0.Prologue
新作同時四作品開始の一つです。
どれだけ医療が進んでも、病気で死ぬ人間はゼロにはならない。
「……マジかよ」
薬も治療法もどんどん増えていくが、病気の方だってどんどん数が増えていく。
「冗談だろ?」
原因はウイルスであったり、先天性なものであったり、環境によるものや食べ物や怪我を原因とするものなど様々だ。
「オレが、どうしてこんな……」
新しい病気が見つかれば、当然研究は進む。それが爆発的に広がるなら猶更だ。
「これからどうすりゃいいんだ?」
治療法だけではない。法律や緊急措置など、病気への対応は行政レベルでも必要となる場合が多い。
「あん? 誰だお前ら?」
それが他の住民に害を及ぼすのであれば、猶更だ。
「隔離? オレをどっかに閉じこめようってのか」
過去にも結核患者などを隔離する病院が作られたり、法によって隔離病棟が設置された例もある。
「やれると思うならやってみな。このオレを捕まえられると、本気で思ってんなら」
では、病原がわからず、完治の方法どころか対症療法も存在せず、尚且つ患者が基本的に“活発”である場合はどうするか。
「お、おい。銃はやめろよ。冗談だろ?」
政府が下した決断は、町ごと隔離されたエリア“隔離特区”を作り、経過を観察し、治療法を探すというものだった。
「く、くそ。麻酔弾かよ……」
数本の麻酔弾を撃ち込まれたのは、一人の女子高生だった。
いわゆる不良であり、一人暮らしをしていたアパートの部屋の中は、ゴミこそ少ないが整理整頓とは程遠い。
そこに完全武装で踏み込んできた回収部隊との戦闘は、始まりこそ威勢の良い女子高生の拳だったが、大量のライフルを向けられては、成す術もなかった。
「確保完了いたしました」
「よろしい。すぐにヘリに乗せ、細胞サンプルを採取後、特区へ運びこめ」
騒動が終わり、不安げに見守る大家の目の前で、スーツ姿の男が指示を飛ばす。
手元にあるボードには、特殊な担架に乗せられ、強力なバンドで固定されている女子高生の顔写真と、プロフィールが挟まっていた。
その写真と、担架の上で眠る顔を見比べ、男は神経質そうな目をさらに細めた。
「麻木凛。間違いないな」
プロフィールには近くの高校に通っていること、成績は下から数えた方が早いこと、喧嘩っぱやいが基本的に敵意が無い相手には優しいことなどが書かれていた。
全て国の調査機関がまとめたものであり、感染対象者の情報としてデータバンクにまとめられている中からプリントアウトしたものだ。
「細胞サンプルから感染が確認されました」
「ステージは?」
「1です。まだ初期ですが、状況から見て二十四時間以内にはステージ2へ移行するかと」
未知の病気。
感染するようなものではない、と確認されてはいるが、国は研究のためにそのことを隠し、隔離特区の重要性を日ごろから喧伝している。
回収部隊はマスクをしているが、スーツの男だけは何も――冷たい印象の縁なし眼鏡以外は――何もつけていない。
「天涯孤独。両親や親族はいないが、遺産で生活していた、か」
凛という女の子がどのように成長し、暮らしていたかについて男は大して興味を抱いていなかった。それらが病気の解明につながらないことは研究でわかっている。
だが、凛がとある難病にかかり、隔離特区へと放り込まれること、その後にどう“変質”するかには興味があった。
「とんでもない暴れ馬だ。ステージ3まで行ったら、どんな化け物になるか楽しみだな」
男の呟きに、一人の隊員がゴーグルの奥で眉を顰めた。
「あまりそういう話をしない方が良いのでは? 彼女もなりたくてなったわけじゃ……」
「そうだな。可哀想な被害者だ。病人だ。隔離される哀れなモルモットだ」
男はヘリに運ばれる少女を見送り、煙草に火を点けた。
「だが、ステージ3になれば、あれも人とは呼べない何かになる。たとえ見た目がそのままだったとしても、人として社会にはいられない化け物にな」
隊員もそのことを知っている。だからこそ、哀れに思うのだが、男は違うらしい。
「そうだな。万が一、いや億が一にも、この娘が病気を克服することがあれば、いくらでも土下座して謝ってやるよ」
そんな日は確実に来ない。絶対の自信を持っている様子で、男は半分まで吸った煙草をアパートの流しに放り捨てた。
「厄介な病気だ。世間はスーパーヒーロー……いや、ヒロインか。そうなる可能性があるなんて騒ぎ立てるが、所詮は武器には勝てない。ただ妙な能力を持った化け物になるだけだ」
正式名称は長ったらしく、世間では略称として『SickS-シックス-』と呼ばれるその病気は、微熱が続き、倦怠感があるというありがちな症状から始まるが、ステージ1と呼ばれる初期症状の中に、瞳の色が二色混じったように変色するというものがある。
それらの兆候が見えた時点で、通報を受けた回収部隊が患者を拉致同然にとらえて特区へと連れ去るのだ。
そして、ステージ2でしばらく生死の境をさまよった後、ほんの数パーセントだけ、運よく生き残った一握りの者だけがステージ3へと移行する。
そこからが、この病気最大の謎だった。
まるでフィクションに登場するヒーローのような、超人的な肉体と不思議な能力を得るのだ。
そして何故か、この病気は今の時点で女性しか発症していない。