第1章ー2 『依頼人への不安』
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ダイアたちは魔力の源を懸命に探したが、結局見つからず、朝陽を浴びやれないダイアは中止せざるおえなくなった。
ダイアはぐったりとした様子で番人の家に戻り、代わりに鷹となったダークパンサーは翼を羽ばたかせ、魔力の源を探っていた。
太陽はいよいよ昇り始め、ダイアはといえばカーテンやらなんやらを閉めたりと忙しい。
『見つかったか?魔力の源。』
意思疏通の応答を待つ、言わば受信状態の気が感じられ、すぐに意思疏通の応答をした。本気で魔力の源が判明したと信じたわけではなかったが。
『魔力の源ではないけど、この魔力、どんどん強くなっているみたいだねぇ。』
ダイアはダークパンサーの目を通して町を見下ろしながら、器用に同時に意志疎通をした。
ーー昼の人間界は目が痛くなるほど明るいな。ーー
思いながらもダークパンサーに右へ行けやら左へ行けなどと指示を出した。
ダークパンサーは意外にも反論せずに素直に命令にしたがい、しばらくはなにも話さずに辺りを飛び回った。
しかし、ダイアのほうはさすがに眠くなったせいか、ため息をつくとか細い声で話した。
『少し疲れた。後は頼む。もし何か手がかりを見つけたら連絡しろ。』
『りょーかい。』
ダイアは意志疎通をプチリと切ると、棺の中で横になり、寝ようとした。素直にまぶたの言うがままに目をつむって夜を迎えたいと思いながらうとうとしだしたとき、完全に寝る前、いや、もう少しで寝られる前にドアを叩く音が聞こえた。
舌打ちしながら頭をかき、棺のふたを開け、うんざりしたように頭をかきながらドアへ向かった。
「ダークパンサーがいないと不便だな。」
番人の噂を聞き付け、霊力の強い人間が訪ねてくることはよくある。
しかし、ダイアは人間との対面を全てダークパンサーに任せ、魔界の生き物の始末だけをしていた。
近ごろ―契約をしてから49年ほど外へ出ていない。陽の光に当たらないようツバの広い帽子をかぶり、分厚いマントを羽織った。
「中にお入りください。」
なるべく早く客を中に入れ、ドアをすぐに閉めた。
ダイアがすんでいる『番人の家』は、ドアが影の部分にあるのだが、吸血鬼にはやはりキツかったらしい。
少々やけどぎみになってしまった。
「えっ、子供?」
この反応は当たり前だ。実際ダイアの身長や顔は、13歳くらいで、シワも白髪もなにもない。不思議なくらい人間そっくりで、吸血鬼らしいことといえば、八重歯が尖っているということぐらい。しかしそれも、普段口を開かないダイアにとっては関係のないことだ。
依頼人は、見たところ、14、15歳くらいの少女だった。
この町にはたくさんの人間や、魔者がいる。それは単純に住みやすいからだ。とはいえ、人間界に住んでみたいと好奇心のかたまりのような善の魔者たちが大半だが。
「まず先に質問をします。貴女はここがどこか知っていてお訪ねになったのですか?」
「はい。この町を守る番人の家ですよね?」
「ええ、よくご存じで。私の名はダイア・ブラーム。
吸血鬼です。」
ここがどこかよくわからずに来る人間はしょっちゅうではないが、何人か来る。それを確認しようと質問をし、返答が来ると自己紹介を簡単にした。
「私は、高坂 絹です。
霊力が強いみたいで、悪霊なんかの生き物に付きまとわれてて。
あの、失礼ですけどダイアくん、ダイアさんのご年齢は?」
「150歳です。それが何か?」
ダイアは、なにもビックリしずに会話ができるこの人間に少し違和感をもった。顔つきから年齢を訊かれるのは別にダイアもよかったのだが、問題は説明の仕方が簡潔に丁寧にきちんと説明できていることだ。
ただ、ダイアは人間のことをよく知らないために、疑問はすぐ消えた。
「あっ、いえ。
とにかく、ここ最近、たちの悪い生き物たちに狙われていて。」
ーーダークパンサーが言っていた異様な魔力と何か関係しているのか?ーー
ふとそんな疑問がダイアの頭によぎった。
最近は魔界の生き物たちもピリピリしている。ダイアやダークパンサーさえも、なにかを感じ取っていた。魔者しか感じられない、魔者特有の魔力。人間の霊力と魔者の魔力は根本的に性質が違うからだ。
「具体的にどういった生き物たちですか?」
「特に決まった種類じゃないんです。いつもバラバラで。」
「そう、ですか。少し腕を拝借しても?」
「え、あ、はい。」
絹が右腕を差し出すと、ダイアは血管の部分を強く、双方の親指で押した。安定に脈をうっている。こうすることで、この絹と名乗る娘の霊力がどれぐらいのものかわかる。脈をうつごとに、ダイアの体へ情報が送られた。
人間とは思えないほどの強い霊力が彼女の体に注がれているのが分かる。脈で調べなくても、手を握る程度で霊力は感じられただろう。
しかし、そんなことを考える前に、脈を調べたとたんにある欲求がダイアを誘惑した。彼の吸血鬼としての本能が目覚め、血を吸いたいという欲求にかられたのだ。すぐさま手を離し、心を落ち着かせようとした。息が荒くなり、すさまじい餓えと失いそうな自制心との格闘が始まる。
「し、失礼。」
胸を撫で下ろし、キッチンに向かった。
慰めになるかはわからないが、とりあえず液体として保管してある血を探し、一気に飲みほした。餓えとは闘うに違いないが、自制心を失うことはまずないだろう。
「あの…」
絹はダイアの異変に気づき、いや、気づかないものもそういないだろうが、それはさておき、絹がキッチンにやってきた。
ダイアは絹の声に一瞬ビクリと肩を震わせ、血を拭えないまま、振り向くことになった。
「キャッ!!」
すぐに口許についた血を服で拭い、飲んでいた皿を戻す。
なんと言っていいか迷いながらも、とりあえずは謝ることが先決だろうと考え、絹との離れすぎた距離をほんの少し縮め、口を押さえながら、
「申し訳ありません。お客様の前であるまじき行為を。」
絹は目を開き、しばらくなにも話さなかった。
絹本人は、冷静さを取り戻そうとしたのだが、ダイアには怯えているようにしか見えない。
絹は絹でなんと返答していいのか迷っていた。そもそも人の家に上がり込んで、食事を邪魔したのは自分だ。
「だ、大丈夫です。」
ダイアはそのあと、どうやって会話を切り出そうかと困っていたとき、ダークパンサーが意思疏通をしようとしていることにはじめて気づいた。
すぐさま精神を集中して意思疏通を始める。
『お困りのようだねぇ、ご主人?』
この状況を理解しながら楽しんでいるのか、それともなにも知らないのかと疑問に思うが、ダークパンサーはさっきまでのことを全て知っているようだった。笑いをこらえきれずにダイアに話しかけ、この沈黙から抜け出す手を考えてやってもいいと言う感じに語尾をあげて言った。
『うるさい。何か見つけたか?』
『いいや。
ただ、主人を助けるのが使い魔の仕事だからね。』
『意思疏通をする暇があるのなら魔力の源を探せ。』
『ご主人もいちいち口うるさいねぇ?』
わざわざ主人を助けようとしたというのに、あっさりとその申し出を断られたことに驚いた様子でダイアに向かって反抗した。
しかし、ダイアはダイアでそんな嫌味に付き合うつもりはなく、適当にあしらう。
『お前ほどじゃないがな。もう切るぞ!?』
ダイアは役に立たない使い魔との意思疏通のつなぎを切り、絹との会話をなんとか再開させた。
「貴女が狙われている理由は、恐らく、“異様な魔力”が原因でしょう。」
「異様な、魔力?」
「ええ。
昨日分かったことなのですが、近頃“異様な魔力”がこの町を包囲しているようなのです。
周囲の生き物たちも、“異様な魔力”を薄々感じているのでしょう。
魔者たちは興奮しているのです。
そのために、貴女を狙うのだと思います。」
ダイアはそういいながら対処法のために魔除けを探した。
棚の中には数えきれないほどの小瓶が並べてある。とりあえず、総合的に一番の魔除けを手に取り、それをしばらく眺めた。
小瓶の中身はどす黒い青紫の粉がはいっており、魔力のためか、キラキラと光っている。キッチンに向かい、さっきの小瓶よりももっと小さい、小指ほどの別の小瓶を用意した。小さい小瓶に水を少し入れ、自分の人差し指に傷をつけ、血を数滴入れる。
次に最初の小瓶に入っている粉を水と自分の血が入った瓶にほんの数粒入れ、よく振った。そのあとに紐をつけ、それを絹に渡す。
「これは魔除けです。ほぼ全ての生き物に効果が現れるはずです。
貴女の霊力はあまりにも強すぎるため、魔者たちが寄ってくるのでしょう。
もし、この魔除けでも効果が期待できない場合は、瓶を握りしめ、
『我願う!ダイア・ブラーム、及び漆黒の番人をここに召喚し、助けを求める!』
と叫んでください。」
「召喚、ですか?」
召喚という言葉に怪しさを感じたのか、眉間にシワを寄せ、絹はダイアに訊き返した。
「瓶には私の血が2、3滴入っています。
この町には私たち魔者が行き来する道があるので、血の場所をたどればすぐに駆けつけられるでしょう。」
血については、ダークパンサーの血も混ぜていた。絹がダイアを召喚しようとすれば、ダークパンサーも無理矢理に召喚されるだろう。いきなり呼ばれ、人間の前に姿を現せるダークパンサーのキョトンとした顔を思い浮かべると、口元がつりあがり、面白くてしかたがなくなる。
「ありがとうございます。」
絹は帰ろうとした。その時、一瞬だけ、例の異様な魔力に似たものを感じた。面倒なことになるのを避けたかったダイアは、気のせいだと自分に言い聞かせ、絹を見送る。
「また何かお困りごとがありましたら、いつでも番人の家へお訪ねください。」
「はい。ありがとうございました。」
絹は番人の家を出ていった。ほぼほぼ猫かぶりで接したせいか、うんざりした様子でまた棺に戻ろうとすると、声が聞こえた。
「あの娘、異様な魔力に似た霊力を持っているねぇ。」
振り向いてみると、いるのは机に腰かけたダークパンサーだ。はじめは意思疏通なのかとも思ったが、振り返ってみて正解だった。
「もうわかったのか?」
「いいやぁ?面倒だから、放棄した。」
もうお手上げだと言うかのように手を広げ、面白そうに鼻で笑い、ダイアがどんな風に返すのか期待しながら目をつむる。
「お前!」
主人がどう返してくるかくらいはわかっていたが、期待通りのリアクションだ。しかし、いつも以上にどこか腹が立っているようなので、本題に入った。
「そう怒らないでおくれよ?
ご主人、あの依頼人の小娘、異様な魔力に関与している。きっとね。」
ダークパンサーがかすれた声で妖しげに言ってみせると、ダイアは舌打ちをした。
「ッチ!それを理由に仕事を放棄するとはな。
お前の行動は大したものだ!」
「お褒めいただき光栄ですよ、ご主人?
ただ、ご主人には負けるけどねぇ?」
「なんのことだ!」
「私の血を入れたんだろう?
恐らく、私が睡眠をとっている間に血を採取しておいて。
使い魔も睡眠を楽しむと言うのに…
ご主人が相手じゃ気も抜けやしないねぇ。」
ダイアはもう一度舌打ちをすると、棺の方へ向かった。まさか血の事がバレていとは露知らず、手間隙かけて血を採取していた自分があわれでならない。
ただ、それをとやかくいっている時間もそれほどない。今は棺にはいって目をつむり、睡眠をとりたくてたまらない。
「依頼人を見張っておけ!またいつ狙われるか分からないからな。」
「優しいねぇ、ご主人は。
あの小娘のために、わざわざ私を見張りにつかせるだなんて。」
「依頼人が怪しいと言っているんだ!
お前の言うとおり、異様な魔力に霊力が似ている。
これ以上毒舌を吐くつもりなら、お前の身の上を訊いてやろうか!?」
"優しい"という言葉をきくと、ダイアは無性に腹が立った。ダイアの好きな言葉ではない。意味があるわけではないが、ダイアの親が死ぬ前――――あの火事が起きる前は、少なくとも両親にたいして素直なはずだった。火事で両親を亡くしてから、彼の心には深い霧がかかっている。ダークパンサーも、(気を使っているのかはわからないが)あえて火事の件は触れない。
「………」
ダークパンサーは顔色ひとつ変えずに黙った。大抵の質問には、「ご主人に話す義理なんかこれっぽっちもないねぇ。」と返すだろう。
しかし、ダークパンサーはいつも自分の過去を話したがらない。
「それと、あくまでも依頼人は僕たちの客だ。
"小娘”という言い方はどうかとおもうが。」
こればかりは本当にダークパンサーへの注意だった。それでもダークパンサーは言い返すことなく、それっきりしゃべらなくなった。反省しているわけでもなさそうだが、会話が停止したことを確信したダイアは棺の中に入って寝た。
その間、ダークパンサーは猫へと変身し、依頼人の元へ向かった。
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ダークパンサーは舌打ちをしながら依頼人を探していた。
主人、つまりダイアが、自分の血を小瓶に入れたせいで、面倒なことになったと頭を悩ませ、同時に胃がムカムカする。
しばらくすると、ダークパンサーはふと思い立ち、この町にある洞窟へ向かった。暗くてじめじめしていて、人気もない。
そこには、魔界から出てきたと思われる生き物が少なからずいた。
ミノタウロス、低級な魔者、位は高いが、けして魔力が強いとは言い切れない悪魔など。
ただ、明らかに人間に、この町に害をなす類いのものだ。始末するに越したことはない。ダークパンサーは、まず始めにミノタウロスを爪で引っ掻いた。猫に変身しているとはいえ、魔力の強い使い魔という事に変わりはなく、ミノタウロスを引っ掻くと、頬の一部がふっ飛ぶ。それは、正に一瞬のことだ。一瞬で頬が飛び、ダークパンサーの顔にどす黒い血が降りかかる。
爪にはミノタウロス特有の太くて黒い毛が引っ掛かった。
猫の姿では闘いにくいせいか、ダークパンサーはいつもの人間の姿になった。ラスボスによくあるオーラで包まれている。
ミノタウロスは、相手が自分の敵だということをようやく理解すると、頬の痛さを忘れ、突進してきた。なにも考えず前進するミノタウロスの姿は、まるで猪のようだ。
ダークパンサーはひらりと突進をかわすと一旦広い場所へ軽やかに移送した。案の定ミノタウロスとその他の生き物はダークパンサーを追いかけ、突進するしか脳のないミノタウロスは何も考えずにやってきた。そんなミノタウロスの腹をダークパンサーが簡単に殴った。
ダークパンサーは腹を“殴った”だけだが、分厚いミノタウロスの肉を貫通させた。人間の血よりも濃い色をしているミノタウロスの血がドクドクと地面に流れ落ちる。
普通ならただの屍と化すのだが、このミノタウロスは体力だけは強く、まだ生きていた。腕や足を無我夢中に、多分無意識に振っていた。
ーーあぁ、弱い、弱すぎるーー
ダークパンサーはせせら笑い、倒れているミノタウロスに足をふりあげ、牡牛のような顔をグチャグチャにした。
頭のいい生き物達なら、この時点で逃げるのが得策と考えただろうが、残りの生き物は逃げるという考えをもたず、ミノタウロスと同じように突進してきた。
低級な魔者たちは少なくとも惨殺されたミノタウロスよりは頭がよかった。ダークパンサーと比べ、背丈や馬力で敵わないことを自覚し、近くにある大きめの石を投げたり、呪文を唱えていたりした。
ダークパンサーは悲しそうに、それでいて面白そうに笑い、呪いも石も効かないことを分からせようと、呪文を唱える。その魔法は、風で物を切るものだった。何匹かの魔者は体が裂けたりと酷いありさまだ。
生き残りの低級な魔者の一匹には、剣をもっている者もいた。一度傷をつけると死ぬ呪いを剣にかけると、ダークパンサーに向かってくる。
しかし、ダークパンサーは、短剣を何本か隠し持っていた。それを低級な魔者に向けて投げると、他の低級な魔者たちにも命中する。
ーーシンプルな攻撃ほど、強かったりもするものさーー
一方悪魔は何も行動をせず、ただ血にまみれた光景を見つめていた。悪魔は“主犯格のようで、仲間を役立たずめ!”と思ったのだが、同時に目の前にいる強敵をどうするか考える。
仲間の心配はこれっぽっちもしてないようだ。
「君はなにもしていない。
私に突進してきたり、呪文をかけたりしてきた彼らの方が、よっぽど立派だと思うがねぇ。賢いとは思えないけど」
「ケーケッケ!」
悪魔はそう笑うと、魔界の言葉で何度も暴言を吐いた。それもかなりレベルの低い暴言だ。ダークパンサーも呆れてものが言えない。
「悪魔だというのに人間界のコトバをしゃべれないとは、魔力がよっぽど弱い証拠だねぇ。
私は雑魚に用はない。」
ダークパンサーは真顔でそう言うと、最後に残った悪魔に圧迫の呪いをかけた。
この呪いにかかると、強い空気の圧迫にさいなまされ、やがて死んでしまう。次第に悪魔は苦しみだしたかと思うと、潰され、肉片だけが残った。
「はあ。弱すぎて、気晴らしにもならない。
魔邪狩りをしたら少しは気が晴れると思ったんだが…
やっぱり、あの小娘を見張った方が楽しいかもしれないねぇ。」
ダークパンサーはもう一度猫の姿になると、絹を探すために、自分の血が入った魔除けの場所を探した。