彼女との時間
翌日、夏期講習を終えてまた例の屋敷へ向かうと、少女は既に到着していて、僕の姿を見ると、うれしそうに手を振ってきた。照れくさかったが、僕もなんとなくうれしかった。
また肝試しはつまらないから、トランプでもやろうと誘うと、彼女は素直に承諾してくれた。ところが、二人でやるトランプ遊びなど、神経衰弱くらいしか知らなかったから、僕は後悔した。でも彼女は楽しそうにしていた。僕を気遣ってくれたのだろうか。いずれにしろありがたくて、彼女は外見だけではなく、内面もうつくしいことが分かった。
トランプに飽きて、庭で鬼ごっこをした。彼女は運動が苦手らしく、途中で何度も手に膝をついて、呼吸を整えていた。それを見て、彼女が大丈夫だと言うのを却下して、鬼ごっこはやめた。そして、することもないから、しりとりをしたが、これもまた、終わりがないことを思って、やめた。しりとりの次は、草相撲をした。二本の葉の茎を十字に合わせて引っ張り合い、ちぎれたほうが負け、という遊びである。これは単純な力比べではなく、勝率は五分五分だったから、長く楽しめた。が、30分ほどで飽きてしまった。
することもないから、廃墟にある縁側に、二人して腰かけた。僕が、
「つまらないかい? ごめんな。」
と気遣うと、彼女は慌てて首をぶんぶん振り、
「と、とんでもないです! 私はとても楽しいです。むしろあなたが、私と一緒にいて退屈してないかが心配で…。」
と言ういじらしさだった。
やがて、遊びにも飽きたので、
「なあ、君の話、聞かせてくれないか。」
僕は思い切ってそう言った。彼女は急にそう言われて少しきょとんとしていたが、俺も話すから、と慌ててつけたすと、くすりと笑って、いいですよ、と言ってくれた。
「私は両親と祖母と兄2人と一緒に暮らしていました。やがて父と兄2人は死に、私と母と祖母だけが遺されましたが、母は私たちを養うために昼夜を問わず働いたので、実質的には、祖母との二人暮らしのようなものでして、生活能力は、祖母から教えられました。私はこの通りおとなしい子供ですから、学校内では目立つこともありません。成績も平均より少し上くらいで、得意教科もあまりありませんけど、家庭科は得意なんですよ。昔から裁縫とか料理とかは祖母から厳しく教えられていて…」
女は男を支える存在となれ、と教え込まれ、家事一切はこなせるらしく、また詩や短歌も少し勉強しており、書道もある程度はできるらしい。なんだかひと昔前の女みたいだな、と思いつつ、
「それでも成績はよくないのか?」
「学校ではあまり使えませんから…。」
「ああ……。」
彼女は血を分けた人間を三人も失っている。そのかなしみは、華奢な身体には抑えがたいものに違いない。
それでも、彼女は今こうして、うつくしく生きている。僕なんかとは、比べ物にならないくらいの、生命を宿しているのだ。
「そっか、それもそうか。でも君ならいいお嫁さんになれるよ。」
からかい半分に言っただけだった。そして、彼女の照れて顔を赤くしたのを見ようとしただけだった。
しかし、予想を裏切って、彼女は悲しそうな顔をした。
「お嫁さん、ですか…。」
「ど、どうしたの? なんか、ごめん。」
「いえ、あなたが謝ることじゃないですよ。…そうだ、私ばかり話すのは不公平ですよ。あなたも何か話してください。」
「ん、そ、そっか。」
僕は自分が高校三年で受験を控えていること、でも将来の夢も特に定まっておらず、勉強のモチベーションも低く、おまけにそれに代わる何か熱中できるものもないから、鬱屈した日々を過ごしていること、などを話した。僕がしゃべっている間、彼女はいやな顔一つせずに、表情豊かに聞いてくれていた。それはまるで季節のように目まぐるしくて、彼女が美少女であることを、再確認させた。
「そうですか…。でも、やっぱり将来の目標は、何か持っていたほうがいいと思います。」
やや遠慮がちに言った。言いにくそうに、指をもてあそんでいるのが、いじらしい。
「あなたは優しい人ですし、きっと将来はすごい人になれると思います。だから、ここでつぶれてしまうよりも、いい大学に行って、それから将来の夢を見つけるのも、いいのではないでしょうか?」
「とんだ買い被りだな…。」
「買い被りだなんて、そんな!」
何気なく言ったつもりが、引っかかったらしい。
「あなたは昨日、私にあんな状況で話しかけてくれましたし、一緒に屋敷を回ってくれて、鍵を見つけてくれました。」
「いやあれは君が…」
「今日だって、私の無理な約束を受け入れてくれて、友達のいない私と遊んでくれています。何より…何よりあなたは、優しいんです。」
彼女はきっと、その透き通るように黒い瞳で、僕の目を見た。強い力がこもっているようで、逸らそうとしても不可能だった。
「そうか…ありがとう。」
ここで素直に礼を言えたことに僕は驚いた。普段は絶対にそんなことを言わないのである。
「いいえ。」
彼女は微笑み、視線を膝に落とした。僕もつられてそちらを見た。膝上のスカートから白い太ももが覗かれ、きれいだったが、恥ずかしくて目をそらした。
彼女はなぜ僕に親身になってくれるのか。
会ってまだ二日にしかなっていないではないか。友達とも呼べない間柄だろう。それなのに、なぜ。
ふとこんな疑問がわいてきたのだった。
「なあ、なんで君は俺に対してそんなに好意的に接してくれるんだ? まだ出会ってから2日しか経ってないだろう? そんなに親密な仲でもないし、まして君が感じるほどに、僕は君に恩を売ったつもりもないんだ。」
極めて平静に言ったが、彼女にはショックを与えたようだった。聞いているうちに表情が曇り、最後にははっきりとそれと分かるほどに、悲しみの色が濃くなっていた。そして彼女の口から最初に出たのは、
「ごめんなさい…。」
という謝罪だった。
「私、昔からいろんな人に、おせっかいだとか、世話焼きだとか、心に躊躇なく踏み込んでくるとか言われてたんです。気を付けていたんですが、また悪い癖の出てしまっていたようで…。」
それから、「迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。」と言い、僕に詫びの頭を下げた。無論僕は困惑した。まさか謝られるとは思っていなかったからである。それに、
「いいんだ…僕は内向的だから、むしろ無遠慮に近づいてくれたほうが助かるし。」
自分で言ってて照れくさくなって、僕は顔をそむけた。
横目でちらりと見やると、もう彼女の顔は晴れ上がり、
「ありがとうございます。」
との言葉とともに、満面の笑みが拡がっていた。それがまたきれいで、僕は顔をそむけたまま、ついに目線を落とし、その日はろくに喋ることができなかった。
本当に、四季みたいな少女だった。




