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第五話「休日よりも猫耳」

 初めて依頼を受けた日から10日、ユーリはお気に入りとなった喫茶店でお茶を楽しんでいた。

 日に数件の依頼をこなしてランクはCになり、お金も10万リセ以上貯まっている。他の冒険者と違って、装備にお金をかける必要もない。日本に住んでいた時と違って、所得税などというものもない。儲けたお金はほぼ全て貯金にまわる。


 そんなユーリの今の気分は貴族のお嬢様だ。店にて「こちらの棚からあちらの棚まで全部」というような大人買いができる日もそう遠くない、などと成金趣味なことをユーリは考える。だが、そんな発想が庶民だということには気づかない。本当の富豪という者にとって好きなものを好きなだけ買うというのは、当たり前のことであり日常の一部なのだ。わざわざ考えることではない。


(お金は結構貯まったし、急いで稼ぐ必要もないから今日は休日にしよう。ちょうど7月に入ったということで。そうと決まれば図書館で本でも読もうかな。いやいや、お金があるんだからいっそ買おうか…。あっ、買い物に行くなら小物とかぬいぐるみとか……)


 依頼をこなしつつ調査をした結果、一般常識は日本と大差ないことが分かった。一年の日数(うるう年はない)、月、曜日、時間。この世界独特の物もあるが、野菜や料理の名前も同じ。なのでここまでくればわざわざ調べる方が馬鹿らしい、とユーリは調査を止めた。


 それはともかく、今日一日の予定について考え込むユーリに声をかけてくるものがいた。


「ユーリちゃん。そんなに考え込んでなにか悩み事でもあるの?」


「ん?いえ。今日は何しようか考えていただけですよ」


 声をかけてきたのはこの店の従業員だ。髪は茶色のショートカットで、同色の猫のような耳と尻尾がある。背はユーリより少し高く、165センチといったところだ。ピクピク動く耳とユラユラ揺れる尻尾がかわいらしい。


「ところでシャトンさん。その耳を触らせてもらっても良いですか?」


「そうなの?じゃあ今日は暇なんだ?」


 断りの言葉と同時に伸びてきた手をピシャリと払い、シャトンはユーリのセリフを無視して会話を進める。


 実はユーリが初めてこの店を訪れたとき、思わずシャトンの尻尾を握ってしまい激怒されるという事件があった。その際に獣人の耳に触れるのは親愛、尻尾に触れるのは求愛を表し、いくら同性でも勝手に触るのは失礼にあたるとユーリは説教を受けた。

 またそれが縁となり、お客が少ないときはおしゃべりに興じるくらいには仲が良くなった。なので、まずはシャトンを触ることがユーリの目標だ。


「まあ、冒険者になってから毎日依頼を受けていたので、今日は休もうかと」


「ふーん。たしか冒険者になってから1週間くらいだったっけ?」


 払われた手は素直に引きつつも、ユーリの視線は頭の上を向いたままだ。


「そうですよ。毎日複数の依頼を片付けたおかげで、やっとCランクに上がりました」


「えっ、Cランク!?嘘でしょ!?1週間くらいでそんなに上がるわけないじゃない!ましてやあなたみたいな女の子が!」


「本当ですよ。ほら」


 信じられない!と叫ぶシャトンに、ユーリはギルドカードを見せる。


「ほ、ほんとCランクだ…。あれ?私より年上だったんだ。16歳くらいかと思ってた………って、精霊族!!?本物!?」


「本物ですよ」


 たぶん、とユーリは心の中で付け足す。


「へ~、どおりでいきなり尻尾を触ってきたりするわけだ。でも精霊族って見た目人間と変わらないんだね。天使みたいに背中から羽が生えてるって聞いていたんだけど」


「私には羽がありませんが、そういう精霊もいるかもしれませんね」


「そういうものなの?…って、そうだ!ねぇねぇユーリちゃん。精霊族ってことはものすごく強いんでしょ?すぐにCランクになれてるんだし」


「…まあ、強いと思いますけど」


 不穏な気配を感じ取り、ユーリは若干言いよどむ。


「そうよね、強いよね。そんな強いユーリちゃんにちょっとお願いがあるんだけどなぁ」


「あの。私今日はゆっくりしようと思っているのですが」


「お願いを聞いてくれたら、お礼に耳を触らせてあげるよ」


「!受けましょう。その願い」


 魅惑的な提案に、内容も聞かずにユーリは頷く。


「ありがと~。でね、お願いっていうのは、エルバの森からボワスパローの卵を取ってきて欲しいの」


 ボワスパロー。名前の通りスズメであるが、その大きさはワシに匹敵する。性格は非常に温厚で、こちらから襲いかかったり巣に近づこうとしなければ敵対することはない。高い木の上に巣を作り、日々穏やかに過ごす無害な魔物だ。


 しかし、姿はスズメでもボワスパローは決して弱くはない。一度敵対すれば、その鋭い爪とクチバシを用いて果敢に襲いかかってくる。ボワスパローはもちろん自力での飛行は可能であるが、戦闘中では風の魔法を用いて高速かつ複雑な軌道を描いて宙を駆ける。それに並の冒険者では武器をかすらせることもできない。


 そんなボワスパローの卵を採取するとなると、それはAランク相当の依頼となる。

 とは言っても、別にボワスパローを倒すのにAランク並の実力が必要だというわけではない。卵の採取が特別に難しいのだ。


 ボワスパローは巣に近づかれ、その者が自身より強そうだと判断すればすぐさま卵を蹴り上げ、高い木の上にある巣から卵を落とすという凶行に及ぶ。それは「貴様に奪われるくらいなら自分で殺すほうが何百倍もマシだ!」と言わんばかりの乱暴な蹴りだ。そしてその後、我が子の命を奪うきっかけとなった者に親の怒りと悲しみをぶつけてくる。


 ならば遠くから魔法や矢を射って殺すなり薬などで眠らした後に巣に行けば良い、と考えるだろうがそれは無理だ。


 卵を壊さずにボワスパローだけに遠くから攻撃を当てるにはかなりの腕がいる上に、卵を守るため常に警戒しているボワスパローはひらりと攻撃を避ける。

 また、薬などので眠らせようにも、ボワスパローはそれらで体調に異変を感じると眠る前に最後の力を振り絞って我が子を胸に抱き、巣から飛び降りて無理心中を図る。


 人の手に渡ろうものなら躊躇なく卵を破壊するボワスパロー。その執念の行いにより依頼の難易度A。そのことを図鑑で読んだことのあるユーリは安請け合いしたことに若干後悔する。


「…なぜボワスパローの卵が欲しいのですか?」


「ユーリちゃん知らない?ボワスパローの卵ってすっごくおいしいんだよ」


 確かに美味しく、栄養価も高い。しかも卵は一つ2000リセという高値で売れる。

 しかし、一つの巣には3~5個くらいしか卵はなく、その労力に見合っているかどうかは分からない。


「食べたことあるのですか?」


「うん、小さい時に一度だけなんだけど。その時に食べたプリンの味が忘れられないの。だからお願いユーリちゃ~ん。卵取ってきて~。10個くらいでいいから~」


 10個といえば最低でも2箇所の採取を成功させなければならない。そんな無茶をシャトンはユーリに抱きつきながら要求する。


「10個も…。分かりました。取ってきましょう」


「やった!ありがと~。作ったらユーリちゃんにもプリン分けてあげるからね」


 魔法があればなんとかできるだろうと安易に考え、ユーリはすぐにエルバの森へと向かう。その様子をシャトンは笑顔で見送るのだった。











(見つけた)


 買い物でも楽しもうとした休日の予定は一転、シャトンのネコミミを得るためにユーリはエルバの森に来た。

 そして、レーダーで上方にある魔力反応を追って森の奥へと進み、見事ボワスパローの巣を発見した。ボワスパローの巣は高さ20メートル程のところの枝にあり、現在ユーリと巣との距離は50メートルといったところだ。


(こちらに気づいた様子はない。下にはあまり注意を払っていないのか?)


 ならばと、ユーリはボワスパローを狙撃して撃ち落とすことに決める。

 地面に片膝を付け、右手人差し指をボワスパローに向け、銃弾が目標に当たる様子を想像する。狙いは頭部。決して卵を巻き込まないよう集中する。


(発射)


 圧縮された空気は真っ直ぐにボワスパローの頭部に向かっていく。弓矢では普通考えられない速度、音速を軽く超えた速さで銃弾は飛ぶ。


 ボワスパローは動かない。


 いままで避けることができたのは、弓矢が遅かったせいだ。ならばそれの何倍も速い銃弾だったら避けることができないはずだ。


 ボワスパローは動けない。


(命中)


 銃弾は想像した通り、ボワスパローの頭部に突き刺さった。さすがのボワスパローも音速を超えた速度には反応できず、真っ赤な血を撒き散らせて崩れ落ちる。


 が、しかし。このまま終わる程度ならAランクとはならない。


 間違いなく即死だったはずのボワスパローは翼を大きく広げ、愛しい我が子を胸に抱き寄せいっしょに落ちる。母の狂愛がなせる執念の行動。


(大丈夫、間に合う)


 だがこちらもその程度は想定内。ユーリは銃弾を発射後すぐに木に向かって走り出しており、落下予想地点に魔法でエアクッションを展開する。それにより勝利を確信したユーリはほくそ笑む。


「ヂュイィィィィィ!!」


 勝負はまだ終わっていない。爽やかさとは無縁の汚らしい鳴き声をこだまさせ、一羽の鳥が乱入する。

 それは今しがた無理心中を図ったボワスパローの番だ。彼は巣に戻る途中で、この一部始終を見ていた。ならばやることは一つ。


 愛の結晶(たまご)の破壊。


「…」


 ボタボタボタ。


 待ち構えていたエアクッションに降り注いだのは、ボワスパローとその卵だったもの。

 流石にこれは想定外で、ユーリはしばし呆然とする。


「ヂュイアアァァァ!!」


 ユーリが呆然としている間に、もう一羽のボワスパローは素早く旋回して襲いかかる。愛する妻と我が子を失った悲しみを思い知れと、怒り狂いながら。


「うるさい」


 しかし、ユーリは風の刃でボワスパロー渾身の一撃を、その激情ごと真っ二つにする。そんなことよりネコミミのほうが大事なんだと。


「はぁ…」


 溜息一つ。次の場所に向かって、ユーリはその場をあとにする。次はきちんと伏兵も気を付けないといけないと思いつつ。


少し短いですが、キリが良いので投稿。

また、展開を少々早めました。

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