刀の妖精さん!
『なんだっ!? いきなり大剣が刀になりやがった!』
主人公は思わず驚き、刀から手を離してしまった。
『スキ有り!』
魔王の母は床にあったスリッパを手に取り、シンカー回転を加えて、主人公の手から離れた刀に向かってそれを投げつける。
落ちた刀の柄の部分にスリッパが命中し、スリッパが真っ二つになった。
『どうして? しっかりと柄の部分を狙った筈よ! こうなったらっ!』
魔王の母は駆け出し、刀を手に取ろうとした。主人公は刀を取ろうともしない。気持ち悪そうに、刀を見ている。
『もらったわぁー!』
刹那。
魔王の母はヘソのあたりから真っ二つに切られ、否、切られてしまった。
『あ……が……ぎぎぎ!』
赤、赤、部屋が、真っ赤な、赤黒い、部屋が、赤、魔王の母の腑
はらわた
で、真っ赤に……。
『落ち着け! ナレーション!』
「シリアスなシーンに慣れていないんだろ。目を瞑
つむ
ろう」
『だがよ、作者ァ……』
主人公が作者に話をしようとした瞬間、刀が床の上でガタガタと震えだした。そしてゆっくりと刀は宙に浮き、切っ先を主人公に向けた。
『おい! 作者……なんとかしろ』
「うーん……Zzz」
『寝るな! 昭和のボケかましてんじゃーねーよ!』
「俺にも分からない」
『はぁぁ? そりゃ、どういう--』
『おいっ!』
いきなり、誰か知らない人の声が聞こえた。男にしては高い、女にしては低い。そんな声だった。主人公は辺りを見回し、周りに誰もいない事を確認してから言った。
『ふぃーっ。なぁんだ! 幻聴かー。最近疲れているんだな。全く! いやはや、全く! ほんっと笑っちゃう。俺働き過ぎか?』
『てめぇ。無視すんなよ。こいつみてーに二分割にされてーのか?』
主人公の背中はぐっしょりと濡れていた。
『官能的だな……』
『おい! 聴け! 耳と目と心を傾けて聴きやがれ!』
間違い無く、刀から声が聞こえてきた。主人公は慎重に口を開いた。
『あの〜ぅ。どちら様ですか?』
『あああん? 俺か? どーみても刀だろ! アンダスタン?』
『ええ、まぁ……アンダスタン』
『チッ!』
『何故舌打ち?!』
『文句あんのかぁ? おぉ!?』
『いえ、なんでも有りません……』
主人公は刀に切られる事を懸念し、すぐさま謝罪をした。そんな時、作者から呼び出しがあった。
「主人公、ちょっといいか?」
『ああ? なんだよこんな時に』
「そいつ、刀の妖精さんだ」
『妖精だぁ?』
「ああ、確か二年前そんなキャラを作った気がするんだ」
『にしても、唐突すぎだろ!』
「気にするな。相手にしてたら、身体がもたないぞ。そろそろラスボスだ」
『やっぱりまだ居たのか……』
魔王の居た部屋から真っ直ぐ進むと、質素な障子が現れた。開いてくれと言わんばかりの様子で主人公の目の前に創造される。
『あの、妖精さん?』
『あぁん?』
『後ろに立たれると……怖いんですが』
刀の妖精さんは刀の姿で、ふよふよと浮遊しながら主人公の後をついてきていた。
『後ろに立たれると怖い? ハンッ! お前はゴルゴか!』
『いや、その……えぇと』
『ちゃんとツッコめよ! だらしねえ!』
『気をつけます……』
そう言ってから、主人公は障子に手を伸ばす。なんにせよ、これでラストだと思えば刀の妖精さんなんてテコ入れは意味なかったんではないか、と主人公はそう思っていた。
障子の向こうは八畳の和室だった。布団を敷いて、誰かが眠っているようだ。
『やべ、ラスボス……寝てますよ。妖精さん』
主人公は小声で刀の妖精さんに話しかけた。妖精さんは間髪いれずに答えた。
『切るかっ!』
『ええー!? 失礼じゃー、ねーですか?』
『いンだよ! できる時にやる! これ俺のモットーな』
妖精さんは長い刀身を天井まで逸らし、そのままラスボスに斬りかかった。しかし、妖精さんは見えない何かに弾かれた。
『な、何だよ……こりゃあ』
その衝撃により、眠りから目を覚ましたラスボスが、主人公達を見て言った。
『やぁ、僕がラスボスだよ。スミマセン。よいしょ……っててて』
起き上がろうとするが、膝を立て、足首を抑えるラスボス。主人公は優しくラスボスを労る。
『大丈夫ですか? すっげー痛そうにしてますが……』
『ああ、大病をわずらっているからね』
ラスボスは恥かしそうに頭を掻きながら言った。
『痛風でね』