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第1章ー5 『堕天使のほくそ笑み』

「本当に行く気かい?」


 ダークパンサーは、マントを羽織るダイアにそう問いかけ、机にもたれた。表情はいつものままだが、どこか焦っているようにも見える。が、ダイアはそんなことなどきにせず、身だしなみを整えている。


「お前の提案だ。行く気が無いのならそんな案は最初からだすな。」


 すました顔で今度はブーツを履き、すっかり外に行く準備ができた。ダークパンサーは大層不機嫌な顔でダイアを睨み付けるが、「行くぞ?」と一声かけられ、しぶしぶダイアに着いて行く。

 ダークパンサーが嫌がるのは、たいてい“彼女”が関係する時だ。ダイアも“彼女”と話をするのは正直疲れるから嫌なのだが、ダークパンサー程ではない。そもそもダークパンサーは“彼女”を天敵とみなし、最低の口うるさい害虫と思っている。

 まあ、実際そこまで思われるほどの毒舌持ちが“彼女”の取柄なのだが…


「最初に言っておくが、お前とあいつが言い争うためにいくわけじゃないからな。」


 ダークパンサーにそう言い聞かせると、ダイアは昨日と同じように空を飛んだ。

 ダークパンサーは男の姿のままでダイアの隣へ。もはや言われるのは当たり前かのように笑顔を見せると、ダイアの方はため息をつき、頭を抱えた。

 「その様子だと、また言い争いが絶えないんだろうな。」とダークパンサーを横目で見る。


「心配ないさ。ご主人?」


 ダークパンサーは横目でダイアを見返した。まだにこやかに微笑んでいて、きつい目は微かに優しそうな目になっている。

 猫かぶりも大概にしろ!とダイアだけだは思ったが、ダークパンサーの本性を知らない女の人間が見たら、きっと普通に恋心を抱くだろう。そんな感じの目だった。


「もう既に諦めている。」


 それだけ言い残すと、ダイアは一言もしゃべらずに“彼女”のいる場所に向かったのだった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 普通の人間にも魔者まじゃにも、彼女の居場所を見つけるのは難しいだろう。

 知らないものは知る術すら与えられず、知るものですら足を踏み入れることは困難を極める。(まあ、その点は彼女の性格が問題だろう。)


 古いヨーロッパの町並みが残っているオーディー通りに、同じ形で同じ色の二軒の家がならんでいる。

 ダイアはその二軒の隣り合った部分にある窪みを押して、


「マカーナ・ドゥーディー・ラ・ルーン」


 呪文を唱えると、地面がスライドし、(地下階段のような)隠し階段が現れた。

 その先を迷わず進んで暗い闇に溶け込むダイアにダークパンサーも着いていく。

 ゴゴゴゴゴという音が鳴り響くと共に、地面が戻り、後ろの明かりが徐々に薄れ、やがては何も見えないほどに暗くなったが、ダイアもダークパンサーも関係無さそうに平然と歩いていた。


 しばらく歩くと、奥に凝った造りのドアが見えた。


「あいつも面倒な造りをする。」


 ダイアはそう呟くと、ドアノブに手をかける。のではなく、ドアを、まるでシャッターを上げるかのように開けた。


 そこは、秘密の部屋とも書庫とも言える空間だ。周りにあるのはきれいにアルファベット順に置かれた何千ものの本棚だが、その中心はなんともあわれなものだ。開きっぱなしのバラバラな本に紙、小さい机には、どういうバランスで保っているのかは分からないが、とにかく紙の上に置かれたインクと黒い羽ペン。壁にはろうそくがいくつも掛けられている。一本一本はぼんやりと弱々しいが、それが何十本ともなると、これだけ広い部屋でも十分なあかるさだ。

 机の隣には、インテリア調の椅子が置かれ、誰かが座っている。


「誰かの心臓の鼓動が聞こえるかと思ったら、そなたと害虫だったのね。」


挿絵(By みてみん)


 椅子に座ってい話ているのは、縦ロールを大きな紫のリボンを使ってポニーテールのようにした金髪・緑目の7,8歳ぐらいの少女だ。それにしては胸があるが…。服は黒ベースのゴシック・アンド・ロリィタ。ドレスのスカートから開いて見える太ももはタイツを履いており、その下は薄茶色いブーツ。前髪を(恐らく)プラスチックでできたスパンコールだらけの髪留め(本人曰くバレッタらしい)で留めている。

 口には頭蓋骨を彫った、趣味の悪いパイプタバコを加え、首にはシュシュみたいなフリフリの首輪。

 どこか妖しい雰囲気を持っていて、どれも印象は大だが、一番のものは、頭に二つ生えているコウモリの翼らしきものと、背中に広く生えている黒鳥の翼だ。


「相変わらずロリ路線でいくわけかぁ。ロリ堕天使さん?」


 ダークパンサーは“ダイアの教え”を守らず、目の前のロリに向けての非難の口が止まらない。ダークパンサーが嫌いなのは堕天使ではなく、彼女そのものなのだ。


「黙れ。少しは身分をわきまえてほしいものよ。

使い魔(ファミリア)よりも堕天使フォールエンジェルの方が身分がずっと上。」


 少女,いや、幼女はパイプタバコを隣の机に置いてフゥッと煙をはき出すと、腕を組んで短いロリ特有の眉をつり上げ、自慢気にダークパンサーへ言って見せる。ダークパンサーにむかってここまで喧嘩腰でいられるのはやはりこいつだけだなとダイアは感心する。


「ここは魔界ではなく人間界。身分なんて関係ないねぇ?

君は、ただのロリで浮いてるカトリーヌ・マリー・ユースィーとしかならない。


だろ?ご主人?」


 とびっきりの腹の立つ笑みで挑発でもするように馴れ馴れしく机に肘をかけて幼女に上からいい放つダークパンサー。これに対抗してこれまたとびっきりの剣幕な顔つきで睨む幼女。二人のにらみ合い方は、以前の絹とダークパンサーのものとは比にならない。


「お前たちの茶番は終わったのか?」


 カトリーヌと呼ばれた幼女よりも剣幕な顔つきで腕を組んだダイアはそういう。

 ハッキリ言って、ダイアには関係のない言い争い。聞くだけ無駄だ。ダイアにとってカトリーヌはダークパンサーの次に面倒な相手でもある。とはいえ、少なくともダークパンサーよりは使える生き物だ。


「我は遊んでいるわけではないのよ。この小汚い魔者まじゃのできそこないが我にいちいちと突っかかってくる。勘弁してほしいものだわ。」


 表情一つ変えずに片方の肘を椅子の手すりに乗せてその上に顎を乗せると、またパイプタバコを手に取っていじるカトリーヌ。次にそのタバコをもう一度口にくわえ、思いっきり吸うと、さっきよりも大げさに激しく煙をはく。


「そなたのしつけさえ良ければいいものを。」


 カトリーヌの矛先はダイアに向いた。

 タバコの煙をダイアに向けて吐くと、先ほどとはちがう卑しい笑い顔が現れる。一見ただのいたずら好きの幼女に見えるが、よくよく見るとなんとも腹の立つどす黒い顔。見た目は天使、中身は悪魔のような顔つきだ。

 煙と同時にダイアに向けての嫌味が滑り出た。ダークパンサーは面白おかしそうにダイアを見つめ、返答を待つかのようにしている。本当は仲がいいんじゃないかと思う程そっくりな顔つきだ。


「ゲホッゲホッ…

生憎ながら、こいつの礼儀の悪さには僕も手の施しようがない。


で、お前のことだ。僕たちがどうしてここに来たのかわかっているんだろ?」


 ダイアは、ダークパンサーの方を向きながら頭を抱えてやる気の無さそうな顔でそういい、ため息を小さくつくと、表情を変えて本題に入った。カトリーヌの表情も、まゆだけがキツイ無表情にもどり、パイプタバコをもう一度深く吸う。

 表情が変わっていないのはダークパンサーだけだ。  


「ええ。我もバカではないわ。この異様な魔力、我ら堕天使も感じている。恐らく、魔力の持ち主は魔王様と互角、否、魔王様よりも上なのではないか、と。」


 真顔で煙を吐き出すと同時にカトリーヌはそういった。煙で顔が見えない間に半分以上のことを言い、煙が晴れて顔が見れた時には、既に話は終わっていた。煙が晴れるとカトリーヌはまたパイプタバコを吸う。


「魔王より上だと?それではこの世の均衡全てが崩れているはず…」


 驚きを隠せず、酷くびっくりした様子でカトリーヌに攻め口調でダイアは問いかけるが、それでもカトリーヌの表情は変わらず、ただダイアの目を見据えながらうなずきもせずにじっとしている。ダイアが話している途中で、そろそろ自分がしゃべるときだとでもいうように、カトリーヌは立ち上がって、


「一つ、そなたに忠告しておく。

いくら魔界から出たとしても、そなたが魔界の住人という事に変わりない。追放されているわけでも転生されているわけでもうまく逃げだせたわけでもないそなたが、ましてや魔王様にお使いすべく番人である貴様が、魔王様の事を魔王と呼び捨てすることは、このカトリーヌが、我ら堕天使が許さないわ。」


 話を遮ると鋭い視線をダイアに向け、カトリーヌは冷たく殺気立ったかのように言う。魔王、すなわち魔界の王は、魔界の住人には絶対的存在だ。堕天使はそれをお守りする立場、言わば騎士といっても過言では無い。カトリーヌもまた、それの一人だ。


「しかし、ロリ堕天使くんは魔王様のお側にここ数百年いないようだけどねぇ?」


 ダイアの使い魔(ファミリア)として、助け船を出したつもりだろうか?いつからいたのかダークパンサーはカトリーヌの縦ロールをしゃがんで上からクルクルもてあそび、そう言った。


「魔王様をお守りする以外にも仕事はあるのよ。

そなたたちと違い、我は暇ではない。書類に目を通したり、歴史と豊富な知識を刻んだ貴重な書物を守るという任務がある。」


 のわりには歴史と豊富な知識を刻んだ書物の扱いが酷い気もするが。

 縦ロールを触るダークパンサーの手をピシャリと強烈な平手打ちするカトリーヌに、「へぇ?」とダークパンサーは手をさすりながら疑った目でカトリーヌを見つめる。

 カトリーヌは「何が不満なのかしら?」と片方のまゆを吊り上げて問いかけるが、ダークパンサーが答える前にダイアがさえぎった。


「カトリーヌ、この魔力について何か情報を教えろ。」


 随分乱暴な言い方だとまたもや片方の眉を吊り上げるが、ダイアは何も言わずに返答ただ待つ。仕方なしにため息をついてカトリーヌは真剣そうに顔をしかめて、


「残念ながら我も情報は持っていないのよ。魔力の持ち主がこの町にいるのはハッキリしているが、我のような住み方をしているとも限らないわ。」


 首を振って残念そうにそう答えると、パイプタバコを一度吸う。

 我のような住み方、というのは、魔術により、存在を隠しているかもしれないということだ。存在を隠しているというのにこの魔力の強さだと、さすがに本体の強さが計り知れないが。


「一つ、そなたに助言しておこうかしら?

他者を疑うのはいいけれど、引き換えに周りを信用するのはどうかと思うのよ。」


 タバコの煙をどっと吐き出すカトエリーヌは、巻き毛を指に絡め取りながらいじり、ダイアに向けてそう言った。

 彼女は嫌味を言いたかったわけではなく、純粋に助言をしておきたかった、といのが本心だろう。ダイアにはその言葉を聞くと、冷たい氷柱が刺さったかのように思えた。


『君は何がしたい?ダイア、君も僕と同じ立場ならば、この道を辿っただろうさ。クス。』


 遠い昔の記憶が、ザラザラとした乱れた映像でハッキリと見え、あの日の夜のことを鮮明に思い出す。

 血にまみれた光景。月夜に照らされて、薄く灰色がかった金髪の少年が金色の目で感情がない"壊れた何か"のように口を開いた。さも嬉しそうにクスリと金髪の少年は笑うが、その顔の後ろには哀しみと孤独を思わせるものがある。あれはいつの事だっただろうか、もう、遠すぎる過去だ。


「誰かを信じる必要など、僕にはもうない。」


 哀しそうな目で遠くを見つめ、記憶を消し去りたいと強く願う。ゆっくり目をつむり、まるで独り言のように呟くダイアに、冷たく、厳しくカトエリーヌは言い放った。


「そう思っているのは自分だけなのよ。我々魔者(まじゃ)も、弱い心に関しては、愚民な人間と変わらないのだから。我も自分の知らない中できっと、誰かを信頼しているはず、なのよ。」


 ダイアは返すことさえできずそのまま母親に叱られた子供のように黙って立ち尽くす。カトリーヌにも過去に何かあったのではないか?そんな疑問がふと頭をよぎった。ダークパンサーの方はクスリと笑みを浮かべながら、


「クス。少なくとも、私はご主人を信頼している。

まあ、使い魔(ファミリア)が主人を信頼するのは当然といえば当然だけどねぇ?」


 とダイアに向かって語りかけるが、ダイアはそんなことはどうでもよさそうにカトリーヌを、疑問の答えが本当にあるのかどうか確かめるために、いや、ほとんど大した意味もなく、見つめていた。


「お前のような害虫を信用する方が無理なのよ。」


 ダイアに見られていることなど知らず、ダークパンサーを睨みながらプイッと顔を膨らませる。今までのどこか妖異な娘の面影は今はなく、単なる幼女としての小生意気で可愛らしいものしか見られない。


「何なのかしら?今の姿の我に興味を持つほど変わった性癖があるとは知らなかったわ。」


 見られていることに気付くと、カトリーヌはツンとした態度で表情を変えずにそうダイアに問いかける。本人はふざけているつもりなのだろう。顔は真剣だが。


「ふざけるのも大概にしろ。大体、お前たち2人がくだらない言い争いをしているだけでも僕は腹ただしいんだぞ!?」


 ただの冗談だと言うのは知っていたが、既に二人の言い争いでだいぶ腹が立っていた。そのためか、ちょっとしたことでも今のダイアは怒りっぽくなっている。その様子をみたカトリーヌは、真顔のままパイプタバコを少し吸って吐き出すと、口を開けて言い放った。


「そう言ってまともなのは自分だけだと思っているようだけど、はたから見ればそなたも十分変わり者なのよ。」


 眉を吊り上げて自慢げにほぼケンカ腰でカトリーヌは言う。実際ダイアは、少なくともダークパンサーとカトリーヌよりは自分がマトモだと思っている。カトリーヌに自慢げに言われても、腹が立つことはない。元々イカれていると考えれば何を言われようと大抵は我慢ができるのだ。

 まあ、ロリ堕天使にふざけられているとはいえ、気があるのか?と言われると流石にイカれているという理由だけで片付けるには無理のあるおふざけだ。


「ドアの改造といい、例え僕がイカれていたとしても、お前のたちような変わり者たちと比べられると僕は常人だ。」


 ドアの改造──元々、カトリーヌの部屋に通じるドアは普通のドアのはずだったのだが、今日はたまたまシャッター型だ。

 足を踏み入れることは困難を極める。というのは、カトリーヌが色々改造するのがほぼ原因だ。

 とはいえ、別に今日が特別だというわけではなく、カトリーヌの気分か、それともダイアとダークパンサーをおちょくりたかったのかは分からないが、カトリーヌにとって、変な仕掛けはいつもの日常だ。


「ガキが言葉で自分を着飾っても、所詮はガキなのよ。」


「お前のその姿で僕をガキ扱いだと?」


 確かに、カトリーヌの姿でガキ扱いをされると少々腹が立つ。現在のカトリーヌの姿というのは、誰がどこからどうみてもロリだ。

 本物の姿がダークパンサーのようにあるんだろうが、その姿をダイアは見たことがない。それを見てみたいともダイアはあまり思わない。ダークパンサーは知っているのだろうか?そういう話は滅多にしないため、分からない。


「いや。

ご主人、ロリ堕天使くんは私よりも数百年先に生まれている。ロリ堕天使くんから見たご主人は、ガキ以外の何者でないのさ。」


 いつもの嫌らしい笑顔とかすれた声でダークパンサーはダイアに話しかける。一見、(見方によってはだが)ロリ堕天使(カトリーヌ)をフォローしてダイアをばかにしているようにも見えるが、どちらかを味方しているのではなく、事実を延べた上で状況を楽しんでいる。事実を述べればダイアも大口は叩けない。という事を踏まえて楽しむのだから、たちの悪すぎる性格だ。(と毎度毎度ダイアは思っている。)


「こいつの実年齢は把握していなくともおおよそ見当はつく。

だが、しゃべり方も声も外見も、幼女、とまではいかないかもしれないが、少なくとも子供だ。」


 ダイアは不機嫌になるわけでもなく屁理屈を返す。ダークパンサーの屁理屈に慣れたのだろう。

 一方カトリーヌはまたもやパイプタバコを吸ったり吐いたりしている。堕天使は堕天使でこの会話を耳にすることを楽しんでいるようだが、表情は一切変わらず真顔のまま。見ただけでも精神年齢が100歳を超えているのではないかと思うような愛想の悪い幼女だ。


「はぁ。もう、帰る。聞きたいことは聞いたしな。結局何も分からなかったが。」


 ため息をつくダイアに、カトリーヌが顔をしかませた。ダイアの言い方に、わずかながら何か疑問がしょうじた。まだ、ダイアは何かいい残していることがあるかのような、そんな気がしたのだ。


「そなた、我に訊くことは他にないのかしら?言いたいことがあるなら早めに言った方がいいのよ。

今のうちに言っておかないと、取り返しのつかない事になるやもしれないのだから。」


「………」


 カトリーヌの一言でダイアは言葉を探す。自分は何が言いたいのだろうか、何を聞きたいのだろうか、正解は見つからず、それでも何かを言わないと、訊かないといけない気がした。

 異様な魔力のことは、訊いても分からないだけだろう。だとしたら、ダイアの頭を悩ませるものはなんだろうか?疑問を積み重ねていくうちに、悟った。時間切れだ。


「ないのなら、さっさと出て行けばいい。先ほども述べたが、我は書類に目を通したり、歴史と豊富な知識を刻んだ貴重な書物を守るという任務がある。

以上を踏まえると、我が何を言いたいかそなたたちならわかると思うが一応言っておく。

任務の邪魔なのよ。我の部屋から消えろ。」


 きつい声でカトリーヌはそう言った。けして悪口というわけではないが、思ったままの事を言ったことと、彼女のプライドがこの結果にしてしまった。

 ダイアにもカトリーヌの性格はわかっている。そのせいか、腹が立たないし、むしろ何も思わない。

 ダイアは特に意味もなく横目で近くの机を見ると、インクの下にある紙に新たに何かが書き込まれているのが見えた。魔法だ。今までの自分たちの言動と行動を事細かく記載されている。カトリーヌ曰く、自分の日記らしいが、それにしては明確すぎで感情の一つも読み取れないつまらない紙でしかない。1日を書き終えた後は日記として使っている本に新たに加えるらしく、その本のページ数も本の冊数も凄まじい。


「あぁそれと、もう一つ……。」


 カトリーヌのこの言い方は、何かを思い出したというよりは、はじめからこの報告を準備していたかのような言い方だ。口で加えていたパイプタバコは右手で取り、左の人差し指をたてて意味深な態度でそういう。次に、まるで白髪の老婆のようにゆっくりと目を閉じ、パイプタバコを一度大きく吸って大量の煙を吐く。


「一応この魔力、我なりに調べておく。

あまりにも、この魔力は強烈すぎる。そなたらが来るのも納得なのよ。不本意ながら我もこの町を守る役目を魔王様から仰せつかっている。世の均衡が乱れてしまうのは、なんとか避けなければならない。

よって、ダイア・ブラーム、安心してこの町を引き続き守るがいいわ。」


 カトリーヌの視線はまっすぐダイアに向けられ、一言一言に考えがあるかのようにゆっくりと話す。ダークパンサーも若干真剣そうな顔をしている。(本当に若干だが。)

 ダイアの方は、いつもより一層顔をしかめる。カトリーヌの話には、一つ気になる言葉が含まれていた。”世の均衡が乱れる”その言葉には、既にこの町の問題だけでないことが容易に読み取れた。元々それはダイアも分かっていたが、カトリーヌの口からきかされると信憑性が増す。


「言われなくとも、この町は守る。そういう契約だからな。今回はカトリーヌ、お前を信じて任せよう。

…僕はもう行く。」


 ダイアの鋭く尖った牙が、ろうそくの淡いオレンジ色の光りに反射してキラリと光る。それを言い終えると、さっさと後ろを向いて歩き始めていた。

 ダイアは軽はずみに"信じる"という言葉を使うような無責任ではない。その事は、ダークパンサーもカトリーヌも重々分かっていた。

 だが、今彼はその言葉をカトリーヌに向けて言ったとなると、生半可な気持ちではないのだろう。


「ダークパンサー、僕はもう先に行っているからな?」


 ダイアはそう言ってドアを開けると、横目で後ろを見ながら先にカトリーヌの部屋を出る。

 バタンと音がなった。ドアはもうダイアに閉められたようだ。ダークパンサーは前後左右を確認した。そして、安堵の溜め息をすると、


「カトリーヌ。」


 黄色い目を光らせて、カトリーヌの名を呼ぶ。今、この部屋には、ダークパンサーとカトリーヌの二人しかいない。ダイアがいると喧嘩はなんとか止められるが、今はそれを止める人間がいない。

 とまあ、普通なら全員が喧嘩の心配をするだろう。

 だが、今回は違った。

 いつものふざけた空気というよりも、どちらかというと真剣なものだった。


「我にまだ、何か用かしら?

エド…」


「ここでは、私はダークパンサーだよ?

ロリ堕天使くん。」


 ダークパンサーはカトリーヌの言葉を遮って睨みを効かせる。ここから先の言葉は、ダークパンサーにとって、いや、古くから彼を知るものにとっては暗黙の了解だ。

 お互い表情は変わっていない。ダークパンサーはにたりと笑っていて、鋭い目は全てを知っているかのようにつり上がっているし、カトリーヌもツンとした態度で真一文字で口を結んでいる。


「はぁ、そういえば、今はそんなような名前だったのよ。仕方ない。訂正する。」


 ダークパンサーの念押しともいえる名前への執着心に、カトリーヌの大きなため息がかかる。それと同時にタバコの臭いがダークパンサーの鼻に極微量だが感じ取れた。普段からタバコを吸っているせいか、あるいはまだ煙が残っていたのかもしれない。

 しかし、溜め息をついていてもやはり彼女のしかめっ面は相変わらず代わらない。目をつむりながらパイプタバコを深く吸い、それをダークパンサーへ吐きかけながらカトリーヌは問う。


「ふぅ。

で?用は何かしら?害虫、お前が我の名を呼ぶことは珍しいのよ。なにか、貴重な情報でもあるのか?」


 煙が消えると、カトリーヌは緑の大きな目を細めて片眉をつりあげ、パイプタバコを机のはじに置く。あの机にパイプタバコの乗るスペースがあるとは驚きだ。


「いや、残念ながら、私もこのところはたいした情報を掴めていないのさ。

…あえて言うならば、この魔力と似た霊力を持った人間、がいるということかねぇ?」


 ダークパンサーは、もったいぶった話し方で人間と言う単語に強調して言った。その人間とは、言うまでもなく絹だ。

 絹は、あくまでも霊力の感じが似ているだけだった。完全には一致していない。その事を考えて、ダイアは口にしなかったのだろう。だが、持っている情報はできる限り共有した方が都合がいいために、ダークパンサーの独断でこの話題をふった。


「っ…人間?」


 カトリーヌら魔者まじゃにとっては、人間など、弱く、小さく、何もできない赤ん坊でしかない。よって、純血者に人間とのハーフは敵視されることがほとんどだ。

 ダークパンサーも、カトリーヌも、純血主義の魔者まじゃだった。


「あぁ。人間、さ。」


 人間とは、力をもつなかで一番弱い。そんな人間が、これほどまでに強大な魔力を持つものに似ているとなると、にわかに信じがたかった。

 カトリーヌの仕事も、ダークパンサーの仕事も、この町を守ることだ。すなわちこの町の人間も必然的に守らねばならなくなる。カトリーヌも、ダークパンサーもそれは割りきっていた。

 だが、人間風情が首を突っ込むところではない。彼ら人間は、自分達に守られていればいいのだ。それが、カトリーヌらの意見だった。


「だがそれはさておき、私が言いたいことは、そんな小難しい話じゃあない。」


 ダークパンサーはカトリーヌが座っている椅子の肘掛けに肘を乗せ、自身の細くて白い指を組んだ。それの上に顎をのせ、下からカトリーヌを見上げる形となった。反対に、カトリーヌは上からきつい横目でダークパンサーの様子を伺う。


「もっとシンプルで、たいした意味もない。

とても簡単なことだ。」


「ん、…本当に、意味がないのかしら?」


 ダークパンサーが言うと、眉を寄せてカトリーヌは自問するかのように言った。ダークパンサーの性格からして、冗談は言うものの、真剣なときには本当に真剣な話しかしない。それは目で分かる。彼が本当に伝えたいことがあるときには、黄色い目の瞳孔が、猫のように細く切れ長になるのだ。

 そんな彼が、意味もないことをわざわざいうだろうか?意味がなくとも、それは彼にとって本当にカトリーヌへ伝えたいことなのだろう。カトリーヌはそう思った。


「たいした意味がないなど、お前らしくもない。

なんなのか、教えるのよ。」


 カトリーヌは肘掛けに手をそっと乗せ、人差し指をあげてからコツコツと音を鳴らした。同時にダークパンサーへ顔をこぶし2個分の距離に近づけた。若干カトリーヌの方が上にいるため、彼女のくるくるとしたロールがダークパンサーに当たる。

 カトリーヌが知りたがっていることを確認すると、ダークパンサーはにたりと笑い、ゆっくりと立ち上がる。そしてカトリーヌの目の前へ来ると、カトリーヌの小さな肩にそっと手をのせた。カトリーヌはチラリと乗せられた手を見たが、それよりも、彼が話そうとしている内容の方が気になった。それに答えるかのようにダークパンサーは目を細めて、


「カトリーヌ、調べるならば慎重に、気を付けて調べた方がいい。この魔者まじゃたちの興奮は、魔力のせいだとも限らない。

それに、もしかすると、魔力の持ち主一人だけが黒幕、というわけでもないかもしれないからねぇ?


それを踏まえて、今回の件を調べておくれよ?」


 ダークパンサーのその言葉に、カトリーヌは驚き、耳を疑った。まさか、ダークパンサーが自分の心配をするとは思わなかったのだ。頭と背中の翼がピクピクと動き、驚きを隠せないまま固まった。

 だが、その動作もやがてなくなり、柔らかかった表情筋はまた同じ表情になる。


「まさか、お前が我を心配するとは思わなかったのよ。

だが、それほどまでに危険だと言うことも、我は承知している。」


 目をつむりながらカトリーヌは言った。さすがに我慢できなくなったせいか、机からパイプタバコをほぼ無意識に取って口にくわえる。しかし、なぜか違和感を感じた。さっきまでついていた火が消えているようだ。


「お前、煙草の葉は所有しているか?」


 パイプタバコをくわえたまカトリーヌはダークパンサーに手を出して訊く。ダークパンサーはポケットと思われる部分を手探りした。数秒で何かを見つけると、それをつかみながら手首をくるりと回転させてカトリーヌに付きだす。出されたものは、小さめの袋だ。恐らくこの中にパイプタバコの葉が入っているのだろう。


「害虫にしてはかなり用意周到なのよ。作為的なものしか考えられない。と、いつもならば思うであろうが、今回ならばそれもまた納得なのよ。」


 カトリーヌはそう言うと、ダークパンサーからタバコの葉を受け取り、くわえていたパイプタバコに入っている葉を入れ替えた。その後、パチンと指を鳴らすと、手のひらから小さな炎が吹き出した。

 それをパイプタバコに付けると、安心したかのように大きく吸い込んだ。


「では、ロリ堕天使くん。私はもう帰るから、きっちりしっかり慎重に気をつけて調べておいてくれよ?

それでは、また。」


 カトリーヌが煙を吐き出すと同時に、ダークパンサーはいつもの目で明るい声を使って言った。それを見たカトリーヌは呆れて溜め息を付き、パイプタバコを手にとって足を組ながら、


「お前のそのコロコロと代わる性格はどうしたら生まれるのかしら?」


 きつい言い方をしながら、カトリーヌは無表情で言った。ダークパンサーは笑いながら「さあねぇ?」と返し、ゆっくりとした足取りでドアに向かい、ドアを開けるとくるりと回転し、カトリーヌの方を向いた。カトリーヌが何かを話すだろう、と、なぜか思ったのだ。案の定、カトリーヌはこちらを見ているダークパンサーに、こう言った。


「まあ、その方がお前らしい、のよ。クス。」


 それが、ダークパンサーへ見せた、堕天使の初めてのほくそ笑みなのだった。

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