死闘!
『さぁ、最終ステージだ。張り切って行こうぜ! 作者!』
チャイムの音が鳴り響く中、主人公は意気揚々とした。中から『はいはーい』と言いながら、廊下を駆ける音が外に漏れていた。
『女性の声?』
さすがは魔王。邪悪で粗悪で凶悪で巨悪な魔王の事だ。女なんてパシリにされて当然だ。
主人公は心の中で思い、魔王を一層憎らしいと感じた。
『はい〜、宅配便ですか?』
中から出てきたのは綺麗な女性だった。スッピンだが堀が深く、整った顔をしていた。
主人公は緊張しながら女性に対して言った。
『あ、あの……ま、ま、ま、魔王……居ますか?』
『ん? ナツの友達? なっくーん! お友達よ〜! ----ゴメンなさいね。あの子最近元気なくって……。あっ、折角だし、上がっていって頂戴よ。さぁさぁっ!』
主人公は、言われるまま家にお邪魔する事となった。主人公は現状が理解出来ていないようだ。ぽかんと口を開けたまま、廊下をペタペタと歩いた。
女性は魔王の部屋の前で立ち止まり、ドアをノックしながらいう。
『ナツ〜! お友達よ〜!』
『…………』
中から返事は無い。もう一度ドアをノックしながら、女性は言う。
『お友達〜!』
『…………』
依然として、返答は無い。
『ナツくーん?』
『うるっせえな! ババア! 居留守使ってんのが分からねぇのかっ!』
ババア? お母さんなのか?
「ご名答」
主人公は小声で、『居たのかよ!』と作者にツッコミを入れる。魔王のお母さんには聞こえていないようだ。
魔王のお母さんは、息子の返答に安心しているようだった。
『なぁんだ。居るじゃない! 開けるわよ〜』
ドアには、内側から鍵が掛かっている。
これでは中に入れないじゃないか。
主人公がそう思った刹那、辺りが異様な空気に包まれた。
『暗黒の雷』
お母さんの掌から紫色の雷が、ドアに向けて放たれた。ドアは粉々に吹き飛び、部屋と廊下を隔てる物が無くなった。
部屋の中から、大きな怒鳴り声が聞こえてくる。
『暗黒の雷はドアに向かって使わないって約束だろーがぁ!もう家族会議の決定無視か! 耄碌ババア!』
『あら? 今回の会議での決定は、踊る流星じゃなかったかしら?』
『ちげーよ! それは二回前! ちなみに前回は危険な香りだろ! 通販で買った、くっセーアロマの事件! ババア、通販で無駄金使い過ぎだろ!』
壮絶な親子の会話に入れない主人公は、目を閉じてその場の空気と一体化した。当たり障りないように黙っていただけの事だが。
『大体なぁ、わけわかんねぇ奴を家に上げてんじゃねぇよ!』
『あれ? ナツの友達じゃないの?』
『知るかよ。俺の友達は全員ネットの中だ』
主人公は恐る恐る、壊れた壁から顔を出し、魔王の姿を確認しようと試みる。
『え?』
思わず、声が漏れてしまった。主人公は目の前に映る魔王の姿に驚愕した。
緑色の髪を肩まで伸ばし、上下ナイキの黒ジャージを着ている。キレ長の一重まぶたに、そばかすが目立つ冴えない魔王だった。年齢にして二十歳そこそこだろう。
『唯のひきこもりかよ……』
主人公の心の声が口をついて出た。魔王はこちらをギロッと睨んで主人公に突っかかる。
『おい! 誰だお前! 知らねー奴だな!』
主人公は目を薄くして、やる気無さげにとりあえずの自己紹介をし、宣戦布告した。
『はぁ〜。俺は主人公だ。お前を倒しに来た』
『はぁ? チョーウケる! 中二かっつーの! ケーサツ呼ぶぞオラァ!』
『ふん!』
主人公は背中の大剣に手をやり、思い切り切り捨てる。
『ぎゃーーーーーー!』
ナツと呼ばれる魔王は半分に切れ、霧の様に消えていった。
こうして、世界に平和が訪れ----。
『待ちなさい。あんなダメ息子倒したからって、いい気にならないで頂戴』
主人公が振り返ると、そこには禍々しいオーラを背負った、魔王の母が居た。
『暗黒の雷』
伸ばした掌から怪しい光が溢れ出す。
『あうぁあ、危ねーーーー!』
主人公は故・魔王の部屋で側転を決め、ダークネス・ライジングをギリギリの所で躱す。
『ああ〜あ、避けちゃうんだ〜。壁の修理費どーしてくれるの〜?』
『知るかよ! お前の家だろが! 業者に言えよ』
『ま〜、息子の保険金で何とかなるかしらね〜』
『不謹慎だろ! いや、俺のせいだけども』
『まあ、いいわ。とりあえず建前上、死になさい!』
もう一度、ダークネス・ライジングが主人公を目掛けて襲い掛かる。
『畜生っ、躱すのメンドクセー!』
「躱さないとマズイぞ。あれは剣で振り払えない……設定だ」
『おい! そういう事はもう少し早く言っ----あばばばばばばばばばばば!!!!』
『あははは! いい声出すわねぇ。痺れちゃう。じゃあ、これでお終いよ』
魔王の母は両手を高く掲げた。掲げた両手に、紫色の炎が球状になる。炎は次第に大きくなるが、主人公は痺れてしまって動けない。
『燃えちゃいなさい。地獄の業火!』
負けた……。
主人公が、作者ですら、そう思ってしまう状況にあの男が現れた。
『…………』
『ハッ! おじさん!』
主人公の目の前には、名言おじさんがいた。灰色のスーツに身を包み、ハットを被っている。鼈甲の杖は右手に持っていた。
『どんな困難な状況にあっても、解決策は必ずある。救いのない運命というものはない。災難に合わせて、どこか一方の扉を開けて、救いの道を残している』
『…………!?』
『つまりは、そういう事だ』
『……おじさん!』
ヘル・ファイアに焼かれ、おじさんは消えていった。苦しそうでもなく、痛そうでもなかった。その表情にはどこか優しさがあった。
『おじさぁーーーーん!』
名言おじさんは死んだ。
主人公を庇って死んだ。
『うぉぉぉおおおお! お前は、絶対に許さねェ!!!!』
主人公の目からは大粒の涙が零れていた。手に持っていた大剣が、こうこうと輝き始め、耳鳴りの様な甲高い音が大剣から発せられた。
『な、何よ! この光は!』
魔王の母は手で光を隠し、薄く開けた目で主人公を確認して驚愕する。
『あなた、いったい……何者なの?』
主人公の持っていた大剣が、刀に変わっていた。眩い光は収まる事なく、部屋中を照らす。
主人公は一度鼻をすすってから言った。
『なーに。ダメな作者の、怠惰な主人公さ』