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ありのままで

作者: てこ/ひかり
掲載日:2016/08/08

 もっと心から、ありのままで生きることができたならー…。


 …最近疲れているのだろうか。ふと気がつくと、オフィスから窓の外の青を見て、そんな想いに耽っていたりする。契約社員として、この会社に転職して4年目。毎日毎日、心と体を磨り減らす日々。決して自分を偽って生きているつもりはない。けれど、下げたくもない頭を下げ、笑えない話に口角を上げる度、自分の中で何かが麻痺していくような…そんな感覚が私を襲った。


「きっとそう。涼子、あなた少し疲れてるのよ」


 アフター5+16のカフェテラスで、友人は心配そうに私の顔を伺いそう言った。この頃はずっと私ばかりが愚痴を呟いている気がする。徹夜明けで朦朧とする意識の中、私はついこの間飲めるように「ならざるを得なくなった」ブラックコーヒーを胃に流し込んだ。


「もう仕事変えたら?」

「でも…」

「あなた、今とても無理してるように見える。ねえ、一つ提案何だけど…」


 ーありのままの自分で、生きてみたくない?ー



 そう言って友人は私の目を覗き込んできた。急激に胃酸と混ざり合ったカフェインの刺激が、お腹の奥からせり上がってきて、私は言葉に詰まった。






 次の日の夜、私達はとある街中のビルの片隅にいた。


「あなたに会わせたい人がいるの」

「会わせたい人って?」

「きっと好きになるわ。あなたはまだ、本当の自分に出会っていないだけ」


 そう言って、友人は私の手を引き見知らぬ場所へと進んでいった。そこは人の集まる表通りから少し離れたところにある、小さな事務所だった。こじんまりとした室内に、質素な銀色の机と椅子が数脚並んでいる。友人は手馴れた様子で鍵を開け、私を中へと招き入れた。


「ここは…?」

「待ってて。今連れてくるから」


友人は私を椅子に座らせると、さらに奥へと続く向かいの扉の先へと姿を消した。仕方なく、私は手持ち無沙汰に彼女の帰りを待った。


 何となく、私は部屋を見渡した。入り口と出口が二つあるだけの、本当にシンプルな部屋だ。てっきりよく当たる占い師の館とか、或いは変な宗教施設とか、もっとスピリチュアルな場所に連れてこられるのかと思っていた。彼女はとても大切な友人なのだが、よくドラマや映画に影響されて風水に傾倒したり、少々メルヘンチックなところがあった。


 私自身は、宗教とか神様とか、そういう神秘的なものはあまり信じていない。それでも黙って彼女についてきたのは、私を心配しての行動だというのがわかっていたからだ。



 …そして何より、私自身、「変わらなきゃ」と願っていた。


 組織の中で働きながら、このままじゃダメなんだと、心の何処かでそう思っていた。

 無理をして、自分を隠し、それに傷ついているような自分を…変えたい。


 一体友人が誰を紹介してくれるのか分からないが、占い師でも教祖様でも、自分を変える何かのきっかけになればいいと、そう思っていた。


「お待たせ」


 数分後、友人が出口から件の人物を引き連れてやってきた。その人が顔を覗かせた瞬間、私は目を疑った。


「連れてきたよ。’ありのままの涼子’を」


 そこに立っていたのは、私…爪先から頭のてっぺんまで何もかも私と同じの女性だった。





「初めまして、’ありのままじゃない涼子’さん。私が本物の涼子です」

 その女性は私を見ると、私の声でにっこりと挨拶をした。私は思わず椅子から立ち上がり、友人と涼子と名乗る人物を代わる代わる眺めた。

「何なの…これ…」

「涼子だよ。’本物の涼子’。’ありのままの涼子’」

「ええ。’偽物の涼子’さんに会うのは初めてですが…」


 まるで鏡を見るかのようだった。ドッペルゲンガーがいるとすれば、それがこの女性なのかもしれない。


「…聞いたところによると、あなたは自分を偽って生きているんだとか」

「そうなの、この涼子は疲れてるみたいで」

「安心してください。’本物の私’は、自分のことが大好きですから!」


 目の前で、自信満々の私が胸を張った。


「今までとても辛かったですよね?寂しかったですよね?もう大丈夫ですよ…’本物の私’は、決して自分を偽って生きているつもりはないですから」

「だってよ?よかったね、涼子!」

「ちょっと待ってよ…一体どういう…」

「これからは、私が自分に胸を張って藤原涼子として生きていきます!」


 眩しいくらいの笑顔で、’本物の私’が答えた。その表情は、心から喜んでいるように見えた。


「さっすが!やっぱり涼子は’そう’でなくっちゃ!」

「でしょ!?」

「待ってよ…」

 

 目の前で盛り上がる友人と’私’に、突然’偽物’にされた私は途方に暮れた。


「いい加減にしてよ…あなたが藤原涼子として生きていくって…じゃあ私は…」

「え?」

「私はどうなるのよ…」

「だって、あなたはありのままで生きていないし…」

「だよね…それにあなただって、偽物なりに悩んでいたんでしょ?」


 二人はキョトンとした顔で、’ありのままじゃない私’を見つめた。



「もっと心から、ありのままで生きることができたならー…って」

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