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Heart


村に戻った途端に体が重くなる。吐き気が押し寄せ、ふらつきそうになるのを必死に堪える。エドナが気づき、慌てる。

「シン様!大丈夫ですか。」

何か答えなければ。

口を開こうとするがその力すら入らない。視界が揺らぎ、意識が朦朧としてくる。

シンは地面に膝をつき、そのまま意識を失った。

「シン!」

ロゼリアが呼びかけるが反応が無い。

エドナにも覚えがある。エジノバで倒れた時と同じだ。呼吸が深く、細い。

ロゼリアが即座にシンの容態を確認して言う。

「エドナ、シンを連れて宿屋に行っていてくれるかい。私は翁の所に術式施術に必要な道具を借りてくるから。すぐに行く。」

ロゼリアもまさかここまで急にシンの容態が悪化するとは思っていなかったらしい。

焦り、鳥にまたがって走り去っていく。

エドナも倒れこんでいるシンを鳥に乗せ、宿に走る。青白い光の塊が追随した。


宿に着いてからは早かった。

エドナが着いてシンをベッドに寝かせると、鳥を使ったせいだろう、すぐにロゼリアが駆けつけた。

分厚い本を脇に抱え、片手には銀色の腕輪を巻いている。

術式の使用を補助するものだろう。

エドナはロゼリアの集中のため、部屋の外に出る。

自分に出来ることはした。後はロゼリアを信じる。エドナはただ祈った。


手が震え、焦燥感に心が包まれる。自分の組んだ術式のどこかが間違っていたのだろうか。

何度も確認し、簡単な実験も成功した。だが、精霊のマナを組み込んだ生命基盤が思うように動いてくれない。

時間が無い。シンの命が危ない。

アイサルでの記憶が蘇る。自分が術式を施し、命を失った3人の子供たち。

4人め、シンも、自分の技術の至らなさで死なせてしまうのかという不安で心が埋め尽くされる。

青白い光が瞬いた。

「学者よ、心を強く持て。焦燥と不安にまみれる心では何も見えぬ。」

心を見る精霊の客観的な助言で、ロゼリアは少し気持ちが落ち着いた。

「すまないね、ありがとう。」

深呼吸をし、本をめくる。

「もう一度やる。すまないが、頼むよ。」


ここはどこだろう。自分は今どこに立っているのだろう。

前後左右はおろか、上下さえもわからない暗い空間。

そこに、確かに自分は立っていると感じる。

何もない、誰もいない空間。

ふと遠くに、赤い光が見える。赤い光は揺らめき、広がり、近づいてくる。

「炎・・・?」

声は出るようだ。揺らめく炎が迫りくる。

シンはそれに不気味さを覚えた。

周りが一気に炎に包まれる。

驚いて目をつむり、続いて開くとそこには遠い記憶の中の光景が広がっていた。

目の前で震える女性。懐かしいその顔には恐怖の色が濃い。

「カティア・・・」

懐かしき乳母の名前が零れ落ちる。

「シン様、生きてさえいれば、また、楽しさや嬉しさを、見つけることが出来るはずです。信じて、生きてください。」

次の瞬間、全てが赤い炎に包まれて消えた。


シンは茫然と立ち尽くす。

次に現れたのは、炎と対照的な青白い光だった。

「ラクシュミ・・・」

呼びかけに応じるように、青白い光は明滅しながら水竜の形をとる。

「弱きヒトの子よ。」

ラクシュミはシンに語り掛ける。これも記憶の一部なのだろうか。

「我はそなたの記憶ではない。」

シンの心を読んだかのようにラクシュミが続ける。

「・・・弱きヒトの子、というのは相応しくないな。そなたは強くなった。」

ラクシュミは何か考え込む様子を見せる。呼び方を考えているのだろうか。

「名前で呼んでくれてもいいんだよ。」

シンが笑いながら言う。

「ヒトの名を呼ぶのは初めてじゃ。その場合、『シン』でよいのか?」

ラクシュミが尋ねる。

「そうだよ。」

シンは笑って返す。

ラクシュミは深く頷いて続けた。

「シン、我は長き間そなたと話がしたいと思っておった。」

「僕も君と話がしたいと思っていたんだ。」

シンがラクシュミに歩み寄る。ラクシュミもシンに近づいていく。


「我はこの湖に古来住んでいたが、不覚にもアイサルの軍に捕えられた。結果的にそなたらに辛き思いをせてしまったな。謝罪する。」

淡々と言葉を並べるラクシュミを、シンは即座に否定する。

「謝るのはこっちだよ。人間のせいでひどい目に遭わせてしまってごめんね。」

ラクシュミはまた淡々と言う。

「人間という一つの生物種を一括りに見る程、愚かではない。」

シンは少し笑う。ラクシュミも小さく笑いながら言う。

「我らはどちらも謝罪すべき存在ではないな。・・・もう少し早くからそなたと話がしたかったものだ。これほどまでに愉快だとは。」

シンはラクシュミの方を見て、微笑みを浮かべたまま言う。

「それじゃ、沢山話そう。」

ラクシュミは嬉しそうに、だが少し寂しそうにする。

「話したい気持ちは山々じゃが、そう長い時間があるわけでもない。そなたはそなたの世界に帰るのじゃ。仲間が待っておる。今、あの学者がそなたを救う術式を組んでおる。その完成までが期限じゃ。心配せずとも成功する。我の片割れがついておる。」

断片化とは、なんと便利な機能なことか。

「シンよ。そなたに話しておこうと思っておったことがある。」

ラクシュミは声の調子を普段通りの淡々としたものに戻して語る。


「アイサルの研究の真意を知りたくはないか。」

急に話がアイサルに遡る。シンは不意を打たれた気持ちになったが、問う。

「精霊のマナを行使する力を戦争に応用する、という目的ではなくて?」

ラクシュミが間髪を入れずに返す。

「それは表向きじゃ。本来の目的は・・・人心の支配。」

シンは耳を疑った。

人の心を支配する?そんな馬鹿げたことが可能なのだろうか。

仮に可能だとしても、あの研究にどう繋がるのだろうか。


ラクシュミはシンの疑問に答えるように続ける。

「精霊が人の心を見る、というのは知っておるな。」

シンは頷く。ふと、目の前に赤身がかった丸い光が見える。明滅しながら強さを増していく。

「学者のものじゃ。順調のようじゃな。」

ロゼリアの心。緊張しながら術式を構築しているのだろう。

少し離れたところに、白い光が見える。ゆっくりと呼吸するように揺れる。

「エドナ・・・?」

「そうじゃ。このように、精霊には生物の心のありようが見える。」

気づくと、周囲は大小様々な、星のような光に満ち溢れている。

人の心だけでなく、鳥や虫、村の外の魔物、全ての心の光なのだろう。


「全ての生物は僅かながらマナをもつことは知っておるな。マナは心の源じゃ。マナの流れが感情をつくり、感情がまたマナの流れをつくる。我ら精霊はその流れを感知することが出来る。それが、心を見るということじゃ。もっとも、ただ「見る」だけじゃがの。触れることはできぬ。」

シンは手近にある小さな1つの光に手を触れようとしてみたが、ただすり抜けるだけだった。

ラクシュミが続ける。

「じゃが、心に触れる術式は存在する。アイサルの目的は、その術式を使い人の心を変えることじゃった。精霊の力で心を可視化し、術式で作用する。人の心を変える力となるじゃろうな。人間社会の権力者に対して行使すれば何が起こるか、想像に難くなかろう。」

悪寒が走る。つじつまが合った。

精霊を生命基盤に組み込む目的は、人の心を見る「目」を獲得することだった。

ラクシュミが視力を失っていた理由も合点がいく。

研究者たちは精霊のどの断片を使えば目的の機能、心を見る力を得られるのかを検討していたのだろう。

ラクシュミは続ける。

「研究施設が消滅し、全てのデータが消えたことにより、アイサルは研究を放棄したそうじゃがな。割に合わないことに気づいたのじゃろうて。」

シンは茫然と立ち尽くす。

真相を知って何かが変わるというわけではないが、自分が経てきたことの意味を知ることが出来た。これは重要なことだ。

ラクシュミは満足そうに頷く。

「これだけは伝えておきたかった。・・・さて、まだ少し時間があるようじゃの。少し世間話にでも興じるとしようか。」

ラクシュミはあたりを見回す。

シンも同じように見回すと、先ほどまで周囲を塗りつくしていた黒が薄まっていることに気づいた。

「闇が明けるまでが期限じゃ。」

ラクシュミが声の調子を上げる。


術式を構築する。今の所順調だ。

最終段階。最後の言葉を繋ぎ、シンの胸に手を当てる。

青白いマナの光が掌からあふれ出る。

緊張が走る。

心臓の鼓動に耳を澄ます。

遅く小さかった鼓動の音が、早くなり、力強さを取り戻す。

正常な鼓動が感じられる。

ロゼリアは安堵に浸り、どさっと椅子に座り込んだ。

今まで張りつめていた緊張がほどける。徹夜の疲れも今になって襲ってきた。

音を聞きつけたエドナが耐え切れなかったのか部屋に入ってくる。

「ロゼさん・・・シン様は」

ロゼリアは重い手を掲げ、疲労の隙間からエドナに笑いかける。エドナは歓喜に満ち溢れ、ロゼリアの掲げた手を握る。

「ロゼさん、本当に、本当に、ありがとうございます・・・!」

大粒の涙が部屋の板張りを濡らした。


ロゼリアは燃え尽きた様子で隣室へ移り、爆睡し始めた。

何かあったら起こせとエドナに伝えて行ったが、この様子ではたとえ何かあったとしても容易には起きてくれないのではないだろうか。

エドナはシンの寝ているベッドの隣の椅子に座り、シンを見つめる。

エジノバの時と同じだ。だが、今回は以前よりも希望に満ちている。

シンが起きれば、もう何も心配することは無い。

過去の負債によって、シンの命が危険にさらされることは無い。

呼吸を聞くためにエドナはシンの顔の方にしばらく屈み、疲れがたまっていたのか、そのまままどろみ始めた。


ほどなくしてシンが目を覚ます。

いろいろな夢を見た。だが、最後のラクシュミとの会話は夢ではなかったのだろう。

今ここにあの精霊はもう居ないようだが、自分の中に流れるマナの暖かさを感じる。

ふと周りを見回すため頭を上げようとすると、かけられた布団が異様に重いのを感じた。

左側を見ると、エドナが突っ伏して寝ている。長い二つ結びの髪の毛が垂れ下がって床についている。

何をしていたのか、エドナの頭との距離が10センチあるかないかだ。

シンはどうしたものかと硬直する。

と、シンが動いたことに気付いたのか、エドナがゆっくりと頭を上げる。

距離を変えないまま、目が合う。

まだ半眼状態のエドナと見つめ合う事数秒。


エドナは完全に目が覚めたのか、すごい勢いで後方に飛び退く。

シンも驚いて思わず後ずさり、盛大にベッドから落ちた。

飛び退いたほうのエドナは先ほどまで座っていた椅子に、こちらもまた盛大に引っかかり、扉横の壁まで吹っ飛んでいく。

隣室で爆睡していたと思っていたロゼリアが以外にも早く気付いて、扉を開けた。

「あんたら、なにやってんだい・・・。」

呆れたように眠そうにぼやいた。

エドナはロゼリアを見上げ、頬を紅潮させながら笑い出す。

シンは布団にからまったままなので表情はわからないが、つられて笑い出す。

ロゼリアもなんだかおかしくなってきて、笑い出した。

3人の幸せそうな笑い声が、木々の間を吹き抜ける豊穣の風の中に包まれていった。



ふたりが出会ってふたりとも幸せになるお話にしたいと思いました。

読んでくださった方、本当にありがとうございました。

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