第二話「魔法よりも常識」
ほとんど設定集です。物語はあまり進みません。
遅まきながら自分の職務を思い出した冒険者たちは、五寸釘のようなものを死体となった盗賊たちに刺して回っていた。その異様な光景にユーリは思わず疑問がこぼれた。
「…彼らはいったい何をしているのですか?」
「あら知らない?魔力魂を回収しているのよぅ」
「魔力魂?」
「そっ。生きているものはみぃんな魔力を持っている、ってのは知っているわよねぇ?死んじゃったらその魔力が体内で凝縮されて、魔力魂ってのに変わるらしいのぉ。それでぇ、加工した宿魂石で回収しているってわ・け」
まるで死神のようだと思いつつ、さらに疑問を投げかける。
「回収する目的は何でしょうか?」
「ギルドに持って行ってぇ、こいつらがお尋ね者かどうか鑑定してもらうのよぅ。賞金がかかっていたら儲けになるしねぇ」
「「どう…」コメルスさん。回収も終わったことだし、さっさと再出発しようぜ。それと遅くなってしまったが助かったぜ、嬢ちゃん。感謝する」
まだ分からないことがあるのでまた質問しようとしたところで、冒険者が話に割り込んできた。いえいえと返事しながらも、ユーリは内心舌打ちをした。
「確かにこんなところに長居はできないわねぇ。引き続き御者を頼んだわよぅ。それと…、あらいやだ。私ったらまだ自己紹介をしていなかったわねぇ。私はコメルスっていうの、コメルス商会の長をやっているのよぅ。お嬢ちゃんのお名前は?」
「私はユーリと申します」
「ユーリちゃんねぇ。そんなに畏まった言い方しなくてもいいわよぅ。こっちは命の恩人なんだからぁ、ねっ。あっ、そうそうユーリちゃんも街に向かっている途中なんでしょう?助けてもらったお礼もしたいしぃ、一緒に行きましょ」
願ったり叶ったりの提案なので、はいっと元気よく頷きユーリはコメルスと一緒に馬車に乗り込んだ。
そうして他の冒険者とも自己紹介を交わしたところで、コメルスはユーリにいきなり爆弾を落としてきた。
「そういえば、ユーリちゃんって精霊族なのよねぇ?」
「!?……どうしてわかったんですか?」
自分と彼らとの見た目にそれほど差異があるのか、自分では見えない位置に精霊族としての特徴があるのか、そもそも『人間』はいないのか。等々、ユーリは内心疑問の渦に巻き込まれていたが、コメルスはあっさりと答えた。
「あらぁ?もしかして隠していたのぉ?ごめんなさいねぇ。でも、詠唱とか道具もなしにあんなすんごい魔法使えるなんて、精霊族か魔族くらいのものよぅ。ユーリちゃんはとても魔族には見えないしねぇ。それに人族の常識にも疎いようだったしねぇ」
「…精霊族は常識に疎いんですか?」
「まあまぁ。ユーリちゃんってば自分たちのことについても知らなかったのぉ?まっ、それでこそ精霊って感じはするわねぇ」
常識知らずでも不審に思われないことが判明したので、ユーリはここぞとばかりに質問を繰り返した。その結果、大まかな地理やこの世界の生き物について、お金の価値観等が分かった。
1.生き物について
・この世界の知的生命体には人族、竜族、精霊族、魔族、一部言葉を話す魔物(モンスターとも呼ぶが、魔物が一般的らしい)がいる。数は人族が9割ほど占めており、他はほとんど見かけない。
・人族は人の形をした者の総称。内訳として数が多い順に、人間、獣人、エルフ、竜人がいる。『人』は人間だけではなく人族全体を指すのが普通。
・人間。地球の人と見た目は同じ。黄色人種が一番多いが、髪や目の色は多彩。繁殖力が高く、人族の約5割を占めている。平均寿命は約70歳。
・獣人。獣の耳と尻尾が付いているのが特徴で、それ以外は人間と変わりがない。人間やエルフより身体が丈夫で力が強い。獣の姿に変身したりはできない。人族の約3割を占めている。平均寿命は約100歳。
・エルフ。耳がとんがっており、人間より美形が多いと言われている。人族の中で一番魔力が多く、魔法の扱いが上手い。里から出ることが少ない。成人(16歳)してからほとんど年を取らず、見た目で年齢が分かりにくい。平均寿命は約200歳。
・竜人。竜の翼と尻尾が付いている。人族の中で一番身体が丈夫で力が強い。魔法の補助でしばらく空を飛ぶことができる。竜への変身はできない。歳を取るスピードは人間の約4分の1。平均寿命は約250歳。
・竜族。西洋ドラゴンのような姿をしている。とても大きく、賢い。例のごとく口から火を吹く。剣も魔法も効かず、不老不死と言われている。竜に『ドラゴン』は蔑称で、頭の悪い竜に似た魔物の呼び名。どこかの秘境にいるらしい。
・精霊族。人や獣の形と姿は様々で、一見して他と見分けがつかない。魔力のみで生きられ不老不死。息をするように魔法が使える規格外な生命体。姿を見たものがほとんどいない(分からない)ため。
曰く、魔法が全く効かず、むしろ魔力を吸収される。
曰く、好奇心の塊で、興味のあるものしか見向きしない。
曰く、神の使いで傷つければ天罰が下る。
曰く、失せ物が見つからないのは精霊に持って行かれたから。
等々、様々な噂がたてられている。
・魔族。姿を見たものはほとんどいないが、人のような形で頭に角が生えていたり牙が生えていたりするらしい。一風変わった魔法を使えるらしい。また、残忍な性格をしており趣味で人を殺すらしい。ぶっちゃけよく分からないとの事。
2.地理について
・この大陸の代表的な国は3つ。東にエスピラール王国、北にクレシエンテ共和国、西にキルクルス帝国があり、南には魔界と呼ばれる地域がある。
・エスピラール王国。人間が主体の国で、王は人間。差別は少なく、獣人も多く住んでおりエルフや竜人も見かける。クレシエンテ共和国との仲も良い。ちなみに現在地はこの国。
・クレシエンテ共和国。獣人が主体の国で、王は獣人。エルフと竜人の里もこの国の近くにあり、よく見かける。人間もそれなりに住んでおり、差別は基本的にないがキルクルス帝国の者と分かれば手のひらを返す。
・キルクルス帝国。人間万歳な国。人間以外を人と認めないものが多い。人間以外は非常に住みにくい。当然他の種は奴隷以外ではほぼ見かけない。クレシエンテ共和国との仲は最悪。エスピラール王国との仲も良くない。
・魔界。生息している魔物がのきなみ強く、奥地に行けば生きて帰って来れないためそう呼ばれている。豊富な資源があるため、しばしばキルクルス帝国が開拓しようとしているが結果はあまり出ていない。また、規模は小さいが魔界のような場所が各国に点在している。
3.お金について
・紙幣はなく貨幣を用いており、銅貨(1リセ)、小銀貨(10リセ)、銀貨(100リセ)、小金貨(1000リセ)、金貨(10000リセ)、白金貨(100000リセ)の6種類がある。
・銅貨10枚で小銀貨1枚と、小銀貨10枚で銀貨1枚と、……と、同価値になっている。
・お金の単位は『リセ』。銅貨1枚で1リセとなる。また、1リセ≒10円である。
・貨幣は全てギルドが鋳造している。また、ギルドは完全中立であり全ての国にある。
※冒険者ギルドや商工ギルドの総称で『ギルド』と呼ぶ
「と、いうわけでぇ。今向かっているのはエスピラール王国内のハシントっていう街よぅ。この街はリンゴの名産地で、リンゴをふんだんに使ったパイがそれはもう絶品なのよ~ぅ」
「へぇ~、それは楽しみです」
この顔と声でその口調は気持ち悪いなどとユーリは思いながらも、コメルスと表面上は楽しそうに話を聞いていた。そしてそんな様子を、護衛の冒険者たちは時おり微笑ましそうに見ていた。
「コメルスさん。そろそろハシントに着くぜ」
そうして馬車が再出発してから2時間ほど経ったとき、御者台からそう声がかけられた。
「あらもう着くのぉ?可愛い子とおしゃべりしていると、時間が過ぎるのが早くかんじるわぁ」
「そうですね(情報は知りたいがこいつと長居したくはないな。愛想笑いも疲れる)」
内心では否定しつつも、その表情は嘘を感じさせない完璧な笑顔だった。
「そうだ!おしゃべりに夢中になっていて忘れていたけれど、お礼がまだだったわねぇ」
「いえいえそんな。いろいろ教えていただけで十分ですよ」
「そうもいかないわぁ!命の恩人なんですものぉ。今はこんなものしかないけれど、受け取ってちょうだぁい」
コメルスがお礼の品を取り出したときに、ユーリの笑顔がニヤっとしたものに変わったが、一瞬のことだったので幸いにも誰も気好かなかった。そして、ありがとうございますと受け取ったのはローブとポーチ、それと金貨1枚、小金貨10枚、銀貨10枚が入った小袋だった。
ローブにはフードが付いており、厚くはないが丈夫そうな生地で綺麗な空色で染められている。ポーチは少し灰色のかかった白だが、ピンクと黄色の糸で綺麗な花の刺繍が施されており、肩にかける紐が付いている。
「まだ夜は少し冷えるし、そのままの姿だったら少し目立つからそのローブを来ておいたほうがいいわよぅ。まっ、可愛いお顔をしているからあんまり変わらないかもしれないけどぉ。それよりそっちのポーチはちょっとすごいのよぅ」
コルメスはそう言って、ユーリが手に持っていたポーチを開けた。
「ほらっ。内側に魔法陣が刻まれているのが分かるでしょう?ここにユーリちゃんの魔力を流してみてぇ」
言われた通り、ユーリが魔力を流すと魔法陣がほのかに光る。それを確認したコメルスはポーチを閉め、ユーリに開けてみるように言った。素直にポーチを開けてみると、その中は真っ暗な闇が覆っていた。
「これはいったい何でしょうか?」
「『亜空間収納ポーチ』よぅ。その中はだいたい一部屋くらいの大きさまで拡張されているのぉ。だからいっぱい入るわよぅ。しかもどれだけ入れても重さは変わらないし、登録した本人しか扱えないから防犯性も高いわぁ。それにそれにドラゴンの皮で作られているから、ちょっとやそっとでは壊れないしぃ。外側は普通のカバーだけど。あっでも開けるときに少ーしだけ魔力を使うからねぇ。それと入れたものを取り出すときは、ポーチの中に手を入れて念じれば……」
腐っても商人。コメルスはポーチについてベラベラと得意げに語る。ユーリはたまに飛んでくる唾を魔法の風でしっかりと防御しつつ、思ったより収穫を得れたことに満足していた。それにより、ここに来て初めて心からの笑顔を咲かせた。
そうこうしている内に、外壁の門の前まで来ていた。それに気づいたコメルスは両手をばっと広げ、ユーリに向かってこう言った。
「ようこそぅ!ハシントの街へ!」
時刻はだいたい午後1時。笑顔で歓迎の意を示すコメルスの顔は、やはり凶悪な面をしていた。
コルメスからもらったポーチは当然高価なもの。
恩を返すためではありますが、コネを作ることも目的としています。
精霊族は滅多に出会えませんから。