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第七話「粘着よりも執着」

申し訳ございません。たいへん遅れました。

「…なるほど。大変だったわけね」


 さわさわさわさわ。


「そうなんですよ。ほんと、大変だったんです」


 なでなでなでなで。


「……あの、ユーリちゃん?確かにこれが報酬だと言ったけど。そろそろ遠慮して欲しいな~」


「え~…。それでですね、ラーロとかいう変態野郎がとっっっても気持ち悪くてですね」


「へー、そうなんだー…」


 ユーリは変態冒険者(ラーロ)によって不快にされた心をネコミミで癒すために、エルバの森から喫茶店へと一直線に帰ってきた。

 だが、喫茶店に着いたのはちょうどお昼時で、従業員であるシャトンは当然ユーリに構う暇はなかった。そのためユーリはしぶしぶ依頼品であるボワスパローの卵を渡すだけにとどめ、シャトンの休憩時間まで店内で待つこととなった。


 そして、今か今かとシャトンの耳を目で追いかけ続けて約2時間後。漸く休憩時間となり席についたシャトンをユーリは後ろから抱きつき、かれこれ数十分間ネコミミを堪能しながら愚痴をこぼしている。


「あいつ、運良く魔物の餌になっていると良いんですけど…」


 心の底からそう言いつつ、ユーリは元気なく垂れ下がっているシャトンの尻尾に目が行っている。ここまで来たら耳だけでなく尻尾も触りたいとユーリは思う。しかし、報酬として触っても良いのは耳のみ。尻尾は入っていない。ここは忍耐の時である。


(少しくらいなら…)


 が、あっさりと欲望に負け、そろりそろりとユーリの手が尻尾へと伸びる。

 背後から抱きしめて密着状態。相手はおとなしくされるがまま。少々背徳的なこのシチュエーション。理性は緩くなる。

(ちょっとだけ。ちょっとだけだから)


 まるで痴漢男のようなセリフを心の中で吐くユーリ。いや、事実これは痴漢となるので立派に痴漢男?と言えるだろう。

 しかし、あと少しで尻尾へと到達しようとしたその時、その手はピシャリと叩き落される。


「尻尾はダメ」


「…」


 悪意には屈しない。少女は勇気を持って痴漢男の手を掴み、「この人痴漢です!」と高らかに叫ぶ。目の前で恐怖に震えていただけの少女の、一転して毅然とした態度に痴漢男は硬直する。


「じゃ。私は店長に作ってもらっているプリンの様子を見に行ってくるから、ユーリちゃんはゆっくりしていってね」


 ユーリが硬直している隙を逃さず、プリンを理由にシャトンは厨房へと逃亡する。腕の中からするりと抜けていく様は、まさに猫を彷彿させる。


「ま、待って!これは違うんです!」


 何が違うというのだろうか。一時の欲望に負けなければ、今少しネコミミを堪能できていたというのに。ユーリの手はすがるように厨房へと伸ばされているが、痴漢男に同情の余地はない。


「あぁ…。私のネコミミがぁ…」


 しょんぼりとうな垂れるユーリ。


(せっかく得た権利を中途半端に逃してしまうなんて。日を改めて再挑戦するしかないかなぁ…)


 いつまでもここにいても未練を引きずるばかりで、今日はもうネコミミに触れることは難しいと判断したユーリは会計を済ませ、トボトボと店を出て行く。


 その後、ユーリは当初の予定通り買い物等を行い、明日に希望を託して眠りについた。

 それがユーリにとって、この街では最後の平和な一日となった。










 7月2日午前6時、朝一番の鐘と共に日が昇る。そして同時にユーリもモソモソと起き出し、ゆっくりと身だしなみを整えて1階に降りる。


「おはようございます。オヤジさん」


「おはよう」


 いつも通り『青のリンゴ亭』の亭主への挨拶と同時に朝食代を支払い、席について今日の予定を考える。


(そういえば、昨日は結局プリンを食べ損ねたな。ギルドで適当な依頼を受けてからネコミミを……じゃなくて、プリンを食べにいこう。残っているか分からないけど)


 大雑把に予定を立てたところで朝食をゆっくりと食べ終え、ギルドへと向かう。

 ギルドまで歩いて10分。その道のりを人間観察をしながら歩く。たまに見かける獣人やエルフに出会う(女の子限定)のがユーリの楽しみだ。


(日本ではお目にかかれない人や景色。異世界に来て10日程度ではまだまだ飽きないな)


 そうこうしている内に目的地であるギルドに迫る。

 ギルドの前ではやはり冒険者をよく見かけ、当然今も冒険者然とした人達がいる。大きな弓を持った青い髪の男。おそらく魔法使いであろう、杖を持った緑の髪の男。この二人はパーティなのか何か話し合っている。


 そして、その二人から数歩分離れて金色の髪をしたバスタードソードを持った男が。


「…」


 ピタリ、とユーリは歩みを止める。

 記憶に新しいその姿。覚えるつもりもなく覚えたくもなかったが、覚えてしまったその風貌。嫌な予感がヒシヒシと感じられる。


(今日は冒険者稼業はお休み。そうだ、シャトンに会いに行こう。そうしよう)


 まだこちらには気づいていないようだ。ならば急いでここから離れるのが得策。ユーリは見なかったことにして逃亡を図ろうとするが。


 ぐるり。


 と、金髪の男は突然こちらに顔を向ける。その動きはまるでホラー映画のようでとても不気味であった。

 そして、相手の顔がこちらに向いたということは、その視界にはユーリが映るということ。必然、目と目が合う。合ってしまった。


「ひぃ」


 思わず小さな悲鳴が漏れ、ユーリは一歩後退する。

 ユーリがその気なれば金髪の男を一瞬で行動不能にすることも、目の前から消え去ることも容易だ。ユーリが金髪の男に怯える必要はない。

 が、人はしばしば理解できないもの、よく分からないものに恐怖する。ユーリは昨日この男により理解の及ばない体験を得てしまったこともあり、反射的に怯えてしまったのだろう。


「おはようございます、白雪姫様。今日もお美しいですね」


 ユーリが硬直している隙に、ラーロは競歩の速度で詰め寄って笑顔で挨拶をする。その歩みはカサカサという擬音が似合いそうな動きで、先ほどとは別の恐怖を抱きそうだ。


「昨日はどうも驚かせてしまったようで、申し訳ございません」


 ラーロはそう言って恭しく礼をする。少々芝居がかった動きだが精練されており、その容姿も相まって様になっている。


(…ああ。所々気持ち悪いけど、きちんと反省して謝罪できるのか。悪い奴ではないのかな?昨日は一応こちらを心配しての行動だったようだし)


 再起動を果たしたユーリは、謝罪に偽りを感じなかったためラーロの評価を少々修正した。最初の評価がどん底だったため上がり易いのかもしれない。


「しかし、これからは白雪姫様の騎士であるこの僕、ラーロ・シプレクスが常にお側に控えておりますので、もう白雪姫様を危険な目に合わすことはありません。どうぞ安心してお過ごし下さい」


(あれ?驚いた理由はそれじゃないぞ?)


「こう見えて僕は冒険者となってたった1年でCランクになり、一度もランクを落としたことはなく…」


「ちょっと待って下さい。色々と質問をしたいのですが」


 このままでは取り返しがつかないことになりそうだ。昨日はスルーした形となったが、さすがに今日は流すわけにはいかない。まだ取り返しがつくはずと信じ、ユーリは会話を試みる。


「はい。なんでしょうか?」


「えーっと。まず、その、白雪姫ってなんですか?」


「?、ユーリ様のことですが?」


「いや、そうじゃなくて…」


 至極真面目に答えるラーロ。半ば予想していたが、噛み合わない返答にユーリは疲労が蓄積されるのを感じる。なぜそうなったのか聞きたいが、この手のタイプは相互理解に至るまで時間がかかる。それに、その理由を聞き出したところできっと更に疲れるだけだ。ユーリは苛立つ心を抑えて次の質問へと移る。


「では。なぜ私の騎士と名乗っているのですか?私は貴族でも王族でもありませんし、あなたはただの冒険者なのでしょう?というか、そもそもあなたを私の騎士になど任命した覚えはないのですが?」


「一目見た時に理解したのです。白雪姫様こそが僕の主だと」


「だから!あなたを騎士にした覚えもなければ、あなたの主になった覚えもないと言っているでしょう!?」


 苛立ちを抑えきれず、ユーリは声を荒げた。


「白雪姫様の御側に控えるのは騎士が相応しいと思います」


「…ごっこ遊びは余所でやって下さい」


「ご安心を。立派に勤めを果たして見せます」


「…」


(あー。ネコミミを愛でたいなー)


 ずれた回答ばかり返ってくることに早々に疲れ果ててしまい、現実逃避を始めるユーリ。目線は上に外れ、青い空にシャトンを幻視する。


(どうしよう、いない者として扱おうか)


 立ち向かうよりは逃げる方がきっと楽。諦念、それはほの暗い安心感を与えてくれる。

 しかし、その選択をすれば遠くない内に後悔することも想像に難くない。


(それともいっそ亡き者に…。いや、それはダメだ)


 いらないなら捨ててしまえば良い。短絡的で合理的、その選択肢はとても魅力的に映る。

 しかし、それは明らかに道徳に反する。人の生死に感心は薄くとも、うざいからなどという理由で殺る()のはさすがにユーリの信念にも反する。昨日はつい勢いで殺って

しまいそうだったが、それはそれ。今は冷静な判断ができる。


「白雪姫様?ぼーっとして、具合が良くないのですか?無理はいけません。宿までお送りしましょう」


 ラーロは考えに耽るユーリにそう言って手を取ろうとするが、それを許されずバシッと払い落とされる。そして、邪険に手を払われたにもかかわらずラーロは気落ちすることもなく、むしろ笑顔の度合いを増していた。


(…それにしてもこのラーロとか言う奴、どうもストーカーのような気がする。今日はギルドの前で私を待ち伏せていたようだし)


 ユーリはちらりとラーロに視線を向ける。それに対しラーロはニコリと一見さわやかな笑顔を返す。


(側に控えるとかなんとか言ってるし、きっとついてくるなと言ってもついてくるだろうな。まあ、無駄だろうけど一応言ってみるか。最悪、あまりにもしつこいようなら森の中で…)


「別に具合が悪いわけではありません。では、ラーロさん。私は少々用事を思い出しましたので、これで」


 そう言ってお辞儀をし、踵を返そうとするが。


「そうですか、お気を付けて行ってらっしゃいませ。またお会いしましょう」


(おや?)


 予想とは違う反応に一瞬動きが止まるが、ここに留まるわけにはいかない。ユーリは来た道を戻る。


(意外や意外。ついてこようとしなかったのは良いが、結局あいつは何がしたかったんだ?ついてくる気配もないようだし…。まあいいか。予定変更して、とりあえずシャトンで癒されてからギルドに行こう)


 ユーリはいつもの喫茶店に向かって歩いて行く。考えの分からない相手など気にしていては時間の無駄だ。そう思いながら。

 背後に視線をまとわりつかせながら。


今回。一話にまとめようとしたのが二話に跨りました。

あと、支離滅裂な感じがしたかもしれませんが、ご容赦を。

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