~格好よくデザインされた言葉~
「おじさん。今日も断られた」
家に帰りつく。古ぼけたかまどに薪をくべている明彦おじさんの背中が見え、愚痴を零した。
「そういう生き方をしてほしくないっていう、誠也君なりの優しさじゃないかい?」
振り返った明彦おじさんの額には汗の粒が張りついていた。灰色に染まりきった髪の毛と垂れ下がった頬の皮膚が、これまでの心労を物語っている。明彦おじさんは俺の父さんと同じ五十二歳。二人は十年前に王都に攻め入った反乱軍の一員だった。もっと言うなれば、その反乱軍を指揮していたのは俺の父さんで、そのときの敗北が原因となってエシリア村は更なる迫害を受けるようになってしまったのだ。
「だけど俺は羨ましいとしか思えないんだ。なんで父さんは誠也だけ」
俺と誠也も同い年。
十七歳。
なのに父さんは誠也だけを反乱軍のメンバーに入れた。ある日突然ふらっと現れた誠也のことをどうして息子よりも信頼しているのか。理解できなった。
「息子のことももっと見てほしいよ」
「そういうわけじゃないと思うがね」
穏やかな口調で言った明彦おじさんの後ろで、薪がぱちぱちと心地よい音を立てている。その音のせいで妙な風情が生まれ、明彦おじさんの言葉がすべて奥深いものであるかのように聞こえてしまう。
「ただ単に、孝司は人殺しができる人間を見抜けるだけだよ。だから私もあのときに言われてしまったんだ」
後悔をそのまま音にしたような声だった。
「俺は違う。殺せる。復讐のために生きて、後悔なんて絶対しない。なにもしないでのうのうと生き続けるなんて、俺はそんな負け組みにはなりたくない」
感情のままに言った後で、しまったと明彦おじさんの顔色をうかがう。
明彦おじさんは表情こそ笑顔だったが、目は少しも笑っていなかった。
「ごめん。明彦おじさん。別に明彦おじさんの生き方を馬鹿にしてるわけじゃないんだ。俺は孤児を助けるっていう、そういう生き方もすごいと思ってる。でも俺は違うっていうか、なんていうか」
「人を殺してみないと、生き方の善悪なんてわからないものだよ」
明彦おじさんはそう言って背を向けた。
「まあ、人を殺そうと思うだけだったら、こんな時代なら誰でもできるんだけどね」
「俺は実際に殺す覚悟も持ってる」
「そうか。じゃあやっぱり私も修二君には無理だと思う。人を殺して、それでも真っすぐに人を殺し続ける覚悟を、君は現段階で持っているように見えない。ここ一年ずっと君を見てきた私にはそれがわかる。自分で宣言する言葉ほど、信憑性のないものはない」
明彦おじさんの背中に可視化できるほど集まった自責の念を見てしまうと、言い返すことなどできなかった。今の言葉は過去の自分に言っているのだ。
「復讐なんて、人殺しを正当化するために格好よくデザインされた言葉に過ぎないよ」
と明彦おじさんは最後につけ加えた。
「わかってるよ。人殺しが悪だってことくらい」
そう言っ俺は明彦おじさんに背を向ける。不愉快を他人に押しつけるのは子供のすることだと思って、このまま静かに家から出ようと思った。我慢できず、つい皮肉めいたことを口走ってしまった。
「でも、おじさんだって人を殺し続ける覚悟がなかったんでしょ?」
「ああ、そうだよ」
その声にこもっていた後悔が、部屋の空気に溶けていく。
「私にはその覚悟がなかった。修二君の言う通りだ。人を殺し続ける覚悟を持ち合わせてないのに人を殺した人間は、世界で一番、地獄に行くべき人間だと、私は思う」
「王都の王様よりも? あの化学兵器を作った悪魔よりも? 人を殺し続ける殺人鬼よりも?」
「そうだ。私みたいに中途半端に人殺しに加担するやつが、一番たちが悪い。君が挙げた人たちはみな、やり方はどうあれ真っすぐだ」
そんなことない。おじさんは孤児のために……。
浮かんできたその言葉を口に出すことはなかった。明彦おじさんが言っていることの理屈はよくわからないのに、先ほどの誠也の言葉と同じで妙な説得力がある。明彦おじさんの過去を知っていることが今回の説得力の要因かもしれない。
「ちなみに最後の殺人鬼というのは、孝司の……君の父親のことを言っているのかい?」
「……出かけてくるから」
言い返すことも認めることもできなかった。