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不安

 約二週間、幸福な時間を送った。

 僕は彼女と遊ぶために、トランプのみならず、サッカーボール、グローブと軟式野球ボール、バドミントンの用具、はてはベイゴマ、ダーツ、めんこなど、二人で遊べるものは、思いつく限り持って行った。彼女は僕がそういったものを持っていく度に、うれしそうにして、僕といつまでも遊んでくれた。しかし僕が不思議に思ったことには、彼女はおもちゃを何一つ持参しなかったのだ。それを尋ねてみると、「前にも言った通り家が厳しいですから、おもちゃは買えないんです。」と、彼女はさびしげな笑顔を浮かべた。そんな顔を見た僕は、自分の質問の軽率さに後悔し、二度とそのことを尋ねなかった。

 彼女は、いつも僕より先に屋敷に着いていて、こちらの姿を見るたびに、うれしそうに手を振ってきた。最初は気恥ずかしかった僕も、しまいには手を振り返していた。そうして彼女の笑顔を見ると、ああ、今日も来てよかったなと、しみじみと感じられるのだった。

 彼女はいつも制服姿だった。白い、見るも涼しげな、セーラー服だった。僕がたまに私服で行くと、彼女はまず最初に、

「その服、似合ってますね。」

と言って、まるで自分のことのように笑うのだ。僕が制服以外は着ないのかと言うと、「これが好きなんです。きらいですか?」と上目遣いで聞いてきたから、僕は慌てて否定して、これももう尋ねなかった。

 また、彼女と過ごしてみて、気が付いたことがある。左目の目尻にほくろがあるとか、手の爪が、唇と同じくらい鮮やかな桜色だとか、胸が意外と大きいだとか、外見的な特徴に関しては、数えきれない発見をした。一方内面については、一つしか発見がなかった。

 彼女の目の奥が、いつも悲しみに暮れているのである。

 僕と遊んでいる時には、すこぶる楽しそうにしている。それは偽りのないものだろう。しかし、少しすると、彼女の瞳の奥には、悲しみが冷たく燃え始めるのである。それもまたうつくしかったが、彼女の笑顔が好きな僕にとっては、彼女を喜ばせることができないのが、なんともつらい現実だった。

 けれども一方で、こんなこともあった。

 僕がいつものように行くと、彼女は何か作業をしているらしい。庭のあたりでごそごそやっている。物陰に隠れてうかがっていると、「できたあ。」という声とともに、彼女は額の汗をぬぐった。少し間を置いて、僕が今来たかのように挨拶すると、彼女は心なしか、うれしそうである。僕が、「どうかしたの?」と聞くと、得意げに、後ろに隠していたものを、「ジャジャーン!」と言って、お披露目した。

 それは雑草で編まれた冠だった。

 前述したように、この庭には花がない。本来なら花の冠の出番だったろうが、彼女はどうしても、冠を作りたかったのだろうか……他ならぬ、僕に。

 それは緑一色で、味気なく、平行な葉脈が、どこかうすら寒いほどである。でも、あたたかい。

「屈んでください。」

 言われたとおりに、彼女の腹のあたりまで頭を下げると、ふわりとした感触とともに、冠が置かれるのが分かった。顔を向けて、照れくさくなり、「…サンキュ。」と小声で言った。

 すると、彼女が僕の首に手をまわして、やわらかに抱擁した。

 彼女の心臓の鼓動が、間近に感じられる。いや、それどころではない。大きな胸や、吐息、さらには髪の毛が僕の鼻をかすめて、艶めかしいかおりでくすぐった。

 僕は一瞬、何が起こっているのか分からずに、呆然としたが、すぐに耳もとで、

「……これからも、そばにいてくださいね。」

というささやきとともに、頬に、やわらかく湿った感触が走った。しばらくの抱擁の後に離れた彼女の顔は、耳まで赤く染まっていたが、相変わらず笑顔だった。僕はものすごく気恥ずかしかったが、笑ってごまかして、何事もなかったかのように遊んだ。……しかし、両者の顔は、真っ赤になっていたことだろう。

 

 そんなある日のことだった。いつものように夏期講習で学校に行くと、友人に手招きで呼ばれた。無意識にそちらへ行くと、ガッと肩をつかまれて、

「おい、お前昨日どこ行ってたんだ?」

と聞かれた。

「別に、すぐ家に帰ったけど。」

 馬鹿正直に言うわけにはいくまい。

「嘘つけ。お前、あそこ行ってたよな?」

「あそこって…?」

 いやな予感がした。

「とぼけんなよ。幽霊屋敷だよ、カゲロウ坂の。」


 実は昨日、自転車にまたがっている僕に声をかけようとして、僕が家と反対の道を行くから、ちょっとした興味でこっそりついていったところ、僕が、あの屋敷に入っていくところを見たらしい。

「それで、何を見たんだ?」

「何って…お前、おかしかったぞ。」

「おかしい…?」

 また、いやな予感がした。

「お前が入った後に、俺が玄関に入ってみたら、お前の姿がどこにも見当たらないんだ。お前が入った直後なのに、だぞ。走ってどこかへ行く音は聞こえなかったし、なにより走っても、お前の後ろ姿くらいは見えたはずなんだ。」

 聞いていて、身体がどんどん冷たくなった。気が遠くなりそうだった。

 僕が消えた? 馬鹿な。僕は昨日もあの屋敷でずっと遊んでいたんだぞ。あの子と一緒に…。

「じょ、冗談だろ?」

「こんな趣味悪い冗談は言わねえ。」

 彼の言うことは最もだった。彼はきつい冗談を言うような人間ではない。

「じゃ、じゃあ女の子は? お前は見たのか?」

「馬鹿言うな。お前すら見つけらんなかったんだ。女の子の姿なんて見たわけねえだろ。」

 ……その日の授業中は、放心状態で過ごした。友人には病院か、さもなくばお祓いを受けるように勧められたが、お前は夢でも見ていたんだろうと、無理な言い訳をして、ぎこちないはぐらかしをした。

 そして、また夜の8時まで待ち、絶望的な希望の中で、僕は自転車を走らせた。


 けれどもその日から、紗雪は屋敷に二度と来なかった。

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