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Illness

5.illness


ロゼリアの家は3部屋からなる。玄関のある中央の部屋の奥に二つのドアがあり、向かって右奥が書斎、左奥が寝室となっている。中央の部屋には調理場と小さな食卓、そしてソファが置かれている。整然とはしていないが清潔な家だ。

ロゼリアはシンを寝室のベッドに寝かせ、普段後ろで一つに束ねている髪を解いて楽な体制にさせた後、エドナを部屋から出して医療術式を組み始めた。呼吸が落ち着いたことを確認するとシンを残して部屋から出た。

ソファに座り不安そうに見上げるエドナに軽く笑みを見せて、隣に座る。エドナは張りつめていた緊張が解けて肩の力が抜けた。涙が少し滲む。


気まずそうな表情でロゼリアは少々黙っていたが、静寂に耐えかねて口を開く。

「何も話さない・・・ってわけにはいかないね。」

エドナが困惑した表情でロゼリアを見る。言葉を探しているのだろう。

「さて、何から話そうかねえ。」

ロゼリアは溜息混じりに言い、エドナを見据える。

「まず、簡単に状況説明をしようか。シンがやったことは、戦闘用術式の発動だよ。あいつも術式が使える。でも少し特殊でね、私たち術式学者はあれを『無詠唱術式』って呼んでいる。

通常、戦闘用術式っていうのは言葉で術式を組み立ていく詠唱術式を使うんだ。だからどんなに短い簡単な術式を、どんなに優れた術者が使っても、5秒はかかる。長い複雑なものだと数分はざらだね。

だがね、無詠唱術式っていうのは、術式を特定の一単語だけで発動させられるんだ。矛盾しているように見えるだろう?言葉を紡いで構築するはずの術式をたった一単語で発動させるんだ。一部の宗教では『奇跡の力』とか呼ばれているよ。

だけど、この世界に奇跡の力なんて存在しない。無詠唱術式は既に術式として完成されているものを呼び起こしているんだ。

術式の発動はそもそも二段階あってね、一つめの段階で術式を構築し、二つめで発動させる。無詠唱術式は、この一つめの状態で置いておいたものを発動させるっていうことさ。ここまでは大丈夫かい?」

エドナは必死で頭を働かせ、なんとか理解して頷いた。

「だがね、術式の保存には大量のマナがいる。私達みたいな人間がもつ僅かなマナじゃあそんなことはできない。できるのは、体がマナでできていて、生命エネルギーもマナである精霊くらいだ。」

エドナは頷く。

「そして、なぜ人間のシンが無詠唱術式を使えるかなんだけどね、あいつは・・・」

ロゼリアは一呼吸おいて続ける。

「あいつは、生命基盤に精霊が据えられている。面倒な説明は省くけどね、簡単にいうと、私達の血流の半分がシンの場合マナの流れなんだよ。そして、そのマナの流れを維持しているのは生きた精霊だ。シンは生きた精霊と共生している。」


精霊との共生。そんなことがあり得るのか。精霊に対して人や動物、魔物、植物は有機生物と呼ばれる。有機生物は微量のマナをもつが、その機能はわかっていない。寧ろ高濃度のマナは有機生物に対して毒となる。

一方、精霊は体そのものがマナで構成されている。よって、精霊との過度の接触は有機生物に多量のマナをふれさせ、場合によっては命を落とさせる。そのような存在と共生だなどという事が、本当に可能なのだろうか。

だが、エドナは自分とロゼリアの知識量の差を認識している。ここで食って掛かるほど愚かではない。

「嘘みたいだろう?だけどな、そういう研究がなされていたんだよ。何人もの人間が・・・殆どが大人より外界の影響を受けていない、子供だった・・・死んでいった。」

ロゼリアの声が震える。

「シンはその被験者の一人、いや、最後の被験者だ。研究は終わったんだ。未完成のままでね。そして、私は、その研究の、主任研究員だった。私は何百人もの子供の命を奪い、あの子の人生を壊した張本人なんだよ。そして、私がせめてあの研究を完成させられていたならば、シンはこんなに、死と隣り合わせの生き方をせずに済んでいたはずなんだ。」


この後声を震わせながら途切れ途切れに言ったロゼリアの言葉を繋げると、術式の発動によって生命基盤のマナの流れが乱れてシンは今の状態に至った、ということらしい。

ロゼリアはそれ以上語ろうとしない。だが、エドナには納得しきれない点がある。ロゼリアは自らの非道な研究によって多くの子供の命を奪ったという。だが、エドナにはそれがにわかに信じ難かった。

ロゼリアはシンのことを想い、単純な優しさ以上のものをシンに向けているように見える。最初にシンを叱咤したようなことも、彼女なりの思いやりなのだろう。

「ロゼリアさん、話してください。私には、ロゼリアさんが、そんな非道な人には見えません。お願いします。」

ロゼリアは暫く俯いていたが、再び口を開いた。

「エドナ。あんたは本当に」

ロゼリアは顔を上げてエドナを見る。エドナはいつになく真剣な表情だが、その眼には優しさが灯っている。ロゼリアはふふっと嬉しそうな笑い声を漏らした。

「なあ、エドナ。頼みがある。この先あの子を、シンを守ってやってくれないか。私はシンを術式で助けられても、心の支えになってやることはできない。いいかい・・・これはまだ不確定な話なんだけどね。」

ロゼリアはまた一呼吸置いて続ける。

「私の技術を出し切っても、このままだとシンは長くない。」


エドナは目を見張った。ほぐれかけていた緊張の糸が、再び切れそうなくらい強く張られるのを感じた。言葉にならない声が漏れ、目線が揺らぐ。だが、ロゼリアの表情は暗くない。

「最後まで聞きな。何も無駄にあんたを悲しませたいわけじゃないんだ。いいかい、今みたいな症状が最初から出ていたわけじゃない。推測だけど、私は精霊の力が時間の経過とともに弱まった結果だと考えている。だから研究は未完成だった。精霊の限界が近いってことさ。」

エドナは困惑する。

「それじゃ、シン様も精霊も・・・」

ロゼリアが遮る。

「正確に言うと、精霊の一部、断片だ。本体そのものではなく、ある精霊の一部がシンの中にいるんだ。だから、精霊本体は死なない。

「シンにはまだ話していないけどね、私は今、ある可能性を見つけた。シンを救える可能性がある。」

エドナの表情が明るさを取り戻す。

「でも、きっとその方法にはあの子の生きるっていう強い意志が必要だ。私は・・・それが今のあの子にあるとは思えないんだよ。勿論死を望んでいるわけじゃない。ただ、あの子の過去が、生きる勇気を奪っているんだ。あの子は辛い過去を持っている。だけど、それを誰にも漏らさない。幼いころから、悲しみは悲しみを、苦しみは苦しみを呼ぶことを思い知ってきたから、誰に対しても心が開けないままでいるんだ。そして、ずっと一人で苦しみ続けている。」


エドナは伏線が繋がるような感覚を覚えた。いつも優しい笑顔を絶やさないシン。エドナが辛く、悲しく、苦しいとき、影の落とされた心を朗らかに照らしてくれた。だが、シンは決してエドナの感情に深く干渉したことは無かった。それに対して不満などを抱いたことは微塵も無かったが、シンはいつも一歩引いた所にいた。

それは、干渉することで自分の心を見せてしまうことを避けるためだったのだろう。会話がシンの過去に触れそうになったときに自然に話題を逸らしたのも、自分の辛い過去が漏らさないためだろう。

自分がシンの力になれるのならば、その過去を知りたい。シンという人間を理解し、支えたい。出会ってからのこの短い期間に幾度も、あの優しさに、笑顔に、支えられてきたのだ。

「ロゼリアさん、お願いします。教えてください。シン様とロゼリアさんのお話を聞かせてください。」

真剣な面持ちのエドナを見て、ロゼリアはまぶしいものを見るように目を細めた。


「これは、この国の東隣国アイサルの、ある研究都市での話だよ。」


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