一
いらっしゃい。
…
…ジロジロ見てないで、聞きたいことがあるならこっちに来たらどうだい。
ハン、おめさん、先週から店の外をうろちょろしてたガキだろ?うっとうしいったらありゃしない。ほしいモンは外から見えたかい?見えなかったろ。ニャハハ、ざまぁみやがれってんだ。
接客の態度じゃない?嫌なら帰んな。こんな雑貨屋に用はねぇだろう?
はは、臆病者が。しょうがねぇから聞いてやるさ。『ミケさんに過去はあると思うか?』
「ニャアニャアニャア」…っと、ちゃんと三回だね。全く、手が焼ける。いつもはこんなことしないんだがねぇ。マ、またあのうっとうしい視線に会うのはごめんだ。サービスだよ、サービス。
ところでおめさん、この店を信じてなかったね?正確にはこの店の"噂"をってとこか。
信じたバカはタダで話を、信じなかった賢しいガキどもはお代を。
何でって、そりゃバカはタダより怖いモンはねぇって知らねぇからニャア。
で、おめさん、お代は?
先払いに決まってるだろ。踏み倒されりゃたまんないからね。サービスは終いさ。きっちり払ってもらおうか。
…聞き分けのないガキだね。払うモンがないならっ──
──『呪いの涙』ぁ?
へぇ、流せるのかい。へぇ、へぇ…
「最近涙を流せないから、泣ける話をしてくれ」って…おめさん、うちは"面白い"話を取り扱ってんだ。知らねぇのかい?
「できないなら良い」?待て待て、待ちな。そう思われるのは癪だ。
『呪いの涙』…『呪いの涙』ね。フン、それで勘弁してやるよ。
分かったよ、語ってやるから、そうはやりなさんな。せっかくだし、説明しとこうか。
ここは三味線堂、ただの雑貨屋さ。ちょいと店主がおしゃべりなだけのね。
だから、アタシは語るだけ。聞いてどうするかはおめさんらの勝手。好きにしな。
「御託は良いからさっさと話せ」?アタシが接客の態度じゃないなら、おめさんは客の態度じゃないね。ずうずうしい。
はいはい、話しますよ。おめさんにぴーったりの話をね。
…むかぁしむかし、男が生まれた。一つの小さな村さ。村民同士の繋がりがとびきり強い、ね。
その男が生まれたときも村の人手をかき集めて出産を手伝った。だから、そのことは瞬く間に広まった。
赤ん坊の喉に×印があったのさ。そして、それは村のタブーだった。
その村はとある宗教の熱心な信仰者の集まりでね。それはそれは、他の村から敬遠されるほどさ。
喉の×印は、裏切り者の証。その裏切りモンは、神話では神を裏切った罰として、喉を裂かれたんだと。きれいな×印だったそうだ。ちょうど、生まれた男にある物と同じ。
その後の男の処遇は想像に難くないだろう?男は裏切り者と同じ『トザメ』という名を付けられた。村は『トザメ』に石を投げ、嬲り、飯も着る物も住処も与えなかった。家族でさえ、いいや家族が一番率先して虐げた。村が手を差し伸べるのは『トザメ』が死のうとしたときだけ。『トザメ』は死ぬことすら許されず、ただ生きながらえて生き恥を晒して、惨めに無様に苦しみ続けることだけを望まれた。
でもね、『トザメ』は反抗の一つもしなかったんだ。ずっと、ずぅっと耐えた。なぜかって?
両親に教わったのさ。「お前が苦しめば、世界中みんな幸福になれる」ってね。たったそれだけ、それだけのことで、幼子は苦しみを受け入れ続けた。
自分さえ苦しめば、世界中の人々が救われる!
信じていた。素直にも、愚かにも、ずぅっとね。
それが覆ったときがあった。幼少からの洗脳じみた固定観念を変えるほどの激情なんて、そう多くはない。予想が付くだろ?簡単さぁ、恋をしたからさ!
恋に落ちた経緯やら理由やらは省くよ。まどろっこしいからね。ご想像にお任せってヤツだ。強いて言うなら…いつの世だって女は強いってことかね。
ともかく、『トザメ』は女に恋をした。"恋"なんて優しくて柔らかい言葉なんざ『トザメ』は知らなかったが、女に聞いて知った。そんでもって、聞いたときにその恋心は一緒にバレたワケだから、晴れて『トザメ』と女は恋仲になった。いやぁ、めでたいね!
ふわふわした甘ったるい恋をしてる二人の楽しみは、お互いのことを深く知るためにおしゃべりすること。おしゃべりっつっても、『トザメ』は筆談だ。『トザメ』は口が聞けなかった。まるで喉を裂かれた裏切り者の生き写しか、転生した姿だ!…マァ、心理的なモンだと思うがね。
女から文字を教わった『トザメ』は自分の人生の全てを地面に書いた。1平方メートルにも満たないような、薄っぺらい人生さ。それでも、女は泣いた。
女は泣いて、『トザメ』の頭を撫でて、『トザメ』を抱き締めて、『トザメ』にキスをした。
そんで、愛した女は言うんだ。「世界中の幸せを願う前に、まずあなたは、あなたの幸せを願いなさい」と。
『トザメ』はその通りにしようと思った。女はいつも賢くて、いつも間違わないから。だから、これも正しいのだと。『トザメ』は純粋なまま。清さに正しさを加えて、『トザメ』はいつものように自分を殴ってきた村民に抵抗した。
女は殺された。
そりゃあそうさ!大事な大事なサンドバッグ!ストレス発散要員に、余計なことを吹き込んだんだから!
『トザメ』は純粋だった。素直だった。愚かだった。
女と恋仲であることを村民に伝えたのは、外でもない『トザメ』さ。女は賢かったから秘密にしていたことを、『トザメ』はあっさりバラした。
女が死んでから遅れて自分のせいだと気付いた『トザメ』は絶望した。そしてそれよりも深く、深く、村に憤った。
アッと言う間に『トザメ』は村を焼いた!隣村まで巻き込んだ気がするが、『トザメ』にとっちゃどうでも良かった。
『トザメ』は呪いを扱えたのさ。奇しくも、それは神を呪った裏切り者と同じ力だった。
両親が必死に己が反抗してはいけない理由を吹き込んでいたのがなぜか、今さら分かった。時折怯えた目でこちらを見ていたのは、なぜか。分かっても、もう遅いのに。もう、女はいないのに。村を焼いたって、幸せになれないのに。
こうして、『トザメ』は不幸なひとりぼっちになりましたとさ。めでたくないめでたくないっと。
…ニャハハ、面白かったろ?不愉快だったろ?
最近、世の中物騒らしいねぇ。怪談じみた事件があるんだと。『この名を知ってるか』って問われて、少しでも反応したら焼死体さ。怖いねぇ。
あら、あら。そういやその聞かれる名ってのは『トザメ』だったような?
おめさんも気を付けた方が良い。なぁ、さっきから一言も喋らないで筆談して、店ン中なのにマフラー着けてるおめさんもさぁ。
言ったろ、アタシは語るだけさね。なんにもしないさ。だからそうカッカなさんな。
さて、お代はきっちりいただきますよ。ぼったくり?はて、なんのことですかニャア?
良かったじゃないか、泣けて。まだ恨みが乾いてない証拠だよ。
「止めないのか」?なぜ?せっかく面白い話が増えそうなのに、何を止める必要があるんだ。
悪趣味で結構。おめさんの生き様がそうであるように、アタシの生き様もこうなんだ。口出ししないでもらおうか。
マァ、良いお代をもらったんだ。次来たときゃ茶くらい出してやるさ。
またのご来店を、お待ちしておりますよ。