温暖の町ハレルヤ!
『まず初めに、作者の小説に足りない事を言っておこうと思うんだが……』
「なんだよ。改まって」
脳内に語りかけてくる二重鍵カッコの声の主は、作者が考えた主人公のものである。
その声に対してなんの違和感もなく普通に応えているのは作者の物である。
『お? いきなりナレーションが、固い説明になるんだな。二話目にして作風崩してちゃ、道のりは遠いな』
「ほっとけよ!」
作者は自分の情けなさの波に--。
『あー、はいはい。ナレーション乙』
「乙とか言うなよ。それこそ作風がぶれるだろうが」
『とにかく、だ。作者の作品は総じて表現が甘い。笑った時の表情とか、気持ちが動いた時の表現とかがだな--』
「あー、いいから。早いところ魔王を倒しに出発してくれ」
『ンまぁ、いいか。しっかしよー……出発してくれったってどこ行きゃ良いんだ?』
相変わらず真っ白な世界に一人佇む主人公は、作者に向かって問いかけた。
「ん? どこって……。ああ、そうか。すまないな主人公」
作者は目を閉じて、想像を、妄想を膨らませる。そうして主人公の世界を創造する。
『おおっ! 見事な街だなーオイ!』
主人公の眼前に広がったのは、沢山の人間や、モダンな建築物だった。馬車を引く商売人、黒い服に身を包んだ教会の神父、身体の大きな大工、そばかすが目立つ町娘、頭の薄い露店の店主が大きな声で果物を売っている。丘の上には白を基調とした教会が見える。酒場は西部劇にでてきそうな、両開きの入口だった。
「どうだ? こんな感じだろ」
『ああ! 流石だ、作者! 町の名前はどうするんだ? 考えてるのか』
作者は腕を組み「うーん」と唸ってから、主人公に言った。
「温暖の町、ハレルヤ」
『超絶ダセェ!』
「うるせぇなー。いいだろうが町の名前でやいのやいの言うなよ」
作者との話を終えた瞬間、主人公の周りに町の人々がざわざわと集まりだした。
『やあ、旅の方ですね! ここは温暖の町ハレルヤです』
『やあ、旅の方ですね! ここは温暖の町ハレルヤです』
『やあ、旅の方ですね! ここは温暖の町ハレルヤです』
老若男女、一定のトーンで同じ台詞を喋っていた。顔は目の位置に【モブ】と書いてあり、鼻と口は普通に付いていた。
『ちくしょー! もみくちゃじゃーねーか! さ、作者ァ! どうにかしろー!』
町の人々は瞬く間に増え、主人公を囲み、主人公は人波に消えた。作者は人々が居なくなった町を想像し、創造する。
『ハァ、ハァ……。死ぬかと思ったぜ』
「はは。すまない。やっぱり主人公は町の人気者じゃなきゃなーとか想像しちゃってさ」
『人気者すぎて圧死しそうになる主人公にしてどーすんだ! RPGゲームの町娘みたいな事を連呼しやがって……。直しておけよ! 作者!』
主人公は怒りの表情で作者に言う。と言っても空に向かって叫んでいる主人公の姿があるだけだ。
「まぁまぁ、落ち着け主人公。分かったから。次から手抜きはしないさ。じゃあ、焦らずストーリーを進めようじゃないか。まずは、そうだな……武器屋に行こう。鉾と盾の付いた看板がぶら下がってる店に入ってくれ」
『しゃーねーな。鉾と盾、鉾と盾……。おっ? あそこか』
主人公は武器屋に入り、向こうを向いて新聞を読んでいる店主に声をかける。
『おい、店主。武器をくれ!』
『旅の方ですね! ここは温暖の町----』
『作者ァァァァ!!!』
主人公は店を出て大声で叫んだ。
作者が主人公から説教されたのは、言うまでもない。
『--で、ちゃんと修正したんだろうなァ。あぁん!?』
「……はい、ちゃんとやります。すみませんでした。っていうか、生みの親に対して酷くないか?」
作者は自分の稚拙な文章を主人公に朗読されるという拷問を受け、心が荒んでしまった。
『まぁいい。気を取り直して進めるとすっか』
再び店に入ると、先程居た店主とは違う店主が居た。ブツブツと何か言っているようだ。
『あのー、すみませーん』
『--れには才能がない俺には才能がない俺には才能がない俺には才能がない俺には才能がない俺には才能がない俺には才能がない俺には才能がない俺には才能がない俺には才能がない--』
『ひっ!?』
武器屋の店主は作者の気持ちを投影し、ブツブツとつぶやいていたのだった。虚ろな目からは涙が一筋光っていた。
『ささ、作者ァァ! 悪かった。俺が悪かった! だから、ゆ……許してくれー!』
作者を慰めるのにいくら時間を使っただろうか。時計を持たない主人公には知る由もなかった。
『じゃあ、気を取り直して……。よお、店主武器を売ってくれ』
『やあ、ゆっくり見ていってくれよ』
よかった、普通だ。
ホッと安心した主人公だったが、一瞬にして不安の波が押し寄せた。
『あれ? なあ、作者……俺、金持ってるのか?』
「大丈夫。腰に巾着があるだろう? それで買えるさ」
巾着の中身を不安そうに確認する主人公。巾着には【10G】と書かれたコインが三枚入っていた。
『作者ァァ!』
「どうした? うるさいな」
『どーしたもこーしたもねぇよ! これっぽっちで武器、防具一式揃うわけが……』
主人公は店のカウンター後ろに飾ってある大きな剣に目がいく。持ち手には丈夫そうな皮が巻きつけてあり、鍔には龍をモチーフにした金色が眩しい。鞘には鮮やかな宝石が満遍なく散りばめられている。主人公の身の丈ほどありそうな豪奢な大剣だった。
主人公は恐る恐る店主に訊いた。
『これ、いくら?』
『それは【伝説の大剣】だよ。30Gだけど、買うかい?』
『伝説の大剣、安っっ! これだ! これにする!』
『毎度あり〜』
いい買い物をして満足そうにしている主人公に、作者は言う。
「よし、武器も持ったし、そろそろ敵を倒しに行ってくれよ」
『任せとけよ作者! こんなに立派な大剣だぜ?』
「おっと、重要な事忘れてた。フラグ立てておかないと」
作者の言葉に首を捻る主人公。
『どゆことだ?』
「お前はここから少し離れた街の城に行かなくちゃならない」
『はぁ? 何故に?』
「王様に会って、話を聞いてからじゃないと筋が通らないだろ?」
『いや、じゃあ何のために武器を買ったのかってーところも矛盾するんじゃねーか?』
「そこはいい。何とか誤魔化す。護身用とか」
『……作者ぁ』
兎にも角にも、城下町まで行かなくてはならなくなった。主人公は諦めたように、道を歩き、温暖の町ハレルヤを後にする。
空は顔を赤く染め、鳥類が寂しそうに巣へと戻ってゆく。主人公は作者に聞こえない声で言った。
『想像力は、豊かなんだけどなぁ』
ため息をついて、ここから南に位置する城下町まで主人公は静かに歩き始めた。