01 さあ行こう、学校じゃなくて異世界へ。
俺は鈴木義也。高校二年生、に該当する年齢だ。
該当する――という言い方でわかるだろうが、俺は高校二年生ではない。高校生ではあるが。
なぜなら俺の高校に、学年、という定義が存在しないのだ。
多少不思議に思うかもしれない。けれど、世の中にはそういう高校もある。たとえば、定時制や通信制、といったモノに多いだろう。
全日制の高校に通えない人間が高校の卒業資格を求めるとき、辿り着くのはだいたいそのあたりじゃないかと思う。俺は通信制の学生だ。平成××年度生。俺たちの学校では、学年がないかわりに入学年度で学生を見分ける。とはいえ、既に別の学校で単位とっている奴が入学してきたりすると――残りの単位を取れば卒業できるわけだから、一年で卒業していく奴、とかもいて一概には言えない。逆に十年くらい在学してる人もいる。
そんなわけだから、在校生を見渡しても千差万別。たとえば俺みたいに中学から直で上がってくる奴、他の高校からこっちに入学しなおした奴、サラリーマンや漁師のおっちゃん、主婦のおばちゃん、腹に赤ん坊のいる女の子、白髪のじーさん。珍しいところで親子で高校生やってる奴。
自然とワケありの奴が多く在籍していて、中でも俺みたいな引きこもりはずいぶん多いだろう。全日制じゃ圧倒的少数派だが、通信制じゃありきたりすぎる類の人間だ。
とはいえ引きこもりの多い通信制でもスクーリング(登校し授業を受けること)はあるもので、そんな日は太陽の下をうんざりしながら歩かなければいけない。たとえば今日みたいに、だ。
「……」
黙々と地面を睨みつけて歩く。人通りは少ないが、それでも街中の学校。気は張るしその視界を、淡い花弁がひらりと通り過ぎていった。顔を上げれば小さな公園に満開の桜の花。
思わず吸い寄せられるように足を踏み出した。
その公園は、実に小さな公園だった。
道路に面していない三方は背の高いビルに囲まれ、日当たりは悪い。朝の日差しの差し込まない、薄暗い公園。ベンチにくたびれたサラリーマンが座り込み、小さな滑り台と砂場があるだけだ。それでも桜の木は公園の中央で、どっしりと根をおろし敷地をみな覆ってしまうかのように枝を広げている。その幹にそっと触れた。掌に伝わる、ひんやりとした微かな湿気による温度と、ざらついた木の表面の感触。ほう、とため息が零れた。木は好きだ。桜やけやきなんかの、枝を広げる木が好きだ。
そのまま俺は花を観賞しようと、伸ばされた枝を仰いだ。
そして、硬直した。
え。
いやいやいや。
ないないない、それはない。
思考はその景色を認識しようとはしなかった。したくなかった。よしんば冷静に受け止められたとしても、どう解釈していいかわからない。
着古してくたくたになった、ついでに色あせた濃紺のジャージ。それはいい。
ふわふわと柔らかな黒髪。それもいい。
しかしだ。
なんで、女の子が、枝に!!
寝転がってるんだ……!
これどんな突っ込み待ちだよ。すうすうと平和な寝息しか聞こえないってどういうことだ。あ、いや、雀がちちちと鳴いているが。
どうしていいかわからなくて、周囲を見回す。車道を乗用車が走り抜けていった。通行人はいない。そりゃそうだ、日曜の朝七時半。平日ではないんだ。かわりにぽつんとベンチに座り込むサラリーマン。ぴくりとも動かず、ただぼーっとしている。……それこそ、出勤日でもなんでもないだろうに。
脳みそが取り乱しているのが、自分でもわかった。ひらひらと花弁が降ってくる。そよそよと甘い風が吹く。
ふと、薄暗い公園なのに奇妙に明るくなったような気がした。ワントーン彩度が上がった、というべきか。色あせたように影の中に沈んでいた桜も、輝くように明るい。ふとその光源が地面だと気づいて見下ろした。
そこには、そう。俗に言う――。
魔方陣、みたいなのが公園をすっぽり覆い、発光していた。
「な――」
逃げるとか、そんなことに頭が行く前に。
光はひときわ輝いて、俺たちを飲み込んだ。