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断罪の舞台は私が整えた  作者: 司


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4/5

第四話 閉幕

 誰も、答えなかった。

 

 私はその沈黙を、静かに受け取った。

 怒りはなかった。失望もなかった。

 この国の貴族たちが、長い年月をかけて培ってきた処世術——波風を立てず、強い側につき、嵐が過ぎるのを待つ——それが今夜、沈黙という形で現れただけだ。責める気にはなれなかった。

 

 ただ、これで十分だった。

 答えが返ってこなかったことが、すべての答えだった。


 私はゆっくりと、左手を持ち上げた。

 薬指に嵌まった指輪——金の台座に、王家の紋章が刻まれた婚約指輪。

 八歳の婚約式の日から十年、ずっとそこにあったものだ。重いと思ったことは一度もなかった。

 

 ただ、外す日のことは——何度も、想像していた。

 指輪を外した。思ったより、あっけなかった。

 

 私は会場を見渡し、視線を止める場所を探した。

 テーブル。グラス。花瓶。どれも違う気がして——結局、エドワルド殿下の前まで歩いた。

 殿下は動かなかった。止める言葉も、引き留める手も、出てこなかった。

 私は指輪を、殿下の手のひらにそっと置いた。

 押しつけるのではなく、ただ——返す、という感覚で。


 「殿下」

 殿下が顔を上げた。その目は、今夜初めて、純粋に困惑していた。

 怒りでも、安堵でもなく、ただ——何が起きているのかわからない、という顔だった。


「婚約を解消いたします」

 声は、我ながら穏やかだった。


「あなたが好きな人と、幸せになってください」

 皮肉のつもりはなかった。本当に、そう思っていた。

 エドワルド殿下がソフィアを愛していることは、十三年間見てきてわかっていた。

 不誠実だとは思った。政治的に愚かだとも思った。

 しかし——愛することそのものを、責める気にはなれなかった。

 

 殿下は何か言おうとした。唇が動いた。しかし言葉は出てこなかった。

 私は一歩、下がった。


 会場を、最後にもう一度だけ見渡した。

 国王陛下は目を伏せたままだった。

 王妃陛下はまっすぐに私を見ていた。その目に浮かぶものが何なのか——労いなのか、共感なのか、あるいは羨望なのか——私には読み取れなかった。ただ、その目が嫌いではなかった。

 

 貴族たちは、思い思いの顔をしていた。

 計算している者、同情している者、ただ呆然としている者。

 長い付き合いの顔もあれば、名前も知らない顔もある。

 この人たちの中で、十年以上を過ごしてきた。

 悪くない日々もあった、と思った。

 本当に。


 私はドレスの裾を一度だけ持ち上げ、深く礼をした。

 王族への最後の礼儀。形式として身に染みついた所作が、今夜は少しだけ——心からのものになった気がした。


 顔を上げる。

 扉に向かって、歩き出す。

 会場の中央を、真っ直ぐに。左右に避けていく人々の気配を感じながら、私はただ前だけを見て歩いた。

 誰も、止めなかった。

 止めることができる者は、もういなかった。


 扉の前まで来たとき、背後で小さな声がした。

 

 聞き覚えのある声だった。

「……あの」

 私は足を止めた。振り返らなかった。

「私も——」

 声が、途切れた。

 続きを言おうとして、言えなかった声。その主が誰かは、振り返らなくてもわかった。

 

 ソフィア・ランブール。

 

 私は少しだけ考えた。振り返るべきか。答えるべきか。

 

 ——やめた。

 

 今夜の舞台に、続きはいらない。

 彼女の物語は、彼女自身が続きを書けばいい。

 私が手を差し伸べることも、突き放すことも——どちらも、今夜の私の役割ではなかった。

 私はただ、小さく息を吐いた。

 それだけを、答えの代わりにした。



 扉が開いた。

 夜風が入ってきた。蝋燭の炎が、一斉に揺れた。

 外は静かだった。パーティの喧騒も、貴族たちの視線も、王族の重さも——扉の向こうには、何もなかった。

 ただ夜があった。星があった。遠くで、馬車の音がした。

 私は一歩、踏み出した。

 石畳に、ヒールの音が響いた。

 その音が、思ったより軽かった。


 誰にも見えないところで、私は小さく息を吐いた。

 肩の荷が降りた——というより、長い間抱えていたものを、ようやく地面に置いた、という感覚だった。


 空を見上げた。

 星が多い夜だった。

 次はどこへ行こうか、と思った。

 怖くはなかった。

 十三年間、この夜のために生きてきた。この夜の先のことを、あまり考えてこなかった。

 

 でも不思議と、楽しみだった。

 初めて——自分だけのために、歩ける気がした。

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