序章
「求めるは雷、閃光のように唸れ、『雷鳴』!」
詠唱から数瞬、かざした手の魔法陣から魔法が繰り出された。
それは迷うことなく目標へ飛び、貪るように着地点を蹂躙した。残った地面の陥没具合からその威力が伺える。
『雷鳴』、最高峰の魔法として知られ、世界中探しても使える者は一握りだけ。その消費魔力の大きさ故に滅多に使われず、並の魔道士ならば数百人集めても発動できない魔力量。さらにその尋常ならざる威力はまさに恐怖の象徴であり、魔法の跡には更地しか残らないという。
煙がはれると一人の男が立っていた。地が抉られ、大きなクレーターを作るほどの攻撃を受けて未だに立っているのだ。
その男は深さ数メートルのクレーターを一蹴りで跳び抜けると、こう切り出した。
「もう時間がない。次で終わりにしよう」
並の人間なら気迫だけで吹き飛ばされ、恐怖して気を失っていただろう。それだけこの男は本気で殺気を放っているのだ。
「よいじゃろう。わしの最強の魔法を見せてやる」
わしはそう返した。それ以上の返答は不要とばかりに詠唱を始める。
「世界の原点、五つの根源の力を放つ。『五彩』!」
「我は全を無に返す者。『絶無』」
『五彩』はわしが使える最大の魔法だ。五つに光る槍はそれぞれが『雷鳴』に負けないほどの魔法で、組み合わせることにより威力を大幅に底上げし、わしが使える最強の魔法でもある。これが正真正銘の切り札である。
そしてあの男が放った『絶無』。聞いたことも無ければ見たことも無く、詠唱が短い以外に分かる点も無い。だが男の顔を見ればすぐに理解した。これがあの男の最強の魔法なのだと。
二つの魔法は高速で飛び、中心地点で交わ・・・らなかった。
『絶無』が『五彩』を飲み込んだかのように見えるが、飲みきれなかった部分が『絶無』を貫通し始めた。
すり抜けたというのか。力比べすら許されず、2人の意思を嘲笑うかのようにそれぞれに迫る。
避けようとも思ったが身体がそれを許さない。向こうも同じようだった。
生涯初めて出会った本気で魔法を打ち合える相手だった。
己の正義を信じ、誇りと信念とを賭けた勝負。
それがこの結末だ。あまりにも惨いと思った。
『絶無』が当たる。ローブに仕込んだ防御式すら紙のように貫通され、身体を蝕む。
死を直感した。もう生きてはいられないだろうと。
最後に力を振り絞って、声を上げてみる。
「さすがは魔王じゃ・・・ここまで魔法に愛される奴に倒されるなら本望じゃよ」
声が届いたのか。『五彩』を食らい倒れた魔王が文句交じりに言う。
「うるせぇよくそじじぃ、なんて邪魔しやがって・・・おかげで計画がめちゃくちゃだよ。あっちでしっかり詫びて貰うぞ」
魔王が儚く笑う。
魔王からそんな言葉が出るなんて夢にも思わなかったが、少しだけ報われた気がした。
体中傷だらけで痛みすら感じられなくなったが、心は幾分軽くなった。
この出会いに感謝してわしはそっと目を閉じた。