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第1章ー3 『未知の疑問』

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ニャーオ」


 ダークパンサーは依頼人の絹を見つけ、見張っていた。

彼女が言っていたように、魔界の生き物たちが何匹も確認できた。少し異常なほど魔者まじゃたちが絹に付きまとっている。


「猫に変身していても、ごまかされませんよ」


「私の変身が見破られるとは。

君はなかなかの洞察力を持っているねぇ」


 ダークパンサーは猫からいつもの人間の姿になると、落ち着いた様子で手を広げた。お互いが顔を合わせるのは始めてだ。


「やっぱり。ダイアさんの使い魔(ファミリア)ね?」


 真剣な顔つきで自身気に言うと、長いストレートの黒髪を耳にかけた。恐らく無意識にやっているのだろう。


「その通り。

ご主人は私のことをダークパンサーと呼んでいるけど。ネーミングセンスのない主人で困っているよ。

にしても鋭いねぇ。

それに霊力も強すぎる。君は一体何者だい?」


 妖しげな笑いを話しつつも絹の目を真剣に見つめた。絹の方は、目をそらそうとも思ったが、そらすと負けそうな気がし、結局なにも言えないまま同じように見つめ返した。


「ダークパンサー、つまり闇のヒョウね。

はあ。私を怪しんでいるのなら、見当違いもいいところ。あなたこそ、何者なのかしら?ただの使い魔(ファミリア)には見えないけど」


 絹は、この無愛想な使い魔(ファミリア)に腹をたてたのか、攻撃的な口調でそう言い、「ダイアさんとは大違いね」と心のなかで呟いた。

 ダークパンサーの方は、その質問に頭を悩ますことなくスラスラと屁理屈を言って見せた。


「吸血鬼を主人にしているような変わり者が、ただの使い魔(ファミリア)なわけがないだろう?」


「そんな屁理屈を聞きたいんじゃないわ」


 絹は若干きつい目でダークパンサーを見ると、ダークパンサーの方も同じように、ただし笑って余裕があるかのようににらんだ。

 絹はどうもこの相手が気に入らない。自分への接し方、話し方…。例はいくつでも上げられた。

 一方ダークパンサーは、絹が人間ということに確信を持っていたが、魔者まじゃとのハーフという考えも捨てきれなかった。

 間違いなくこれは魔力ではなく、霊力だ。かなりのレアな霊力だが、絹への個人的な印象だと、”うるさくて気の強い小娘”というだけだった。


「私はご主人に見張れと言われただけ。変に勘ぐらないでほしいねぇ」


 ダークパンサーはついに折れたのか、それとも誤解を解きたかったのか、本当の心情は分からないが、とにかくそう口を開いた。

 相変わらず笑っているが、どこか相手を見下す表情をしている。


「…そう。まあいいわ。見張るんなら、きちんと見張っておいてよね?漆黒の番人さん?」


 絹は嫌みったらしくそういって見せると、そのまますました感じで歩いていった。ダークパンサーは再び猫の姿に戻ると、絹の監視を続ける。

 特に攻撃を仕掛ける魔者まじゃはいないようだ。きっとあの魔除けのおかげだろう。ダークパンサーほどのSSレア的存在の魔者まじゃと、ダイアのような階級が高い魔者には魔除けも効かないのだが階級が低かったり、ノーマルすぎる魔者には恐ろしいほど効く。魔除けと同じくらい効果があるものと言うのなら、ダイアには日光と多量の銀だろう。ニンニクは本人が口にしたことすらないために調べようがないが。


 絹が足を止めるのにそう時間はかからず、ほんの数分で、絹はある建物の前で止まった。


「ちょっと絹、何よその小汚い猫。あんたの?」


ーーん?この娘、霊力が、ないねぇ。ーー


 中から出てきたのは、黒髪でおかっぱ頭の少女だった。

 霊力が全く感じられない。普通ここまで霊力が無い人間は珍しいくらいだ。

 普通、ごくわずかの弱い霊力を誰でも持っている。


 例えば、誰でも一度は聞いたことがあるだろう、小人や人魚やドラゴン、宇宙人。

 そういったものを見たことがあると証言した人間は、霊力をわずかに発揮し、周りにいる低級な魔者まじゃたちを一瞬だけ見たからだ。そんなものはこの世にいないと証言する人間でも、霊力を発揮すれば見れるだろう。


 しかし、このおかっぱ少女はその霊力がない。素質がないのだ。

 ダークパンサーはあきれた。ここには霊力の強すぎる人間がいるかと思えば、全く、霊力を全く感じられない人間もいる。

 その霊力の無い低級な人間に小汚いと言われては、いくらプライドの高い使い魔(ファミリア)でも呆れて言い返す言葉がなかった。


 それに、ここまで低級な人間にかまうほどダークパンサーは暇でない。


「違うわ」


「でも、その猫あんたになついてるじゃない」


「ゴロゴロゴロ、ミャーオ」


 ダークパンサーはわざと甘えるような声を出し、絹の足に頭をこすりつけた。人一倍、いや、猫一倍というのだろうか、とにかく、猫一倍かわいいこの猫は、絹の機嫌を余計に損ねた。


「あんたの猫だったら謝るけどさ、汚すぎない?灰色とか。

ロシアンブルーとかだったらいいけど、明らかに雑種じゃん」


「でしょ?私も珍しいと思う。

この猫なら黒の方がお似合いだと思うけど。

というより、本当に猫なのかしらね」


 絹はダークパンサーに皮肉を言った。一般人の前で人間の言葉を話すわけにもいかないダークパンサーは、苦肉の策としてひょいと絹の肩に乗った。

 その後、絹の首筋に頭をこすりつけ、ざらざらした舌で服を舐めた。普通の猫の舌はやすりのようになっていて、毛糸でできていた絹の服は舐められた部分がほつれてしまった。


「何すんの!!」


 ダークパンサーはひそかに心の中で笑った。一般人がいなければ、こんな程度の低いお遊びではなくそれ相応のお返しをしていたところだったが。


「猫に怒らないの。君は絹お姉ちゃんに遊んでもらいたいだけなんでちゅよねぇ?」


「ニャーオ」


 おかっぱ少女が肩にのっている猫を頭から撫でると、ダークパンサーは気持ち良さそうに文字通りの猫なで声をだし、目をつむる。とりあえずこのおかっぱ少女は味方につけた。


「あんた、小汚いって言ったっばっかでしょ?」


「いったけどさ」


 そういいながらおかっぱ少女は次にダークパンサーの耳元を撫で、モフモフなダークパンサーを抱き締める。人間相手も面倒だと内心思いながらおかっぱ少女の要望に答え、まともな猫なで声を出した。


「きーぬ!!」


「あ、絹!!」


 例の建物の中から、絹と同じくらいの歳をした少年少女が出てきた。絹の名前を呼んだのは女子ふたりだ。

 一人は茶髪、もう一人はにこちょんだ。


「なにしてたの?次の授業終わっちゃうよ。あ、その猫かわいい!」


 茶髪が絹に話しかけると、おかっぱ少女が抱き締めているダークパンサーに気づくと近づき、にこちょんも同じようにダークパンサーへ近づいた。


「絹の猫?

はあ。最近は塾、塾、塾!!ってうちの親うるさい」


 ダークパンサーを慣れたように撫でながら、独り言のようにぽつりと愚痴を言うのは茶髪だ。


「どこもみんなそうよね」


 絹はダークパンサーを睨みながら冷めた声でそう返した。どうやらこの建物は塾のようだ。そう考えると、少年少女が出てきたわけも分かる。


 絹にこそ好かれていないダークパンサーだったが、絹の友達と思われる女子たちには人気だ。


「この猫、絹が塾行ってる間どうすんの?」


 最初のおかっぱ少女がそういうと、絹はキョトンとした顔で聞き返し、


「え?このちっぽけな灰色の猫のこと?

別に私のじゃないからどうでもいいけど」


「ミャーオ…」


 ダークパンサーは悲しそうに鳴いて見せた。


 絹はちっぽけな灰色の猫(ダークパンサー)をにらんだが、ちっぽけな灰色の猫(ダークパンサー)も同じような目つきで睨み返した。ダークパンサーの場合は楽しんでいたが。


「かわいそっ。

猫にも人間の言葉が分かるんだよ?かわいそうじゃん。

あたしこの子の名前グレイにする!!」


 おかっぱ少女は絹を避難しつつも、なおグレイと名付けられた猫を手のひらで撫でて遊んでいる。


「猫にも人間の言葉がねぇ。

どこぞやの狸が変身でもしてんじゃないの?

まあ、狸と言うよりはちょっと変わったヒョウだろうけど」


「なんの話?」


 今度は茶髪が、絹のいっていることがよくわからないと言うように振り向き、グレイを触るのを一瞬やめた。単なる好奇心だろつが、絹は話す気もない。


「あ、ううん。

この猫ヒョウに似てるなぁって思ったから」


「ええ、そう?ま、いいけど。

グレイー!かわいいねー」


 絹は実際にダークパンサーの真の姿を見たわけではないが、ダークパンサーが人間の姿に変身したときのことと、ダークパンサーと言う名前から本来の姿がどのようなものかくらいは安易に見当がついた。


 もっとも、コウモリの翼と三匹の蛇の尾があることは分からなかったが。


 絹はダークパンサーの事など気にせずにさっさと塾へ入った。


「じゃ、待っててね、グレイ!!」


「ニャー」


 おかっぱ少女や茶髪、にこちょんは猫のグレイを気遣っていたが、絹は見向きもしなかった。

 ダークパンサーは、絹のことを待っているつもりはなく、ここの塾講師に変身すると、さっさと中に入った。


「き、君は!?」


 本物の塾講師はダークパンサーを見て心底驚いた。

 なにしろ、自分とそっくりの顔をしている者が、目の前に立っているのだから。

 ダークパンサーはすぐさま本物の塾講師を魔術で眠らせた。


「悪いねぇ。君に恨みはないが、あの小娘は、いささか怪しい。

常に監視をしておかないと」


 そういうと、眠っている塾講師をロッカーに入れ、持ち物を奪い、教室へ入っていった。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ダイアは棺の中で眠ろうと目を閉じたが、今日のことがどうも気になっていた。ダークパンサーの依頼人を軽蔑するかのような態度、依頼人絹の妖しげな霊力。

全てが気がかりだ。


 まあ、ダークパンサーに関しては、元々人間を見下すことが多々あったためにそこまで気がかりではなかったが。


 しかし、絹の場合は違う。

絹が霊力を完璧にコートロールできたとして、もしも敵にまわってしまったら、明らかに不利だ。

 少なくともダイアと互角に戦えるだろう。ダイアは位の高い魔者まじゃな上に、吸血鬼。

 その辺にいる雑魚どもよりはよっぽど強いはずだ。

そんなダイアと互角に戦うなど並大抵の人間にはできない。


「厄介なやつが増えたな」


 ダイアは絹を異様な魔力との関連性を見つけまいとした。理由は簡単。"面倒なことにしたくない"からだ。

そもそも、異様な魔力が存在しているだけでも面倒だ。


 プライドの塊でナルシスト気味なダークパンサー本人が異様な魔力のもちぬしは自分よりも強いと言っている。それをさらに絹と関連付けるなど考えるだけでも疲れる。


『ねぇ、ご主人…』


「わっ!!」


 いきなり強制的な意思疎通がきた。それも、女の声。かなり色気のある声だ。聞いたことのない声で、ダイアは棺のなかで体制を崩してしまい、あわてて寝返りを打つ。


『あら、起きていたの?』


『ダークパンサー…。なんだその声は!?』


 ダークパンサーは声も外見も性別も自由自在に変身できるため、ダイアは一瞬意思疎通をしてきた者が誰かわからなかった。しかし、よく考えると意思疎通ができる相手はダークパンサーしかいない。


 意思疎通は個人個人で感覚が違い、魔者まじゃたちはそれを意思紋いしもんと呼ぶ。

 これは指紋や耳紋のようにこの世で二つとない感覚だ。

 例外として頭が3つのケルベロスや、ヒュドラーは意思紋が完全に一致しているが。


『気づいていなかったのねぇ。

私はご主人のために、いつも眠っているご主人の耳元でささやいているのよ…』


 ダークパンサーの女の声がリアルに聞こえる。

 頭の中で会話しているために脳に刺激が直接送られ、耳に息がかかったかのように感じた。

 ここまで再現度が高いと魔力が多く消費されるはずだが…


『お前、魔力が消費されるだろ!?』


『心配してくれてるのかしら?ウフフ』


 ダークパンサーはふざけながらダイアの耳を噛んだ。(と言っても脳への刺激に過ぎないが。)

 これにはさすがのダイアでも我慢の限界で、堪忍袋の緒が切れた。


『いい加減怒るぞ?気色悪い!』


『この声じゃ、ダメ?』


『どうでもいい。

で、何か進展はあったのか?』


 ダイアは使い魔(ファミリア)のおふざけに付き合うつもりはさらさらなく、いきなり本題に入った。

 ダイアが言うと一瞬沈黙が走り、女の声ではあったが、ダークパンサーは声色を変えた。


『彼女は極普通の人間よ。霊力が強いだけ。

魔者まじゃとのハーフってこともありうるけど、絹本人はただの人間』


『お前、なぜその女の声で話す?』


 いつも聞いている声──あの黒装束をまとっている色んな意味での怪しさが特徴的な男の声でないことに違和感を感じたのか、ダイアはイラついた声でそう言った。


『忘れられちゃ困るのよねぇ。私は無性別。

。あなたを愛すことだってできるのよ?ご主人』


 いつもの調子に戻ったのか、語尾に『ねぇ』が付いている。

 ただ、内容はいつもと比べるとふしだらで少々おふざけが過ぎているが…


『気でも狂ったか?バカが』


『そんなこと言わずに。ね?

私、ご主人に毒舌吐いてたけど、本当は嫌いじゃないの』


 "嫌いにさせたいんじゃないのか?"とダイアは思ったが、意思疏通をしている最中。

 ダークパンサーにそのまま伝わった。ダークパンサーはリと笑うと、


『そんな事ないわ。

私はご主人の気をひ・き・た・い・の』


『勝手にほざいてろ。

お前が話すと長い。頼むから寝かしてくれ』


 ダイアは半分本気で頼んでいた。普通なら朝の5時に寝るのも遅い方だと言うのに、今は昼だ。人間で言えば、夜中の3時まで起きているようなもの。


『引き続き監視を続けるわ。


おやすみなさい。私のご主人』


 胸に手を当てられるのが意思疏通の魔力によってダイアに伝わった。その手は、どこか覚えのある手だ。


ーーいや、ダークパンサーの手だ。

覚えているのも当たり前、か。ーー


 女の手だが、ダークパンサーと契約したときのものと似ているのだろう。今度は意思疏通に伝わらないよう意識的にではなく、無意識に思うよう工夫した。


『ーーあなたは、私たちが守ってあげる』


 ダイアの脳裏に、女の声がよみがえった。

母親の声だろうか、覚えはないが、心暖まる声だ。


『ーー君のために、私は全身全霊をかけよう。

ダイア・ブラーム。いつか、また会える日まで』


 次に聞こえたのは、ダークパンサーのいつもの男の声だ。ただ、これはあくまでも記憶で、意思疏通によるものではなかった。

 いつ聞いたのだろう。どちらも覚えがない。


『殺られないようせいぜい気を付けろ。

お前が死んだら契約上、僕もそれなりの代償をはらわされるからな』


 ハッと我に返ると、頭を抱えながらそう返した。


 覚えのないものを思い出そうとしても、時間の無駄だ。今がもし夜だったら深く考えただろう。しかし、今は少し頭痛がしていた。さっきのは、幻聴だったのかもしれない。

 だとしたら、深く考える必要もないはずだ。


そんなことは露知らず、ダークパンサーはいつもの調子で返そうと、一瞬フッと笑い、


『……心配しなくても_』


 ダークパンサーは、

"心配しなくても私が死ぬことはないのだけど"

 と言おうとしたが、ダイアからの意思疏通の応答は途絶え、代わりに小さな寝息が聞こえた。


「スー、スー」


ダークパンサーはにやりと笑い、声をいつもの男の声に替える。

 

『おやおや、なんて無防備な。。

さて、私はあの小娘の見張りでもしようかねぇ』



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