面接試験の極意
劣等生。
俗にそう呼ばれる存在、それが私の長男のというより我がガキ共3姉弟である。
末弟の長男はその事実によって今時、受験する高校すらなかなか決定しなかったほどである。
が、とりあえず金はかかるが何とか滑り込めるであろう私学高等学校を中学校側で探してきてしまって、劣等の長男を中卒で働かせて早々にリタイアして悠々自適の暮らしを夢見ていた私の目論みは崩れ去った。というのも妻も中学校とぐるになって金のかかる私学高等学校への入学を私に進言し、私としては渋々この案を受け入れるしかない状況に陥ってしまったからである。
ともあれ、私の性格上、一旦決めたことに対してはしっかりと完遂せねばならないと言う義務感があって、筆記試験、これはもう劣等ながらも倅本人が筆記するわけだから私は日々飲酒しながら革ムチを振りかざして倅の尻を打ち据え、DVだDVだと妻や娘や倅本人にまで罵倒されつつ、それでも意志を曲げることなく打ち抜いてだから、できる限りの努力はした。あとは倅が正解をひねり出して合格すればいいのだと、試験当日はひとり飲酒しながら大声で歌い、踊って倅の帰りを待った。
「あんまり手応えがなかった」
そう言って緊張感皆無でへらへら笑いながら帰宅した倅を見て私の肩が落ちた。
こらぁだめかもしれん。革ムチを震いすぎてマメがはぜ、皮膚がめくれあがった私の掌。それをじっと見つめていたら少々泣けた。私の努力は報われなかった。劣等息子の無能がために。
しかたがない、こいつには中卒で労働してもらおう。お!そうしてこいつがカネを稼げば私は悠々自適ではないか?と筆記試験対策のためにしばらく忘れていた本来の目的をふっと思いだしてしまった私は倅の肩をバンバン叩きながら「そうかそうか、しかたがないね。明日、父さんと共に職安に行こう」と、更に安酒をがぶ飲みしながら"アナーキー・イン・ザ・UK"を歌い、ポゴダンスを踊ったのだが、そんな歓喜の父を眺めながら倅が吐かす。
「明日は面接試験だから」
このへらへら劣等小僧めが。
女々しいヤツ。筆記に失敗して帰宅したのにも関わらずまだそんなことをいいやがる。筆記に失敗すれば面接なんか受けたって無駄に決まっている。私は尻を振りながら洗濯物を干していた妻を呼びつけ、自分の意見を伝えて同意を求めた。
「最近の高校は学力より面接が重要なのよ」
妻というのはどこの家庭でも同じだ。
よけいなことしか言わないのである。
私は歓喜から絶望に墜ち、うなだれながら倅の手を取って一言、
「さぁ、いこうか」
そう呟き、共に家を出た。
とぼとぼと歩く田舎町の情景。
怒りと悲しみがこみ上げ、通り過ぎるババァを殴打した。
絶望にかられて、通り過ぎるジジィの顔面に回し蹴りをくれた。
自棄になり、若い母が押す乳母車から乳児を盗んで中空に放り投げた。
そんな八つ当たりをしながら商店街のど真ん中へ辿り着いた私は、往来のちょうど中央へ倅を誘った。
「いいか倅よ、よく聴きなさい。面接試験の極意を最低限で教えてくれと訊かれれば『でっかい声でハキハキと』と私は答えるであろう」
「へぇ、そう」
「そんな間の抜けた、牛糞の如き返事をするでない。要するに面接試験の極意は恥も外聞もかなぐり捨てた『絶叫』であるから、筆記でヘタこいたおまえに残された道はただひとつ、他の受験生はもとより試験官よりも誰よりも大きな声でハッキリとした受け答えをすることである」
「なるほど、で?」
「なんだよ、まだわかんねぇの?だからそのための練習にココまできてるんだから、やるぞ。いいか私が今からするようにおまえもしなさい」
「なに、それで面接は通るの?」
「だからそう言ってるじゃないか、つーかもうコレしか残ってないんだよ、方法は」
「そ、わかった。で?」
と、そんなオリエンテーションの後に私は胸を反らし、両手を後ろに組んで目玉をひん剥きながら限界まで空気を肺に溜めてから
「ゼッキョー!!」と絶叫した。
直後、それまでざわついていた商店街は無音の世界と化した。
「ほら、やれよ。おまえの番だ」
「なんか、恥ずかしくネ?」
そんなことを言う倅の顔面を私は全力で殴打した。
血しぶきを吹き上げながら中空を舞い、路上に倒れた倅の背骨に安全靴で一発、蹴りをくれてから私はヤツの襟首を掴んで引き起こした。
「やれ」
倅の鼻骨は見事にへし折れていて、顔面そのものが変形しているようにも見えたがそんなことを気にしている場合ではないので、私はそう言って倅に絶叫を命じた。
「ゼッキョー!」
倅は顔面を痙攣させながら絶叫した。
「カツゼツがわるい!!」
私はそう言ってまた、倅の顔面を殴打した。
一旦ひっくり返ってから起きあがってきた倅は口内に裂傷を負ったのか大量の血を吐きながらフガフガ言っていて、口を動かすたびにへし折れた歯がこぼれ落ちていた。
父「ゼッキョー!」
倅「ゼッキョー!」
父「ゼッキョー!」
倅「ゼッキョー!」
父「ゼッキョー!」
倅「ゼッキョー!」
父「ゼッキョー!」
倅「ゼッキョー!」
父「ゼッキョー!」
倅「ゼッキョー!」
夕焼け雲は美しい。
私はもはや誰だかわからない程に顔面の膨れ上がった倅の手を引いて家路についていた。
よくやった。私も倅も。
商店街の路上に血溜まりを拵えながら父から子に伝授された面接試験の極意。
私はすっかり醜く成り果てた倅がやけにいとおしくなって路上にしゃがみこみ、
「久しぶりにどうだい?」
と倅に背を見せた。
ズズッと鼻血をすする音を返事として、倅が私の背に身を預けてくる。
私は少々ヨタヨタしながらも立ち上がり、「重くなりやがって」かなんか言う。
倅の血液でシャツが湿ってくるのがわかり、親子の情を交換しているという実感に私は泣いた。
帰路、幸福のあまりハイになった私は、脇を走りすぎようとする小学生の前に脚を出して転倒させて喜んだ。
そして倅を真ん中にその夜は妻と3人川の字で就寝した。
翌日、青黒く腫れ上がった顔面に瘡蓋をこびりつけて起きてきた倅を
「オハヨー!」
と絶叫で迎えた。
「オハヨー!」
と、倅の唇は動いたのだが、え?声が聞こえない。
カツゼツとかそう言った問題ではなくて空気だけが漏れている。
妻は溜息をついた。
倅は頭を掻いた。
私はひとつ咳をして「練習し過ぎちゃったね」と微笑した。
結局やはり私には悠々自適の生活が待っていたのだ。
いやいや、結果オーライである。
苦労は報われたのだ。
中卒の倅、万歳。
そうかそうか。
私は"ヒア・ナッシング・シー・ナッシング・セイ・ナッシング"を大声で絶叫しながら卓袱台に飛び乗り、そして玄関扉に向けて思い切りダイヴした。
(了)