06 一時間目は歴史の授業。最初ですから古代史です。
とりあえず、与えられた情報をそれぞれの中で消化しよう、ということになった。
「あたし食べ物捜してくる」
パンを咥えたまま、イミさんは出て行く。
「裏づけの情報を探します」
マルガリータを連れて、大石さんも出て行った。もっと有用な書籍か書類か、ともあれそんなものを探しに行ったのだろう。
そしてまた、俺だけベッドの上に取り残された。
……虚しい。すごい虚しい。
すでに見つめすぎて模様を覚えてしまった、天蓋の天井の蔦模様。紅いカーテンは一見派手に見えるけど、色に深みがあってかえって落ち着きのある色調だった。他の家具が煌びやかだから、よけいにそう見える。
首だけ回して部屋を眺めた。とりあえず、普通の学校の教室が四つ入るくらいには広い。壁には空のクロゼット、俺よりでかい姿見、豪奢な飾り棚。どこだか知らないが、広大な湖と山脈、湖畔の城の絵。
暇だ。とにかく暇だ。
一応、その間に脳内整理。
マルガリータの話を、とりあえずすべて真実だと仮定しよう。
まず、召喚の巫女。このさい名称のありきたりさは置いておくとして、だ。
一、今代はマルガリータ。今代、というところからして、勇者に巫女はセット物の可能性高し。
二、マルガリータのいらない子発言から、巫女は誰でも構いはしない、という可能性が高い。
三、巫女の役目は出迎えと案内人。勇者のマニュアル兼ナビゲータ。どこまで役立つか不明。
四、戦闘能力には期待できそうもない。
マルガリータについてはこれくらいか。召喚と送還については、
一、なんで俺たちなのか不明。ランダムなのか基準があるのか指名制なのか。
二、召喚には国ひとつの人間が「質」に持っていかれる。その間国は空っぽ。危なくないのか?
三、「質」に入ると、そのぶんの能力が勇者に付与される。
四、魔王を倒せば帰還が可能。ただし本当に帰還したのか、元の土地、元の時代に戻っているのかまったくの謎。
そんなところだろう。勇者と魔王は……。
一、勇者は召喚で呼ばれた人間。魔王を倒すのが仕事。
二、魔王は心の闇が発生源? マルガリータが御伽噺と言うくらいだから、現地の人間にとっても信憑性はうすい、と。
三、魔王がいると環境汚染が激しすぎて迷惑。西の果てにいるらしい。
四、報酬とか危険手当とかないのか?
んなとこか。いくつかはあとでマルガリータに聞いておこう。
そういや、魔王の外観とか倒し方とか能力とか、そういうのは聞いてないな。
レベル上げが必要なんだろうか。……脳みそがゲーム仕様になってる気がする。そんなことをつらつら考えつつ、痛む身体にいらいらしているとイミさんが戻ってきた。
「どうかしたの?」
「魔王を倒すなら、やっぱり基本かなって」
そう言って持ってきたのは、やけに立派な剣に鎧、金貨や宝石……。
「……どうしたの?」
「宝物庫見つけたから。
魔王を倒すのは王様の意思。王様の意思で呼ばれた勇者。勇者が魔王を倒すためにとる手段は正義」
目が据わっている。
……実はいきなり喚ばれたこと、根に持ってるんだな。イミさん。
「いいと思うよ。でも、よく見つけたね?」
「えらそうな服を漁って鍵を見つけて、鍵で重要そうな部屋を開いて、部屋の中から鍵を見つけて、そんな感じでいくつも捜し続けて見つけた」
執念深いな。意外と。
しかし、身体はなくなっていても洋服とかが残っていたのは幸いだった、と言おうか。鍵がなけりゃ開けないからな。逆に、俺たちの洋服が俺たちにくっついてきたのも幸いだった。召喚後マッパとか遠慮する。全力で。
「あたしはそれだけ。水飲みたいとか、なんかある?」
「強いて言えば、暇でたまらない」
「解決のあてないよ、あたし」
「だろうな」
別に期待はしていない。じゃあね、と言ってまた出て行くイミさんを見送って、また退屈な時間を過ごす。暇すぎていらだちもピークに達しようかというころ、ようやっと大石さんとマルガリータが戻ってきた。
「お疲れさま。何かありましたか?」
「いくつか気になることが。その前に昼食の準備をしてきますね」
「あ、マルガリータは残ってくれるか? いくつか質問がしたい。暇でたまらないんだ」
「は、はい……」
戸惑いつつもマルガリータは椅子を引っ張ってきて座る。その際立派な剣や宝石が部屋の隅に転がっているのを見つけて複雑そうな顔はしたが、特に文句を言うそぶりはなかった。
「あの、どんなことでしょうか」
「正直わからないことだらけなんだけどな。
召喚の巫女、ってのは誰でもなれるのか?」
「いいえ、王族で未婚の女性、……その中で最も周囲の愛情を受けた人間、です」
「理由は?」
「初代勇者様との取り決めだったと思います。……他人を無断で呼び出すのだから、もっとも高貴で貴重な人間が迎えるべき、とのことでした。そして、勇者様が女性の場合はどうしたって同性のほうがいいだろうから、と」
「……君以外は、全員結婚したのか」
「はい。……あたしを残すために、昨年、全員が婚儀を迎えました」
そこまでして勇者に渡したくなかったのか。……気分が悪い話だな。
「君の事はマニュアルとナビゲートができる人材、だと俺は思っているけど、実際どのくらいのことができるんだ? 地理を把握しているとか、旅ができるとか」
「ええと……、あたしは、その。お母様は側室にもなれない身分の人でした。
だから、お料理とか繕い物くらいならできます。あとは簡単な魔法と、大雑把な西の果てに行く道のり……くらいでしょうか」
「魔法って、どんなことができるんだ?」
「あたしは魔力もあんまりなくて……。灯りとか、水を出すとか、擦り傷を治すとか……それくらい、です」
「武器は?」
「……運動とか、苦手で」
まあ、俺もだけど。
晴れてマルガリータは戦力外確定、と。
「勇者の召喚には基準があるのか? こういう人がいれば召還、とか、そういう優先順位」
「いえ、聞いたことはない、です」
そう言ってから、あ、と何か思い当たったような顔をした。見つめると、少し困ったような顔をしながら説明する。
「その……、召喚陣は、初代の勇者様が組んだものだ、という話を聞いたことはあります」
「なんだ、それ。初代勇者はこの世界の人間だったとか?」
「いえ、異世界の方でした。ただ、当時のことはあまりよくわからなくて……」
「それって何年前?」
「八千年は昔だと」
そんなにかよ。
つーか、少なくとも八千年、人間が生きていながらこの程度の文明レベル? マジでか。
「その勇者って……?」
「ナーサ様といいます。世界に広がった天変地異をすべて治めてしまった素晴らしいお方だって……聞いています。
ええと、たしか本名は……、ナガサワレイ様とおっしゃったはずです」
……。
「なぁ、そのナーサさんについての本とかないのか?」
「御伽噺になりますけど……」
一言断ってから、マルガリータはどこからか本を持ってきて読んでくれた。
「むかしむかし、世界は滅びを迎えていました。
日照りと豪雨、押し寄せる洪水と不作。嵐と竜巻、やまない雪と砂の大地。
たくさんの人が亡くなり、たくさんの国がなくなりました。
その中で、ディアデスタ王国が立ち上がりました。
数々の国が滅びる中、ディアデスタをはじめとしたいくつかの国は、小さくなりながらも残っていました。
このままではディアデスタもなくなってしまいます。王様は、魔術師に命令しました。
『この世界を救いなさい』
その命令を受けた魔術師は、一人の女の子を召喚しました。黒い髪と不思議な顔立ちの、小さな女の子です。
女の子が祈ると、世界は息を吹き返しました。
王様や国民はとても喜びました。ずっとずっと女の子を大事にしようと言いました。
けれど女の子は、西の果ての魔王を倒して自分の世界に帰りたいと願い、旅に出てしまいます。
それ以来、その女の子の姿を見た者は誰もいません」
ぱたん、と絵本が閉じられる。ちらりと押絵が見えた。
「その勇者の絵、見せてくれないか」
「え? ……あの、はい」
もう一度開かれた絵本。マントを羽織った黒い髪の女の子。開襟シャツに紺色のリボン、プリーツスカートに白いソックス、そしてローファー。
……どっからどう見ても、女子学生。
それに、公害じゃなくて天変地異で召喚されている。魔王を倒さず祈っただけで改善してるし、魔王を倒したんだかどうかも定かじゃない。そもそも魔王なんて「ナーサ」が言うまで誰も言及してないぞ。
「……魔王ってどんな奴だ? 姿とか能力とか」
「えと……、あたしたちは会ったことがない、です。初代勇者様が『すべての根源は魔王だから、魔王を倒す』と言われただけですから……」
「実際のところいるかどうかもわからない、ってことか」
へにょりと眉を下げるマルガリータ。となると……、魔王うんぬんが完全に狂言で、単に城にいるのが嫌で「ナーサ」は逃げ出した、なんて可能性もあるわな。
「そういえば、ディアデスタ王国だっけ? その国って今どうなってるんだ?」
「滅びました」
あっさりした返事に、つい俺は妙な顔を作ってしまったと思う。マルガリータが俺を見て、慌てて言い訳するように説明を付け加えた。
「えと、滅びたのは初代勇者様が去られてから三百年後。西にありましたので、魔王の毒が侵食してあっというまに」
「勇者を生んだ国が魔王に滅ぼされたのか……。皮肉だな」
「ですね」
あっさり頷くなよ。意外と黒いなマルガリータ。
「じゃあ、二代目勇者は?」
「召喚陣を持ち出した宮廷魔術師がエルクアル王国に落ち延び、そこで召喚されました。この方は……ええと、サトウシンヤ様とエナミアイカ様、オオクボヒロカズ様のお三方です」
また日本人オンリーかよ。
「勇者に選ばれる基準、本当にわからないのか?」
「え? ええ……。魔術師の皆さんが、召喚陣を改良したくてもプロテクトがかかってて手が出せない、とか仰っていましたし」
「改良?」
「その……、「質」にとられると、召喚の巫女以外は本当に根こそぎ国民がいなくなります、から……。その間に国土が荒廃して滅びた国が多い、です」
そりゃそうだな。
「よくそんなハイリスクで召喚なんて……」
そう言うと、マルガリータは視線をおろおろと彷徨わせた。じっと見つめると、観念したように口を開く。
「わが国は……、王都こそ見栄を張っています、が、十年前……ベルデスタ王国との戦争に敗戦、して……。
戦費と賠償金に首が回らず……」
圧力かけられて貧乏くじ引かされた、と。
「じゃあ、もしかしてこのあと」
「はい。半月したらベルデスタから迎えが……。ベルデスタ国王にご挨拶をした後、西の果てへ魔王討伐に赴くこととなり、ます」
「半月したら……。もしかして、質の対象は国民として登録している人間、ではなくて国土にいる人間?」
「どちらも対象になります」
嫌がらせじゃないのか、その召喚陣。
もしかして、初代勇者って召喚されたことにものすごく腹が立ってたんじゃ……? それで全力で嫌がらせみたいな召喚陣組んだとか……。ありそうだよな。
「挨拶って、よろしく俺たちが勇者だよ、みたいな?」
「はい。そんな感じで結構です」
「マナーとか知らないけど」
「かまわないと思います。あたしもよくわかりません、し」
「忠誠とか要求されたりは?」
「あったらびっくりです。確か三代目の勇者様が、ある国で忠誠を求められて王城を吹っ飛ばしています、から」
容赦ないなおい。死傷者膨大じゃないのかそれ。
「そういや、俺らは何代目?」
「二十七代目になられます」
「初代以外はずっと三人ずつ?」
「えと……はい。そのはずです」
「俺たちはいきなり異世界にさらわれて来た上に強制的に労働を言い渡されるわけだけど、報酬はないのか?」
「……お望みであれば、この世界の中からお好きなものをお好きなようにお持ちください。
城のものも、市井のものでも、勇者様が望まれるのであればあたしたちは拒めません」
「この国の、ではなくてどの国であっても?」
「そうです」
それも初代勇者との取り決め、ってやつなんだろうか。
ナーサ。ナガサワレイ。一人だけの勇者。たぶん、この世界が大嫌いだっただろう女の子。
それでも召喚陣を残したまま、いるかどうかもわからない魔王を倒すと言った女の子。
その子は日本に、帰れたんだろうか。