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1.ステージ3のできそこない

「うあっ!?」

「あら、目が覚めたのね」

「ここは……」

 凛が目覚めた場所は、無味乾燥な白い壁に囲まれた一室にある、これも特徴の無いパイプベッドの上だった。


 一見すると病室のようにも見える場所だが、硬い蒲団の上にただ転がされていたという感じで、看護されているというふうでもない。

 ただ、ベッドの横で椅子に座り、本を読んでいる女性がいるだけだ。

 彼女も看護師ではないらしい。凛と同じように学生服を着ている。

「確か、妙な連中が部屋に来て……あんたは?」


「名乗るべきかどうかはまだ迷ってる」

「なんだと?」

「目が覚めたってことは、これからあなたはステージ3の“洗礼”を受けるわ。その後で味方になるとは限らないもの」

「ステージ3……ああ、そういえばオレはあの病気になったんだった」


 気分が乗らないという理由で学校を早退して、コンビニに寄ってから家に帰った凛は、洗面台に映る自分の瞳が藍色と青緑のツートンカラーになっていることに気づいた。

 世情に疎い彼女でも、SickSのことは知っている。

 面倒な病気に罹ったと腹を立てていたところで、回収部隊に捕まったのだ。

「今思えば、帰りに寄ったコンビニの奴が通報したんだろうな。いや、学校の連中か?」


「どうでもいいけれど、あなた、身体に異常は無い?」

「異常? いいや?」

「おかしいわね……」

 立ち上がった女の子は、凛とは別の学校の制服を着ていた。

 ひざ下までのスカートで全体的に落ち着いた配色のブレザータイプ、青く輝く石をあしらったループタイで、お嬢様学校の雰囲気がある。ただ、髪の色だけは派手なような神秘的なような、不思議な輝きの真紅だった。


「良い生まれの御令嬢って感じだな」

「そういう貴女はまるで野生児ね。何よその服」

 腰まである長いストレートの髪をオールバックに整え、ヘアバンドと赤い縁の眼鏡。そのレンズの奥から気の強そうな目で見下ろしている凛の服は、赤を基調としたセーラータイプの制服だった。


「動きやすさを重視したらこうなった。日々の戦いの結論だな」

 胸を張って言う凛の制服は、スカートは短いだけでなくスリットが入り、黒いスパッツで露出は抑えられている。

 上着も傷だらけなだけでなく、大量のパッチが縫い付けられて随分と派手になっていた。

「これのお陰で裁縫は得意になった。どうだ?」


 辟易という顔で女の子は立ち上がり、読んでいた本を閉じた。

「変化が無いなら、用は無いわ」

「ちょっと待ってくれ。どういうことだかさっぱりだ。オレにもわかるように説明してくれよ」

「嫌よ。自分で調べたら?」


 どこかへ立ち去ろうとした女の子が、ふと立ち止まる。

「どうした?」

「……来るわ」

「何が」

「“できそこない”よ」


 女の子が見ている先には、簡素な木製のドアがある。

 その向こうから、大勢の不揃いな足音がじわじわと近づいてくるのが凛の耳にも聞こえて来た。

「できそこない?」

「外の世界には知られていないことよ。SickS患者のうち、ほとんどはステージ2の昏睡状態のままで死ぬの。でも、ステージ3になっても生き残ったからと言って、安心はできないわ」


 どうなるんだ、と首をかしげる凛の目の前で、木製の扉がはじけ飛んだ。

「うおっ! びっくりした!」

「暢気に驚いている場合じゃないわ。“できそこない”が来る!」

 扉の向こう、廊下になっているらしい場所から、足音の正体がゾロゾロと入って来た。

「なんだよ、こいつら……」


 凛が顔を顰める。

 入って来た者たちは全員女性であるようだが、誰もが土色の肌になり、目の焦点はあっていない。

 うめき声を上げる口元からは、濁ったよだれがだらりとこぼれていた。

「これが“できそこない”よ! ステージ3で生き残ったものの多くが、変わり果てた姿で彷徨い歩く生きた亡者になるの。そして闘争本能だけで突き動かされた彼女たちは、生きている者を見つけたら、問答無用で襲ってくるわ!」


「まるでゾンビ映画だな」

「その通りよ。負けたらこいつらの食料になる運命が待っているの」

 女の子は長髪を撫でていたかと思うと、いつの間にか一振りの日本刀を手にしていた。

「おお、かっこいいな、それ!」

「どこまで暢気なのよ、あなたは。状況がわかっているの?」


 わかってるさ、と凛はベッドから飛び降りた。

 肩をぐるぐると回し、軽いジャンプを繰り返す。

「よし、身体はちゃんと動く」

「どうするつもり?」

「決まってる。喧嘩さ」


 言うが早いか、凛は最初に入って来たできそこないの顔を強かに殴りつけた。

「おらぁ!」

 さらにローキックで膝を叩き折り、ぐらりと傾いた相手の顎に向けてジャブを放つ。

「どうよ! ……って、ありゃ?」

 自慢の拳を突き出して見栄を切ったは良いものの、倒れた出来損ないは折れた足をむりやり引きずるようにして立ち上がった。


 そして、ゆっくりと凛に向かって襲い掛かる。

「き、気色悪ぅ!」

「無駄よ。相手は痛みを感じない生き物だと思いなさい。手足を砕いて完全に動けなくするか……殺すしかない!」

「マジかよ!」


 殺しは嫌だな、と躊躇する凛の前で、女の子は刀を振るって出来損ないたちの首を刎ねていく。

 慣れた手つきと動揺の欠片も無い落ち着き払った態度は、これまで幾度も同じことを繰り返してきた証明だろうか。

「すげぇな、お前」


「感心してないで! 自分の身は自分で守りなさい!」

 息を弾ませながら注意された凛は、自分の周囲にもゆっくりとできそこないたちが迫っていることを確認すると、制服のスカートにあるポケットを探った。

 そこに期待していた感触を見つけ、嬉々として取り出す。

「あったあった。これでオレも充分戦える!」


 凛が両手に付けたのは、メリケンサックを仕込んだ指抜きグローブだった。

 ガツン、と拳を打ち合わせた凛は、先ほどのできそこないの側頭部を強かに殴りつけ、頭蓋骨を破壊する。

 ぐしゃり、と湿った音を響かせたできそこないは、ぐるりと目を上に転がしてから、横倒しになり、もう動かない。


「よっしゃ! と言いたいところだけれど、まだ何十人もいるな」

「ここに放り込まれた者の多くができそこないになるのよ。大した力が無くても数だけはいるわ! ……もう、仕方ないわね!」

 軽いステップで迫りくるできそこないたちから距離を取った女の子は、刀を八相に構えた。


「……あなたにはその兆候が見えないけれど、ステージ3を迎えても理性を残したものにはギフトがあるわ」

 部屋の温度が急に上がったかと思うと、刀身が勢いよく燃え上がった。

「な、なんだぁ?」

「これこそ私が得た能力。SickSから与えられたギフト。炎を操る力よ!」


 女の子は早口で説明を終えると、目の前に並ぶできそこないたちへ横一閃に斬りつけた。

「舞えよ炎! 赤い業火で罪深き者たちに安らかなる眠りを!」

 叫びと共に奔った一閃に、炎の尾が追随する。

 思い切り身体を両断された者はもちろん、僅かに切っ先に触れた者も、傷口から炎を噴き出して倒れた。


「す、すげぇ……ということは、オレにも炎が使えるのか?」

「知らないわ。人によって目覚める能力は違うもの」

 すこしがっかりした凛の目の前で、女の子は言葉通りに炎を躍らせ、刀を振るい、三十人はいたはずのできそこないたちをあっさりと償却してしまった。

「……これが、政府が隠しているSickSの真実よ。できそこないはもちろん、私のような者たちまで危険だと判断して隔離するのが、この特区」


 女の子は一つの窓を開いて、外を示した。

「“隔離特区”よ。ここには大量のできそこないたちがいて、ほんの一握りだけ、私のような能力に目覚めた者たちがいるわ」

 そして、と女の子が刀を自分の髪に向かって差し込むと、刀はするりと張り込んで消えてしまった。

「できそこない対能力者。そして能力者対能力者たちの戦いが、あちこちで続いている無法地帯よ。そんな場所にあなたは()()()()()の」


「捨て……」

 高い山に囲まれ、僅かに開いた場所には海岸線も見える。

 あちらこちらに大小様々な建物はあるが、どれもこれも壊れかけのようで、薄汚れて見えた。まるで放置された町のような寂しさすら感じる。

「広さは約三十六キロ平米。見渡す限りの町が、まるごとSickS患者のためにあるの」


 ある意味贅沢な話よね、と女の子は結局説明をしてしまっている自分に歯がゆい思いをしながら、凛を振り向いた。

「私は、あなたができそこないになるならすぐに殺すつもりだった。そして能力に目覚めるなら、パートナーになってもらおうと思ったのだけれど……」

「ふぅん。それは構わないけどな。オレも何も知らないままだと困るし。でもなぁ」


 凛は自分の両手を見て、首を傾げた。

「“能力”なんて、目覚める気配が無いんだけど?」

「はぁー……困ったわね」

 細い指先を額に当て、女の子は長いため息を吐いた。

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