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第六話「商人よりも変人」

 ユーリがボワスパローの卵を得ようと奮闘していた頃、同じくエルバの森にて一人の冒険者が一匹の魔物と対峙していた。


 魔物の名はミミックリーマンティス。その名の通りカマキリの形をしているが、その大きさは2メートルもある。擬態が得意で体の色を自由に変えられるが、透明にまでなれるわけではないので戦闘ではその特技を活かせることはできない。


 対する冒険者の身長は180センチ程で、鍛えてはいるが余計な肉を付けていないため線は細い。身軽さを意識しているためか金属ではなく革の鎧を身に包み、長さ120センチのバスタードソードを構えて油断なく魔物を見据えていた。


「シャァー!」


「くっ」


 ミミックリーマンティスが冒険者を切り裂かんと左右の鎌を振り下ろす。冒険者は先に振り下ろされた右の鎌は避け、次いで振り下ろされた左の鎌を剣で受け流す。ミミックリーマンティスの鎌は本物の鎌のような鋭さと硬さをしており、剣で受け流した時にはキイィンという金属音が響いた。


「はっ!」


 冒険者は攻撃を受け流した後、ミミックリーマンティスの足の節に目掛けて剣を振るう。外殻は硬く、まともに剣を当てても傷を与えられないためだ。

 だがミミックリーマンティスもむざむざやられはしない。狙われた足を引くことで、切り裂かれるところを浅い傷にとどまらせる。


「キシャァァァァ!」


 僅かでも傷をつけられたことに腹を立て、ミミックリーマンティスの攻撃は熾烈になる。上から横から、魔物ゆえの膂力にかまけて冒険者を切り裂かんと鎌を振るう。


「どうした!その程度の速さでは僕に当てることなんてできないぞ!」


 だがそんな攻撃も冒険者に当たることはない。上から振り下ろされる鎌をひらりと避け、右から薙いでくる鎌をバックステップで躱し、ヤケになって突進してきたときには避けるだけでなくすれ違いざまに斬りつけた。

 一方的に攻撃をくらい、ミミックリーマンティスは徐々に動きが鈍くなる。そうすればますます攻撃は当たり、戦闘が開始されてから15分もする頃には満身創痍な状態となっていた。


「ん?」


 ミミックリーマンティスの鎌と足をそれぞれ1本ずつ切り落とし、次の一撃で勝負を決めようかとしたとき、ミミックリーマンティスの右後方ある木の横に人影が見えた。

 そこにいたのは一人の少女だった。身に纏っているのは桃色のワンピースだけと、恐ろしい魔物が闊歩する森の奥だというのになんとも不釣合いな格好だ。その少女は木の幹に片手を添え、冒険者と魔物を怯えることなく見つめていた。


「可憐だ……」


 その少女の美しさに思わず口から言葉が漏れ、冒険者は戦闘中ということも忘れて目を奪われていた。


(穢れ無きその髪木漏れ日が反射して輝く真っ白な髪は、まるで新雪のようだ。無垢な少女を守るために、優しく覆っているように見える。そして、遠目にもわかるくらいに透き通った肌にはきっとシミ一つ無いだろう。それに纏っている桃色のワンピースは必要以上に自己主張せず、優しい雰囲気の少女によく似合っている。そのワンピースから覗くむき出しの腕や足は清純な様子の故に、逆に艶かしく見える。さらに全体的に色が薄い中、その深い蒼をした瞳は言い知れぬ吸引力を感じる。ああ。彼女はまさに癒しを体現した女神。この汚れを知らない天使。蒼い空から舞い降りる穢れ無き白雪。あなたは僕が守ろう。この汚れた地上であなたまで穢れさせはしない。僕はあなたの騎士となろう。あなたは僕の…)


 冒険者が少女に目を奪われていた時間はほんの2、3秒。冒険者の思考が明後日の方向へ向かっていった2、3秒の時間。その間、相手が何もしないわけがない。


「キシャアァ!」


 隙だらけのその姿に、ミミックリーマンティスは1本となった鎌を渾身の力で振り下ろす。


「ぐっ!」


 だが浅い。少女にうつつを抜かしていても、冒険者は持ち前の反射神経を発揮して腕を少し斬られる程度に収める。

 それでも、傷は抑えても体勢まで抑えることはできなかった。無理に避けたせいで次の一撃が来たときは避けることはおろか、満足に防ぐこともできないだろう。冒険者は一転、窮地に陥ったことに気づく。


 だがそんな千載一遇の好機(チャンス)に対し、ミミックリーマンティスはなんと背を向けて走り出した。もともと周りに擬態して潜み、暗殺者のように獲物を狩るのがミミックリーマンティスの本領だ。面と向かって戦うのは本意ではない。そのため追撃ではなく逃亡を選んでも不思議はなかった。


 不思議はない。しかし、逃げた方向が問題だった。その方向には先ほどの少女がいる。このまま進めばミミックリーマンティスと少女が邂逅してしまう。いや、もうすでにミミックリーマンティスの目には少女が映っている。


「!!」


 それに気づき、冒険者は少女を守ろうとミミックリーマンティスの背に向かって矢のように走り出す。

 はたして無力な少女だからといって、気が立っている状態の魔物が見逃すだろうか。ミミックリーマンティスはゆっくりと鎌を振り上げる。


「僕の『白雪姫』に手を上げるとは何事だあぁぁ!!!」


 一閃。冒険者のバスタードソードは、見事ミミックリーマンティスの頭と鎌を同時に切り落とした。


「ふう」


 息を吐くと共に、ミミックリーマンティスの体が崩れ落ちる。

 それを視界の端に収めながら、冒険者は剣を背中の鞘に戻し、少女に向かって爽やかに微笑む。


「お怪我はありませんか?白雪姫」


「は、はあ…」






◇◆◇◆◇◆◇






 ユーリは最初の採取以降は失敗をせず、その後三つの巣を巡って無事目的を達成させることだできた。その際、いずれもボワスパローの(つがい)が立ち向かってきたので全て返り討ちにしている。ユーリは立ち向かってくる者、ましてや魔物を殺すことに忌避感を持ち合わせていない。


(これで合計11個。あとは持ち帰ってネコミミと交換するだけっと)


 達成感を胸に、いそいそとポーチに卵を入れたその時。


「―!」

「―!」


 帰り道の方角から魔物と男の声、それと断続的に金属がぶつかる音が聞こえてきた。


(戦闘中かな?そういえば他人の戦闘風景を見たことないな。帰り道だしついでに見学してみよう)


 コンビニに寄るような感覚で、ユーリはその音の中心地へ向かって歩いていく。後悔することになるとは知らずに。






「どうした!その程度の速さでは僕に当てることなんてできないぞ!」


 ユーリは戦闘の邪魔にならないように木の枝に座って、上から悠々と観戦していた。


(整った顔立ちにサラサラの金髪と翠色の目。まるで物語に出てくる騎士か王子様みたいな奴だな。相手のカマキリみたいな魔物は何て名前だったけ?なんとかマンティスだったような…)


 気分はテレビで格闘技の試合を見ているような感じだ。手元にお菓子とジュースが無いのが残念だ、などとユーリは思っている。

 戦闘は危なげなく進んではいるが、一応これは命を賭けた戦いだ。


(魔物劣勢だな。頑張れー、カマキリー)


 どちらも贔屓にしていない選手なら、負けている方を応援する。そういったことはないだろうか。ユーリの今の心境はそれだった。面白くなさそうに足をプラプラさせている。

 しばらくして魔物は満身創痍となり、冒険者は最後の一撃を決めようとしていた。


(どちらもたいしたことなかったな。テレビよりは面白かったけど)


 勝敗が決したところで、ユーリは枝から地面にすとんと降りる。


「ん?」


 そして、今度こそ帰ろうと顔を上げたところで冒険者と目があった。


「可憐だ…」


(え?今なんて言った?なんで一目惚れした恋する乙女のような目でこっちを見る?き、気持ち悪い)


 残念ながらような、ではなくそれ以上のものかもしれない。


「キシャアァ!」


「ぐっ!」


(よし!よくやったカマキリ!いけ、逆転勝利だ!)


 見つめられた時に悪寒がしたユーリは、今度は本気で魔物を応援する。

 が、その期待は裏切られ、魔物は逃走する。あまつさえ、ユーリに危害を加えようとしてきた。


「僕の白雪姫に手を上げるとは何事だあぁぁ!!!」


(え?白雪姫って何?毒リンゴなんて食べたことないぞ?)


 グリム童話は関係ないが、冒険者の妄想によりユーリのあだ名は白雪姫になっていた。 そんなことはつゆ知らず、ユーリは混乱する。


「ふう」


 力尽きたカマキリ。状況をつかめなくなったユーリ。何かを成し遂げた男の顔する冒険者。

 事態はユーリの予想を超えてゆく。


「お怪我はありませんか?白雪姫様」


「は、はあ…」


「それは良かった。宝石のような白雪姫様の肌に、たとえかすり傷でもついたら大変ですからね。危ない目に合わせてしまい、申し訳ありませんでした」


「い、いえ…(宝石?硬そうってこと?柔肌の反対?)」


 謝りつつ、本当に傷を負っていないか舐め回すようにユーリの身体を確認する冒険者。

 悪寒は未だ止まず、混乱を加速させるユーリ。


「………ふむ。どうやら本当に大丈夫なようですね…。おっと、僕としたことが自己紹介がまだでしたね。僕はラーロ。ラーロ・シプレクス。白雪姫様の騎士でございます。申し訳ございませんが、白雪姫様の御名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「…ユーリ……です」


「ユーリ様…。なんて素晴らしい響きでしょうか。その尊い御名の前では王の名ですらかすむことでしょう。僕は白雪姫様の御名を聞くことができたこの感激を、忘れえぬよう心の奥深くにしまいこんでおきます」


「…おえ」


 悪寒はついに吐き気へと変わった。このままではユーリの乙女の湖(いぶくろ)から清水(ゲロ)が溢れ出てしまう時も近い。

 あなたが落としたのは金の嘔吐物ですか?それとも銀の嘔吐物ですか?などと言っている場合ではない。普通の…、なんて答えた時には一体どうするつもりだ。スッキリはするかもしれないが。


「!!どうなさいましたか白雪姫様!体調が優れないのですか!?すぐに街へ帰って医者にみせないと…。失礼します!」


 そう言ってユーリを抱きかかえようとするラーロ。その抱える体勢はもちろんお姫様だっ…。


(無理無理無理無理)


 間一髪。ラーロの魔の手からなんとか逃れるユーリ。


「?どうしました?遠慮なさらずに頼って下さって良いですよ」


 一見清い笑顔でそう言ってはいるが、手は僅かにワキワキと邪な動きを見せていた。

 そんな出会ってすぐ姫呼ばわりしてくるラーロに、いい加減正気に戻ってきたユーリはついにキレる。


「死ね!変態!」


 いつかの冒険者ギルドの時より威力を上げて、ラーロに電撃をお見舞いする。

 バチィッ!!という派手な音がして、ラーロは目を剥いたまま倒れ込んで気絶した。


「…」


 止めを刺して魔物の餌にでもしようかと本気で考えたが、一瞬でもこの場に居たくないという気持ちと、早くネコミミに会いたいという気持ちが勝り、ユーリは止めを刺さずに急いで街へと走り去った。


 そして、その場に置き去りとなったラーロの目は、愛に狂ったボワスパローの目にどこか似ていた。


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