第五十一話 魂の邂逅/sideウィルテイシア
ふと目を覚ます。
体は水に浮いているような、それでいて沈んでいくような。奇妙な感覚に包まれていた。
不思議な空間。
どこまでも真っ白で。距離感なんて掴めないはずなのに、どこまでも広がって、続いているのが、何となくわかる。
「ここは……、いったい……」
直前のことを思い起こす。
先ほどまで何をしていたのか。何があって私は意識を失い。そうしてこの場所で目を覚ましたのかを。
「そうか、私は……」
死んだのだ。
勇者の魅了にかかって、ライオットを攻撃しようとして。
それを止めるために勝手に動く身体を必死に止めようともがき、そして、そのまま……。
「胸の傷は……、ないな……」
自分で貫いたはずの胸部の傷がない。綺麗なままの胸。
「ここは、どこなんだ?」
ふと気付くと、ライオットがすぐ目の前にいた。
「……ライオット?」
先ほどまでの戦闘でボロボロだったはずのライオットも、今は傷一つなく。衣服にも切れた後は見られない。
「――っ!? ウィルテイシア!」
私の存在に気付くと、彼は一気に。どうやってそれができたのかわからないが。こちらに駆け寄って来て。そのまま、私を抱きしめる。
「ちょ、ライオット!? そんな、急に……」
何がどうなっているのかわからない。でも、こうしてライオットに抱かれているのは、感覚としては悪くなく。ついつい、彼の厚い胸板に甘えてしまった。
「よかった。ちゃんと、元のウィルテイシアだ!」
彼はそれを心から喜んでくれている。それだけ、先ほどの光景が。彼にとっては耐え難かったのだろう。
「すまない、ライオット……。私が不甲斐ないばかりに……」
「いや! いいんだ! こうして君が、俺のことを抱きしめ返してくれるなら!」
束の間。
私たちは再会を喜ぶ。
しかし、いつまでもこうしていても、頬が緩むだけで埒が明かない。
「ところで、ライオット。ここは、どこだと思う?」
すると、彼は少しだけ逡巡してから、意外な言葉を口にする。
「ここは、たぶん星の胎内だ……」
「星の……、胎内?」
彼の話によると、私が自らを刺し貫いたあと。彼は、私の後を追って、自らの胸を貫いたのだと言う。
それだけでも衝撃的だったが、彼はそのあと、更に衝撃的な事態に遭遇したというのだ。
「二柱の神に、会った……のか?」
人の祖たる神『ヒュムシス』と、エルフの祖たる神『エルフィオーラ』。
ライオットは、この二柱の神に、ある話を聞いたのだと言う。その内容というのが――。
「……私と貴方で、世界を変える?」
「そうだ。俺の星痕と、君の星痕。二つの力を掛け合わせて、星婚を発動すれば。世界を飛び越えて――。時の流れを逆巻いて、君が死んでしまう前の時間に戻れるって!」
「……時を逆巻く。そんなことが、本当に可能なのか?」
もしそれが本当なら。今すぐにでもそうしたい。
私と彼の力を合わせて、二人で時を遡れば。きっと別の未来に辿り着くことだってできよう。しかし――。
「帰れるのは、一人だけだって……。だから、片方はここに残ることになる……」
それは、何という……。
何という辛い選択。
(それを、神々は迫ったと言うのか。他でもない、私と彼に……)
でも、それでも。
時を遡った方が未来を変えれば、その先で二人は幸せに近づくことができる。
では、どうすればいいのか。答えは、一つしかない。
「ならば私は、貴方に全てを託す――」
私は、自身の決意を彼へ告げた。
「だから頼む、ライオット。私を――。過去のウィルテイシアを救ってやってくれ!」
それは心からの願い。
例え、この私でなくても。どこかのウィルテイシアが、ライオットと結ばれるのなら。
私は、喜んで。私を諦めよう。
「おい、何言ってるんだよ……。別に残るなら俺の方だって――」
「それではダメだ、ライオット。貴方なら、わかるだろ?」
魅了による精神支配に耐えられるのは、彼だけだ。私が戻ったところで、結果は変えられない。
「それは! でもそれじゃあ……」
「いいんだ、ライオット。貴方が戻れば、遡った先の時間で、私を救うことができる。そうだろう?」
「それは、そうかもしれないけど……」
たぶん、彼も薄々わかっているのだろう。
神々が言った、「どちらかが残ることになる」という言葉の意味を。
「で、でも、ウィルテイシア、それは――」
「くどいぞ!」
彼の驚いたような顔。
でも、彼の。私を想ってくれるその姿が、どうしても愛おしくて。
だからこそ、ここで立ち止まって欲しくない。
「いいんだ。私は愚かにも勇者の魅了に負けて……。貴方を、貴方の心を傷つけた……」
思い起こすだけで、不甲斐ない自分自身に虫唾が走る。
「ほんのわずかな時間だったとは言え、貴方よりもあの下種の言葉に従ってしまうなど、この上ない屈辱だ!」
あの瞬間の私は。本気で、どうしようもなく真っ直ぐに。勇者の言葉を受け入れてしまった。それが、どうしても許せなくて。苛立たしくて。悔やまれる。
思い知らされた。どんなに身体と精神を鍛えようと。神秘の前には無力なのだと言うことを。
私は昔も今も弱いままで。自分のことすら、まともに守れない。
そんな弱い自分と決別したくて。自分自身を罰しようとして。声を上げる。
「だから、私を想う気持ちがまだあるなら! 私を愛してくれているのなら! 私の代わりに、この私の罪の償いをさせてくれ!」
私の覚悟。私の願い。
神がくれた、この無限に続く一瞬の中で。私は。
彼に望みを託した。
「頼む……」
永遠とも取れるほどの、ほんのわずかの間。
彼は、顔をしかめ、手をわなわなと震わせえながら。
「……わかった」
そう、首を縦に振る。
「でも君を見捨てる訳じゃない。星婚が世界の在り方を変えるって言うのなら、ここにいる君だって、いつか。絶対に――」
瞬間。彼と私の星痕が発光し、彼の姿が揺らいだ。
恐らく、彼の時の逆行が始まったのだろう。
「ライオット!」
思わずその名を呼んでしまった。
呼ばずにはいられない。
「待っててくれ、ウィルテイシア! 別世界の君を救って、いつかの未来に、君の望み通り世界を救い終わったら! その時は、きっと、その先で!」
彼の姿は、もうほとんど見えない。それでも、彼はずっと私を抱きしめてくれている。
その事実が嬉しくて、悲しくて……。
私は静かに、涙した。
「ここにいる君を、必ず迎えに――」
彼の姿が、完全に消えてしまう。
もう、声は聞こえないし。姿も見えない。においも、熱も。何一つ残っていない。
彼は行ってしまった。
別の時間軸。別の世界へ。
私が魅了にかかる前の、全てを変えられる、あの瞬間へと。
「ライオット……。私の、運命の旦那様……」
結局、結婚まではできなかった。
自分の想いはたくさん伝えたし、彼もそれとなく伝えてくれていたが。
もう、その続きは訪れない。
それはもう紡がれることのない物語。
どうしようもない、旅の終わり。
だから――。
「なぁ、別の世界の私……」
私はウィルテイシアに語り掛けるように、言葉を紡ぐ。
「こことは別の世界の、こことは違う時間を生きる私。どうか貴女に――」
この世界の私という物語は。ここで終わる。
長かった。本当に長くて、退屈で。
険しく、苦しい人生だった。
辛いことの方が多いの生涯だったが、それは過ぎたこと。
人生の最終局面で、最後にあの人に会えたのだから。それ以上を望むなど、烏滸がましいと言うものだ。
「私ではたどり着けなかった貴女の未来に、どうか。星々の祝福があらんことを……」
祈る。ただひたすらに。
神はいたのだし、星婚も実在した。
ならば、ここで祈ることこそ。私にできる。唯一のこと。
それくらいしか、もう私にはできないから。
「でも……。何で……」
もう彼は行ってしまったから。
この場には、もう私しかいないから。
だから最後くらい、自分の心に素直になってもよいのではないかと。
「……じゃないんだ」
声が上手く出せない。
それでも、ここで言わない訳にはいかない。
目いっぱい声を張り上げて、叫ぶ。
「どうして、私じゃなかったんだ!」
私ではなかった!
私は救って貰えない!
私だって、彼に救って欲しかったのに!
私だって、彼とともに歩み、ともに未来を――!
「何で! どうして! 何故、私が選ばれた!」
運命は私を選んだ。他でもない、私を。
どうしようもない宿命に。
いつかの時間。どこかの世界に生きる。
まだ生きている私に。
その先の未来を歩んでもらうための、尊い犠牲。
何だ、そんなもの。
「……何が尊い犠牲だ! 私だってウィルテイシアなんだぞ? 私が救われる側でもよかったじゃないか!」
多くの世界。多くの可能性がある中で。その中のたった一つに。私が――。
『彼とともに歩めない世界の私』に選ばれてしまったから。
だから、託すしかない。
私がどんなの悔しくても。
どんなに惨めで、哀れで 救いがなかったとしても……。
他の世界の私に、チャンスを与えるために……。
「そんな風に割り切れるものか! そんな、私じゃない私に、未来を……。彼と歩めるはずの幸せな未来を譲るなど!」
でも、もう彼は行ってしまって。
ここには私しか残されていないから……。
「ライオット……。ライオット!」
私を助けてくれ! 私を救ってくれ! どうか、私を……。お願いだ……。
「他の私じゃない! 今この場にいる、このウィルテイシアを――! 今すぐ抱きしめに来てくれ……、ライオット……」
それでも声は届かない。
彼が救うのは、この私ではなく。別の世界の私だから。
「こんなのって、こんなことって――」
嗚咽は止まらない。
いつまで経っても。どこまで行っても。
ここは星の胎内で。時の狭間。世界が見る一瞬の夢であり。永遠の走馬灯。
私はここから逃れられない。
だから、私は――。
いつまでも、どこまでも。
子どものように声を張り上げて。泣きじゃくりながら。
愛しい人の名を、ただひたすらに呼び。
ただ、声を上げ続けた。
…………………
……………
………
…
読んでいただきありがとうございます。
このエピソード良かったよ!という方は☆評価、ブクマ、いいねなどよろしくお願いします。また、誤字脱字などあればいつでもご報告くださいませ。
感想、レビューなどあると今後の執筆の励みになりますので、どしどしお送りください。




