第13話 噂④
その日はもう、勉強方法を教わる、という空気ではなかった。
四方も「また今度にしよう」と言ってくれて、「先に寮、帰ってるね」と静かに部屋を出ていった。
夜、國弘はほとんど眠れなかった。
寝返りを打つたび、布団が擦れる音がやけに大きく聞こえて、同室の伊波を起こしてしまわないか心配になった。
(零時だ、いい加減、寝ないとやばい……)
(一時、寝不足確定だ……)
そんなことを何度も繰り返しているうちに、一応浅い眠りには落ちたが、しばらくして目が覚めたときも、まだ部屋は暗かった。
窓がカーテン越しに青く光を持っていて、早朝なのだとわかる。
國弘はそろりとベッドを抜け出し、部屋を出た。
洗面所で顔を洗い、常夜灯だけがついた薄暗い談話スペースのソファに、一人腰を下ろした。
壁にかかった時計を見ると四時三十二分。
消灯時間が明けるまで、一時間近くある。
三時間くらいは眠れただろうか。
頭は眠気で曇っているのに、胸の奥がずっとざわざわと落ち着かない。
そうして考えるのは、結局いつも同じ――四方のことだった。
誤解を、解きたいと思った。
昨日、図書館で泣いたのは、四方が思っているような「恐怖」なんかじゃない。
じゃあ、なぜ泣いたかと言われると――その答えから逃げるように、國弘は前屈みになって頭を抱えた。
(俺……四方先輩のこと、好きなんじゃん)
多分、恋とか、そういう意味で。
だからあの時、泣いた。
四方先輩が、自分のことを、恋人であった一条と同じようには、まるで見ていなかったから……。
声にならない呻きが、喉の奥で漏れた。
自分はずっと、四方先輩に恋をしていたんだ。
恋だとすれば、納得する。
自分の想像する恋愛の形じゃなかったのは確かだけれど、こんなに誰かに近づくことを渇望した相手は、初めてだった。
そしてそれは、距離が近づけは近づくほど、強くなっていった。
それはもう、耐えられないほどに。
寝不足のせいで、思考のブレーキが緩んでいた。
何もかもが面倒で、ぎゅっと目をつぶる。
楽になりたかった。
思考がふらふら彷徨っているうち、ふと唐突に……。
「……言っちゃおうかな」
言葉が、唇から勝手にこぼれてから、その意味を自覚する。
――告白。
四方に、好きだと伝える。
ありえない。無理。無茶。
でも――。
――國弘くん、気持ちはありがたいけど、ごめんね
そう優しく断る四方の声が、脳内で作られて聞こえた気がした。
そんなこと言われたら、告白は失敗だ。
でも不思議なことに、その想像は、絶望よりもずっと、胸の奥を軽くした。
ここ何日か、四方があまりに近くにいて、心臓が休む暇もなかった。
ドキドキすることに、疲れていた。
終わらせて、ただ、楽になりたかった。




