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(空白)  作者: 顔が盗賊
魂の一歩
6/6

6. 連射型極魔法のすゝめ




 無色透明。

 本来魔力の濃さによって色が変わる紙がそのような変化を起こした事に、ミレーナは心底驚いた。


「こんなの、初めてだわ」


「その、テキトーで悪いが、無属性とか固有魔法とかを持っている、からか?」


 そのどちらにしても、魔力の質とかも違ってくるのだろうか。

 しかし、ミレーナは首を横に振る。つまり、そういう事ではないようだ。……それらの存在は、大いに興味がそそられるが、今は横に置いておく。

 よって水戸は、ならば何故、と問いたくなる。だが、たった今目の前にある、彼女の疑問に満ちた顔みれば、それも(はばか)られた。


「ま、これは今度考えましょう。それよりも、これでは分からないわね」


 それから彼女は、水戸に少し待つ様に伝えると、すぐさま部屋を辞す。

 十分程経って彼女は帰って来て、見ればその腕には……まるで、二百枚包みのコピー用紙の様に、折り紙大の紙を分厚く抱えていた。

 ミレーナは、それをベッドの机にドンッと置くと、言う。


「これを手の平で持って。そう、上に向けてね」


 まるで、そばを運ぶ人の様に、水戸は紙の束を手の上に持つ。

 ミレーナはその真横に顔を置き、視線を紙に釘付けにしたまま水戸に言う。


「さっきと同じように魔力を流して。ゆっくりとね」


 速度を変える方法など知らない。だが、水戸は言われた通りの努力だけはする。

 慎重に、心臓の温かみをゆっくりと移動させる。それは思い通りの道順で、紙を持つ手へと向かった。

 そして魔力が流される――。


「っ、分かったわ」


「何が分かったんだ?」


 水戸の手の上。そこには、透明なブロック状のものがあった。つまり、あの紙の束が全て、一枚の時と同じように色を失ってしまったのだ。

 しかし、それでもミレーナは別の何かを掴んだ様で、水戸に向けて言い放つ。


「一瞬だけど、“黄色”が見えたわ。それも、……金色に近かったかもしれないけれど……」


「それが――ああ、もしかして属性か?」


 水戸は迷わず言った。まぁこの状況に、それ以外思いつかないのであったが。

 それを聞いたミレーナも「流石ね」と言ってその後を続けた。


「黄色は、雷魔法に適正がある事を示すわ」


 多分に予想は付いていたが、それを何故初めに言わなかったのか。水戸はそう思う。

 だがそれも、一枚の時に問題無く色が付いていたらその場で説明されたのだろうし、また、別に違ったところで不都合もないだろう、と特に言及はしなかった。


「そうね、ここでは練習できそうにないから――貴方が良ければ、外に行かないかしら?」


 魔法を教えてもらえるとは、まさに願ったり叶ったりだ。

 ……だが、こうも思う。些か急ぎ過ぎではないか、と。

 この部屋で過ごした時間は、二度の睡眠プラス食事でしかない。

 それから、この世界のあらましを簡単に教育されて、今に至っている。

 確かに、不自由なく動ける水戸は、病人とは言えないかもしれないが、その“爆弾”とやらにされてこの森に投下されてから、そこまで時間は経っていないのだ。

 だから、彼女の進める教育が早いと感じてしまうのも仕方のない事だろう。――殺されかけた翌々日くらいに学校に登校する生徒、と考えればその異常さが分かる筈だ。


(でも、――やっぱり“無事”なんだよな……)


 しかし、ここで何を言ったとしても、水戸が五体満足――かすり傷さえ無い事に変わりはない。それも、ここで看病される前、落下の直後に目を覚ました時から体に傷を負っていた覚えが無い。

 もっと言えば、あの不可思議な現象――大量の巨大オオカミに襲われたあの時、一瞬の内に彼等が花と散った、あの現象も気にかかってしまう。

 ともあれ、あの瞬間は、純粋に助かった事への安堵が強かった。だが、あれが自分の持つ力だとすれば、それを解明し、使いこなせるようにならなければならない。

 なにせ、ここは剣と魔法の世界だ。あれが咄嗟に発動した“魔法”である可能性は高く、それに、力を持たずしてこの世界を渡り歩いてはいけないだろう。

 自分はアーチェリーに精を出していた……精々、一介の高校生。

 勉強はそこそこできていたが、経済や工学などは、本当に基礎知識と呼ばれる浅いところしか触れておらず、それを以って生活の糧を得られるとは、到底思えない。

 だから、やはり魔法を教えてくれるというミレーナの提案は、非常に魅力的なものなのだ。

 よって水戸は言う。


「俺も魔法というものを知りたかった。だからこちらこそ、お願いする」


 それを聞いたミレーナは、分かったわ、と言って人型に何個か伝言を残して部屋を去った。

 疾風の如く、それもルンルンと出て行った彼女に、そこまで嬉しいか、と思わなくもなかったが、それを深く考える前に人型がベッドの横に来る。


「それでは、ワタクシについて来て下さい」


 そう言って人型が水戸を支えようとするが、水戸はそれを制し、ベッドの横に跳ぶ様にして降り立つ。

 それから部屋を出ると長い廊下が左右に続いていて、ここが豪邸や邸宅と呼ばれる場所である事がすぐに分かった。

 人型の誘導で水戸のいた部屋から八つ目の部屋、そこは巨大な衣裳部屋だった。水戸に言わせてみれば、それはセレブの家を探訪する番組でしかお目にかかれないもの。

 そんな水戸の感動は余所に、人型は水戸から寝間着を丁寧に“剥ぎ取る”と――そう思える程に早かった――存在しない眼で水戸を凝視し、それから一着分の衣服と靴を部屋の中から見繕って来た。

 水戸は言われるがままにそれを着た。


 上は無地のシャツに分厚いジャケット。バイク乗りのものとは違うが、暖かくそして防御力(?)が高そうだ。

 下はゴムの代わりに紐で胴を調整するパンツ。そこに、上と同じ素材で作られた分厚いズボンを履いた。

 最後に靴は、底が分厚く硬いゴム質で、前の世界の製品靴より履き心地が良いくらいだった。つま先には安全靴の様にプレートも仕込まれているらしい。


 ――結論を言えば、着たもの全てがぴったりだった。

 流石は邸宅のデッサン人形型執事だ、と水戸は彼を賞賛し、同時にその成果である全身を眺める。

 着心地を確かめる様に体を捻ってもみるが、やはり違和感など微塵も無い。まるで自分のために作られた錯覚さえ覚えて、どこか恐ろしくなるくらいだ。


「それでは参りましょう。外で御主人様がお待ちです」


 水戸は人型についていく。たまに廊下に飾られた絵画に目を奪われながら廊下を進んだ。




―――  ―――  ―――  ―――  ―――  ―――  ―――  ―――




 背後に見えるは豪邸。

 玄関を出た水戸は、人型が待っている事すら一瞬忘れその光景を眺めていた。


 水戸はいた部屋は二階で、そこから廊下を進むと玄関ホールに続いた。そこには、一階から踊り場、そこから二方向に分かれて二階へと階段がつくられており、まさしくお屋敷の玄関だと思えた。

 気付けば、何の気なしに踏んでいた赤いカーペットも上質なものらしく、外から帰って来たら靴と脱ぐか、といらぬ心配さえしてしまう程。

 しかも、驚くべきはそこだけでは無かった。

 ある程度予想……否、言葉の節々に語られていたのだが、玄関を出てその光景を見るまで、彼の心が認めるのを拒んでいたのだ。

 邸宅は、森の中にあった。

 水戸は、邸宅から視線を外すと、首が取れる勢いで周りを見渡した。

 そこには――水戸が落とされ、人の死を視て、命の危機に遭った、巨木の森が広がっていた。


 深い霧は数本先の巨木の姿さえ隠し、その向こうにいるであろう魔獣の姿さえ隠蔽する。

 人間が脚を踏み入れたら最後、貪り喰われ、内臓と魔力の散らせる事を強要される死の世界が、変わらずの姿でそこにはあった。

 しかし、ここで水戸は疑問に思う。あの生活水準が、どうやってこの森の中で維持されているのだろう、と。

 彼女の話をざっくりまとめれば、魔導士でもこの森は必死の場所だという。それ故、食事、衣服、環境、どれをとってみても、この森と状況がマッチしないのだ。

 ただ不思議な事に、この邸宅を囲む塀の中だけは霧が出ていない事に気付く。つまり、魔法的な施しがされていると水戸は容易に想像できた。

 よって今は単純に、とんでもなく高位の魔導士が、馬車を引き連れてこの屋敷を定期的に訪れているのだろう、と結論づける他なかった。


(――まぁ、吸血鬼と人間の関係にもよるが、な……)


 未だ彼女の正体は分からない。……とは言っても、まだ出会って二日だ。

 自己紹介の折、彼女は自分の名以外を話さなかった。だから、これからもこちらから訊く事はしないし、それは助けてもらった手前、という以前に、礼儀として当たり前の事だと思えた。

 だから、結局は今感じる疑問はこれからも解決されないのだろう。

 水戸は、そうやってブツクサ言いながら人型の後を歩き続けた。

 しかし、やはりと言ったら良いか、その歩調は遅すぎたらしく……。


「――待ちくたびれたわ」


「あ……。すまない……」


 ミレーナは塀の傍にある少し開けた場所で、水戸のことを仁王立ちで待ち構えていた。――少々拗ねた顔で。

 ところで、彼女は部屋にいた時と変わらずの黒衣だった。先に出て行った筈の彼女だったが、何か準備でもあったのだろうか。しかし、“女性の準備”という単語を思い出した水戸は、自分には分からない事だと、さっさと思考を放棄した。


「ま、いいわ。早速始めましょう」


 彼女を言うと、塀の外に行ってしまう。――跳んで。

 ギリギリ人間が飛べる高さだったが、如何せん彼女の体格からはその様な力は感じ取れない。

 しかし考えに耽る訳にもいかず、水戸も彼女に倣って地面を蹴る。すると、あっさりと塀を越えてしまった。

 当然その先にはミレーナが待っていて、水戸が着地すると、その驚くべき身体能力について考える間もなく近づいてくる。

 そして水戸の左隣に立つと、水戸と体の向きを同じにして、右手を森の方に突き出した。


「これから私が適正を持つ魔法を順番に放つわ。……ごめんなさい。雷魔法の適正は持っていないのだけれど、貴方の場合はそれ以外にも適正があるかもしれないわ。だから、私の魔法を真似て感触をたしかめて頂戴」


 先程の魔力操作の際は、魔力を介して二人は繋がっていた。

 それを今度は、見ただけで真似しろと言うのだから、さしもの水戸も戸惑いを隠せない。

 だが、そんな事を余所に魔法を打たんと森に手を向けるミレーナ。水戸は、そんな乱暴とも思える彼女に何も言えなかった。


(んぅ……なんで、そこまで……)


 たった、これだけ。人に魔法を見せるという単純な事だというのに。

 そこには、無垢で純粋で、それでいて儚げさを少し添加した様な――どんな酷い人間だって付き添ってあげたくなるような――卑怯な笑顔があった。

 純粋。本当に、ただ教えてあげたい、披露したいという澱み無い瞳が、張り切った顔の中で、燦々と輝いていた。




―――  ―――  ―――  ―――  ―――  ―――  ―――  ―――




 ――ミレーナはいろいろと説明を省いたが、彼女の適正は次の通りだった。

 火、水、風、隠遁、魔障壁。

 前半は、ごもっともと言えるが、後半に至っては適正が必要なのか……? と水戸の中に多少の疑問も残った。

 ともあれ、水戸は彼女の魔法を至近距離から見て、それを真似ようと努力した訳だが――結果は努力をする必要すらなかった。以下、経緯になる。

 水戸は彼女が魔法を放つ直前「もしや……」と呟くと「腕に触れていても良いか?」と尋ねた。

 この世界でも、ましてや前の世界でも女性に対するエチケットなどよく知らない水戸だったが、彼女はその提案を承諾し、水戸は魔法を放っている最中はずっと触れ続けた。

 それぞれ、火、水、は球の形で、風は俗に言う“かまいたち”の形で彼女の手から放たれた。

 そして、その属性魔法と言うべき魔法を全て見終えた頃。


『分かった気がする』


 そう言って水戸は、彼女が魔法を放っていた巨木に向けて――なんと、同じ魔法を放ったのだった。

 これには流石のミレーナも舌を巻いた。適正とは、何だったのだろうと。

 それに、まさかこんな短時間に、この様な形で覚える人間がいるとは、思いもよらなかったと言う。

 確かに、魔力操作を覚える時は手を繋ぎ、一度流してやる事で感覚を掴ませる事はあるという。実際に水戸の場合もそうだった。

 しかし、その他の魔法は体の一部分で魔力を変換する必要があり、そこは当然魔法が放たれる場所なのだから手を添える訳にもいかない。――火魔法なら火傷、水魔法なら打撲だ。魔力変換を感じる余裕など無い。

 さりとて、魔法を変換する部位から遠くに触れてみても、その変換自体を感じるのは難しい。稀に感じる事が出来る人間がいるらしいが、そこまでくると本人の才能が大きいため、ただの天才として自ら次々と魔法を習得していくのが道理だという。


 だが、事実として水戸はその技巧をやってのけ、初めての魔法“火魔法”を習得するに至った。

 水戸は、思ったより感慨の無いまま、魔法の試行を続ける。


「手から火の球が出るとは……本当にファンタジーが過ぎるよな」


 ボンッ、ボンッ、と巨木に魔法が当たる。

 ミレーナがつけた痕の真横に、同じ大きさで――貫通孔を開けていく。


「っ!? ちょ、ちょっとっ!」


「ん? どうかしたか?」


 ミレーナの驚愕はさておき、水戸は次の魔法を試行する。次は水魔法だ。

 放たれた水球――結果、やはり巨木に孔が開いた。

 次は風魔法。


「嫌な予感がするわ……」


 彼女の心配を余所に……とは言っても水戸自身予想はついている。

 現に、放たれた風魔法は風とは思えない速度で巨木に迫り、そのまま“輪切り”にした。

 水戸は、今しがた魔法を当てていた巨木に近づくと、押す。すると、丁度『達磨さん落とし』が失敗した時の様に、幹がズルズルと真横にずれた。


「ふぅ。こんなものか。さて、ミレーナ」


 哀れにも輪切りにされた巨木の前で水戸は振り返る。ミレーナは水戸の向こうに見えるその光景を、ただ茫然と眺めていた。

 嫌な予感とかそういったものを差し置いて、この結果に大そう驚いたのは言うまでもない。

 それからすっかり大人しくなってしまった彼女は、ただ淡々と魔法を教えた。否、見せた、と言った方が正しい。


 隠遁は、『体表に魔力を張ってその上に自然界の魔力を纏う』というものだ。水戸は速攻で習得した。

 “この時点”では、例えば敵の魔力感知から自身の魔力的存在を隠す手段だった。

 最後は魔障壁。これは文字通り魔力の盾を作るというもの。水戸に言わせれば無属性魔法のそれは、本来複雑な形状にする事が難しいらしい。

 透明であるが故、そんな事が可能ならば戦闘で大きなアドバンテージになる、と実感の湧かない説明をされたが、水戸は、ふぅん、と言うと――。


「ミレーナ。俺に魔法を撃ってくれ」


 彼女から十メートル程遠ざかって、そんな事を言った。それを聞いた彼女は、最早(もはや)確信を得たような顔で、迷わずそれを実行した。

 およそ十分後。


「えっと……すまなかった」


 そこには、ぜぇ、はぁ、と息を荒くするミレーナと、平然と大地に立つ水戸の姿があった。――酷いコントラストだ。

 言わずとも、水戸は彼女の攻撃を全て防ぎきった。実に涼しい顔をして。

 ミレーナは立っているのがやっと、といった具合で、水戸はすかさず彼女を支えに入る。

 彼女は悔しさ半分諦め半分といった顔で水戸に支えられ、二人で邸宅へと戻った。

 ちなみに、人型執事は空気でも読んだのか、隣に侍る事すらせず、数歩距離を置いた場所から二人の事を見守っていた。


 ……だが、この時だ。

 この、肩を貸している最中、水戸は一つ確信した事がった。

 彼女の肌は非常に冷たい。それは魔力を学ぶために触れていた時と寸分違わぬ温度だった。

 だが、今の彼女は息も上がっている。つまり、体が火照って然るべきだ。……しかし、そうではない事実が、水戸に一つの答えを提示する。

 つまり、彼女には存在しないのだ――体温というものが。

 赤い眼とチラリと見せる牙。水戸はますます以って、彼女が人外である事を理解してしまうのだった。




―――  ―――  ―――  ―――  ―――  ―――  ―――  ―――




 それから四日が経った。しかしながら、昼夜が分からない今は“四回寝た”という意味に過ぎない。


 相変わらず水戸は魔法の訓練を続け、ミレーナはそれを眺めていた。

 そんな中、時折休憩を挟むのだが、そこで水戸は一般常識以外の事も度々訊ねていたのだった。


 それはまず、弓はあるか、もしくは作れるか、ということ。これはすぐに否定が飛んできた。

 流石は邸宅、工作室はあるものの、弓に適した木やその他の材料が入手できないらしい。――それならどうやってこの屋敷を維持しているのか、増々疑問は募る。

 それに、真剣な眼差しに反して簡単に引き下がった水戸に、ミレーナは僅かに首を傾げるのだった。


 ところ変わり、もう一つの疑問――この世界に『“加護”なるモノは存在するか』。水戸はそんな疑問を投げかけた事もあった。

 何を隠そう、前の世界では異能としか思えなかった力『射撃の異能』(仮称)が、この世界と関わりを持つのか、それを確かめたかったからだ。

 かつて八百万の神を信じていた水戸だったが、それは敬虔な信徒と言われれば首をひねる他なく、それ以前に万物の神に“敬虔な”という表現が当てはまるかどうか甚だ疑問だ。

 だが水戸の持つ異能は、当然人間が気軽に持つモノではないだろうし、持って良いモノとも思えない。

 それは『何者かに与えられた』と説明された方が一番しっくりくるのだ。

 ……だが、ミレーナの回答は、またしても否定。

 魔法で矢や飛翔体の軌道を変える人や魔物はいるが、それは個人が自分で行使する力であるらしい。

 魔力の無い様な世界でそれを行う事は不可能に近いと、最後にはそうも言われてしまった。


 二つの想いとも言える疑問が不発に終わってしまった水戸は、それを忘れる様に魔法の訓練に打ち込んだ。

 彼女の言った事が嘘とは思えないが、それを鵜呑みにして良いものでもない。誰だって百パーセントの回答など持ってはいやしないのだ。

 水戸はこれから先、何度だって知らべ、検証することだってできる。だから、彼女の話も心に留めておくくらいにしよう、そう思った。


 一方、そんな水戸の心中など露ほど知らないミレーナは、それから口数が少なくなってしまった彼に声を掛ける機会をうかがう。そして早くもその機会は、水戸が火魔法を使う際に訪れた。


「ええと……それは一体、何?」


「ん? あー、プラズマ……かな?」


 ぷらずま? と首を傾げる彼女。水戸は、『物質第四の状態』と言っても分からないだろう、と説明を誤魔化す事にした。


「火魔法を極限まで高めると、こうなる……うん」


「そう、なの」


 幾分自信のない水戸に何かを悟ったのか、彼女はそれ以上何も訊いてこなかった。

 そんな配慮を余所に、水戸はこの二日間で高めてきた己の魔法技術を如何無く発揮していく。標的は言わずもがな森だ。

 機関銃より遅く、セミオートに近い間隔で放たれる“光の球”は、巨木を次々と貫いて、視界の向こうに消えていく。最早、一番近い木はハチの巣と表現するしかない。


 ひとしきり放つと、次は水魔法に移る。

 初めはミレーナの真似をして球の形で放っていたが、水戸の手によって昇華されたそれは“ウォーターカッター”そのものだった。

 水戸は、手のひらを森に向けるとすかさず放つ。鋭く突き進む水の線は巨木を易々と貫通し、水戸の手の動きに準じて模様を作った。今回は花の模様だ。


 しかしながら、近くの木に模様を作るということは、それより遠い木はどうなっているのか。

 答えは、次に近い木には同じ形を拡大した模様ができ、その次はさらに倍化。だが、それよりも遠い木には模様が入りきらず、大きな軌道でウォーターカッターを浴びた大木は物悲しく砕け散っていた。


 さて、攻撃魔法の最後は風。この極地は実に単純な話で、たった一言で表現できる。

 それは、粉砕。

 水戸は、手を森に……随分と遠ざかった森に向けると魔法を放つ。すると、水戸の目の前で大きくなった風の球が、その大きさを維持したまま高速で森へと飛んでいった。

 他の魔法と遜色ない速度で飛翔する球は、木に当たると――その部分を全て消滅させた。

 しかし良く見ると、細かい切粉が出ている事がわかり、それは水戸の放った風魔法が“数えきれない程のかまいたち”を含んでいる事を示す。

 つまり、あの風の球は“かまいたち”の集合体なのだ。


 水戸はひとまず、自分好みの形になった魔法を披露し終え、ミレーナに感想を求める。

 しかし、師匠たる彼女の顔は複雑を極めていた。


「凄い……わね。うん、凄いのよね」


 恐らく、何を以って褒めているのか本人が分かっていない。それどころか、褒めているのかすら不明だ。


 火魔法は――極大な熱量を持つ光の球になっているし。

 水魔法は――当たればたちまち斬られてしまう、凶悪なオールレンジ攻撃になっているし。

 風魔法は――当たれば粉々になるまで分解されてしまう、既に凶悪すら通り越した何かになっているし。


 ……はっきり言ってお手上げだった。

 しかも、それだけに飽き足らず、水戸は隠遁魔法と魔障壁にもひと手間加えていた。

 よって『本当に始末に負えない』、それが正直な感想だった。

 

 隠遁魔法は本来、魔力感知から逃れるためのものだ。……しかし、水戸にかかると、完全とは言えなくとも、周囲の光を曲げて光学ステルスを行えるまでになってしまった。

 それは、背後の風景を全て裏側に投影できるには至っていないが、それでも、ある程度解像度を落とした風景を映し出す事ができる。

 この時点で水戸は、森や草原、かつ夜間ならば絶対気付かれない自信があった。


 魔障壁は、体に纏う形状をある程度変える事が出来る様になり、今一番多用しているのが、馬上の騎射戦で使用される甲冑“大鎧”と“当世具足”組み合わせたスタイルだ。――水戸の中ではどちらも大河ドラマで武将が着ているもの、という認識である。

 それはベースを当世具足にし、その上に肩から上腕を護る大袖と、弓を射る時に鎧と脇とに開く隙間を埋める栴檀板せんだんのいた、といった具合。

 ちなみに、水戸がこの形を半ば完成させた時に気付いた事だが、魔力が元々柔軟で、どんなに動いても、元より防御の隙間が空く事はなかった。


 その謎のハイブリッドが意味を持たない事を理解してしまった水戸だが、双方とも戦国の世において最適化された形であり、それに何よりも“格好良い”と思っていたために訓練を続行。無事、完成の日の目を見ることになった。

 そして、その性能とはいうと、ミレーナの魔法攻撃は無論のこと、フラッと森の中に入り、魔物から攻撃を受けてみても、そのどれもが打ち破る事叶わなかった。

 水戸曰く、衝撃一つ感じていないというのだから尚恐ろしい。




 ――かくして、水戸は図らずも、“一国家・一人”が使えれば良いと言われる、大魔導の前段、“極魔法”を会得するに至った。……それも、複数。

 ある属性の威力、魔力密度を極限まで高める事で至るその道は本来、長く険しいものだ。

 延々と鍛錬を積み、あらゆる知見を用いて会得されるべきそれ。同時に、この時代には滅多に存在しないそれを、水戸はいとも容易くその身に覚えてしまった。

 ……本来、乱発・多用できないそれを、息をする様に行使する事が如何に異常であるかを、知る事もないまま。





本日は、ここまでとなります。次回は戦闘回です。

初回故、多めに投稿しました。

これからも、この作品をよろしくお願いします。

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