第二章 父の遺産
ジェイソン・ハリス。
エミリーの父親だ。AIと人類を融合させた天才科学者だ。今、この時代の英雄になっている。だが、十年前に行方不明となり、おそらく生きてはいないだろう。
エミリーの幼い頃はジェイソンがいつもそばにいた。エミリーはジェイソンに、大切に育てられていた。だがある日を境に、毎日研究所に引きこもり、食卓にいるのもめずらしいぐらいだった。父は同僚の研究員たちとしか話さなくなってしまった。
父が去った日、母は泣いていた。まだAIと融合されていないときだった。本当の涙を流していた。
もういるはずのない父親。恐る恐る通知を開く。
─《アクセスにはDNA認証と感情値解析が必要です》──
「感情値解析?」
彼女は驚いた。現代のAIは、人間の感情パターンを数値化して理解するが、封印の解除に感情を必要とする設計は異例だった。
指先を読み取られ、心拍数と脳波がスキャンされる。
数秒の沈黙の後、低い電子音とともにロックが解除された。
画面が黒く染まり、やがて一つの映像が再生される。
そこに映っていたのは、かつてよりもやつれたジェイソンの姿だった。
「エミリー……もしこれを見ているなら、私はもう生きていないかもしれない。
だが、君がこのメッセージにたどり着いたということは、君がまだ“人間らしさ”を信じている証拠だ」
エミリーは息を飲んだ。
父の声は、どこか弱く、しかし決意に満ちていた。
「私は過ちを犯した。人間を合理化しすぎた。
私の開発した統合AIシステム《ARK》は、いずれ“感情”を害悪と判断し、人類をただの機能に変える。
それを止められるのは、もう人間ではなく、君のような“人間でもAIでもある存在”だけだ」
画面にデータのコード列が流れる。
暗号化されたプログラムファイル《REVERIE》。
そこには“心”を回復させるための何かが隠されているようだった。
最後に、ジェイソンは静かに言った。
「愛せること、信じること、、喜べること、傷つくこと……それらが失われた世界に、希望はない。
エミリー、真実を見つけてくれ。君の中に、“人間”は残っている」
「人間らしさを、、取り、もどし,て、く、、れ」
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映像が消え、端末が静まり返った。
「最近様子がおかしいが、なにかあったのか?」優しくエミリーに問いかけるのは、幼馴染のアレックス・マーティン。エミリーの家に遊びに来ていたのだ。
エミリーは一瞬迷ったが、彼にすべてを話すことに決めた。
父が残したメッセージ、プログラム、そしてこの世界に忍び寄る危機の存在。
アレックスは無表情のまま、言った。
「……信じられないな。ジェイソン・ハリスが、お前の親父が、そんなことを言うなんて。」
「私も、まだ混乱してる。でも……あの人の目は本気だった」
「で、どうするんだ?」
「……わからない。でも……」
「わかった、お前は何か行動するつもりなんだな」
エミリーは少し間をおいてからうなずいた。
「私、自分の意思で選びたい。“設計された人生”じゃなくて、本当の生き方を」
アレックスはしばらく沈黙していたが、やがてわずかに口角を上げた。
「なら、止めても無駄そうだな」
こうして長い冒険が始まったのだった。