飛び道具の対応もあるんだ」
身体を捻ってらせん状に回転するような素早い回し蹴り。
その足が通った後には刃のような軌跡が残り、いくつかの針が弾き飛ばされたようで、ぱらぱらと散っていった。
「さぁて、色々やってくれたから、さっさとボコって恨みを晴らしたいところだが」
「ひぃええええ……」
にじり寄る凛を前に、腰が抜けたらしいパーカー女は、ぺったりと座り込んだまま懸命に距離を取ろうとするが、伸びたままの片腕が動かせず、中々進まない。
「先に、お前の仲間からだな」
「ぎゃん!」
言うが早いか、振るわれた凛の右腕から高速の光が三日月のように湾曲した形を保ったまま放たれると、悲鳴が響いた。
「な、仲間?」
悲鳴が聞こえたのは、広場の隅だった。
ぼんやりとした空気の揺らぎが生まれ、小柄な少女の姿が虚空から現れた。その手には大量の針が突き刺さったピンクッションが握られている。
「姿を消す能力……」
「やっかいだよなぁ。でも、針そのものは能力によるものじゃない。もともと腕力もあんまり無いんだろう」
だから大量に運べて配給所でも手に入りやすい日用品を武器にしたのか、と綾乃は納得した。
「さて、じゃあお前の番だ」
姿を現すなりぱったりと倒れてしまった相棒を見たパーカー女は、すでにボロボロと涙をこぼして泣いている。
「ご、ごめんって。なぁんか不幸なぁ勘違い? があったんじゃぁないかなぁ?」
「お前がオレと綾乃を殴り飛ばしたのは勘違いじゃないだろ?」
「ひえええ……」
「とりあえず、まだ能力を試しきれてないんだ。一番好きな技があるんで、折角だから試させてくれよ」
「お、お断り……するよぉ!」
パーカー女の右腕が、凛の足元から間欠泉のように飛び出した。
不意打ちが上手くいったと確信した女が勝ち誇ったように笑みを浮かべた瞬間、構えを取っていた凛の身体が、何事も無かったかのように攻撃を弾いたのを見た。
「あ、あれ? ぶびょっ!」
顎の下から掬い上げるような拳を叩き込まれ、浮き上がった身体に追い打ちをかけるように肘の一撃が入る。
潰れたカエルの様な悲鳴を上げて高々と打ちあげられたパーカー女に、拳を振り上げたまま飛び上がっていた凛の呆れたような声が聞こえた。
「対空技の出始めは無敵。常識だろ?」
「そんなの知らないわよぉ……」
べちゃ、と地面に落ちたパーカー女は、完全に気絶してしまった。
「勝ったな。……正直、めっちゃ気持ちいい。あ、折角だからあれやるか」
ゲームと同様、腰に手を当てて高笑いをする勝利ポーズを披露した凛は、綾乃が呆れるほどにすっきりした顔をしていた。