捜し求めて
僕は懐中電灯を片手に、屋敷に雪子の痕跡を探した。恐怖感はなかった。ガラスを蹴散らし、タンスを倒して、カビの生えた服を投げ捨てた。月の隈なき夜だったから、差し込む月光が透き通っていた。小一時間探しても、彼女の形見や彼女に関わる何かは見つからない。疲れていったん腰を下ろすと、庭のほうに、何かが光って空を漂っている。蛍である。今までは、彼女との交流に夢中で気が付かなかったが、それはおそらく、あの日から今まで飛んでいたに違いない。きれいだ、と僕はぼんやりとした頭のうちに思った。彼女がいなくとも、屋敷は相変わらず不気味で、蛍はきれいだ。……まるで何事もなかったかのように。
違う、と僕はつぶやいた。ここはあの屋敷ではない。もちろん妄言だった。しかし、僕にとっては、もはや紗雪と幽霊屋敷は、不可分の存在になっていた。一番大事なものを欠いたこの屋敷は、見た目では変化なくとも、確かに本質的には全く異なるものだった。疲労と汗にまみれた身体を動かして、僕は再びもの探しを始めた。
あの5つ目の部屋に、それはあった。
新聞の切り取りだった。複数あったが、どれも同じ事件のことを報道している。見出しはどれも、
『一家の一人娘死亡 自然発火か』
というものだった。事件の概略は、平成11年8月23日の午後11時頃に、この家(他でもないこの幽霊屋敷)から火災が発生した。隣家に燃え移る前に消火されたが、家で一人で留守番していた当時17歳の浦上紗雪さんが、一酸化炭素中毒で死亡した。原因は、火の消し忘れによるキッチンからの発火ということで確定したという。
以上のようなものである。
読み終わって愕然とした。僕はにわかには信じがたかった。雪子という名前の、全く別人であってほしかったが、記事に掲載されている顔写真には、忘れもしないあのきれいな顔が載っていて、左の目尻には、ほくろがあった。もはや疑う余地は残されていなかった。
「紗雪は……死んでいた……10何年も前に?」
それでも、僕にはまだ信じられなかった。
彼女は幽霊だったとでもいうのか? ならばあのあたたかさは何だ? 幽霊は冷たいのではないのか? そもそも幽霊は触れないのではないか? ならばなぜ僕はあの時紗雪の体温を感じられたのか?
疑問は尽きなかった。しかし何より、僕が解せなかったことがあった。
彼女はなぜ……、
「なぜ、何も言わずに消えたんだ?」
近所の人は皆最近越して来たらしく、この事件のことを知らなかった。手がかりを得ようとしても、思うようにいかなかった。
しかし、たまたま通りかかった老人に、ダメもとで尋ねてみると、彼はうち頷いて、
「ほお、あの事件じゃな、あれは痛ましかったのう…。」
「ご存じなんですか?」
「それは、もう。あの事件はなかなか忘れられんて。今はここらはさびれてしもうて、皆どこかへいってしもうた。遺された母さんとばあさんも同じように、娘が死んだ家では暮らせぬと言って、遠くへ行ってしまった。」
「そ、その人たちがどこに行ったか、分かりますか!?」
「はて……どこだったかのう。何せ10何年も前のことじゃから、年寄りは覚えきれん。」
「そんな……じゃあ、その人たちの名前ってわかりますか?」
「おお、それは分かるとも。」
……。
調べていくうちに、二人はもうすでに、この世の人ではないことが分かった。
彼らはその事件の後に海岸沿いの街に移ったが、間もなく祖母が、環境に適応しきれなかったせいか死に、すぐに母も、生きる希望を失って、自ら命を絶ったという。他に身寄りのない三人の亡骸は市長の手で葬られた。幸運にも彼らの知人である老人に出会い、彼らの墓所を知ることができた。そこは海沿いの街から電車で一時間したところにある、さびれた寺院ということだった。
寺院の最寄り駅は、山の中の人少ななところにあった。電車は一日に3本あるかどうかというほどで、滅多にここで乗り降りする人はいないらしい。着いた時には、時刻は午後8時を回っていた。
わずかに降る月の光を頼りに、線路沿いの砂利道をひたすら歩くと、やがて分岐点に出る。そこを左に曲がって、さらにまた行けば、目的の寺院に到着する。
そこは思っていたよりもさびれていて、なにやら物凄く、あのカゲロウ坂の幽霊屋敷よりも、幽霊が出そうなところだった。暗さはひとしおで、懐中電灯がないと、ろくに歩けそうもない。生温かい風が吹くと、木の葉がすれて静かな音を立て、そこに梟の声や、獣の遠吠えが入り混じり、何やらとんでもない山奥に来てしまったというような、あながち錯覚ともいえない心持ちになった。
破れた門を入り、かつて本尊が安置されていたと思しきとこを過ぎると、そこには、紗雪たちが眠っている、墓場があった。




