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人形化病 ~ハピネスシンドローム~  作者: 針乃筵
第一章 復讐 古谷修二
5/9

~いちごのケーキ~

「修二、誕生日おめでとう!」

 扉の開く音と共に、背後から愛梨の嬉々とした声が聞こえてきた。


「愛梨?」

 思わず立ち上がる。手の甲をテーブルの裏側にぶつけてしまい、机の上の食器がガタガタと揺れた。来られないと言っていた愛梨が、生クリームがたっぷりとぬりたくられたケーキを持って、扉を背中で押すようにして閉めている。もちろんケーキの上では蝋燭に灯された炎が幻想的に揺らめいている。


「どうして、だって今日は忙しいって」

 昨日の出来事を思い出す。ごめん、明日は……。愛梨は確かにそう言った。それ以降の言葉はショックで覚えていない。


「嘘よ、嘘。だって修二をビックリさせようと思って」

 ペロッと舌を出しておどける愛梨。


「ごめんね修二。ケーキの材料買えなかったっていうのも、嘘なの」

 母さんが緩んだ顔の前で両手を合わせる。この話も嘘だったのか。だとすると卵や生クリーム、砂糖など、エシリア村では売買されていないケーキの材料をどうやって調達したのだろう。近くの湾港都市まで歩いたとしても、高値で取引されている代物ばかりである。


「お兄ちゃん。愛梨さんが来られなくて、ちょっと拗ねてたんだよね」

「おい! 由香!」

 語気を強めて妹を睨む。

「だって本当のことじゃん」

 母親の隣に座る妹の由香は、悪気の欠片もないといった顔でへらへらと笑っている。


「なんか……ごめんね、嘘ついちゃって」

 頬を紅潮させた愛梨が、テーブルの上に静かにケーキを置く。

 母さんがそのままもじもじと立ったままの愛梨に、「ほら、修二の隣に」と声をかける。

「わかりました」

 控えめに返事をして、促されるまま椅子にちょこんと座る愛梨。落ち着かない様子で、視線を右往左往させている。


「どうしたんだよ、さっきから?」

「どうしたってなによ?」

「なにって、別になんでもないけど」

 どこかよそよそしい愛梨とちょっとした言い争いをしていると、

「そのケーキ、愛梨ちゃんが一人で作ったのよ。すごいと思わない?」

 母さんが嬉しそうに言ってきた。


「全然です。生クリームとか上手くぬれなかったし」

 愛梨が恥ずかしそうに頬を赤く染める。

「お兄ちゃん笑ってるー。こういうの嬉しいタイプだったんだ」

「うるせぇ。なんだよ、みんなして騙してさ」


 軽く家族を糾弾してから、愛梨が作ってくれたケーキに目をやる。生クリームの厚さは不均等、ケーキの真ん中にある四角いクッキーに書かれた文字も、つぶれてしまって読むことができない。それでも愛梨が作ってくれたという事実だけで嬉しいと思えてしまう。


 母さんと妹と愛梨、三人にバースデーソングを歌ってもらい、ゆらめく炎に向かって息を吹きかける。一息では消しきれなくて、もう一回。三人の拍手と誕生日おめでとうの声に包まれる。

「ケーキ、もう食べていい?」

 愛梨に訊かず、目の前にいた母さんに訊いていた。


「どうして私に訊くの? 作ったのは愛梨ちゃんなんだから。ねぇ、愛梨ちゃん」

「え、……あ、あの」

 話を振られると思っていなかったのか、愛梨は明らかに動揺していた。にやにやとこちらを見つめてくる妹に対して、兄として威厳を示さなければ。ってか愛梨の幼馴染として、訊くのは普通のことだろ。そんな邪念を抱えたままだったせいもあって、

「愛梨」

 声が少し上ずってしまった。


「はい!」

 返事をした愛梨が背筋をピンと伸ばす。太腿の上に両こぶしを置いて目を伏せ、ときおり上目遣いでこちらを恥ずかしそうに見つめてくる。

「まあ、その……あれだ。なんていうかその、ケーキ食べてもいいか?」

「ど、どうぞ」

「せっかくだし食べさせてもらえば? あーんって」


 妹の空気を読まない発言のせいで頭が真っ白になる。

 愛梨は愛梨で、頭から湯気が出そうなほど顔を真っ赤に染めている。

「自分で食べるよ!」

 そう叫んで、笑う妹を横目にフォークを掴んでケーキを一口。ほとんどが生クリームで甘ったるいとしか感じなかったが、なぜか今まで食ベてきたどの料理よりも美味しいと感じた。


「……どう? 修二?」

 不安げに訊いてくる愛梨。

「おいしい」

 一言だけ呟き、今度はいちごも一緒に食べた。やっぱり美味しい。今回は生クリームとスポンジが丁度いいバランスで、いちごの酸味がいっそう生クリームの甘さを引き立たせている。舌がとても心地よい。


「本当に愛梨が作ったのかこれ?」

「なによ、疑ってるの?」

 愛梨は腕を組んで不機嫌そうにそっぽを向いた。緊張はもう解けているらしく、すぐに笑い出す。

 そんな愛梨の笑顔を見て、今日は最高の誕生日だなと、俺は心の中で呟いた。

 本当は父さんもいてくれればいいのだけど、忙しいのだから仕方がない。



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