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(空白)  作者: 顔が盗賊
魂の一歩
5/6

5. かの人、安らぎと学びを得る




 水戸は気持ち良い目覚めを得た。やはり、ふかふかのベッドが良いのだろう。

 ステントガラスの薄暗さは変わらず、室内の照明も落とされ、部屋の輪郭が辛うじて見えるレベルだった。

 それでも水戸はベッドを下りてストレッチを始める。寝てから寝てと、長い二度寝をしたにも拘わらず体のダルさなどは感じない。本当に体調は良好だ。

 そんな水戸が一通りストレッチを終えた頃、扉が開かれ光が差し込んだ。


「おはようございます。お目覚めの程は……よろしい様ですね」


「ああ。最高だ」


 それは兆畳、と頷いた人型――等身大のデッサン人形は、食事をお持ちします、と言ってその場を後にする。

 だが不思議な事に、扉が閉じられた途端、徐々に部屋が明るくなり始めた。

 水戸は、自動照明とは進んでるな、と適当に感動しながらベッドに座る。


 それから時を置かずして人型はワゴンで食事を運んできた。

 しかも水戸の足の下、そこには病院のベッド用机と同型のものが備え付けられていたらしく、申し訳無さそうに水戸にどいてくれるよう頼んだ人型は、その机を引き出して料理を並べた。――ちなみに、水戸も負けず劣らず申し訳ない気持ちになった。


「初めは軽いものから参りましょう」


 並べられたのはスープと野菜の盛り合わせ。まだワゴンの中には残っていそうだが、それは水戸の回復具合によるらしい。

 人型が気を遣ってか、壁の方を向くと水戸は食事を始めた。




 ――結果だけを言えば、水戸は料理を“完食”した。


 初めのオニオンスープ――なにぶん味が“深すぎて”、“美味すぎて”、最早何を飲んでいるか分からなかったが――熱さも忘れて瞬く間に飲み干し、野菜も前の世界と酷似していた事もあってか、頬張る様に胃へとシュートされた。

 それを見た人型が喜んでサイコロステーキ風の料理を出してきたが、それも華麗なフォークさばきによって、瞬く間に殺風景な鉄板だけが残った。

 最後にボス的な存在として出て来たステーキは……とろける様な食感もあってか、本当に溶ける様に水戸の口へと消えていった


「ごちそうさま」


 水戸は満足した顔でナイフとフォークを置く。それを食器と共に片付けた人型は、部屋を後にするが、それを代わりにと現れたのはミレーナだった。


「お邪魔するわね。お加減はどう?」


「最高だ。料理も美味かった」


 ベッドの上で然も満足そうにする水戸に、ミレーナも微笑んだ。

 それから、初めと同じように椅子に座ると、水戸に問い掛ける様に言う。


「さて、それではお話をしましょう。貴方が一体何者なのか、どうしてこの森を彷徨っていたのかをね」


 水戸はほんの一瞬躊躇った。何しろ異世界と言っても荒唐無稽と言われかねないし、その他の話だって狂人と思われ、ここを追い出されるかもしれない。

 しかし、助けてもらった手前、そして、その後に続く彼女の言葉に、隠し事は無用と思わざるを得なかった。

 それに――。


「――もしも、貴方が異なる世界から来た旅人でも驚きはしないわ。だから、包み隠さず、教えて欲しいの」


 それを聞いた水戸は一瞬だけ身を固くした後、諦めた様に口を開くのだった。




―――  ―――  ―――  ―――  ―――  ―――  ―――  ―――




 自分はしがない学生だった。まぁ、とある競技で名を馳せてはいたが。

 仲睦まじい夫婦の間に生まれ、日本という国で育った。

 そこには魔法は存在せず、あるのは学問に則した科学技術のみ。

 宗教はいくつかあり、自分の国ではあらゆる宗教が法の基に自由だった。

 戦争などはテレビという情報端末でしか見た事がない。本当に平和な場所で生きていたのだ。


 ……だが、その人生は突如終わりを迎えた。


 馬車よりも遥かに大きく、金属で出来た乗り物に轢かれて命を落とした。

 そして、気付いたらこの世界にいた。

 しかし目を覚ました神殿で捕らえられ、飛竜の(かご)に乗せられた。

 最後は――その籠ごと、この森へと落とされた。


 しかし自分は生きていた。生きて、同じ境遇の老兵士を探して霧の森を歩いた。

 だが、彼は死んでいた。まるで内側から炎が噴き出した様に、外側だけ真っ白な全身の骨を遺して。


 ――ここまで話した水戸は、こんなものだろう、と短いが物語の終わりを告げた。……何故だか、“救われた”ところまで言うのは、気恥ずかしくて叶わなかった。

 そんな、嫌な記憶と気恥ずかしさの同居した感情を胸に、水戸は目を伏せる。

 それを見たミレーナは、続きを促す事をしなかった。


「――ごめんなさい。辛かったでしょうに」


「まぁ……そう、だな。でも俺には、今がある」


 辛い事は否定できない。初めて人の死を――あそこまで悲惨な死を目の当たりにしてしまったのだ。それも、争いを知らない国、時代から来た。その事実が、彼女の気遣いを増大させるのだろう。

 しかし、水戸の言った通り、自分には今がある。老兵士は……終わってしまったが、水戸の人生には、今も続きが綴られているのだ。


「助けてもらったんだ。悲観していては、そっちにも悪い」


「ふふっ。言葉遣いに反して、そういった気遣いはできるのね」


 言われてしまった水戸は、喉を鳴らして目を背ける。それをミレーナは口に手を当てて柔らかく笑った。


「――そう。やはり貴方は他の世界から来たのね。そういう事なら、“あれ”が必要かしら」


 ミレーナが言うと、指示された訳でもなく人型が部屋を出る。何かを準備するらしい。

 彼女が人型の去った扉を見ていると、すぐに人型が帰って来た。

 その人型はベッドの机に紙を数枚とインクの瓶を置く。そして、持ってきた羽ペンをミレーナに渡すと、その場を辞した。


「少し早いかもしれないけど、貴方も元気そうだから始めるわね」


 有無をも言わさず唐突に始まったのは“勉強”だった。

 水戸は、“あれ”と意味深なアクセントを付ける必要もなかったのでは? と思ったが、それを考える間もなく彼女の教鞭は進んでいった。

 以下、水戸の学んだ事を簡単にまとめる。




 ――ここは剣と魔法の世界。

 何しろ飛竜がいたのだ。やはりと言ったら良いか魔法があるらしく、ミレーナの開口一発目で水戸の顔は晴れ渡った。


 生物は皆例外なく魔力を持ち、魔法などを体系化させ、自らの生存を保っている。

 それは人間だけに限らず、野生生物の魔法も、歴史を追うごとに進化しているという。

 さて、たった今野生動物とひとくくりにしたが、一般に動物は、野生動物と魔物に大別される。一番の大きな違いは、心臓の横に魔核(別名:魔結晶)を持っているか否かである。――持っている方が魔物だ。

 そして魔物の中でも野生動物に似たモノは魔獣と呼ばれることもあり、その歴史的経緯は彼女も知らない。まぁ、そこまで掘り下げるべきものでもない。

 また、人間にも種族が多々あるらしく、それは肌や顔つきの違いで分かる種差もあれば、獣人と呼ばれる動物の特徴を有したヒト種も存在するらしい。――帝国は彼等をヒト種と認めない様だが。

 この話の聞いた時、水戸の目が爛々と輝いていたが、ミレーナは特に何も言わず続けた。


 題目は移り、次は帝国の話だ。

 水戸は、どこの帝国だ、などと思ったが、続く話にその冗談が吹き飛ぶのを感じた。


 ――水戸を森に落としたのは、ハールドルト帝国。この大陸の中でも随一の国力を持つ独裁国家だ。

 隣国にはレディウッド王国とバース王国があり、その二国とは度々小規模な戦闘が行われている。それでも交易は止められておらず、事実上存在しない国境を越えて商人が行き来しているそうだ。商魂(たくま)しいとはこの事である。


 帝国の話に戻るが、水戸を落とした理由の前に、まずは彼等が行っていた儀式について触れられる。

 それは、まるっきり“勇者召喚”だった。

 帝国は強大な国力を以って魔導士を育成し、彼等が交代で勇者の召喚儀式を繰り返し行っているという。……随分と安い勇者召喚だ。水戸は暗い声でそう言った。

 ここで一つ問題になるのが、『何故わざわざ勇者召喚を繰り返すのか』ということ。だがそれは、とある遊具によって簡単に説明する事ができる。

 ――ガチャガチャ。店先やゲームセンターにある、小銭を対価に選択不能な玩具が出てくる装置だ。

 帝国は勇者召喚を行い、他の世界から人間を拉致する。しかし、それはほとんどの場合、確率で言えば“九割九分九厘”という恐ろしい確率で“使えない”勇者、別名――“使い捨て”勇者が召喚されるそうだ。

 つまり、召喚を千回行っても使える勇者は一人。なんとも労力の掛かる事だ。

 ……この時ミレーナは、水戸が言った“労力の掛かる”に反応しつつ話を続けた。


 労力が掛かる・掛かった。つまり、膨大な魔力と高価な魔道具を使用したにも関わらず、それに見合った成果が上げられない。それは組織として由々しき事態だ。

 それは前の世界の企業にも簡単に当てはめる事ができて、水戸は何を当たり前の事だと思う。

 しかしその先が重要。成果がないが故に、儀式は不要であると唱える者が出て来た。しかも、それは帝国内でも力を持っている御仁らしく、このままでは勇者召喚事態が危うい。

 そこで魔導士達は考えた。どうにかして、この儀式が意味の有るもの、有益なものであると証明しよう、と。

 ミレーナはここで一旦話を切る。


「ここまでは、いい?」


「ああ、わかりやすい」


「続けるわね」


 ――勇者召喚はこの国に必要だ。そう唱える材料を欲した魔導士達は二つの事に着目した。


 まず、帝都近くの森だ。

 国家の中枢たる帝都からそう離れていない森。だが、ここに住まう魔物は度々大挙して帝都を襲撃するのだという。

 それは建国以来、当時の大魔導士が築き上げた高い街壁と屈強な兵士達が防いでいるが、兵站にコストがかかる事は否めず、それに彼等の安全も考慮しなくてはならない。

 ところが不思議な事に帝国は一向に森を焼こうとはしない。どうやら、やんごと無き理由があると噂されるが、真実は定かではない。

 ――焼けない森、だが魔物の“生産拠点”というべき森。これが第一の着目点だ。


 次に魔導士達は、勇者にある共通点に着目した。

 それは“魔力量”だ。被召喚者は国家魔導士クラスの魔力を持つものがほとんどなのだ。

 知識の有無、固有魔や、その他有用な特技の有無に関わらず、どの勇者も大きな魔力を秘めているという。


「そうね。少し脱線するけど、教えておかなくてはならない事があるわ」


 ここでミレーナは話を少し逸らす。とは言え、水戸にはそれが必要な事だとすぐに分かった。


 ――この世の生きとし生けるモノは全て、死ぬ時には残りの魔力を一気に放出する。

 それは、近くにある魔道具や魔力を感じ取れる生き物に影響を与え、例えば魔物が極度に大きい魔力に当てられた場合、ほとんどが暴走を起こすらしい。

 しかしそれが寿命による死なら魔力の絶対量も減っていて大した影響はないという。そうでなくては、日常的に街中で魔力の放出が起こり、とてもではないが魔道具など使っていられない。


(なるほど、な……)


 ――そう、水戸は、この時点で薄々検討がついていた。

 魔力の多い“使えない”勇者である自分。死する時魔力を一気に放出するという現実。

 そして最後に、焼き払う事叶わないこの森に“投下”されたという事実。

 そう、それは例える事ができる。投下と同時に一気呵成とエネルギーを放出する、何かに。

 あの老兵士の惨状を生むに足る、何かに――。

 水戸は、これまで“わざと”その答えに触れなかったミレーナに言う。その気遣いは、もう無用だと。


「老兵士……」


「……っ」


「あの老兵士が、そうされた様に、俺は、この森に……投下、されたんだな」


 ――爆弾として。


 水戸の言葉にミレーナは肯定も否定もせず、ただ口を噤み俯く。だがそれは、これ以上にない肯定だった。


「……ミト。これを見て」


 彼女は、おもむろに右手を出す。そして、そこに微量の“赤い粉”を入れると、ゆっくりとそれを閉じた。


「魔力を、流すわね」


 その言葉の直後、彼女の指の隙間から、ポンッ、と小気味良い音と共に煙が噴き出す。

 もう、それは答え合わせに他ならなかった。

 それを見た水戸は、自分の胸に手を当てて、怪訝な顔をする。だが、それだけで彼女には水戸の意図するところが分かってしまう。


「大丈夫――もう、貴方の中には無いわ」


 そう。これが、あの老兵士の辿った真実。

 魔力量の程は知らぬが、老兵士は水戸と同じく赤い粉末――炎系の魔核を飲まされ、森へと落とされた。

 だが、この世界の人間の強度が高いのか、一度で死ねなかった老兵士は、森を彷徨った最後、あの場所で死んだのだろう。

 ――文字通り、命を燃やし尽して。周りの魔物達を道連れにして。

 死んだ事で放出された魔力は魔核に変換され、踊り狂う炎となって、老兵士とその一帯を焼き尽くしたのだ。


 ミレーナは一呼吸置くと、改まって、それでいて申し訳なさそうに言う。

 自分が当事者でもあるまいし、深く目を伏せながら。


「――貴方は炎の司る魔核の粉末を飲まされ、この森に落とされた。帝国の思惑では、貴方が爆発する事でこの森の魔物を減らす筈だったのよ」


 まぁ、ならなかったが。水戸は皮肉めいて応える。


「けど、彼等の予想に反して貴方は強かった。本当は落下で死ななくても、ここの魔物達は“使い捨て”勇……ごめんなさいね」


「気にしないで続けてくれ」


「分かったわ。――ここの魔物達は“一介の”勇者では到底敵う相手ではないの。だから、結局はそこら中から魔物を集める結果になって、最後には彼等を巻き込んで……爆発するのよ」


 森の中を逃げ回って敵を集め、むさぼられ、密集したところで爆発。

 ――なんとも“できた”爆弾だ。水戸はそう思った。

 そして、同時にこうも思った。

 人間を生きたまま爆弾にする。そんなもの、正気の沙汰でない。

 帝国の深淵なる心など知ったことではないが、それでも同類たる人間にそんな事ができる彼等を、水戸は心底恨んで……憐れむ。

 そこまで堕ちた心。そんなにまで追い詰められた、倫理の壊れた彼等の心を。




―――  ―――  ―――  ―――  ―――  ―――  ―――  ―――




「ふぅぅぅ……」


 話はひと段落付き、水戸は深い溜息の後瞑目する。ミレーナも、この事実を頭で咀嚼する時間が必要だろう、と視線を落として待った。

 それから少し経ち、それでも、きっと酷い顔をしているだろうと思いつつ、ミレーナは視線を水戸に戻した。しかしそこには、予想に反して幾分か暗くとも『納得』といった表情があったのだ。


「その……憤りとかは……感じないのかしら?」


 ミレーナの言葉に顔を上げた水戸は、彼女の方を見る。

 その心配そうに見る表情に少々どぎまぎしながら口を開く。


「まぁ、怒りはある。ただ殺されるどころか、爆弾なんてものにされたんだ。自分から望んだのならまだしも、知らぬ間にされていたら誰だって怒るさ」


 声に出した所為だろうか。水戸は、「あれ? そう思うと怒りが湧く」と言って眉間の皺を深くする。

 しかし、思い返すまでその感情を得なかった水戸に、ミレーナは何か思ったのか、困った様な顔で言う。


「そ、そう。それにしては“そこまで”な気がするのだけれど」


「そうだな。如何せん、展開が早過ぎて頭がついていってなかったんだ」


 飛竜の籠で意識を取り戻し、老兵士と数回話したらそのまま落下。――失った意識を再度取り戻して、惨たらしい老兵士と血肉の絨毯を見て、化け物オオカミに襲われて、助かって、また意識を失って……。

 そして、ここに至る。確かに、世界を越えてからこちら、忙し過ぎた。

 しかし水戸は、「ところで」と、この話を切り上げる。別に話したくないとか、そこまでトラウマになっているものでもないが、これ以上話すと恨みとか復讐とか“自分一人で納得するべき問題”までも、彼女に話してしまいそうだったからだ。


「うん、ここまでよく分かった。ありがとう。そうだな。次の話を頼んでもいいか?」


「そう……。分かったわ。続けるわね」


 二人して、山場は越えた、と胸を撫で下ろす。暗く重い話は一先ず終わり、この世界に広く浅い一般常識にスポットを移す。

 次の内容は通貨だ。


 ミレーナは羽ペンで文字を書いていく。

 それは文字に数字が添えられたもので、水戸は黙って内容を読む。


――――――


通貨単位:カッシュ


小銅貨十

銅貨百

小銀貨 千

銀貨万

小金貨十万

金貨百万

大金貨千万

白金貨一億


――――――


 とことん今更だが、水戸は文字を読めている事に気付く。しかしそれは、召喚された異世界人だから当たり前という可能性もあるし、ミレーナも特に言及しないので殊更宣うことでもないか、と静かに自分の中へと落とし込んだ

 彼女は書いた表を一通り読むと、続けて言う。


「そうね。貴方に分かりやすいものだと、携帯食料かしら。一食一本で七百カッシュよ」


 と、言われてもよく分からない。それでも、知っている製品に当てはめると、最高級の“そういった”食品、と解釈できなくもなかった。

 水戸は、それよりも気になった事を彼女に問う。


「随分と細かく分けられているんだな。それに一カッシュ硬貨はないのか」


「ええ。それもどういう経緯から知らないわ」


 言葉にせよ通貨にせよ、それはその時代に適した形になっていくものであるし、各々国の偉い人が決めるべきものだ。

 だから、彼女が知らないのも当然、そう思えた。


 ――次が最後のセッションになる。それは、水戸が待ち望んでいた物でもあった――『魔法』だ。


 まず魔法とは何か。それは“魔法とは自らの魂から漏れ出た生命力を常世(とこよ)の事象を変えるために使用した結果”であるらしい。

 その説はこの大陸にいくつか存在する学術都市、そこで唱えられている定説だという。


 また、それを“世界が認識できるレベル”で使える人――薪に助燃物無しに火を付けたり、一人の渇きを満たす量の水を生み出したり、そういった事を出来る人は少ない。尚、高級な魔道具を使えばその限りでは無いようだが。

 しかし現実、魔法を専門に生計を立てている人は千人に一人を満たないらしい。しかも多くの魔法使いの地位は高くない様で、それでも高位の魔法使いとなると“魔道士”と呼ばれて国のお抱えになるか、宮仕えになるという。

 つまり、それ程貴重な人材なのだ。




 ――そういった話が終わる頃、人型が紅茶を運んできて、二人は一服。

 そして、ミレーナはこの授業の終わりを告げる。


「――これでおしまいよ。……とはいえ、ほとんどが貴方の経緯になってしまったのだけれど」


「いや、助かった。本当に」


 常識を教えてもらったのは当然嬉しい。それに、獣人や魔法といった心躍るワードも多々聞く事ができた。

 そして何より、自分を落とした“犯人像”も、その“理由”も分かったことも大きい。

 彼女の話を鵜呑みにするわけではないが、これから自分で探ればいい話であるし、その機会はいくらでも訪れるだろう。そう思う。何故なら――。


 ――何故なら、高確率で自分は強いからだ。ミレーナも同じことを言っていた。


 異世界から召喚される“使い捨て”勇者。その全てがこの森に落とされ、爆発によって命を散らす。

 さりとて、彼等も魔導士レベルの魔力を有する。しかも、中には固有魔法を持つ者さえいる。

 そして最後に。千人に一人は有用な勇者が現れるらしい。この森で生き残れるであろう、“爆弾に成り得ない”勇者が。つまり――。


「なぁ。変な話だが、俺は……使い捨ての方じゃなかったのか……?」


 唐突に訊く。しかし、彼女の反応は芳しくない。


「それは……分からないわ。彼等が何を以って判断してるかまでは分からないもの」


 とはいえ、結果的にはそうだ。彼等の思惑に反して水戸はここにいる。生きているのだ。

 既に魔核は体内に無く、消化か発汗による排出かは知らないが安全な状態。最早、彼等の爆弾にはなり得ない。

 そして何より、あの落下から傷一つなく生還したのだ。当時の状況を鑑みるに、それは奇跡ではなく、水戸の身体が起こした必然と思えてならない。

 それから考えに耽る水戸。一方、そんな彼の疑問に何か思いついたのかミレーナは立ち上がる。

 彼女は、少し待ってね、と言ってベッド横の小さな机に向く。そしてその引き出したから紙を取り出すと、それを水戸に渡した。


「これを持って」


 水戸は渡された紙を指で挟む。何も起こらない。

 てっきりお約束の魔力を測る紙か何かかと思ったが、違うのだろうか。


「それは人の魔力を測る紙よ。具体的には色が変わるわ。貴方がどれほど強いのかは、正直なところ分からないのだけど、魔力だけはこれで分かる筈よ」


 合っていたではないか、と水戸は抜けた顔になる。

 しかし、水戸のそんな些末な気持ちにミレーナは構わず続ける。


「これは旧式で分かり辛いのだけれども、魔力の濃さによって色が変わるわ」


「ん? 濃さ、なのか?」


「ええ。量では流す時間によって絶対量が変わってしまうから」


 よく考えて作られたものらしい。否、前の世界と比べているからそんな事を思うだけ、と水戸は(かぶり)を振る。


「魔力を流してみて……と言っても、異世界人には分からないかしら」


「俺の世界には魔法はなかったからな」


 科学の発達した世界には魔法は存在しない。サッカーが得意な親友が言っていたし、先程水戸自身も話したばかりだ。


「そうね。ならばその練習から始めましょう。少し失礼して……」


 ミレーナが水戸に手を伸ばす。そのまま自然体で水戸の手を取ると、互いの指を組んでしまった。恋人つなぎ、の様なものだ。

 水戸はされるがままだった自分に内心驚くが、既にほだされている感が強い事に気付き、諦めて次を待った。


「これから魔力を少しずつ流すわ。初めは難しいかもしれないけど、抵抗せずに受け入れて」


 そう言うと、彼女は自分の手に視線を落とす。予想だが、初めて魔力を体験する人間を驚かせない様に、注意を払っているのだろう。

 そして、その結果はすぐに訪れた。


「少し暖かい、か?」


「そう、それよ。不思議ね。全く抵抗を感じないわ」


 それはファイアウォールの無いガバガバ状態と同じなのではないか。水戸は心なしか不安になった。

 だが、どことなく嬉しそうなミレーナを見ていると、それもすぐに霧散してしまう思い。

 それから時間をかけて魔力の流量が増され、ある一点まできたところでミレーナは言う。


「さぁ、貴方も真似してみて」


「真似……ね」


 丁寧な様に見えて若干乱暴な指導に水戸は、どうしたものかと唸る。

 一度感じたからと言って、それをすぐに真似できるかと言われれば仮にスポーツでも難しい。

 しかも、世界を越えた全く常識外の現象だ。それをすぐにやれと言われて出来るようなものでは無い。

 と思っていたが……。


「――そう、そうよ。初めてにしては上手だわ」


「……」


「凄い。本当に魔法の無い世界から来たのかしら?」


 ――結果、出来た。

 水戸は辛うじて記憶にあった『ファンタジー魔人:常幸』の言うところの魔力操作を実行した。それは心臓の周り、表現としては、そこに“ほわほわ”とした何かを感じ取り、それを体の中で移動させるものだ。

 まるで熱を移動させる様に。ふわふわしたものを押し出していく様に。水戸は己が体内にある何かを動かしてく。

 結果として、心臓まわりの熱が少しだけ外れ、それはミレーナと繋いでいる手の方にゆったりと動いて行ったのだった。


 かくして、難なく初めての魔力操作を成功させた水戸。そんな彼にミレーナは称賛を多分に含んだ疑問を投げかける他なかった。

 彼女は言う。


「しかも濃密な魔力ね。まだ慣れてないから、これは訓練すれば凄い事になるわ」


 それは確信の声色だった。

 しかし何故だろうか。水戸の視界の先、ミレーナの表情には、嬉しさの影に物悲しさが映り込んでいた気がして――


「それでは、改めてこの紙に魔力をながしてみて頂戴。多分、濃い色になるわよ」


 だが、その表情はすぐに次のものに入れ替わり、水戸に渡した紙を一心に視る。

 はたしてどんな色になるのか、と期待に胸を躍らせているのが手に取る様に分かる。

 ……ただ、その表情も結果を見るまでの、一時的なものになってしまったのだが……。


 水戸は結果を見て呻く様に言う。


「ええと――これは……色、なのか?」


「ごめんなさい。こんな色、見た事がないわ……」


 水戸の指。そこに挟まれた紙が示した色は――無。

 つまり、無色透明だった。





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