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翔太君のメモ

「フローライト第二十五話」

利成のMVがかなり話題になった。今までもそうだったけれどかなりダークでグロテスクだっただからだ。利成の普段の人柄からはおそらく想像できないだろう。


MVの中で共演した無名の女優さんも話題になった。おまけにまたその人との噂も出て、テレビやネット週刊誌を賑わせた。


<天城利成の女性との交際疑惑経歴>みたいなものが載っていた。


(あー・・・何?この人数?)


明希が知らない人もいた。妊娠をもみ消されたと噂される人も二名も書かれている。


(サイアク・・・)


何なの?と本気で悶絶・・・。


さすがにその夜利成が帰ってきても気持ちが立ち直らなかった。


(この幼馴染がこんなに女たらしだったとは・・・)


あーサイアク・・・。と食事をしながら利成の顔を見つめた。


「こないだ言ってた海外だけど、フランスはどう?」


「フランス?」


「そう」


「パリとか?」


「そうだね」


「いいけど・・・フランス語なんてわからない」と明希が言ったら利成が笑った。


「大丈夫、俺もあんまりわからないから」


「でも、行ったことはあるんでしょ?」


「そうだね、子供の頃と高校の時かな」


「そうなんだ」


「うん、それとね」と利成が続ける。


「もうすぐ明希の誕生日でしょ?その日は夜に食事にでも行こうよ」


「え、あーほんとだ」と明希はカレンダーを見た。


「二十五才だね。明希の方がお姉さんだから」


「うん・・・でも、あんまり嬉しくないけどね」


「ハハ・・・何で?」


「だってどんどん年取っていくのって寂しいでしょ?」


「でも身体だけでしょ?年を取るのは。明希は明希のままだよ」


「・・・ま、そっか」


「そうだよ」


 


そして明希の誕生日の日は利成がどうしても仕事だったので、その前日の金曜日の夜、利成が予約してくれたホテルのレストランに明希は利成と一緒に出掛けた。


ホテルの最上階だったので夜景が綺麗だった。料理もすごく美味しい。こういうのって幸せっていうのかな?とワインを飲んだ。


途中トイレに行きたくなって明希は席を立った。お店の人に案内されてレストランの奥の方に歩いて行く途中明希はびっくりして思わず立ち止まった。目の前のテーブルに翔太と女性が向かい合わせに座っていたからだ。女性は背を向けていたので顔は見えなかったけれど、翔太の方はこっち側を向いていた。


(翔太・・・?)


昔よりずっと大人の顔の翔太がそこにいた。目の前で急に足を止めた明希の気配に気づいた翔太がこっちを見た。その表情が驚きの表情に変わっていく。明希は慌てて顔を背けトイレに向かった。


トイレから出て手を洗いながらその手が震えていた。


(こんなに動揺するなんて・・・)


明希はトイレから出て翔太の方を見ないように歩いた。席に戻ると利成が「そろそろ出る?」と言った。


「うん・・・」


利成が会計を済ませている間、明希は預けていたコートを羽織った。その時ちょうど翔太と一緒の女性が歩いてきた。会計を済ませた利成が振り返る。


「あ・・・」と声を出したのは、翔太と一緒の女性の方だった。


「ご無沙汰してます」とその女性は挨拶をしている。利成は「うん、お久しぶり。元気だった?」と親し気に女性に挨拶をしている。


翔太が明希の方を見た。明希も翔太を見ると、利成が翔太に「夏目君も久しぶり」と言った。


「そうですね」と翔太は利成に敬語を使っていた。


明希はコートを着たままその場から動けなくなった。


「ここは結構来るんですか?」と女性が聞いている。


「いや、明日は奥さんの誕生日だからお祝いでね」と利成が答えると、女性が明希を見て「おめでとうございます」と笑顔を向けてきた。


(あ・・・ボーカルの人だ・・・)


その女性は翔太のバンドのボーカルの人だった。明希が少し頭を下げて顔を上げると翔太と目が合った。


「こないだ奥さんがsee-through(翔太君のバンド名)のライブに行ったみたいだよ」と利成が言ったので、びっくりして利成の横顔を見た。それから翔太を見ると、翔太は物凄く驚いた顔で明希を見ていた。


「え、ほんとですか?ありがとうございます」と女性が明希に笑顔で軽く頭を下げた。


「い、いいえ・・・」と明希は答えながら、何で利成はそんなことをとをいうのだろうかと利成の真意がわからなかった。


「うちの奥さん、see-throughのファンだからね」と笑顔をボーカルの女性に向けている利成。


(何で・・・?)


明希は利成を見た。


「え、ほんとに?」と女性が驚いている。


「二人共もう帰るの?これから下のバーに一緒に行かない?」と利成が言ったので、ぎょっとして明希は利成を見た。


(どういうつもり?)


「え、ほんとですか?もちろんご一緒させて下さい」と女性が喜んでいる。翔太が利成を見ているのを見て利成が言った。


「夏目君もいいよね?」


「まあ・・・」


翔太がそう答えたら女性が少し肘で翔太をつついた。


「まあ、是非」と翔太が言い直した。


 


四人でバーに行くと、店はいっぱいだったけれど、利成の顔を見て場所を空けてくれた。テーブルの席に四人で座る。わざとなのかわからないが、利成はその女性の前に明希は翔太の前に座ることになった。


そのボーカルの女性は「渡瀬ルイです。よろしくお願いします」と笑顔で明希に挨拶をした。明希も「よろしくお願いします」と頭を下げた。


「昔は夏目君も天城さんのバンドにいたんですよね?」とルイが利成に聞いた。


「そうだね」と利成が翔太を見てから続けた。


「夏目君はギターうまかったからね」


「そうですか、でもその節はありがとうございました」とルイ。


「何だっけ?」と利成が聞いた。


「夏目君の作曲をアレンジしてくれて・・・とても素敵になりました」


「あ、そうだったね」


「はい、そのおかげでバンドも軌道にのれて・・・」とルイがカクテルに口をつけた。


明希は二人が話しているのを黙って聞いていたが、だんだん翔太の前にいるのに耐えられなくなって「ちょっとお手洗いに」と言って立ち上がった。トイレは店の中ではなくて外のホテル内だったので明希は店から出た。


(利成・・・どういうつもりだろ・・・こないだのことまだ尾を引いてるのかな・・・嫌がらせ?)


少し深呼吸してからトイレから出て歩き出すと、後ろから「明希」と声をかけられてびっくりして振り返った。


「元気だった?」と目の前には翔太が立っていた。


明希は翔太を見つめたまま一瞬固まった。


「ライブ、来てくれたの?」


明希が声を出せずにいると翔太が言った。


「・・・うん・・・」


「そうなんだ。ありがと」


「うん・・・」


「・・・明希、大丈夫?」


「何が?」


「天城といて。幸せ?」


(翔太・・・)


涙が溜まってきた。翔太が好きだと思った。涙を溜めている明希を見て翔太が少し切なそうな表情になった。


「・・・必ずまた連絡するなんて言って、できなくてごめん」


「い、いいの・・・」


「ん・・・」


見ると翔太も目に涙を溜めていた。


「明希、何かあったら俺に連絡して」


「・・・・・・」


「でも天城と幸せならいいよ」


「・・・幸せだよ。翔太は?」


「俺?俺は・・・まあね」


「私・・・」


(翔太が好き・・・)


でもそれは言えなかった。翔太が店の紙ナフキンに書いた電話番号を渡してきた。


「もう俺の番号なんて忘れてるだろ?」


「・・・ん」と紙ナフキンを受け取る。


「天城と何かあったらかけて」


「でも、翔太だって・・・その・・・」


(彼女とか、結婚とか・・・あるよね?)と思ったけれど聞けないでいると、翔太が察したのか言った。


「俺は今は一人だから」


「え?でも、あのボーカルの人は?」


「ルイは違うよ」と翔太が笑った。


「そうなんだ・・・」


「もう行きなよ。俺、後から戻るから」


「うん・・・」


少し歩き出してから振り返ると翔太がその場に立ったままこっちを向いていた。


(翔太・・・)


走り寄って抱きしめたい心情になった。どうして自分はいつまでもこうなんだろう・・・。でも、そのまままた前を向いて歩き出した。涙が溢れてくる。


店の中に戻ると「ずいぶん遅かったね。そろそろ行くことにしよう」と利成が言った。


「あれ?夏目君はまだかな?」とルイが言った時、翔太が店に入って来た。


「あ、よかった。夏目君、もう帰るよ」とルイが言った。


会計がすべて利成が払っていた。ルイが恐縮して何度か自分も出すと言っているのを「こっちが誘ったんだから」と利成が笑顔で言っていた。


ホテルから出ると外の風は冷たかった。肩をすくめると利成が肩を抱いてきた。


「寒い?」


「うん・・・大丈夫」と明希が答えた時、翔太と目が合った。翔太は特に表情を変えずに頭を下げるとルイとタクシーに乗った。


 


マンションの部屋に戻っても利成は何も言わないで浴室にシャワーを浴びに行ってしまった。明希は利成の真意がわからなくてモヤモヤが止まらず、ベッドに利成が入って来た時に思い切って聞いた。


「利成、あの・・・」


「ん?」


「何で?」


「何が?」


「今日・・・あんな風に・・・」


「夏目と話せた?」


「・・・・・・」


「トイレに行った時、話せたでしょ?」


「何でそんなこと?」


「明希がまだ夏目を好きなようだから」


「・・・好きじゃないからってこの前言ったよ」


「明希には俺のフィルター見えないでしょ?俺が何で明希と夏目を会わせてあげたかわからないでしょ?」


「わからない。はっきり言って」と利成に少しカチンときた。そんなまわりくどい言い方しなくても・・・。


「彼と話してどうだった?」


「どうもないよ」


「見つめてみなよ。自分の心」


「どういう意味?」


「明希が何故いつまでも夏目にこだわるのか?夏目もまた然り」


「こだわってなんか・・・」


「大サービスで少し教えるね」


「・・・・・・」


「明希が彼と別れた理由を思い出してみて」


(それは・・・私の恐怖症で・・・)


「思い出した?明希のセックス恐怖症のせいだよね?」


「・・・・・・」


「明希はそれがすごく心残りなんだよ」


「そんなことないよ。・・・それはもう昔のことで・・・」


「そう、昔のこと。今は?」


「今って?」


「今ならできるでしょ?」


「何を?」


「セックス」


「・・・・・・」


「彼も同じだよ?」


「同じって・・・」


「明希とセックスしたいだけ」


「・・・・・・」


「状況は何となく察するよ。明希の恐怖症を治したのは俺だからね。夏目のことだから業を煮やして明希にわりと無理矢理したんじゃない?」


「・・・・・・」


「彼もまた明希とのセックスに思いを残しているよね」


「そんなのもう向こうだって忘れてるよ」


「そう思う?夏目のフィルター覗いて見なよ」


「翔太の?」


「そう。教えたでしょ?皆それぞれのフィルターを通してしか物事見てないって」


「そうだけど・・・翔太のなんてわかんないよ」


「夏目のフィルターは単純だよ?頑張って覗いてみて」


(私と別れた理由は確かにセックス恐怖症でできなかったから・・・でもだからと言ってただセックスがしたいだけだなんて・・・)


「見えた?」


「見えない、まったく」


「そうか・・・じゃあ、久しぶりに明希に教えてあげようかな。何てたって誕生日だしね」


「・・・・・・」


「夏目は明希とセックスできないから別れたよね?これは理解できるよ。男にしてみればある意味このためにつきあってるようなもんだからね」


「・・・じゃあ、利成だって私と別れてるでしょ」


「そうだね、でも俺は別れなかった。どうしてだと思う?」


「さあ・・・」


「治せると思ったからね。それは明希のフィルターが見えてたから」


「でも、そんなの面倒でしょ?実際利成は大変だったんだし」


「まあね。でも俺はできると思った。まずここが夏目との違いね。あいつはすぐに明希を捨てたわけだから」


「・・・・・・」


「で、次。俺のバンドのメンバーになった頃だよ。前のアトリエに夏目が来た時、明希が寝室に一人だと知ってて入ったよね?」


「・・・そうだけど・・・」


「その時のこと思い出してみて」


(その時・・・確か翔太が酔ってて・・・無理矢理だっけ?キスしてきて・・・)


──  何だ、やっぱ治ってないんだ・・・ 。


──  じゃあ、天城としたっていうのも嘘?


翔太の言葉を思い出した。


「どう?」


利成が楽しそうに聞いてくる。


「やっぱり治ってないんだって・・・翔太が・・・」


「そう」と利成はやっぱり楽しそうで更に「あとは?」と聞いてくる。


「利成としたって言うのも嘘かって・・・確か・・・」


「そう。つまりその前に明希は彼に聞かれてたんだ。俺とできたのかって」


「うん、まあ・・・」


「で、その時明希は「できた」って答えたんだね」


「まあ・・・聞かれたのが二回目だったから・・・最初は答えなかったんだけど」


「うん、夏目の一つ目のフィルターがわかった?」


「え?今のでわかるの?」


「そうだよ」


(何だろう・・・?)


んーと考えていると利成が続けた。


「最初に言った俺の言葉、思い出してみて。男はある意味なんて言った?」


「それはある意味セックスするためにつきあっているようなもんだって」


「そうだね。じゃあ彼の一つ目のフィルターは?」


(え・・・?)


「セックスしたい?」


そう答えたら利成がすごく嬉しそうな顔をした。


「そうだよ。で、次は明希に聞いてきた内容は?」


「利成とできたか?」


「そうだね。それで明希が一人でいる部屋に酔ったふりで入りました。そして彼は何したの?」


「ふり?酔ってたと思うけど・・・」


「ま、それは置いておいて」


「されたのはキスだよ」


「そうだね。どんな感じだった?」


「・・・それは・・・」


(キスされて逃げようとしたら無理矢理押さえつけられて・・・)


「俺が想像するにはね、今回もわりと無理矢理だったでしょ?」


「・・・・・・」


「じゃなきゃ、明希が部屋から俺のところに逃げてなんて来ないものね」


「・・・・・・」


「無理矢理のキスの後でさっきの夏目のセリフなんでしょ?」


「まあ・・・」


「一つ目のフィルターが「セックスしたい」で、かつては自分とできなかった女が他の男とはできると言った」


「え・・・でも・・・まさか・・・」


「さっき「酔ったふり」って俺が言ったのはそういうことだよ」


「わざとって意味?」


そう言ったらまた嬉しそうな利成。


「そうだね。彼はわざと明希の部屋に行ってちょっと試したんだよ」


(え・・・まさか・・・)


「まさか・・・ただ酔っていて・・・」


「あの時彼はそんなに酔ってなかったんだよ?他のメンバーは酔ってたけどね」


「でもお酒臭かったし・・・」


「それなりには飲んでたからね。知ってる?彼は俺と同じでかなりアルコールに強いんだよ」


(そうだったっけ・・・?)


「どうする?続ける?おそらくだけど、これ最後まで続けたら明希の夏目へのフィルターが壊れるよ?」


(・・・フィルター・・・)


「いいよ、続けて」と言った。


「オッケー」と利成がベッドから起き上がった。


「それでその後俺は夏目をバンドから外したよね」


「え?自分からやめたって・・・」


「そうだね。表向きは」


「え?じゃあ、利成がやめさせたの?」


「彼は何て言ってた?」


「・・・確か・・・やめざる得ない雰囲気だったって・・・」


「そうだね。その通りだよ。で、覚えてる?明希はあの時何て言ったと思う?」


「あの時とは?」


「俺が彼を辞めさせるって言った時だよ」


「・・・何だっけ・・・やめさせないでって言ったかも・・・」


「そうだよ。そのことは彼に言った?」


「言ったかも?」


「夏目もね、明希のフィルターを知ってたんだよ」


「え?」


「その当時の明希のフィルターは何だか考えてごらん」


(えー・・・もう、だんだん難しくなるんだけど・・・)


「んー・・・多分だけど・・・翔太が好きだったから・・・えー・・・わかんない」


「ハハ・・・わからない?・・・明希は元々男に対してどんなふうに思ってた?」


「それは・・・怖い・・・かな」


「うん、そうだね。でもそれは無理やりセックスされる前からなんだよ」


「え?前からって・・・」


「子供の頃よくいじめられてたでしょ?」


「うん」


「あの頃すでに思ってたと思うんだよ。形は違えど同じ暴力だからね」


「うん・・・」


「でも同時にそれを我慢しないと捨てられるって思ってない?」


「捨てられる?誰から?」


「男から・・・もっとはっきり言っちゃうと、明希のお父さんかな」


「え?」と今度はすごく驚いた。


「俺がいじめられていることをお父さんに言った?って聞いたら、明希の答えは「言ってない」だったよね?」


「うん・・・」


「何で言わなかったの?」


「それは・・・」


父からよく言われてた「弱い奴」という言葉を思い出した。


「弱い奴って言われるから・・・」


「そうか・・・。じゃあ、明希は男からの暴力を我慢しなければお父さんから「弱い奴」って言われると思ってたんだね」


「そうだよ」


「明希のフィルターは、我慢しなければならないだね?」


「うん・・・まあ」


「ひどい扱いされても我慢しなければお父さんに弱い奴って言われる・・・つまり捨てられるかもってことだね」


それを聞いてハッとした。確かに男性に対して常に思っていた。「捨てられるかも」って・・・。


「だから自分のせいで夏目が辞めさせられることに恐怖心を抱いたんだよ。夏目に捨てられる、自分が我慢しなかったせいでってね」


(えー・・・)


「何だかこんがらがってきた」


「ハハ・・・まあ、じゃあ夏目のフィルターの話に戻ろうか」


「うん・・・」


「彼がバンドをやめてからも、明希は彼に会ってたでしょ?」


「・・・うん・・・」


「間は空いてたのかもしれないけど、その次に会ったのは覚えてる?」


「その次は・・・」


(確か翔太の部屋に行った時かな・・・)


「子供のことがあって実家に帰っていて・・・それで連絡が来た時かな・・・」


「明希が俺に離婚するのかって聞いた時だよね」


「うん・・・確か・・・」


(利成もよく覚えてるな・・・)と思った。


「明希は夏目に言われて彼の部屋に行ったよね?」


「うん・・・」


「一人暮らしだってわかってて」


「・・・うん・・・」


「彼のフィルターは?」


「・・・・・・」


「わかったでしょ?」


「でもなかったよ?ほんとに」


「そうだね。明希を見てたらわかったよ。でもよーく思い出してみて。そういう雰囲気はあったはず」


(んー・・・)


「利成と離婚の危機だって・・・ネットでみたって・・・」


「うん、で?」


「えーと・・・後は・・・別れたら俺とつきあってって・・・」


「うん、それはその時俺も聞いたよ」


「うん・・・それから・・・」と考えて(あっ・・・)と思った。


「何か思い出した?」


「肩・・・」


「肩?」


「肩を抱かれた・・・」


「そう」


「でも、ほんとそれだけ」


「うん、何でそれだけだったか覚えてる?」


「それは私が帰るって言ったから」


「そう」


(帰るって言ってなかったら?)


「でも何もしないって約束して行ったはずだよ、あの時は」


「ハハ・・・そうなんだ」


利成が楽しそうだ。


「だから大丈夫だと思って・・・」


「そう。それが明希のフィルター二つ目かな?」


「え?どういう意味?」


「どうやら彼は最初に明希にすごく信用されたみたいだね」


(信用・・・?)


「長くなるけどまだ進む?」


「うん、もちろん」


ここまできて途中で切れない。


「よし、じゃあ、進もうか。彼をとても信頼する出来事が何かあったはずだよ。思い当たる?」


「それは最初の頃・・・私が男子から付き合って欲しいって言われて怖くて上靴のまま逃げた時・・・」


「上靴のまま?」


「うん、パニックになって・・・たまたま翔太が靴箱の前にいたの。私の後から追いかけてきてくれて・・・鞄を持ってきてくれた」


「そう」


「そして「上靴だよ」って言われて・・・私がまださっきの男子がいたらと思うと怖くて取り替えに行くのを躊躇してたら「一緒に行こうか?」って言ってくれて・・・」


「うん、なるほど」


「それでその当時私が好きだったバンドのライブのチケットが二枚あるから行こうって翔太にいわれて・・・」


「明希がよくカバーして歌ってたバンドだね」


「そう・・・で、たまたま翔太もそのバンドのファンだって・・・」


「うん、で、一緒にライブに行ったんだね?」


「そう・・・そのライブの後、付き合って欲しいって言われた」


「うん、よくわかったよ。最初の時に明希はすごく夏目を信用しちゃってた理由」


「そう?何だか私はわからないけど・・・」


「ハハ・・・ま、じゃあ、そこは置いておいて、明希の彼をみるフィルターはきっと「他の男と違う」だよね?」


「ん・・・そうかな・・・」


「明希は夏目を「他の男とは違う、信用していい」というフィルターからいつも見ているってわかる?」


「そうかな・・・」


「ちょっと脱線するけど、明希はね、男にしてみれば言い方悪いけど、セックスしたくなる身体なわけ」


(ん?)と思う。


「何?急に」


「本人はまったく無自覚だろうけど、思い当たることない?高校の時、最初の彼は?」


「その人が無理矢理の張本人だよ」


「そう、じゃあ次は?」


「次は翔太だよ」


「そうか、で、俺ね」


「そう」


「でも思い出してみて。さっきの話、夏目に助けられる前に誰かにつきあって欲しいって言われたって言ってたよね?」


「うん、そう。でも、もうその時は最初の人がトラウマで・・・つきあってっていわれるのも怖くて・・・」


「なるほど」


「でも・・・そういえばだけど、翔太が私のこと目立つって・・・」


「いつ頃の話?」


「その高校の時」


「なるほどね」


利成が一人で納得している。明希にはまったくわけがわからなかった。


「何が「なるほど」なの?」


「明希は結構胸が大きいでしょ?」


「・・・やだな・・・気にしてるのに・・・」


「ハハ・・・何で?」


「だって目立つから・・・」


「そうだね。さっき目立つって言われたって言ってたよね?」


(あ・・・)と思う。


「やだ、まさかそれ?」


「そうだよ」と利成が嬉しそうに微笑んだ。


「でもそれだけで?」


「まあ、胸の大きい女の人は他にもいるだろうけど、明希の場合はその他にも色々ね」


「色々とは?」


「ま、それは置いておこう」と利成が笑った。


「じゃあ、利成もその理由?」


それはちょっとな・・・と思った。


「俺は元々明希が好きだったんだよ」


「え?そうなの?」


「うん、胸は関係ないよ。子供の頃だから」


「そっか・・・」と良かったと思う。胸だけが好きって言われたらどうしようと思う。


「でも、俺も明希にモデルになってもらってる時はかなり我慢したからね」


「えー・・・全然そんなふうじゃなかったけど」


「明希、いいこと教えてあげるからひとつ覚えてね」


「うん・・・」


「まず男は性欲だから」


「え?」


「女を見るときはそれで見てる」


「・・・そうなの?」


「うん」


「利成も?」


「まあ、俺も男だからね」


(あー・・・だからあの噂された人数?)


また利成の女性遍歴を思い出す。


「つまり夏目のフィルターその一は「男」つまり「セックスしたい」なわけだよ。そのためならいくらでもいい人を演じて女を手に入れようとするのが男って生き物」


「それ、利成のことだよね?」


「ハハ・・・まあ、そこは今は絡まないでよ」


「・・・じゃあ、早く進んでよ」と不機嫌な声になる。


「単純にまずそのフィルターから見てごらん」


明希は「うーん」と首を傾げた。そういう生き物・・・。


「例えば、最後に明希が夏目に会った日は?今日は抜かして」


「それは・・・」


忘れるわけない、あの日の夜、自分はお腹がものすごく痛くなった日・・・・・・。


「彼をこの部屋に入れたっていってたよね?キスだけされたって」


「うん・・・」


「彼は何しに来たと思う?」


「それはたまたま近くに来たから顔を見たいって・・・」


「うん。それをさっきのフィルターを通したら?」


「・・・セックスしたいになっちゃうけど・・・それじゃあ、何でもかんでもになるよね?いくらなんでもほんとに顔をみたくてってこともあるんじゃない?」


「じゃあ、何でキスしたの?」


「それは・・・」


「恐らくだけどね、彼は隙あらばって思ってるんだけど、その時は明希が妊娠してたでしょ?だからやめたんだよ」


(えー・・・)


「でもそれは利成の考えでしょ?ほんとは違うってことない?」


「うん、99パーセントの確率でないかな」


「えー・・・」


「まさかそんな単純なことで?と思うかもしれないけど、女性はまずこの男のフィルターを覚えておいた方がいいよ」


「そうだね、利成の前では特にね」


「・・・何か今日は絡むね」


「・・・で、結局結論は?翔太は性欲だけで私を見てるから信用するなってこと?」


「そうだよ、もちろんすべてそうだとは言わないけど、別れの状況を考えるとその可能性が高いね」


翔太もそれだけ?セックスにこだわってるだけ?半信半疑でいたら、「それに夏目は今、つきあってる女性がいるらしいよ」と利成が言った。


「え?」と驚く。


──  俺は今は一人だから・・・。


「翔太はひとりだって・・・」


「あのボーカルの渡瀬さんに聞いたらそう言ってたよ」


(えー・・・)


「彼はひとりだって言ったんだ」


「うん・・・・・・」


「いないと言っておいた方が明希から連絡くるかもしれないからね」


「え?」とまた驚く。


「連絡先でも交換してたんだろ?」


急に冷たい声に変わる利成。


「・・・・・・」


「今、出したら許すよ」


「・・・・・・」


「ま、授業料かな」


「・・・・・・」


(自分だって山ほど連絡先持ってるくせに・・・)と納得いかなかったが、そこは押さないでおくか・・・。


明希は起き上がって今日使ったハンドバッグを開けた。その中に翔太に渡された電話番号が書かれた紙ナフキンがあった。


「はい」と利成に渡した。


「これだけ?」


「うん、まだどこにも登録してないから」


「そう」と利成がその紙ナフキンをちぎって捨てた。


「明希、おいで」と利成がベッドに横になって言う。明希がベッドに入ると唇を重ねてきて思いっきり舌を入れられた。


「明希って最高だね」


そう言ってからまた口づけてくる利成。


(こないだいじけてたのに・・・すっかり立ち直ってる?)


「もう最高にいい女」と利成は上機嫌な様子・・・。


悔しいので明希は「利成が一番だもの」とにっこり微笑んだ。


「俺は明希が一番だよ」


利成の唇が胸の方へ移動してくる。


(ま、今は言わないでおくか・・・)


利成の山ほどある女性のリスト・・・。


あーもう・・・。本気で悶絶・・・。いつか利成に勝ってやるから。

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