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断罪の舞台は私が整えた  作者:


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第一話 断罪の夜、私は笑う

 卒業記念パーティの会場は、いつもより少しだけ甘い香りがした。


 薔薇とジャスミンを混ぜたような香水の匂い。蝋燭の熱。

 磨き上げられた大理石の床に映る、色とりどりのドレス。

 王立学園の集大成を祝うはずのその夜は、誰もが思い思いに着飾り、笑い、グラスを傾けていた。


 誰もが——というのは、正確ではないかもしれない。

 少なくとも私は、笑ってはいなかった。


 アデライード・フォン・ヴェルナー。王国随一の名門、ヴェルナー公爵家の令嬢。

 王太子エドワルド殿下の婚約者。

 そして——この国に転生してから十八年、私がずっと「悪役令嬢」と呼ばれ続けてきた、その張本人。


 白いグラスを手に持ったまま、私は会場の端に立っていた。

 壁際の柱の陰。目立たず、しかし全体を見渡せる場所。

 今夜ここに来る前から、私はこの位置を決めていた。

 舞台を演じる側ではなく、演出する側として立つために。


◆◆◆


 視線を流せば、会場の中央でエドワルド殿下が笑っているのが見えた。

 隣に、ソフィア・ランブール——男爵令嬢がいる。

 淡い桃色のドレス。少し垂れた目尻。儚げで、守ってあげたくなるような、そういう顔をした少女。


 私が前世でプレイした乙女ゲームの中で、彼女は「ヒロイン」だった。そして私は、彼女を虐げる「悪役」だった。


 今夜、私はその役を降りる。


 転生に気づいたのは、五歳の春のことだった。

 ヴェルナー公爵家の庭で、侍女に読み聞かせてもらった本の挿し絵を見た瞬間——突然、頭の中に別の記憶が流れ込んできた。


 画面の中の城。ピアノの音楽。スキップボタンを押す指。

 前世、私は普通の女子大生だった。徹夜でゲームをするのが好きで、特に乙女ゲームが好きで——そのゲームの名前は、「薔薇色の誓い」といった。


 主人公はソフィア。王太子に見初められ、様々な貴族の令息たちと恋をする、甘い甘い恋愛ゲームだ。

 そのゲームの中で、悪役として登場するのが——アデライード・フォン・ヴェルナー。

 私だ。


 


 五歳の私は庭の芝生の上に座り込んだまま、しばらく動けなかった。

 侍女が驚いて声をかけてくる声も、遠くに聞こえていた。

 頭の中でゲームの記憶を整理する。エンディングを思い出す。


 アデライードの末路は、卒業記念パーティでの公開断罪——婚約破棄——その後の流刑か、修道院送り。

 ゲームの進行によって多少の違いはあったが、どのルートでも彼女は「相応しい罰を受ける悪役」として処理された。


 笑えない、と思った。

 次に、静かに考えた。

 私はこの「役」を、どうするべきか。




 答えを出すのに、三日かかった。

 逃げることは考えなかった。幼い子供が一人で逃げられる場所など、この世界にはない。

 ゲームのシナリオを変えようとして余計なことをして、かえって状況を悪化させることも避けたかった。

 では、どうするか。


 ——舞台を、私のものにすればいい。


 ゲームの中のアデライードが失敗したのは、情報を持っていなかったからだ。

 断罪される側として、何も知らないまま舞台に立たされた。だから崩れた。

 でも私には、前世の記憶がある。ゲームのシナリオがある。登場人物の性格も、弱点も、隠された秘密も——全部、知っている。

 五歳の私は、芝生の上でそっと微笑んだ。



 今度は、私が舞台を作る側になる。



 それから十三年、私はひたすら準備をした。

 表向きは「完璧な公爵令嬢」として振る舞いながら、その裏で情報を集め、

 人脈を作り、証拠を積み上げた。使用人の中に信頼できる者を選び抜き、

 外部の調査員とも密かに繋がりを持った。王城の内情、貴族たちの負い目、

 そして——王族それぞれが抱える、表に出せない秘密。



 国王陛下の愛人の件は、ゲームでは語られていなかった。

 しかし実際に調べてみると、それはもはや公然の秘密に近かった。

 宮廷の誰もが知っていて、誰もが知らないふりをしていた。


 王妃陛下の「放蕩」もそうだ。

 若い男を侍らせているという噂は、貴族の間で半ば笑い話になっていた。

 しかし私が調べた本当の理由は——笑い話ではなかった。


 そして、ソフィア・ランブールの背後にある糸。

 男爵令嬢が王太子に近づいたのは偶然ではない。

 彼女を「道具」として動かしている者がいる。

 その者の名前も、目的も、私はすでに把握していた。


 今夜、すべてを使う。


◆◆◆


 グラスを持つ手に、少しだけ力を込めた。

 会場の中央で、エドワルド殿下が私のほうを見た。

 その目に、嫌悪と決意が混じっているのがわかった。今夜、彼は私を断罪するつもりでいる。

 何ヶ月もかけて証拠を集め、貴族たちの前で私を糾弾し、婚約を破棄する——そのシナリオを、彼は完璧だと思っている。


 かわいそうに、と思った。

 怒りではない。憐れみでもない。

 ただ——十三年間、私が積み上げてきたものの重さを思うと、彼の「準備」がひどく軽く見えた。


 やがて、殿下が前に進み出た。

 侍従が鐘を鳴らす。会場の声が静まっていく。

 私はグラスをそっとテーブルに置いた。

 深く、静かに息を吸った。


 さあ——

 幕を上げましょう。

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