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第四話「冒険よりも狩猟」

 午前6時、朝一番の鐘が鳴る。

 その鐘の音に反応し、ユーリはモゾモゾと布団の中から抜け出す。十分すぎるほど寝たので魔力は全回復している。そのおかげか体の調子は昨日よりさらに良い。


(今日はギルドカードをもらって、依頼を受けよう)


 窓を開け、さわやかな空気を感じながらくしを使って髪を梳く。フンフンと鼻歌を歌いつつ妙に手馴れた様子で行うその姿は、誰から見ても完璧な女の子だ。真っ白なその髪が朝日に反射してキラキラと輝くその姿は幻想的な光景だった。


 本来の持ち主の記憶が身体に残っているのだろうか。中身が男だとはとても思えないような仕草で身支度を終えたユーリは、軽やかな動作で階段を降りていく。その身には、昨日買った薄桃色のワンピースと空色のローブをまとい、ローブの内側ではポーチが肩から斜めに掛けられている。そしてその足には最初から履いていたサンダルではなく、歩きやすそうな茶色のブーツを履いている。


 これが、これから危険な冒険者稼業に挑もうとしている者の格好である。はっきり言って舐めている。

 が、ユーリには舐めてかかれるくらいの力があるのだから手に負えない。もしもユーリにきちんと装備を整えろと指摘したら、「え?ちゃんとサンダルじゃなくてブーツしたし、ローブも着ていますよ?」と返してくるだろう。完全に舐めきっている。


「オヤジさん。朝ごはんください」


「40リセだ」


 銀貨を1枚渡し、おつりに半銀貨6枚もらう。

 別に食べなくても問題ないが、受付の女性が料理が美味しいと言っていたので食べてみることにした。単純に異世界の料理を食べたいという好奇心と、物を食べても問題ないかの確認も兼ねている。


 ユーリはカウンター席に座り、清潔に保たれた食堂を見渡した。

 食堂は窓から差し込む光の他に、天井からも明かりが降ってきている。その明かりは蛍光灯のものより幾分やわらかな光であった。その光は天井から吊るされた燭台からきており、その上にはロウソクの代わりに野球ボール大の、白く光っている水晶のような石が置かれている。


 この明かりは各部屋に設置されており、燭台から伸びた紐を引っ張ると石が光るという構造になっている。

 しかし、食堂のものは紐が付いていないので、どこかに遠隔操作ができるようなスイッチがあると思われる。


 ユーリが少し天井に目を向けているうちに、料理のほうが運ばれてきた。

 メニューはパンが二つにシチュー、それとただの水だ。食器は全て木製で、天井からは文明的な光が降ってきているわりに変なところで原始的だ。ユーリは最初そう感じたが、その思いは食べているうちに変化した。


 木漏れ日のようなやわらかい明かり。熱々で濃厚なシチュー。白くやわらかなパン。時おり流れるさわやかな風。ほのかに柑橘の味がするよく冷えた水。温かみを感じる木皿。懐かしみを覚える木のスプーン。


 どこか機械的になっていた日本での日々とは違う。ここでは大好きな自然を感じさせてくれる。ここで食べる朝ごはんは日々『生きる』ことを思い出させてくれる。ユーリはまた一つ、この世界を好きになった。


 ゆっくりと食べ終わり、食べる前にいただきますと言っていなかったことに気づいたユーリは、その思いも上乗せして「ごちそうさまでした」と感謝した。






 心機一転。『青のリンゴ亭』を出て、上機嫌でギルドへと向かう。

 時刻は7時前。起きて働き出している人も多い。ユーリはたまにすれ違う獣人の耳と尻尾に目を奪われながら歩く。


 冒険者ギルドに着き、中に入ると昨日とは違いそこそこ人で溢れている。ユーリは昨日と同じ受付の女性を見つけたので、その列に並ぶ。


(やっぱりジロジロとこっちを見てくるな…)


 フードをかぶっているので完全に顔は出ていない。しかし周りはほとんど屈強な男たちで全身鎧や大剣を担いでいたりするものもおり、その姿はあまりにも場違いだった。まるで周りの男たちが、「冒険者は『漢』の世界だ。女子供は引っ込んでいろ」と言わんばかりに見てくる。


とは言っても手を出してこないなら気にするまでもないと思い、ユーリは自分の番が来るのを待つ。

 並んでいた人数も3人だけだったので、それほど時間はかからずに列は消化される。


「おはようございます。ギルドカードの受け取りですね?持ってくるので少々お待ちください」


 受付の女性はユーリのことを覚えていたらしく、用件を告げるまでもなく事が進む。


「はい。お待たせしました。間違いがないか確認してください」


 受け取ったギルドカードには名前、性別、年齢、種族、ランクが黒い文字で書かれていた。文字は掘られているのではなく、文字の部分だけ金属の色が変わっているように見える。

 また、カードの端に穴が空いており、紐が通せるようになっている。


「間違いはありませんか?」


「はい、大丈夫です」


「はい。では規則について何か質問はありますか?」


「特にありませんが、宿魂石(しゅくこんせき)をとりあえず10個ください」


 魔法があるため、ユーリは割が良さそうな魔物討伐系を当面受けようと思っているので、宿魂石を買うことにした。


「宿魂石10個ですね?1000リセになります」


ユーリは小金貨1枚を渡す。


「はい。ではこちらが宿魂石です。ほかに何かありますか?」


「いえ、ありません」


「はい。それでは依頼頑張ってください」


 受付の女性からの応援に微笑みを返し、さっそく掲示板に向かって依頼を探す。

 登録したてなので現在はGランク。受けることのできる依頼はG、Fランクだ。


 とりあえずと見てみたGランクの依頼は街の雑用系ばかりだったので、すぐにFランクの依頼に目を向ける。Fランクの依頼は採取系が多いが、討伐系も少ないながらある。

 レーダーで魔物の位置は分かるので、ちまちまと薬草集めなど効率が悪くてしていられない。ユーリは魔物討伐依頼の内容を詳しく見る。


『ゴブリン5体討伐 500リセ それ以降は1体につき50リセ』

『ボワウルフ5匹討伐 550リセ それ以降は1匹につき55リセ』

『ジャイアントラット10匹討伐 600リセ それ以降は1匹につき30リセ』


(Fランクの討伐依頼はこの三つだけで、常時出ている依頼のようだ。宿魂石は10個だけだし、ここはゴブリンとボワウルフだな)


 ユーリがゴブリンの討伐依頼書を取ろうと手を伸ばしかけたとき、後ろからガラの悪い男に声をかけられる。


「おいおい嬢ちゃん。金が欲しいならオレがくれてやるから、いっしょに楽しいことしようじゃないか」


 その男は朝っぱらから酒を飲んでいたのか、それとも夜通し飲み明かした後なのか赤らめた顔をしている。ユーリは何の反応も返さず、そのままゴブリンの討伐依頼書に手を伸ばす。


「おい!聞いてんのか!」


 無視をされたことに腹を立て、声を荒げながら男はユーリの肩を掴む。


(スタンガン)


 瞬間。その手と肩の接点からバチッという音がたった。

 ユーリからの一撃をもらい、ガラの悪い男はひゅっと小さく息を吸い込みその場に崩れ落ちた。


「「「……」」」


(そう言えばゴブリンとかってどこにいるのだろう?それに外見もわからない)


 周りはその出来事に目を見張らせていたが、ユーリはそんなことより依頼のことで頭がいっぱいだ。

 依頼書を持って受付に向かうユーリに、周りの者たちは次々と道を開けてゆく。


「すみません。この依頼を受けたいのですが、ゴブリンのいる場所や容姿が分からないので教えて欲しいのですが」


「は、はい。ではギルドカードの提示をお願いします。それと、ゴブリンなどの弱い魔物は主に、東にある『エルバの森』、歩いて2時間くらいのところにある森の浅い場所にいます。奥に行くと強い魔物もいるので気をつけてください。で、ゴブリンの容姿ですが、図鑑をお貸ししますのでこちらで確認してください」


 申し訳なさそうな顔で言うユーリに対し、受付の女性の顔は少々引きつっていた。

 依頼の手続きが終わり、ギルドカードといっしょに図鑑を受け取ったユーリは受付から離れ、すぐに魔物を調べ出す。


(ゴブリン、ゴブリン…あった。醜悪な顔と短い手足。身長は1メートルから1メートル30センチ。肌の色は茶色で……。だいたいゲームとかと同じだな。次いでボワウルフは…。まんま狼だけど体毛は深い緑で………)


 図鑑は挿絵付き(白黒)でとても分かり易かった。ついでにと他の魔物もパラパラと見ていたところで、ユーリはふと思いつく。


(この本、魔法でコピーできないかな…)


 だが嫌な予感もしてサーチをしてみると、本に魔力があることが分かった。


(もしかして盗難防止の魔法でもかかってる?外に持って出たら音が鳴る程度なら良いけど、コピーにも反応したら怖いな。下手に手は出さないでおこう)


 ユーリが心配した通り図鑑には盗難防止の魔法がかかっており、コピーにも反応するようになっている。しかし、魔法を感覚で扱っていて、知識が足りないユーリには魔法の解析はできない。魔法の内容が分からなくても無理はない。


 おとなしく図鑑を見終わったユーリは図鑑を受付に返し、冒険者ギルドを出てエルバの森へと向かった。そうしてギルドを出るまで、最初とは違った意味で多くの瞳を集めていたが、やはり気にすることはなかった。






 東の門から出て10分弱。身体強化をして爆走した(走って森に向かう姿に門番は奇異の眼差しで見ていた)ユーリはエルバの森に早くも着いていた。


(奥のほうが魔力が高いやつが多いから、強いイコール魔力が高いと考えて支障はなさそうだな)


 ユーリはレーダーを見てそう結論付け、近場の小さな反応に足を向ける。


(当たり)


 ほどなくして、向かった先には図鑑で見た通りのゴブリンがちょうど5体いた。

 ゴブリンたちのほうもユーリに気づきギィとかゲェとか奇声を上げ、まるで一番乗りを競うように我先にと喜色満面で駆けてくる。見た目()可愛いユーリは、ゴブリンたちにとっても絶好のカモだ。

 それに対しユーリは無表情で指を鉄砲の形に折り曲げ、人差し指を一番近いゴブリンに向ける。


(1、2、3、4、5)


 指先から放たれた空気の銃弾はみごと頭に1発ずつ当たり、5体いたゴブリンはあっけなく絶命する。手を鉄砲の形にしたのはただの気まぐれだが、前回銃を意識しすぎて無駄に再現してしまった銃声は改良して無くしてある。そのため、この戦闘は森にいる他の魔物に気づかれることはなかった。


(魔力魂(まりょくこん)回収っと)


 一滴も返り血を浴びず、淡々と宿魂石を死体に刺していく。

 宿魂石が魔力魂を吸い終わるまでの数十秒、レーダーを見て次の獲物を定める。


(割と速い動きをするのがボワウルフかな?だとすると近いのはこの3匹か)


 宿魂石を忘れず回収し、次の獲物へと駆けて行く。




 ユーリの接近に気づいたボワウルフたちはゴブリンとは違い、一目見て敵わないと野生の勘で感じ一瞬で背を向ける。各自バラけて、木の間を縫うように走って逃げようとする。


(逃がさない)


 地の利を活かして逃げるボワウルフも、たとえユーリからは逃れることができても音速を超える銃弾からは逃れられない。ばらまかれた銃弾はボワウルフの足に、脇腹に、頭に当たり、たいして逃げることもできずに死に絶えていく。


 そして、先ほどと同じように宿魂石を毛皮に突き立てて魔力魂を回収し、ノルマ達成となる残り2匹のボワウルフをレーダーで探す。逃げるボワウルフに狩りの楽しみを覚えたのか、次の獲物を探すユーリの口元にはかすかに笑みが広がっていた。


心臓が止まるような電気が体に流れると悲鳴なんて上がらないんですよね、あれ。

息が止まって声が出ないんですよ。

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