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勇者A  作者: 藍尽
8/9

08 午後は自習です。静かに勉強してください。

 皆が調べ物に戻る中、気を利かせた大石さんが乾かしている書のかわりに、マルガリータからエリシエラ・ヴェルグのまったく同じ書を借りてくれた。最初のページを開き、俺の手の下に置いてくれる。そして、膝の上には呪文の走り書き。

 書に直接ではなく、普通の紙に書いた呪文だ。全部で六つ。

 俺の暇つぶしを考えてくれたわけだ。大石さんの心配りには正直、頭が下がる。

「『リヒト』……」

 明かりが頭上、天蓋に近いところにふわりと灯る。不安定にゆらゆらと揺れ、明るさも明るくなったり暗くなったりと安定しない。色も白かったり赤かったり青かったりだ。そして、十秒と経たずに消えてしまう。

 こりゃ本格的に異世界だな。自分の脳みそもまだ疑ってはいるが、比重は傾いている。

 慣れれば明かりの出現場所や明るさを指定したり、点灯時間を自分で決めたりできるらしいが……、俺にはさっぱりだ。

『とにかく、一にも二にも慣れです。使って使って使いまくって慣れること、これが初心者用のアドバイスです』

 マルガリータはそう言ったし、異を唱えるつもりはない。ただ、反復練習と言うのは飽きの来る作業だ、と思わないでもなかった。暇だと言って暇がつぶれれば、今度は飽きると文句を言う。人間ってのは際限のない生き物だ。

 とはいえ、元はといえば俺はゲーマー。魔術というおもしろそうなおもちゃを前に、飽きと言う壁はたいした問題でもなかった。たしかに飽きる。たしかに変化がないのはつらい。けれど、だからといってやめるつもりは毛頭ない。

 魔力、というものを感じ取れない手前、できるのはひたすら明かりを灯すという作業だけ。その中でできるかぎりの変化をつける。

 たとえば文字を撫でるスピードや、指に加える力の強弱。たとえば発音のしかた。声の大きさ。イメージをはっきり持ったときとただ漠然と呪文を唱えただけのとき。気合を入れたときと抜いたとき。思いつく限りの変化をつけて明かりをひたすら繰り返す。

 結果。

「『リヒト』」

 はっきり明瞭な発音。淀みなく文字を撫でる指。ぱちん、とライトをつけたように明確なイメージ。具現する座標の指定。そして意識を、「呪文を唱えたその瞬間の自分」が今もいるかのように現在まで引き伸ばす。要は集中し続ける。

 そうすると、ぱっと明かりが指定した空間に灯る。きれいな白い光源。光の強さは一定。意識して光を絞るように弱める。それができたら、逆にゆっくりと強くする。……少し明かりがブレた。要練習、だな。

 そこまですると、集中を保てずに術を放棄する。ぱっと明かりが消えて、もとの薄暗い寝室に戻った。外を見ると、もうだいぶ日が傾いている。夕方と言うには早いが、昼と言うには遅すぎた。三時間はぶっ通しで明かりの魔術にかかりきりだった、というわけか。

 集中力が切れてだるいくらいだが、せっかく大石さんが翻訳してくれたわけだし……、他のもやってみるか。

 メモにはそれぞれの魔術の説明と注意事項も書いてあった。たぶん、魔術書の解説そのままなのだろう。とりあえず読んでみる。

 まず、さっきまでやってたのは『リヒト』。これは明かりをつけるだけの魔術。その次は『トロプフェン』。水滴が発生。『ヴェーエン』は風を起こす。『ベッセルング』は回復。『アン・ツュンデン』が着火……っておい、これは試せないだろ。『ピルツ』。きのこ。……待て、なんだ、きのこって。

「……『ピルツ』」

 ぽこ、とベッドの縁にきのこが生えた。茶色いかさで丸っこい。

「『ピルツ』『ピルツ』『ピルツ』『ピルツ』『ピルツ』『ピルツ』『ピルツ』」

 ぽこぽこぽこぽこぽこぽこぽこ。

 ……。

「マルガリータ!!」

 思わず叫んだ俺は、たぶん悪くない。


 ちなみに、マルガリータは来なかった。近くにいなかったんだろう。でかい城の端から端まで声が届いたら俺は驚く。

 かわりにイミさんが様子を見に来て、大笑いされた。楽しそうにきのこを採取するとマルガリータを探しに行き、夕飯はきのこのクリームシチューが出てきた。味は普通。ちょっと小麦粉がダマになってるから五十点くらいか。基本的に役立たずかもしれないが、この点に関して俺はマルガリータを高く評価する。料理もできないお姫様を残されるよりは、ちびでもガキでもみそっかすでも、最低限の料理のできる人間のほうが有用だ。マルガリータ。お前は戦えなくても美人でなくても構わない。食べられるレベルの食事が作れる。それは誇っていいことだ。

 それをそのままマルガリータに言ったらすごく微妙な顔をされた。まあ、褒めてはいるが言われても嬉しいかは微妙だよな。

「鈴木さんはマルガリータさんを歓迎しているんですよ」

 大石さんがパンにシチューを浸して食わせてくれながら、マルガリータに通訳した。でも意味は伝わらなかったようで、はぁ、と気のない返事が返る。九歳児にこの微妙にひねくれた歓迎の言葉が伝わったら、むしろどんな人生送ってきたんだ、と突っ込みたくなるから通じないほうがいいのだろう。マルガリータ、けっこう素直だし。

「天変地異がひどかった、ので……。多少のものは魔術で作れるように、だそうです」

 今でも辺境や飢餓のときは重要なんですよ、と言われる。

「でも、こんなに簡単に野菜が収穫できたら農業いらないんじゃないのか?」

「そうでもないですよ。このシチュー、あの、あたしが下手なのも……ありますけど……。あまり、おいしくないですよね?

 魔術で作ったものって、食感と栄養価は再現できる、みたいなんですけど……。味とか風味とかがなくて……」

 ……どうりで香りも味もしないと。

「まあ、でもこれで旅をしても飢えることだけはなさそうですね」

 大石さんが微笑む。しかし、イミさんはきのこをフォークでつついてため息をついた。

「……こーいうのだけを食べたら、栄養取れても魂が死にそう」

 そういう状態にならないよう、旅するならしっかり準備しないとな。俺は素直にそう思ったが、マルガリータは落ち込んでいた。

「魂。魂とまで言われるんですか……」

 まあ……、ジャンクフードですら、味ついてるからな。むしろ濃いけど。

「それよりマリー、お風呂入りたい。バスタブはあったけど蛇口ないし。沸かして持ってこなきゃいけないの?」

「あ、はい。台所の大鍋で沸かすと早いと思います」

「ヨッシーのお風呂はどうしようか……。……大石さん、どう思う?」

 俺はいつのまにヨッシーになってたんだ? いや、いいけどさ。

「そうですね……、少なくとも一週間は安静にしたほうがいいでしょう。身体を拭くだけで我慢できますか?」

「せめて髪くらいなんとかなりませんか?」

 うーん、と大石さんが困り顔をする。でも、もう今日の時点でべたついて気持ち悪いんだ。するとマルガリータが首をかしげた。

「お湯なんて使わなくても、シャンプーできるじゃないですか」

 心底不思議そうに丸っこい顔で言う。……え?

 むしろ、なんで知らないんですか? と言わんばかりの顔だ。ドライシャンプーと言う話は聞くが、あれは薬局とかに置いてるもんじゃ……。

 不信感ばりばりの俺たちの視線にマルガリータは気分を害したらしい。むっとしながら、でも一度退席して何かを持ってきた。卵とボウル。泡だて器。

 ……。まさか?

「なんて顔してるんですか?」

 マルガリータはなにひとつ疑問に思っていないようで、卵白だけをボウルに入れて泡立て始めた。途中で疲れてへばったのを見て、かわりに大石さんが泡立てる。力を入れすぎなのか不器用なのか、卵白があっちこっちに飛び跳ねた。

 しかしまあ、少し目減りはしたがふわふわのメレンゲができあがる。

「じゃあ、やりますよ」

 マルガリータはメレンゲを両手で救い上げ、丸っこい顔でにっこり笑った。

「待て。いろいろ待て」

「大丈夫ですよ、あたしお母様が寝込んだときにやってあげていましたから、目に入ったりしません」

 そういう問題じゃない。

 助けを求めて大石さんを見ると、苦笑して頷かれた。マルガリータが得意げにやっているので水を差したくないらしい。子煩悩め。イミさんは興味津々で見ている。だめだ、こいつら。

「いや、けどな、マルガリータ。それ食べ物だろう?」

「何言っているんですか。痛くしませんよ」

 通じない。ぜんぜん通じない。

 微妙な歓迎の言葉が通じないのはあらかじめわかってたけど、これが通じないのは困る!

「ちょっ、待っ……!」

「大人しくしてくださいねー」

 あああああ!!


 ……。

 俺の頭が穢された……。

 いや、まあ、冗談はさて置き。

 マルガリータはしっかりと卵白を泡立ててメレンゲにすると俺の頭に揉み込み、乾かした。すっかり乾いてからブラッシングをしてくれたが、正直さっぱりした、とはいまいち思えない。もしかしてさっぱりしたのかもしれないが、メレンゲのショックで居心地が悪いだけだった。

 満足げなマルガリータの頭を大石さんが撫でる。うっすら殺意が湧いた。

 手間隙かけて入浴したあとは、他人が一切いないんじゃそうそう危ないこともないだろう、と、各人ひとりずつ客間を使った。マルガリータまで客間を使うのは、城に居室がないせいだという。不憫だ。

 俺にとっては少し退屈な時間になる。皆は探索だのなんだので疲れているからぐっすり眠れるのだろうけど、動けない俺はとにかく暇だ。眠くもないので夜更かしをしようかと思う。

「『リヒト』」

 ぱっと真っ暗な部屋が明るくなる。けど、現代日本の照明器具には遠い。ま、あれはライトのシェードなんかで反射させて、光に指向性を持たせた上で光量を確保しているのがほとんどだ。さすがに魔法の明かりにシェードがついているわけではないから、そのへんはしかたがないだろう。

 懐中電灯も、反射使ってるしな。ついでに室内のライトは、蛍光灯の二重使いも多い。……明かりの魔術って二重使いできないんだろうか?

「『リヒト』」

 もうひとつ、追加で出してみた。うわ、なんかぐちゃぐちゃな感覚……。からまった糸というか、回路が混乱してる? あ、……どっちも消えた。

「できないわけじゃない、でもすごく難しい……ってとこか?」

 うーん……、ダブルスペル(二重詠唱)とかできたらいろいろ便利だと思うんだが……。

「『リヒト』」

「『リヒト』『リヒト』」

「『リヒト』『リヒト』『リヒト』『リヒト』『リヒト』」

「『リヒト』」

「……ぐああああっ!」

 頭をかきむしる、ってことができないわけだから、とりあえず雄叫びを上げて感情を吐露する。

 上手くいかない。なんていうか、魔力の回路? そんな感じのが混乱している気がする。混乱しつつも一応二つ出るんだから、できないはずがない。でもやりかたがわからない。

 マルガリータに聞けばなんとかなるか? いや、あいつ『ピルツ』さえできない初歩のところで止まってるしな……。アテにはできないか。

 このぐちゃぐちゃした混乱がなんとも……いやでもちょっとは進歩してるはず。このからまり具合をほどいて使えれば……うーん。


 そんなことをやっていたら、空が白み始めていた。 

 ……今から寝たら、イミさんみたいに寝起き悪くなりそうだな。

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