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黒衣探偵、現る。

ガールズトーク(幻ノ女 Fancy Lady)

作者: 小池正浩


 ──あなたの好きな人はだれですか?


 他人ひとの心の中なんてわからない。

 だれにも、きっと神さまにだってわかるわけない。みんな、自分のことだって100%はわからないのに。自分で自分の気持ちさえ、うまく言葉にはできないのに。

 小説みたいにあんなふうに、人の心の中がすらすらと文字に化けて、ケータイやパソコンで予測変換されるように単語や漢字や文章なんかに、ある程度ととのえられた言葉として表現されて、しかもそれがだれか不特定多数の人間に読まれるなんて、現実的に考えてぜったいにおかしい。

 読めるわけなんかないのに、人の気持ちなんてだれにも。

 ましてや恋愛感情のように、胸がキュンとしたりぎゅうっとなったりするような、いとおしさやせつなさやあこがれやヤキモチやその他いろいろもろもろの、感情という感情がごちゃごちゃメチャクチャにまじった複雑でモヤモヤした形のない「心」というモノが、あかの他人にぜんぶ伝わるなんて、完全に理解されるなんて、ぜったいに、ぜったいにありえない。

 恋は理屈じゃない。

 人を好きになることに理由なんて、ない。その想いが純粋であればあるほど、きっと。

 だけど言葉にならないと、存在しないのと同じ。だれにも知られない、相手にふれられることのない恋愛に意味なんて、ない。

 だから言葉にならないと、言葉にしないと伝わらないんだろう。

 だからもし仮に、そんなピュアなものがピュアなままでありつづけるとしたら、たぶんそれは、けっしてだれの手も、なんの光も音も届くことのない、永遠に未知の、永遠に時空間の静止したブラックホールか、深海の底のさらに底にもひとしい──。

 ──闇。

 不可視で、非在の、心という──闇。

 真っ暗な──。

 深く沈んだ──。

 どこまでも広がった──。

 なにもかものみこみ、のみこまれそうな──。

 永遠の──闇。

 ……でもひとつだけ、たったひとつだけ、リアルなことがある。

 はじめての恋だった。

 あいまいに感じても、なんとなくに思えても、気がついたらそれは、とてもリアルな「初恋」だった。

 きっと一生でたった一度っきりの、生まれてはじめての恋だった──。




















「エリ、しってる? アイツ、スキなオンナのコいるらしいよ」

 いきなりエミリが話題を変えてきた。

 すっかり暗くなったいつもと同じ外の景色、いつもと同じ時間、いつもと同じ車内のいつもと同じセンター左の席、いつもと同じメンバーにいつもと同じパターンの会話。

 まったく変わりばえのしないいつもと同じ帰宅途中のバスの中、タイクツでぼーっとしていたエリカはあわてて聞き返した。

「えっ、アイツって?」

「きまってんじゃん、カイト、カイトのこと」

 エミリが目をキラキラさせて言う。

 エリカの頭の中には、金のメッシュをいれた長めの前がみにくっきりふたえの、同じクラスの男子カイトクンの笑顔がうかんでいた。

「えー、なになにー?」

「カイトが──」

 朝も帰りもバスの中は、あまり人が乗ってなくても、いつもさわがしい。

「えー、だれが、なにって?」

「だからーカ・イ・ト。カイトにスキなコがいるんだってー。しかも、オナチューのアリスかノアの、どっちか」

 さっきより大きな声を出して、エミリがリピートした。

「ちょっとエミリ、しぃー」

 エリカとエミリのことを知ってる同じ組の、同じ制服を着た女子や男子が何人か一瞬、おしゃべりをやめた。

「でねー、カイトがー」

「だからー、エミリ、しぃーって」

 エリカは人さし指をくちびるにあてた。「ヤバ、ゴメッ」と、まわりを見まわしてエミリがあやまる。

「ここでカイトのなまえはヤバいよねー、みんなオナチューだし」

「うん? や、エミリ、そーじゃなくて声、こーえ。声のヴォリューム」

「うん、わかった。カイトじゃなくて“K”って、イニシャルにしよー。ナイショのハナシってことで、さー」

 クールなお姉ちゃんキャラのエリカとちがって、エミリはおてんば天然キャラだから、ときどき会話がズレる。でも、ふたりは年少のときから大の仲良し、というか、もはや“くされえん”ってやつかもしれない。

 名前が似てることもあって「エリ・エミ」とセットで友だちから呼ばれるくらいよくいっしょにいるせいで、なにかとめだってしまう。前のほうにひとりで立ってるオバサンがうるさいという注意の意味でか、こちらをにらんだ気がした。

 アクセサリーひとつしてない地味なトレーナー姿のオバサンが目に入ってないのか、エミリはあいかわらずのハイトーンヴォイスで、

「うちらとおんなじクラスのコいるしねー」

 と話を無限ループさせそうだったので、エリカは顔をエミリによせて、ひそめた声でツッコミをいれる。

「てか、アリスとノア……だっけ? ふたりは実名出してオッケーなの?」

「ま、べつにオッケーじゃないのー? ふたり、クラスでかげうすいし」

「や、でもー」

 エリカはふりかえって、少しはなれた後ろの席に、ふたりを見つけていた。

 白い肌のお人形さんみたいなアリスは、となりや前後にすわる友だちグループの、おしゃべりの輪の中にいた。

 三つ編みにしたブラウンのかみの毛をときどきいじりながら、うんうんと言葉少なにアンニュイな笑みを見せている。

 ノアは別の席に、ひとり本を片手にすわっていた。ノア以外の乗客はみんな、手持ちぶさたにだれかとしゃべってて、バスの中はワイワイガヤガヤしている。

 うつむいているせいで、キレイにととのえられた黒のロングヘアがおでこのほうにまでかかってて、表情は見えない。

「よかった、だれにも聞かれなかったみたい。気をつけてよー、エミリ」

「オーケーオーケー、わかってるってー」

 4月2日生まれのおひつじ座、0型のおおらかな性格、オシャレでさわやか、スポーツが得意でコミュニケーションスキルもたくみ。

 そんなカイトクンは「おもしろくてかっこいい」とクラスの人気者だから、ウワサの主役がいまこのバスにいないといっても、みんなに聞かれないように気をつけないといけない。

「それで“K”クンって、エリカたちとオナチューの?」

「そーそーおんなじクラスの。エリって、Kのこときになんないのー?」

「うーん……べつに。あんましゃべったことないし。だいたいエリカ、男子にキョーミないから、オナチューの男子の名前さえぜんぜんおぼえてないし」

 エリカのこたえにエミリは、

「えー、そー。じゃエミもー、べつにキョーミない」

 と、あっさり同意した。

「でさー、Kがさー」

 いちおう、ひそひそ声になってエミリがつづける。

「スキなコがいるみたいって、やたらジョシがウワサしてるからさー、めんどくさくてエミ、きいてみたんだけどー」

「ええっ、だれに?」

「カイ……じゃなくて、Kに」

「ええっ、本人に!?」

「えー、きまってんじゃん」

「ええっなんでー、ウワサしてる子たちにじゃないの?」

「えーなんでー、Kにきいたほうがはやいじゃん」

 エリカはドキドキした。エミリって……勇気があるストレートな性格、というか。たんなる単純バカ、というか。

 ふたりが話しこんでるあいだにも、ときおりバスが停車して順に人が降りていく。

「……まーたしかに、そーだけどさー」

「でね、きいたらさー、Kが『うん、いるよー』ってゆうからさー」

「ええっ、正直にこたえてくれたのー!?」

「イエス。でさー、エミが『だれ?』ってきいたらさー」

「エミリ、ちょいまち。そんなすごいシツモン、ていうかジンモン? いつしたの?」

 エミリのむちゃぶりに、エリカはドキドキがとまらなかった。

「いつって、きょうにきまってんじゃん。おひるのあと」

「えっ、そーなのー。エリカ、ぜんぜん気づかなかったー」

 そういえば、お腹いっぱいで残したおやつのプリンがショルダーバッグに入れっぱなしだったなーと、エリカは思いだした。

「だってー、エリがひとりでドクショモードになるからさー。エミ、ヒマだから、おそとあそびにいったら、たまたまカイトがひとりでいたんだよねー」

「Kクンねー、Kクン。でも読書って……あれー、そーだったっけ? しずかに集中して読めないから、ウチでしか読書はしないんだけどなー」

「や、ちがうよー。いつもエリがウチでよんでるむずかしいのじゃないよー」

「あー、教室の本か。おひる前に小場先生が読みあげたやつね、ゴメンゴメン」

「そー、エリが『つづきがメチャクチャきになるー』ってゆって、かってにドクショモードになるからさー」

「ゴメンゴメン。そっかー、読書って、好きな小説の本かと思ったからさー」

「エリはウチで、むずかしい本ばっかよんでるんでしょー」

「エミも読んだらいいのに、小説。恋愛系とか、ファンタジー系とか、いろいろすごいおもしろいよ」

「ムリだよ。まえ、エリのオススメよんだけど、チョーむずくて、チョージカンかかっちゃったもん。エミはマンガかドラマがいい」

「なんでー、ビギナー用にケータイ小説やリライト小説かしたげたのに。なれたらぜんぜんむずくないよー、いっぱい日本語もおぼえられるし」

「エリはあたまイイからさー。だってエミは、えほんのじぃみるだけでもすぐ、ねむくなっちゃうもん」

「そーかなー、ほら、ノアだって読んでるじゃん」

 ひとりもくもく本のページをめくっているノアを、こっそりエリカがみじかく指さす。

 でもエミリは首をサイドにふって、

「ノーノーノー。エリはドクショばっかしてるから“うとい”んでしょー、リアルなレンアイに」

 と、いきなりお説教になるもんだから、こまってエリカは窓の外へ目をそらした。

「だからさー、エリはKのコイバナもしらなかったんでしょー」

 外は、とうとう雨が降りだしたみたいだった。

 窓ガラスについた水てきに、信号のブルーがうつりこんで、まっすぐ下へすべり落ちる。

「ねー、エリ、きいてる? あーまた、かんがえごとしてるー」

「ちがうよー、ぼーっとしてただけ。それよかさー、そんでKクンがどうしたのー?」

 ぬれはじめた歩道を、カサを持ってないおばさんと男の子の親子が早足で去っていく。エリカがエミリに向きなおったのと同時に、バスが発車して少しゆれた。

「そ、カイトが……じゃなかった、そーそーそんで、Kがスキなコってのがさー、なんか、100パーうちらのクラスにいるってゆうからさー」

「100パーセントおんなじ組に? ホントにー?」

「ホント、ホントー。だってエミ、ホントにきいたもん」

「でも、なんでエミリがそんなの知ってるのー?」

「だからさー、Kに“ちょくで”きいたんだって。エミが『だれがスキなの?』ってきいたら、Kが『それはいえない』って」

「や、ま、それはそーじゃない、フツー」

「けど、エミはゆうよ。だれかにきかれなくても、フツーにおもったことはなんでもショージキにゆうよ」

「そ、それはそーだろうね、エミリは」

「エリはちがうのー」

「ノー……や、この場合、イエスかな。だってエリカはオトナだから」

「なにそれー、どーいうイミ? エミのこと、コドモってゆってんの、ムカつくー」

「べつにそーじゃないけど……エミリもレディならわかるでしょ?」

「や、ちがうでしょー。オトナだったらゆうときはゆわなきゃ」

「そりゃ理想としては、そーだけどさー。でもさ、人間関係とか恋愛とかって、ホントはメチャクチャ複雑なもんじゃない?」

「あーはいはい、わかりましたよー。どうせエミなんかとちがって、エリはアダルトなほんでフクザツなレンアイしってるんだもんねー」

「アダルトな本って……や、そーいうわけじゃないけど」

「けどー、リアルなレンアイもちゃんとおベンキョーしたほうがいいよー、エリもさー」

 エミリはプンプンほっぺたをふくらませた。

「エリはさー、オトコとつきあうとかさーキスしたりとかさー、ちゃんとレンアイしたことないでしょー」

「や、ま、そ……それはそーだけど」

「スキなオトコいないのー?」

「うん、まー……じゃあエミリはどうなの?」

「そんなのきまってんじゃん、エミもいない」

 自信まんまんにエミリが、マジメな顔してセンゲンするもんだから、エリカはつい笑ってしまった。

「……あはははは。じゃあ、エミリもいっしょじゃん」

「あっ、ホントだー。やっぱ、エミ・エリはおんなじだねー、あははははー」

 つられてエミリもゲラゲラ笑う。ふたりして涙目になって、手をたたきあったあと、

「……で、Kクンがどうしたのー?」

「で、カイ……じゃない、Kがさー、スキなコのことだけどー」

 やっとエミリが話を戻した。

「ハッキリだれかはおしえてくれないから、ジャンジでKに『じゃ、ヒントちょうだいよ』ってエミきいたのねー、そしたらー」

「そしたら?」

「Kが『オレのスキなヒトは、オレのクラスのヒト』ってゆうから、エミが『じゃさー、カイトのスキなコって、カイトとなかイイオンナのコのなかにいる?』ってきいたのー」

「カイトクンじゃなくてKクンね、Kクン。それで?」

「そーそー、でKは、うーんてちょいなやんで『ちょいちがうかなー』って、なんかハッキリしないこたえ」

「えー、どういうこと?」

「そー、だからエミが『どーゆうこと、そのコとはしゃべったこともないってこと?』ってきいたら、Kは『や、ちょこちょこしゃべってはいるけど、オレ、そのヒトとしゃべるとすげーキンチョーしちゃってさー』とかゆうのよねー」

「へー、そーなんだー」

「そ、Kってよくオンナのコとあそんでるし、ほら、しっかりしたトシウエがタイプだってまえにゆってたじゃん?」

「そーなの?」

「そーなの。それで『イガイー、カイトってオンナのコなれしてるとおもってたけど、スキなコとはうまくトークできないんだー』ってエミがツッコむと、カイ……じゃなかったKは、ちょいおこって『ワルいかよ。けどあのヒトは、すげーよくオレのことみてくれてるっていうか、すげーよくオレのことわかってくれてるみたいで』ってさー」

「うんうん」

「なんか、すごいマジになってカタるのよねー。なんかのキッカケでKは『かげでオレのことみまもってくれてる、てか、オレのしらないところでオレのせわしてくれてる、みたいな。あの人のイイとこにきづいてから、オレはカノジョのことマジでスキになった』ってー」

「うんうん」

「だからエミもマジになってきいたのねー、『じゃ、カイト、そのカノジョのことマジでスキなんだー』って。そしたらさー」

「うんうん、そしたら?」

「カイトはハッキリ『そー、オレはマジでカノジョがスキ。ヤバい、もしかしたらオレのハツコイかもしんない』ってゆったのよねー」

「初恋、かー。あのモテモテのKクンがそんなこと言うくらいだから、よっぽど本気なんだねー」

 これがリアルな恋愛ってやつか……エリカはため息をついた。

「うーん、あれ? でもさー、Kクンはアリスかノアのどっちかのことが好きって、エミリ最初に言ってなかった?」

「うん、そー」

「でもKクン、好きな子の名前教えてくれなかったんじゃなかったっけ?」

「そーそー、それがモンダイなんだよねー。アリスかノアか、それがモンダイだー」

 エミリは太いまゆをよせて言う。でもエリカには、その“モンダイ”以前に問題があった。

「や、まってエミリ、だからなんで、アリスかノアってわかったの、Kクンの好きな子が?」

「“スイリ”よ」

 エリカのギモンに、エミリは当然といった感じでこたえた。

「エミのスイリー」

「エミリの推理って……」

「エミ、『コナン』はダイスキだから。『コナン』だったらアニメみてるし、マンガもよんでるし」

「や、ま、『コナン』はエリカも好きだよー、好きだけど……エリカはどっちかっていうと、コナン・ドイルの書いたシャーロック・ホームズの小説のほうが、だけどー」

「だからエミ、スイリしたのよねー」

「推理って、Kクンの好きな子を?」

「そー」

「でも、どうやって?」

「かんたんだよー、Kがいろいろヒントくれたもん」

 エミリがちいさな胸をはった。

「イイ? まずKは『スキなヒトは、オレのクラスのヒト』ってゆった」

「うん、そーだったねー」

「てゆうことは、Kのスキなコはぜったいうちらとオナチューでしょー」

「うん、まー、まちがいなくうちらとおんなじクラスの子、だろうねー。まずそれはまちがいないよねー」

「で、さらにKは、そのコとなかイイってわけじゃないとゆった」

「うん」

「で、さらにさらにKは、『ちょこちょこしゃべってはいるけど』『そのヒトとしゃべるとすげーキンチョーしちゃって』ってゆってた」

「うん」

「てゆうことは、そのコはあんまKとあそんでないってことでしょー」

「うん、きっとそーいうことだよねー」

「あの、おもしろいKとあそばないコってー、すっごいレアじゃん」

「うん? ま、そーかな。エリカはキョーミないけど」

「で、Kはしっかりしたコがスキなタイプってゆってたし」

「言ってたんだねー」

「で、オナチューのうちらのクラスでー、Kとあそんだことなくてー、しっかりしてるってゆうと……」

「ていうと?」

「そー、アリスとノアの、たったふたりしかいないのだ!」

 と、なぜか名探偵エミリはビシッと指を一本立てた。

「アリスもノアもおとなしいから、Kとほとんど、しゃべったこともあそんだこともないはずだし」

「そーだねー、アリスやノアがKくんといっしょにいるとこ、ぜんぜん見たことないなー」

「それに、ふたりともアダルトなカンジじゃん」

「うーん……でもさー、ふたりともキャラちがうくない?」

「うーん、ちがうけどおんなじだよー」

 エミリが人さし指を立てたまま説明する。

「アリスはああみえて、イガイとしっかりしてるじゃん」

「うーん、たしかに。宿題とかちゃんとしてくるし、そうじとかキレイにしてるしねー」

「わすれモノとか、ぜったいしないじゃん。それに、おとうとすごいカワイがってるし」

「うん、アリスはオトナだよねー。去年おとうとができてお姉ちゃんになってから、とくにねー」

「もともと、トモだちのめんどうみもよかったりするしさー」

「じゃ、ノアは? エミリ、ノアとはあんましゃべったことないんじゃないのー?」

「そーだけどー、わかるじゃん。ノアはいつも『マイペースでおっとりしてる』ってオバセンセーにゆわれてるし、ルックスがすごいオトナっぽいじゃん」

「まー、たしかに。かみキレイだしねー」

「んもー、チョーキレイじゃん、あのくろかみ。エミ、いっかいドレスきたノアのスタジオしゃしんみたことあるけど、もーチョーいろっぽくて、チョーオトナのオンナってカンジだったもん」

「うんうん、たしかにノアは美人だし、なんか不思議ちゃんだけど、同い年のみんなの中で見た目いちばん大人びてるよねー」

 なるほどー、とエリカはうなづいた。

 ツインテールに結んだベージュ色の頭をコクコク、かみどめのゴムについた赤いリボンをユラユラさせてエミリが、

「てゆうことで、アリスとノアのふたりにしぼれたわけだけどー」

 とダンゲンしたとき、「じゃあねー」とアリスが友だちと別れる声が聞こえてきた。

「ヤバ、エミリ、しぃー」

「あっ、ヤバっ」

 ふりかえると、アリスがこちらに歩いてくる。

 別の席にいたノアもちょうど、見ていた本を手さげバッグにしまって通路に足をおいたところだった。

「しぃーエミリ、くちチャック」

「オーケーエミ、くちチャック」

 ウワサのふたりがそばをとおるあいだ、正面を向いてエリカたちはぐっと口をとじていた。

 アリスやノアたち乗客数人が、運転手サンにあいさつしながら出入り口から下車する。バスが動きだすのをまってから、エリカは口をひらいた。

「アリスかノアのふたりにしぼ“ら”れたわけだけどーって、だけどそれ、Kクン本人にたしかめたの?」

 エリカが次の停車場所を気にしながら聞くと、

「ううん、まだー。このスイリはついさっき、ヒラメいたことだからさー」

「え、そーなの。や、まー推理としてはうなづけるけどさー、なんか“決定的ショウコ”っていうか、“キメ手”? みたいなモノがないんじゃないかなー」

「オーケーまかせて。ヒントはまだあるのよねーじつは、すっごいヒントが」

 エミリが目をキランと光らせた、ように見えた。

 車内の人が半分以上いなくなったせいか、エミリの声がヴォリュームアップしてくる。

「てゆうのもー、ジョシはダイジョーブだったけど、ダンシどもがもうすぐきそうだったから、こないうちにエミきいたのよねー」

「ふーん、なんて?」

「エミが『スキなコにはコクらないの?』ってゆったら、Kは『コクらないよ。だって、ぜったいフラレるもん、オレなんか』だってー」

「えーなんでー!? Kクンだったらフラレることなんて、ないんじゃないのー」

「そー、エミも『えーなんでー?』ってゆったー。そしたらKは、『あのヒト、オレのことガンチューないから』って、『はじめからムリだ』って」

「えー、でもー」

「けど、とおくをみながら『あんましゃべれなくても、ちょっとでもいっしょにいたいんだ』って。そんでK、ポツリとゆったんだよねー」

「なんて?」

「エミにむかって『オマエはイイよな、バスもいっしょじゃん、あのヒトと』って、Kがねー」

「あっ、そっかー、それでアリスかノア、かー」

「そー、そんでアリスとノアにしぼれたのよねー」

「ふたりはエリカたちと行きも帰りも、今日みたいにバスいっしょになるもんねー」

「そーそー、Kのゆってたことにピッタシなのって、このふたりだけだもん」

「それでアリスとノア、かー。なるほどねー」

「でしょでしょー」

 エミリが人さし指をブンブンふりまわす。

「で、モンダイは、Kのスキなコがアリスなのかノアなのか、どっちなのか、よねー」

「で、エミリはどっちだと思うのー?」

「エミはー、エミのスイリではー、Kがそのコをスキになったキッカケとー、アリスとノアのキャラのちがいからするとー」

「Kクンの話から推理すると?」

「ズバリ、Kのスキなコは──」

 と、エミリが言いかけたとき、しずかにバスが停車した。

「あー、キョンだー」

 とつぜんエミリがおたけびを上げた。視線の先を追うと、キョンチャンがカサをさして歩道にいるのが、窓の外に見えた。

「ホントだー、キョンチャンがいるー。マーとしゃべってるじゃん」

 パステルカラーのブラウスとスカート姿のキョンチャンのとなりに、グレー系のシャツとジーンズを身につけたラフなファッションのマーがいた。

 楽しそうにニコニコ話してるキョンチャンとマーに向かってエリカが手をふると、気づいてふたりもふりかえしてきた。

「キョンがくるなんて、チョーレアー」

 エリカとエミリは急いでバスを降りた。

「マー、グッタイミーン」

「キョンキョン、グッジョブ!」

 キャーキャー言いながら、雨にぬれないようにエリカはマーの、エミリはキョンチャンのカサにもぐりこんだ。

「キョンチャン、今日はどうしたのー?」

「キョン、どしたのー?」

「キョンチャン、今日、学校休んだのー?」

「キョン、なんかオシャレしちゃってさー、すっごいヘン」

 エリカとエミリからつぎつぎにくりだされるギモン・ジンモンに、キョンチャンは家の事情を説明しつつ、「コラコラ」とカサを持つ手を上げた。

「なによー、エミ・エリふたりそろってー。これはあたしの、れっきとした私服よ、シフク」

「なにがシフクよー、いろけづきやがって。ばっちりメイクしちゃって、なんかイイにおいまでさせちゃってさー。どうせキョン、これからオトコにでもあうんでしょー、オトコ」

「えー、キョンチャン、いつのまにカレシできたのー? デート? そんで今日、学校サボったのー?」

 エミリのしつこいツッコミとエリカのするどいツッコミに、

「うるさい! 午前中はちゃんと行ったっつうの。まあ、今夜の、大事な大事なだーいじな合コンのために、午後はサボったんだけれど」

 サボってももう大丈夫な授業だったんだよと、舌を出してキョンチャンは、巨乳にギソウしたBカップ(推測)の胸をはった。

 それまでニヤニヤしずかに見守っていたマーが、

「まあまあ。いいじゃない、エリカとエミリちゃんのふたりだって、好きな男の子ぐらいいるでしょう?」

 と、キョンチャンに味方した。

「そうそう、エリ・エミコンビだってカレシのひとりやふたり、ほしいでしょうが?」

「そりゃー、ほしいにきまってんじゃん、カレシをひとりふたりさんにんでもさー」

「バカっ、いったいなんにんほしいんだよー。そんなこと言ってるようじゃ、エミリにゃあ純愛は、オトナのピュアな恋愛ってもんは、永遠にムリだねー」

「はー? キョンこそなにゆってんのー、オトナのレンアイってもんはピュアなんかじゃありえないでしょーが」

「おお言うねー、エミリちゃん。まあまあ、そんなことよりね、今日はなんかおもしろいことあった?」

 エミリとキョンチャンのなれあいバトルがはじまったところで、“さりげ”にマーがいつものパターン的トークのパスをだした。

「あー、そーそー、そーなのよー、エミのスイリきいてよー」

 予想外だったのか、エミリのハツゲンにマーは足をとめた。

「え、なに、エミリちゃん、スイリ? 推理って言った?」

「そー、スイリ。きょうさー、カイトとコイバナしてさー」

「カイトくんって、あの、同じ組の男の子?」

「そー、オナチューのー。で、カイトにスキなコがいるってゆうからさー」

「へえ、カイトくん、好きな女の子いるんだあ」

「そー、で、エミがいろいろチョウサしてー、スイリしてー、そのコがだれか、わかったのよねー」

「すごいじゃない、エミリちゃん」

「でしょでしょー」

 エミリがバスの中でエリカに話したことを、ひととおりマーたちにも聞かせた。

「でねー、エミのスイリではねー」

「うんうん、それで、だれなの?」

「カイトがスキなコは──」

「もうちょっとちょっとー、エミリ、もう時間ない!」

「えー」

 ケータイを見ていたキョンチャンがとつぜん、話をぶったぎった。

「あーヤバい!」

「えーなにがー?」

「だから、合コン行かなきゃなんないんだって言ったじゃん。てかその前に、バイト先にシフト提出しなきゃなんないの忘れてた!」

「えー、なんでエミがキョンにあわせなきゃなんないのー」

「うるさい! 悪いんですけど、その話はまた今度にしてくれます? ごめんなさい、それじゃあ」

 行くよと言ってあっというまに、いやがるエミリをひっぱってキョンチャンはわき道にきえた。

 あっけにとられて、エリカとマーは遠ざかるふたりを見送る。

「あらら、忙しいわね」

「エリカたち、おいてかれちゃったー」

「まあ、どちみちそこまでだったんだし、また明日会えるしいいじゃない」

「そーだねー。キョンチャンはつぎいつかしんないけど、ま、いっかー」

 と、しばらくまっすぐ進んだものの、

「やっぱエリカ、メチャクチャ気になるー。カイトクンの好きな子がだれなのか、名前だけでも聞いてくる!」

 とマーにさけんでエリカはひとり、くるりと引き返して雨の中走りだした。

 でも角をまがったところですぐ、ドンとなにかにぶつかってころんだ。

「いたー」

 地面に手をついたまま見上げると、雨雲をバックに黒い影が。

 おっきくて真っ黒い布をまとった人間らしきモノが、エリカの目の前に立っていた──。



「初めまして。わたくしが黒衣探偵ペルソナです」

 男っぽい低い声がした。エリカはビックリして反射的に、

「てか、だれ?」

 会話してしまった。

「あなたの疑問を解いてさしあげましょう」

「や、だからー、だれなんですかー?」

「それが疑問の一つならば、解答ははっきりしている。わたくしは黒衣探偵ペルソナです」

 頭のてっぺんから足のさきっちょまで、おっきな布をかぶって全体的に真っ黒い。いつ雨がやんだのか、カサもなにも持ってないのに、男か女かわからない黒ずくめ人間はまったくぬれていなかった。

 ちいさなすきまから、ちょっとだけ目が見えている。でも暗くて、表情はぜんぜんわからない。

 クロゴ? くろごって、演劇のステージの上とか、あやつり人形の後ろとかにいるあの、黒衣のこと?

 しかもタンテイって? ミステリー小説に登場する名探偵ホームズとか、ポアロとか、明智小五郎とかの、まさかあの探偵の意味?

 頭の中がハテナマークでいっぱいになったエリカが、ビビりながらゆっくり立ち上がってるあいだも、

「黒衣探偵はこの世界に存在しない。しかし、この世界を謎解く役割を仰せつかっているのです。いわば、“私”というパースペクティヴで描かれた“世界”という絵画作品における消失点なのです」

 ジコチューに黒衣のおっさんかおばさん? たぶんおっさんは、ワケのわからないことをしゃべりつづけた。

 こわい、という感情よりもギモンのほうが先行して、あきれ半分ツッコミ半分の気分でエリカは聞いた。

「や、だからー、アナタだれって? やっぱヘンタイ?」

「あなたの疑問は、わたくしが黒衣探偵ペルソナであることではないはず。彼の好きな人がいったい誰なのか、のはず」

「えっ、おっさん、ホントだれ? なんでカイトクンのこと知ってんの? てか、なんでエリカたちが話してたこと知ってんのよー」

 と、エリカがギモンをぶつけても、黒衣の男は不気味にだまっていた。でも、

「ていうか、カイトクンの好きな子がだれか、おっさん知ってんの?」

「知らない」

 いちばん大事な問題には、あっさり返答した。

「えー!? アナタさっき知ってる、みたいなこと言ってたじゃん」

「情報としては知らない、と言ったまで。情報を条件としてとらえれば、つまりデータとして重ね合わせ組み立てるのならば、答えを知ることは必ずしも不可能ではない」

「は?」

「よろしい。では、あなたの疑問を解いてさしあげましょう」

「ええっ、なに、その上から目線」

 エリカの冷めたリアクションを無視して、黒衣探偵ペルソナとやらは推理を話しはじめた。

「それでは、論理的に考えてみましょう。まず、カイトくんの好きな人は、『オレのスキなヒトは、オレのクラスのヒト』という言葉から、彼と同じ組の人間である、というのが第一の条件になる」

「それはー、まー、そーだよねー」

 しかたなくエリカは話をあわせることにした。

 黒衣探偵はつづける。

「次に、『オマエはイイよな、バスもいっしょじゃん、あのヒトと』とエミリさんに語ったという言葉から、エミリさんと同じバスに乗り合わせる人物である、というのを第二の条件としておきましょう」

「ふんふん、それで」

「加えて、『カイトのスキなコって、カイトとなかイイオンナのコのなかにいる?』という質問に対しての『ちょいちがうかなー』『ちょこちょこしゃべってはいるけど』という返答の言葉から、彼と話すことはあるがけっして仲良くしている女の子の中にいるわけではない、というのが第三の条件として規定できる」

「ふんふん、それでそれで」

 なかばヤケで、なかばテキトーに、あいづちうって先をうながすエリカの気持ちを知ってか知らないでか、黒衣探偵はピクリとも動かないまま語る。

「しかしこの三つの条件だけでは、該当する人間は少なくない。よって誰かは特定できない」

「や、まって、エミリはアリスとノアのふたりにまでしぼることできたよー」

「なぜ?」

「カイトクンはしっかりしたタイプが好きだからねー、その三つに、大人っぽい子っていうのを、プラスできると思うんですけど」

「なぜ?」

「や、だからさー、あの中で大人っぽい子って、アリスとノアしかいないもん」

 いつのまにか、立場が逆になっているような気がしないでもなかったけど、ついエリカはつられて話にノってしまった。

「てか、いままでのアナタの話って、ただエミリの推理をなぞってるだけじゃん」

「なるほど、それを第四の条件とすれば、アリスさんとノアさんのふたりにしぼられる、と」

「そーでしょー。でもまだ、どっちだかはわかんないんだけどねー」

「ノンノン」

 急に黒衣探偵はトーンを上げた。

「それでは“正確には”ならない」

「はー、なにが?」

 黒衣探偵の言い方に、エリカはイラッとした。

「なにが“セイカクには”ならないよー」

「正確には、カイトくんが好きになったきっかけとして語った『あのヒトは、すげーよくオレのことみてくれてるっていうか、すげーよくオレのことわかってくれてる』『かげでオレのことみまもってくれてる、てか、オレのしらないところでオレのせわしてくれてる、みたいな』という言葉から、『しっかり』とは“人格を意味する”、つまり“しっかりした性格”の人物であることが断定できる」

「うん? あーなるほど、ホントだー」

 黒衣探偵のダンゲンしたことにエリカはピンときた。

「てことはさー」

「そう、大人っぽい女の子といっても、一方はあくまでもルックスや雰囲気が、にすぎない」

「そっかー“アリス”だ!」

 コーフンしてエリカはさけんだ。

「アリスがカイトクンの好きな子だったんだ!」

 コーフンしながら、なんだかエリカは不思議な気分になった。

「だって、ノアは見た目キレイで大人びてはいても、性格はおとなしいだけで、べつにしっかりってイメージじゃないもん。でもアリスは逆だー」

「そう、いつも先生に『マイペースでおっとりしてる』と評価される外見のノアさんに対して、弟をかわいがり友達のめんどうみもよいと、あなたがたにも知られているアリスさんのキャラクターこそ妥当する」

「ていうか、カイトクンがノアやアリスと遊んでいるとこなんか見たことないから、カイトクンがふたりの性格、エリカたちよりくわしく知るわけないもんねー。てことは──」

「アリスさんがカイトくんの好きな人」

「てことだー」

「というのが、ようするにエミリさんの推理でしょう。しかし、それではまだ充分ではない」

「えっ」

「ノンノンノン。なぜなら、それらの条件に該当する人間は“もうひとりいる”のだから」

 高らかに黒衣探偵がセンゲンした。

「思い出しましょう。カイトくんと同じ組で、なおかつエミリさんと同じ行き帰りのバスに乗り合わせ、彼とは適度に話す間柄で、性格のしっかりしたタイプという四つの条件に加え、『あのヒトは、すげーよくオレのことみてくれてる』『かげでオレのことみまもってくれてる』という、彼の言葉に適合する人物でなければならない」

「えっ……」

 エリカはドキッとした。

「だ、れ……」

「もう気づいたのでしょう、エリカさん。“あなた”です」

 またも黒衣探偵はダンゲンした。

「あなたなら、それらの条件にピタリとあてはまる」

「や、ま、まって」

「エミリさんに話した『アリスやノアがKくんといっしょにいるとこ、ぜんぜん見たことないなー』というあなたの言葉から、あなたがカイトくんをよく見ていて、いつも陰で見守っているのは簡単に想像も推察もできる」

「や、それは」

「つい先ほども、『カイトクンがノアやアリスと遊んでいるとこなんか見たことないから』と。まるで彼の言動、彼の周囲を、いつも意識していることを告白するかのように」

 黒衣探偵のジンモンにエリカは言葉をなくした。カーッと顔が熱くなって、どんどん胸がドキドキする。

「しかしながら」

 でも黒衣探偵は、

「それではエリカさん、あなたがカイトくんを好きであるという可能性が判明するだけで、カイトくんがあなたのことを好きかどうかは断定できない」

 きびしくセンゲンし、

「なぜなら、条件的にはアリスさんもまた、同じように同じレヴェルであてはまるのだから」

 またまたダンゲンした。

「では結局、問題は依然として解決できないのでしょうか。限られた情報では謎は解けないのか。さながら、いまこの世界が夕闇の時間で暗いのか曇り空のため暗いのか、判断することができないように」

 複雑な気持ちになって、ぎゅうっと胸がいたくなったエリカを気にすることもなく、つづけて黒衣探偵は言い放つ。

「答えは無論“ノン”、です。“そのためにわたくしはこの世界に存在するのですから”」

 どこか、ふてきに笑うような声だった。

「さて、あらためてカイトくんの好きな人の条件を検討しましょう。第一に、同じ組の人間であること。第二に、エミリさんと同じバスに乗り合わせる人物であること。第三に、仲良しというわけではないが、しばしば会話する人間関係ではあること。第四に、しっかりした性格と彼に評価される人物であること。しかしこの第四の条件には、確実にまだ不充分なところがある」

「え……」

「そう、もともとエミリさんの情報によれば、『しっかりしたトシウエがタイプ』という条件だったはず」

「あっ」

「この言葉から、性格的にしっかりしているというニュアンスだけでなく、“年上”であることも第四の条件に含まれる」

「年上!? うん? や、でも──」

「そう、しかし、あなたもよくご存じのように彼は“4月2日生まれ”、必然的に組には彼と同じ年齢の人間か、彼より年下の人間しかいない」

 黒衣探偵の言いたいことがエリカにはわからなくなった。

「そ、そーだよね……」

「ノアさんの外見の大人っぽさを『同い年のみんなの中でいちばん』と言うほどですから、当然、留年などの特別な理由があるような人間、二つ以上年齢に差のあるような人間は、クラスにはいないということでしょう」

「うん、まー、まちがいなくエリカたちの組はみんな、オナチュークラスだよ……ていうことは、別の組の子、上の子ってこと? でも、カイトクンは──」

「彼は『オレのクラスのヒト』だと」

「そー、でもそれじゃ……」

 よけいにワケがわかんない、エリカは頭の中がカオスになった。

「ところで、エリカさん、あなたは今日、午前中に『小場先生が読みあげた』『教室の本』の話の先が気になり、昼食後につづきを読んだ」

「え、そーだけど……」

「もうひとつ。あなたは小場先生のことを『先生』という以外になんと呼んでいるのか」

 とつぜんの変わったシツモンに、エリカはなにか予感めく。

「え、なに、先生のことを? や、先生のこといつもはオバ、サ……ン!?」

 あっ!? 小場先生!

「そう、“オナチュー”クラス、つまり“同じ年中組には担任の先生しかカイトくんの年上は存在しない”」

「そっか先生だー!」

「第一の条件は同じ年中組の人間、だった。それにはクラスメートだけでなく、教室で絵本を読みあげたり簡単な英語を教えたりする、あなたがた“幼稚園児の年中組を担任する先生”もまた妥当する」

「うん、たしかにそーだー。それに先生が読んでくれた本は、つづきが気になって午後の自由時間にぜんぶ読んだんだよー。そういや、ノアも本好きみたいだったなー。でもエリカとちがって絵本見てたけど、バスの中でも」

「第二の条件は、エミリさんと同じバスに乗り合わせる人物、つまり“いつも決まった席で出入り口が同じ送迎バス”に毎日同乗している先生は、これにも妥当する」

「そーだよ、オバサン! 今日もいたー。エリカ、注意されかけたもん」

「第三の条件は、仲良しではないが定期的に会話することはある関係性。第四の条件は、しっかりした年上の人」

「そっか、そりゃさー、オバサンはエリカたちの組の先生だもん。だれとでもお話するし、カイトクンよりもしっかりした年上にきまってるよねー」

「それは『あのヒトは、すげーよくオレのことみてくれてる』『すげーよくオレのことわかってくれてる』『かげでオレのことみまもってくれてる』『オレのしらないところでオレのせわしてくれてる』という、お外遊びに行ったエミリさんがジャングルジムの上で聞いた彼の言葉にも、過不足なく妥当する」

「そっかー、カイトクン、先生のことが好きだったんだ……だからカイトクン、『あの人のイイとこにきづいてから、オレはカノジョのことマジでスキになった』って、『ヤバい、もしかしたらオレのハツコイかもしんない』って言ってたんだ……」

「彼の好きな人は、小場先生である」

 やっぱりエリカはショックだった。でも、どこかナットクも、スッキリもした気がする。

 カイトクンが好きな人は──、先生だった。

「──以上、証明終了」

 ぼそっと黒衣探偵がツイートして、バサッと体にまとった黒い布をマントみたいにはためかした。

「幼い初恋は誰にとっても片想い──そう、“幻ノ”恋なのかもしれない」

 片想い……きっと、カイトクンにとってはじめから先生への恋心は、叶わない運命の片想いだった。でも、エリカにとってはまだ──。

「そういえばエリカさん、あなたはエミリさん以外の他人を『クン、サン、チャン』づけの“カタカナ表記”で、自分自身のことは『エリカ』と自分の名前で呼んでいるのでしょう」

「え、なに? なにがどう……エリカがどうしたの?」

「“ここはあなたの心の中の世界”──いわば“あなたが主人公で視点人物の、一人称の小説世界”なのですから」

 えっ!?

「お礼はいただきました。アデュー」

 サッと黒衣探偵がなにか持ったままの片手をあげて、もう一度マントをはためかした。

 つぎの瞬間──。




















 ──目の前が真っ暗になっていた。




















「ちょっとエリカ、エ・リ・カ、大丈夫?」

 耳もとで声がした。

「大丈夫? ケガしてない、エリカ? どこも痛くない?」

「うーん……だいじょうぶ、だと思う」

 いつのまにか、歩道にすわりこんでいて、心配そうな顔したマーにつよく肩をゆすられていた。

「気がついた?」

「うん」

「よかったあ。エリカったら、しばらくぼーっとしてたから」

「えっ? ずっと?」

「そうよ、2、3分起きたまま気絶してるみたいだった」

 まったくそんなおぼえはない。

「あーあ、スモックが泥だらけ。体はあまり濡れていないようだけど、早く家に帰らないと風邪ひくよ。あらら、カバンの中身、全部出ちゃってるじゃない」

 見ると、制服はあちこち泥で汚れているし、そばにはショルダーバッグがひっくりかえっている。

 あれ? おひるに残したプリンが……ない?

「ごめんね、エリカが急に走りだしたから慌てて追いかけたんだけど、傘を突風に飛ばされちゃって……。遅れて脇道に入ったら、エリカが地面に倒れてたからもう、ママすっごくビックリしたじゃない」

「ごめん、マー。うん、もうだいじょうぶ、だいじょうぶだから」

「ほんとに? 元気ないんじゃない、やっぱりどこか痛むんじゃない? エリカ、ほんとに大丈夫?」

「うん、エリカは……ううん、“わたし”は」

 だいじょうぶ、胸がいたむのはべつにケガしたからじゃない。キズついたわけでもないし。

 そもそも告白したわけでも、ふられたわけでもない。それにたとえ、好きな人に好きな人がいたって、好きな人の好きな人がだれだって。

 だって、まだ──。

 わたしは、まだほの暗い雨上がりの空を見上げた。

 プリスクールから帰るころくもりはじめて急に雨が降りだしたから、今日もいつもみたいに一日中家で、大好きな小説の世界の中にひたっていろいろ空想しようと思ってた。

 でも。

 灰色の雲のあいだからときどきキラめく真昼の太陽の光を見ていたら、なんだか……なんだか、なんとなくちょっと気分が変わった。

 だって、つづきが気になる。

 だって、まだ、はじめての恋は今日はじまったばかりなんだから。


 To be continued.

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一人称視点ならではのミスリードに、こう来たかとニヤリとしました。平仮名とカタカナの独特さや「オナチュー」や「写真スタジオ」など、伏線は随所にあったのだと気付いて、ヤラレターと思いました。 …
2015/11/21 20:42 退会済み
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