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酒に酔い

びゅうびゅうと吹き付ける風。紅葉も疎らだから木枯らしというわけではないけれど、どうその気がある冷感に一瞬身が引き締まる。



「今日は出歩きたくなかったなぁ…」



「出歩くって、たかが駐車場から店の中までだろ」



自分としてはボケたつもりはないのだが、友人に冷静にツッコまれて「確かに」と思いかけた。考えてみれば今しがた駐車場に車を停めてそこから歩いているだけで、外に出る時間はないに等しい。けれど道すがら車に吹き付けてくる少し強めの風の音を聞いているだけで寒々とした印象になってしまう。季節が季節なら雪が降り出しそうな曇天なのもいけない。てな具合に釈明すると、



「まあ気持ちは分からなくないが、お前が『買い出し行かなきゃ何にも無い』っていうから」



「友人の誕生日を祝ってやらなきゃならんのに、何も無いのはいけないだろ?」



「いや、そんなこと…ああ…まあいいやめんどくさい」



何かを言いかけて辞めた友人。もちろん自分がいかに理不尽な事を言っているかは理解していて、そもそも俺は親友とも言える男の誕生日を今朝突然思い出してSNSで『今日祝ってやるから家来いよ』と連絡したのに何も準備してなかったという壮絶なボケをかましたばかりである。なのにこの言い草はあんまりだろうという『天の声』が聞こえるような気がする。でも外に出てみてこの天気だし、気乗りがしないわけではないがどうにも物臭が…。



そんな自分でも何だかんだ言ってノリもよく買い出しについて来てくれるあたり出来た友人なのだが、いわゆる倉庫型の大型スーパーの中での物品の物色でも優柔不断さを発揮する俺にてきぱきと指示する友人の姿は対照的だったかもしれない。そんな中でも唯一譲れなかったのが地理的な事を考慮するとやけに品ぞろえの良い「地酒」だった。



「この千〇成っていうのが美味しいんだけど、こっちの〇気一っていうのも捨てがたいし、オーソドックスには大〇だろうか。メジャーだしね」



出身がK市の友人には良く分からない地酒のコダワリ。お互い日本酒を覚え始めてから良く居酒屋で飲んだりするけれど、その度に訴え続けている地酒の旨さもN市との縁が俺の存在くらいしかない友人にとってはウザったいものなのかも知れない。



「まあお前が言うんならそうなんだろうな。名前的には大〇は知っているけど、後の二つは知らないなぁ…」



「どっちもおすすめだから、この際だから二本買うよ」



「そうか。まあどうせ飲むしな」



年齢的に誕生日にプレゼントを贈るような事はし難いというか、どうせ欲しいものは自分で買ってしまう男だから酒盛りが一番良だろうという判断はそんなに悪くはないと思う。つまみをつまむレベルではないくらい買い込み、カートを押してレジに向かう。いつもは意識しないけれど妙に家族連れが多いなと感じた。




その後15分程で家に戻ってダラダラと過ごし始める。自然といつも通りの駄弁りになって話題は何となく将来の事。



「今日でお互い26だろ?もうそろそろアラサーって呼ばれるよな」



何となく告げると、



「つーか、俺はもう若さなんてないから。身を落ち着けたいという気もしてきたかな」



と意味深な答え。



「具体的には?」



「そりゃあまあ、家庭を築くとかだろうな」



「具体的だな」



「…。」



そういえば友人には恋人というか付き合っている人が居て、かれこれ5年目になるらしい。恋愛に奥手なのを越えて拗らせて既に恋愛が出来ると思わなくなった俺はあまりそういう話を振る事ができず、バカみたいに『恋愛ってどんな感じ?』と印象を聞くくらいが関の山だろうか。実際、バカなのかも知れない。



「お前は賢いかも知れないな」



そんな事を思いかけたのに、友人から唐突にこんな風に言われて仰天しかけた。



「え?何処が?」



「まあ、いろいろ面倒くさい事に巻き込まれないようにしているところとかな。まあ恋愛の事だよ」



「どういうこと?」



「つまり、まあ恋愛の果てには大体はそこしかないって事だよ。いつの間にかそういう雰囲気になって親に紹介するとか、だんだん関係が家と家の感じになってって中途半端では居にくくなる。望んでるのか望んでないのか最早分らないが、一番円満な方法は結婚という話になるんだろうな」



あっさりと妙に醒めた感じで言う友人の話が自分のイメージと食い違っている事に少し戸惑いながらもやけにリアルに想像出来てしまった。「お前は望んでるのか?」と訊いてみたくなったが、少し聞きにくくなったのでその時は話題を変えた。



話題と言ってもお互いに分りきった事ばかりだが、最近気になりはじめたアーティストの新曲を聞かせてみたり、SNSでのやり取りの説明とか意外と話す事はある。今日の主役は友人の筈だが聴き手に徹してくれているようにも感じた。




西の空が赤焼けた頃に酒盛りが始まった。買ったものだけれど料理も寿司やら肉やら色々用意したので二人では食べきれないかも知れない。今日は家に泊まる予定だし存分に飲んでもいい状況だから何だかんだ無くなってるかも知れない。ちょくちょくスマホを確認しながら「旨い旨い」と言いながら買ってきた酒を呑む友人。明日帰りのお土産にもう少し買って行くのもいいかも知れない。




一升を空けた頃だったろうか、友人がおもむろに語りはじめた。その時の表情が妙に心に残った。



「結局、家庭を持つって事はこういう風にして自由に過ごせる時間がほぼ無くなるって事なんだろうなって思ってる」



「ああ、そうだろうな」



咄嗟に相槌を打ったが、その意味はよく分かってなかったかも知れない。



「まあお前は何だかんだで好きな事をして過ごしてゆくかもしれないが、友人としては何というか申し訳ないという気持ではないが、心残りもあるのは確かだ」



「心残り…」



「まあここだけの話しなんだが、近々入籍だけはしておこうかなって思ってる。本来なら誕生日だと彼女と過ごすのが良いんだろうけど、たまたま彼女に用事が出来て今日空いちゃったからな、明日も休みだからその埋め合わせをしてくれるんだとさ」



「そっか。なんか俺そういう事想像出来てなかったかもなぁ…」



そこで俺は考えてみると今までそういう事を意識させず変わらず付き合ってくれた友人のありがたみと言うべきなのだろう、そういう事を感じざるを得なかった。だが、友人は言った。



「いや、だからそういうノリで俺も行きたいなって気持ちはまだあるんだよ」



「ん?」



酔っているのかしみじみとした状況からなんだか一気に暴走しかけているような気がする。



「いや、だから、ぶっちゃけちまうと面倒くさいんだよ!つーか、絶対気を遣って合わせてる部分があるだろう?明日埋め合わせしてくれるって言っても、多分買い物に付き合わされるんだろうし、何だかんだでおめかしするわけだ。その何て言うのか、必要と分っていても何でそんな事しなきゃなんないのかって時々思うんだわ。そりゃ好きだけどさ、それと色々生活を合わせてゆく事って同じ次元なのかって時々だれかに愚痴らなきゃやってけないっていうか、その相手がお前でさ、お前は自由だしさ、何か気が楽だしさ、男臭い趣味も話せるしさ、なんていうの?こういうの?」




ダメだ…こいつ完全に酒に呑まれている。



「うん、わ…分った。お前が大変なのは分った!!だから少し落ち着こう、な?」



俺の制止も虚しく、友人はべろんべろんになるまで飲み続けずっとまくし立ていつの間にか寝落ちしてしまった。



「なんだか苦労してんだな…」



真っ赤な寝顔にそんな事を思いながらその後はやはり旨い地酒を嗜んだ。




翌日、目覚めると友人が既に帰る準備をしていた。



「あー。昨日はわりぃ。悪酔いしちゃったみたいだ。でもなんかすっきりしたわ」



「ああ、そうか。今日は彼女と過ごすんだもんな」



「まあな」



その時の照れくさそうな表情が全てを物語っているように思った。何だかんだ言いつつも、結婚しようと思っている相手とはそういうものなんだろう。帰り際、



「あ、今日昨日の地酒お土産に買ってこうと思ったんだけど…」



と思い出して言うと、



「うん。旨かったから、個人的に買ってゆくつもりだよ。あれはもっと広めるべきだな!」



と嬉しそうな表情で答えた。どの酒を買っていったのか、後で訊いてみようと思うのだった。

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