名言おじさんっ!
『いい加減、仲間が欲しい』
『懺悔の森』で見習い魔女と別れた後、主人公は森から一番近い街の酒場に居た。昼時だというのに客入りは上々であり、空席はカウンターにある二席だけだった。
カウンターの空席は二つ連続していた。先程まで客が居たのだろう。大きなビールジョッキが二つ確認出来た。
主人公は、どちらの席に座るか迷っていた。右側は女性だった。後ろ姿から美人である事が想像出来る。一方左側は屈強な戦士だった。カウンター席に座っているから正確には分からないが、二メートルはあるだろう。店内の誰よりも大きかった。
『我、迷わず』
主人公は迷う事なく、女性の隣に座る。女性はカラスの濡れ羽色した髪をさらりとなびかせ、こちらを向く。主人公は下を向きながら自分を控えめな男に演出した。
『あの、ひひ、一人ですか? 宜しければ一緒に飲みませ----』
チラッと女に目をやる。次の瞬間、主人公の動きが止まる。振り返り美人という言葉を信じるのは辞めよう。主人公は心の中で静かにそう呟き、目を閉じた。
女性だと思っていた人物は、糸を引いたような目に厚い唇、ぺちゃんこになった大きな鼻からは鼻毛が飛び出ている。よく見るとヒゲを剃った跡がくっきりと、青く目立っている。
『ああ〜ら、可愛いボウヤねぇ〜ん。お姉さんと飲みたいのねぇ?』
『ひっ! いや、人違い……でつ!』
『ンん! 照れちゃって可愛いわね〜ン』
『いや、本当……なんていうか……。アレですね。アレでした』
『恥ずかしがらなくて良いわよ〜ォん。さぁボウヤ。お姉さんと楽しい事しましょうよ』
にじり寄る恐怖。
駆け抜ける戦慄。
荒くなる鼻息は、勿論主人公のそれではない。
『さ、作者! おい! こいつなんとかしろ! おいって! 作者。作者! 作者ァァァ!!!』
オネェに両腕を掴まれた状態で、主人公は叫んだ。オネェは厚い唇を「う」の口にして、主人公に迫る。
作者は穏やかな様子で、主人公に言った。
「主人公、仲間欲しがってたじゃないか」
『だからってオネェはねーだろ! どんなパーティにするつもりだよ! 魔王を倒すより、俺の貞操を守る方が大変そうじゃねーか』
「目的を見失うな!」
『知るか! お前のせいなんだよ! いいからこのオネェどうにかしろー』
「贅沢だなぁ……ったく」
作者はそう呟いてから創造する。主人公の目の前にいたオネェは、霧の様に消え失せた。
『ふぅ……死ぬかと思った。おい、作者! もっと良い感じの奴いねーのか? なんか、こう……もっと役立つ仲間とか』
「英検二級もってる大工とか?」
『英検をとった意味!!!!』
「主人公、英検は就職活動で役に立つぞ」
『そいつ大工だろ。もう英検いらねーじゃねーか』
「うるさいな……。じゃあ、ワインが飲めないソムリエでどうだ?」
『お前、俺に仲間作らせる気ねーだろ』
「一応考えてる奴は居るぞ」
『それを出せよ! 全く、回りくどい作者だなー』
主人公は口をへの字にして、天井を見上げた。作者は主人公の言葉に構わず、続ける。
「まあ、一応デザインとか考えてあるから……よっ」
作者の言葉の後、オネェが居た席に、一人のダンディーなおじさんが座っていた。グレーのスーツを着て、ハットを被っている。椅子にはオシャレな鼈甲の杖が立てかけてある。口と顎に蓄えた髭には少し白い色が混じっている。白雪姫に毒林檎を食わせた魔女のような鷲鼻を持ち、目はどこか眠たそうだが、鋭い威圧感を感じさせる。
『おお! 雰囲気あるなぁ! 早く出せよ〜。作者のいけずぅ〜』
そして、主人公はおじさんに話しかける。
『なあ、おじさん。俺は主人公だ。おじさん、俺と旅をしようじゃーねーか』
『………………』
『あれ? 聞こえてる? おじさーん、もしもーし』
『旅に出て、もしも自分よりもすぐれた者か、または自分にひとしい者に出会わなかったら、むしろきっぱりと独りで行け。愚かな者を道連れにしてはならぬ』
『…………? あー、そうね。で、どうゆー事かな、おじさん』
『つまりは、そうゆう事だ』
『…………』
主人公は席を立ち、店内のトイレに移動した。そして、コソコソと作者に呼びかけた。
『……作者。居るか?』
「ああ、居るぞ」
『何だよ、あの不思議おじさんは……』
「名言おじさんだ。状況に即した名言でお前の道を示してくれる」
『分かりにくい……』
「ちなみに、さっきの言葉は仏陀の言葉だ」
『詳しいな、作者』
「今、ネットで『旅 名言』でググった」
『俺の感動を返せ!』
主人公はトイレにひっそりと置いてある、黒いプラスチック製のゴミ箱を蹴り上げた。
主人公は溜まりに溜まったフラストレーションを、物に当たる事で解消した。
「分かった、分かった。そう怒るなよ。まぁ、役に立つという面では条件をクリアしていると思うんだが……名言おじさん」
『まぁ、オネェよかいいから。ふぅー……しゃーねーか』
そして主人公は席に戻った。しかし、戻ってみると名言おじさんは居なくなっていた。主人公は慌てて店内を探すが、見つからない。
『あれ? おい! いねーぞ、名言おじさん。作者、創造止めたのか?』
「いや、そんな筈は……」
『おい、まさか……それじゃあ』
「ああ、おじさんは俺に制御出来ないキャラクターみたいだな。お前の様な、一人歩きしてしまうキャラクターって事だ」
『なんだ、それ! 人を夢遊病者みたいに言うんじゃーねーよ!』
「もしくは暴走中の某汎用人型決戦兵器みたいな……」
『ゥオォォォォン……とか、いいんだよ! 話を続けるぞ。おじさんは、俺と同じ、一人歩きするキャラなんだな?』
「ああ、そんな感じだと思われるな」
『ええと……じゃあ、おじさんは作者の作品の主要キャラになり得るって事か?』
「まぁ、扱えれば強いとは思うな」
主人公はもう一度店内を見渡し、右手でこめかみを揉む。
『う〜ん。嬉しいような、悲しいような……。しかし、作者は俺を主人公にした話で、作品を仕上げるんだよな?』
「お前が良い作品を作れたらな」
『いや、作者……。あんたが作んなきゃだろ』
「そうか、ならおじさんの反響が良かったらおじさんで一話やるかもな。つまり、主人公交代だ」
主人公は目を大きく開き、自分の中で産声を上げた焦燥と驚きを、隠す事なく表情に出した。青い顔した主人公は、震えながら言った。
『マ、マスター……。ビール、くだしゃい』
主人公は可愛らしく噛んだ。