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第一話「常識よりも魔法」

 目の前の景色が一瞬にして変化したことに、史人(フミト)は声こそ上げなかったものの、蒼い(・・)目を見張らせ驚きをあらわにした。キョロキョロと辺りを見渡し、生命力溢れる木々に目を細め、木漏れ日に輝く草花に頬をほころばせ、そして一匹の青色をした蝶を思わず目で追いひらひらと史人の影まで舞ってきたとき、それらに気づいた。


 走ると折れてしまいそうな細く綺麗な足。重い物を持ち上げることなどできそうにもない小さな愛らしい手。背の半ばまで伸びた艶やかで真っ白な髪。同じく真っ白でひざ下まで広がった、ノースリーブのワンピースの上からでも分かるささやかながらも自己主張する胸。思わず「えっ?」と唇から漏れた高く透き通った声。どれもが史人のものではありえない。しかし、己の感覚は確かにそれらは自分のものだと訴えかけており、それに対して史人は困惑した。


 自分の胸に手を当ててみると、はっきりとその柔らかな弾力が感じ取れた。思い切って股の間に手を入れてもアレの感触は無かった。念のためと服をめくってみても見当たらず、変わりにこれまた真っ白い小さなパンツが見えた。服から手を離し、とりあえずもう一回胸を揉んだ。


 やがて『女性へと変化でもしたのか?』という疑惑から『女性へと変化した』という確信に至ったとき、先ほど頭の中に響いた声を思い出した。


(本当に女にしたのかあいつ…。それにここ全然見たことない場所だし。いったい……、ん?そういや『私と変わる』とか言っていたような?あとメモを残すとかなんとか…)


 史人はそのメモを探そうとするが、着ている服にはポケットは付いていないことに気づき顔をしかめた。再びキョロキョロと辺りを見渡すと、後ろに一枚の紙が草に埋もれているのを見つけた。もっと分かり易いところに置いておけよと思いつつ、A4程の大きさの紙を拾い上げる。


 メモには

『ここはナトゥーラという名の異世界で、私は魔法が得意な精霊族のユーリよ。あと元の世界に戻ることはもう無理だからね☆じゃ、お互い異世界を満喫しましょー!』

とだけ書かれていた。


「A4用紙を使っている割に情報量が少なすぎるわぁぁぁ!!」


 若干ずれたツッコミを叫び、くしゃくしゃに丸められたメモを空に向かって思いっきり投げた。メモが視界から消えたことで溜飲が下がったのか、史人は落ち着いてメモの内容について考える。


(とりあえず。俺は『ユーリ』という女と入れ替わり、異世界に来たということか?それに魔法が存在している?精霊族とは何だ?しかも書かれている文字は日本語。この世界は日本語が主流だったりするのか?)


 史人は元の世界に戻ることができない、という点に関して気にしない。元の世界に未練が少ないからだ。史人は死ぬのは怖いが、積極的に生きたいとは思っていなかった。


(ここが異世界だという点は、この状況だ。信じよう。精霊族というのはここで考えても仕様がないとして。やっぱり一番気になるのは魔法)


 ファンタジー小説が好きで、異世界トリップや転生といったジャンルもよく読んでいたため、その手の妄想の一つや二つはしていた。そのおかげか、このような状況でも普通より混乱せずにいられるのだろう。


(物は試し。恨みはないがそこの木を切り倒してみよう。こう。風の魔法とかで)


 しかし魔法が存在しているとしても、魔法を使う手順や条件が分かっていない。たとえこの世界の者にとって、魔法を使うということが『手を動かす』といったことと同様に、感覚的に扱えることでも。いままで魔法がない世界で生きてきた史人には、その感覚がわからずに扱えない。本来の史人ならそう判断するはずだが、やはりこの現状に少なからず混乱しているのだろう。それでもここが森ということで、火の魔法等ではなく風の魔法を選んだということは、冷静でいられているいう証拠だろう。


 気合十分。右手を高々と上げ、「たー!」という可愛らしい声と共に一気に斜め下へと振り抜いた。普通なら何も起こらず、せいぜい足元の草花を揺らすくらいだ。だがそうはならなかった。史人の期待通り、不可視の刃が目標である直径が1メートルはありそうな木に向かって飛び、見事斜めに切り倒した。その奥にあった同じくらいの木も巻き込んで。


「……」


 思ったより威力が大きくて驚いているのか、それとも本当はできると思っていなかったのか。史人は木々が倒れる音を聞きながら、手を振り落とした状態のまましばらく固まっていた。


(…とりあえず、この森から出るために移動しよう。いつまでもここにいても仕様がない。歩きながらにでも魔法の実験でもしよう。さっきので体の中から、何かの力が抜けた気がしたのも気になる)


 どちらにせよ魔法の存在を確認した史人は、適当な方角に足を向けて移動を開始した。その足には木の皮で編みこまれたサンダルが履かれており、歩くぶんに支障はない。初夏のさわやかな空気を肩で切り、ズンズンと進んでゆく。





















(魔法。便利すぎだろう)


 歩き始めて約1時間半。その間、史人は木を切り倒した時に体から抜けた力を魔力。魔法とは魔力を消費して起こす現象と仮定し、実験を行っていた。自分の体に魔力があることを認識したためか、それほど苦労せず魔法を扱えた。その結果、この1時間半で以下のことが考えられた。



1.魔力の源は心臓に位置しているようである。

2.魔力を血液のように体中に循環させると身体強化(筋力が上がり、体が丈夫になり、5感が鋭くなり(聴覚だけ上げないようにすることも可)、思考能力が上がる)が行える。


 また、身体強化は魔力を循環させるだけなので、魔力はほぼ消費しない。(循環させるために消費するのでゼロではない)循環させる魔力量を多くさせれば、そのぶんより強化できる。

※今ある魔力全てで身体強化を行ってみると、素手で木を切り裂けた


3.魔力そのものを放出することは可能。(最初の木を切り倒したのはほぼこれにあたる)

4.想像できることはたいていできる。たいてい、なので何が例外にあたるのか模索する必要有り。


《発見した例外》

・時を操ることはできない。

・重力を操ることはできない。


・念力は扱えない。(手のひらの小石が浮き上がるように念じてみたが意味なし)

※だが魔法で作り出した水球等は空中に維持できる(維持している間は魔力を消費し続ける)。そのことが史人には不思議で仕様がなかった。


・空間転移は不可能。

・枯れた木や草を蘇らせることはできない。

※折った枝を元通りにすることは可能


・小さくなる、髪や肌の色を変える等、体を変化させることはできない。

※傷を元通りに治すことはできた

・影を操ることはできない。

※影に潜るなんてことも当然不可能


5.魔力を弾丸のようにして飛ばすより、魔法で空気を弾丸のようにして飛ばしたほうが、同じ威力でも魔法のほうが魔力の消費量は少ない。

6.魔法の威力を大きくすれば、そのぶん魔力の消費量は多くなる。


7.より具体的に想像したほうが魔力の消費量は少ない。

※そのため、慣れた魔法は消費量が最初より少なくなると思われる

8.声に出して魔法を使っても、思考だけで魔法を使っても魔力の消費量は同じ。


9.現時点で残りの魔力量は9割ほど。よって身体強化はもちろん、消費量の少ない魔法は一日中使っても魔力切れにならなさそうである。

10.魔力の回復手段は予想はできても、確証は得られていない。また、魔力切れを起こしたときのことも同様。



(魔法のことはだいたい分かった。もしもの時の攻撃魔法も少しは考えた。だからそろそろこの世界の住人に会ってみたい。というわけで、ゲームみたいに魔法で魔力をサーチできないだろうか?レーダーを視界の端に表示させてみたり。そうそう、魔力で反応がなかった場合は熱探知に切り替えよう)


 史人が以前(友人に付き合わされて)プレイしたことのあるFPSで、画面の右上端に表示されていたレーダーを参考にすることにした。自分を黒い点として円の中心に置き、他プレイヤーを距離と方向に合わせ白い点で表示されていたレーダーを思い浮かべ、それが視界の端に映るように想像しながらゆっくりと魔力を放出する。すると、見事右上の視界端にレーダーが表示された。


(よし、成功。どうやら生物にはたいてい魔力があるようだな。…って、多い多い!レーダーが白い点で埋まっている。もしかして虫とかも魔力があるのか?なら設定を変更して見やすくしないと…)


 史人はゲームのコンフィグをいじるような感覚で、設定を変更していく。


(小さな魔力は表示させないようにして。魔力の大きさによって、点の大きさも変わるように。探知範囲は自分を中心に球状にすると…、無理せず探知できるのはだいたい半径1キロまでかな?それ以上は消費量が著しく多くなる。自分の足元より低い場合は四角で、足元から頭まで丸で、頭より上は三角で表示されるようにしてっと。こんなものかな?)

 しばらくして満足の行くできになったのか、史人はうんうんと頷いた後なぜか太陽に向かってドヤ顔を決めていた。


(さてさて。レーダーに固まった反応は…、よし、2時の方向探知範囲ギリギリの場所に反応数20。これがモンスターとかではないことを祈って、近くに行ってみよう)


 史人はレーダーに反応している場所に向かって、身体強化した足で勢いよく駆けて行った。






◇◆◇◆◇◆◇






 場所は史人のいる森に近い街道にて、1台の馬車が盗賊に襲われていた。


 街道を進んでいた1台の馬車に、突然馬に跨ってやってきた5人の盗賊が森から襲いかかってきた。その馬車には護衛の冒険者がいたがその人数は3名で、遠距離攻撃が行える者も弓を持った男の1人だけであった。


 当然その戦力では盗賊たちを追い払える訳はなく、あっさりと馬車の進路を塞がれた。そうして足止めされている内に、馬で奇襲をかけた盗賊の仲間と思われる者たちが同方向から走ってきた。仲間と合流して合計16名となった盗賊により、馬車は包囲されてしまった。


「おとなしく金目のものを全て置いき、許しを請うなら命だけは助けてやらんこともないぜぇ」


 盗賊のリーダーと思われる男は使い込まれた剣を肩に置き、ニヤニヤとしながら護衛の冒険者たちにそう言った。しかし冒険者たちはそんな言葉を信じるはずもなく、また盗賊などに許しを請うなどプライドが許さない。冒険者たちは各々の武器を構え、油断なく盗賊たちを見据えていた。


「そんなわかりきった嘘を、信じるはずないだろう」

「ありゃあ?ばれてたか?ギャハハハハ」


 ゲラゲラと盗賊たちは笑い声を上げた。盗賊たちのほうが優勢なのは誰の目から見ても明らかであり、彼らにとってこれは楽しい狩りにすぎなかった。


(くそっ、ラルゴの森で待ち構えるような奴らがいたとは!)


 両手剣を構えている冒険者は心の中でつぶやいた。それもそのはず。ラルゴの森と言われるこの森には強力なモンスターが生息しており、半端な力を持った者では生きては帰れない。その上強力なモンスターはなぜか森の外には出ず、森に入った者に対しては積極的に襲いかかる。


 したがって、森がある以外には見晴らしの良いこの街道は比較的安全な道であるはずだった。にもかかわらず、盗賊たちはそんな森に隠れ潜んでいた。


(こいつらはラルゴの森の中でも平然といられるほど強いのか?)


 両手剣の男は一瞬そんな考えが浮かんだが、すぐに考えを打ち消す。彼の目にはどう好意的に見ても、それほどまでの猛者として映らなかった。


(単に運の良かったバカだろう。ならばこれでも名うての冒険者。最低限、護衛対象だけでも逃がしてみせる!)


 冒険者たちはそっと目配せを行い、血路を切り開くタイミングを計る。盗賊たちもその気配を察したのか、笑みを浮かべながらも冒険者に襲いかかろうとした。

 しかし、一触即発の空気を壊したのは盗賊でも冒険者でもなかった。


 ドン!!


 と、音がしたと思ったら盗賊が数人宙を舞っていた。だれもがその光景に呆然としていると、盗賊たちのほうから突如可愛らしい声が聞こえてきた。


「あっ、この人たちって殺してしまっても平気ですよね?あまり手加減が慣れていないもので…」


 その声が聞こえた方角には年頃が16歳ほどに見える、全体を白で彩られた美しい少女が立っていた。






◇◆◇◆◇◆◇






 目的地に向かって森の中を走りながら、史人は人に出会ったときのことについて考えていた。


(この格好で男言葉で話しても似合わないだろうし、不自然にならないような口調にしよう。それに仕草も気にしないといけないな。あと…名前は『ユーリ』を使わさせてもらおう)


 そんなことを考えている内に、目標が視認できる位置にまで近づいていた。


(期待通り人であったのは良いけれど。これはまさにテンプレイベントの『盗賊に襲われている商人を助けよう』的な何かか?面倒くさい…)


 ユーリはやる気なさそうにため息をついた。しかいこの世界の情報は欲しいので、すぐに気合を入れ直す。


(良し!多勢に無勢でピンチなようだし、せいぜい助けて恩を売ろう。向こうまでの距離はだいたい200メートルくらいか?これくらいなら一気に跳んで奇襲をかけれるはず)


 キッと目標を見据え、身体強化を全力で行う。少し助走をしたあと全力で踏み込み勢いよく跳んだ。


(相手は気づいていないな?なら、景気よく吹っ飛べ!)


 そして盗賊の輪の中に突っ込むと同時に、魔法で圧縮した空気を大砲のようにぶつけて数人まとめて吹き飛ばした。


「あっ、この人たちって殺してしまっても平気ですよね?あまり手加減が慣れていないもので…」


「「「……」」」


 反応がないけど平気だろうと判断したユーリは、追撃のための魔法を展開する。

 

(空気を圧縮、銃弾の形に、50弾ほど生成…、ロックオン)


「おい!てめぇなにしやがん……」


(発射)


 やっと硬直の解けた盗賊が何か言い終わらないうちに、ダダダダッと容赦なく銃弾が発射される。その銃弾は盗賊たちの肩に、腹に、頭に突き刺さり、一瞬で盗賊全員の命を奪った。


 レーダーの反応がなくなったことにより盗賊が全滅したことを確認したユーリは、「皆さん、お怪我はありませんか?」と演技100%の笑顔を冒険者たちに向ける。


「ええ。おかげさまで傷一つないわぁ」


 おうとか、ああしか答えられなかった冒険者たちとは違い、まともな反応を返したのはいままで馬車の中に身を隠していた者だった。


「…そう、ですか。助太刀した甲斐もあるというものです」


「ほんと、助かったわぁ。ありがとう、可愛らしいお嬢さん」


 野太い声でそう言いながら、優雅な動作で馬車から出てきたのは細マッチョで悪役面の男だった。



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