七章 許されない罪
朝起きてリビングへ行くと
珍しくお鈴がいた
「お鈴おはよう」
「主人様おはようございます」
「珍しいね、ここに居るの」
そう聞くとお鈴は
新聞を手にして私へ向けた
「最近ここらで子供が拐われる事件が
多発していると耳にして
これを見に。この事件です」
「誘拐って事?」
私は新聞を受け取り
記事を見ると
四人の子供が連続して失踪しているらしい
そしてどの子も未就学児だという
犯人に繋がる証拠は何一つなく
神隠しと噂されていると言う記事だった
「小さな子供を好む妖は多いですからね」
夜はそう言いながら朝食を持って現れた
「妖の仕業だって言いたいの?」
「たまたま耳にした話ですが
神楽橋を超えた向こう山に
最近妖が住み着いているらしく
元いた妖達がみな山から追い出され
行く場を無くしていると。
追い出された妖は山を出る前
子供の叫び声を耳にしたと聞き
この事件と関係があるのではと思いまして」
「なるほど…」
神楽橋とは遥市の丁度真ん中に
通っている結川へ
架かる橋だ
「拐われた日から日にちが経っているので
生きている保証はありませんね」
夜は新聞を見てつぶやいた
私は「いただきます」と言い
ご飯を食べながらお鈴に聞いた
「お鈴が気になるなら
様子見に行ってみようか?」
「でも…」
「お鈴は子供が好きだからね
ほっとけないんでしょ?」
「ですが主人様を危険な場所へ
連れて行くのは…」
「お鈴と夜がいれば大丈夫でしょ!
なんなら盃達にも付き合って貰えばいいし」
お鈴は少し考えた後
「お願い致します」と
頭を下げた
昼間は人目がある為夕方に訪れる事になった
同行者は夜、お鈴、白だ
山の入り口に着くと
二人の妖が座っていた
「君たち山から追い出されたの?」
「人間だ!」
「俺たちが見えるのか!?」
二人は驚いたのか騒ぎ出した
「主人様の問いに答えよ」
白がそう言うと二人はビクッとしながら
落ち着き話を始めた
「最近妖がこの山に住み着いて
皆避難しているんだ」
「それはまた大きな妖で
俺たちの仲間が数体食われちまった…」
「追い出されたと言うよりは
怖いから逃げて来たってわけね」
私がそう聞くと二人は頷いた
「今ではこの山にいるのはあの妖のみだ
俺たちが最後まで残っていたから」
「あの妖は俺たちの平和な日常を奪った
腹が立つが俺たちでは手も足も出ない
人間に消されるならまだしも
同じ妖にここまでされるとは…不運な物だ」
「その妖、人の子を連れてなかったかい?」
お鈴の問いに二人は考えているようだ
「そういや3日ぐらい前に
人の子の泣く事を聞いたな」
「その妖、山のどこら辺にいるの?」
「この山の山頂手前に洞穴があるんだ
そこが棲家だよ。
その洞穴への道は妖の道だから
人間のお前には辿り着けないさ」
「空様なら大丈夫ですよ」
夜がそう言うと
夜達3人は妖の姿になった
「お前ら妖だったのか!
こんな妖を飼い慣らしているなら
余程の妖力持ちと見た」
「そなたなら辿り着けるかもしれんな
頼む。仲間の為にも
あの妖を退治してくれ」
二人は私に頭を下げた
「できる限りのことはしてみる
君らはここに居るのかい?」
「どこか次の棲家を探そうと思ったが
お前が無事に帰ってくるまで
ここに居るとするよ」
「頼んだ人の子よ」
「私、子って歳じゃないんだけどな…」
「なに、俺たちからすれば
まだまだ人の子だ」
妖は笑い声を上げた
「それでは空様、私にお乗りください」
夜の背に乗り
妖たちの見送りを背に
洞穴を目指した
すぐに山頂付近につき
一度地に降りた
「この道かな?」
山頂までの一歩道に曲がり道を見つけた
「間違いありませんね」
「それでは行きますか」
お鈴と白の言葉を聞き
曲がり道へと入った
少しして妖気を感じた
「ここら辺妖気が強いね」
「確かにそうですね」
「洞穴ってあれではないですか?」
白の指差す方向には確かに洞穴がある
私は洞穴の前に着き
夜の背から降りた
夜たちも一度人の姿に戻り
洞穴へと足を進めた
妖たちは小さな洞穴と言っていたが
私からすれば大きな洞穴だ…
中に入ってすぐ倒れた四人の子を見つけた
「君たち大丈夫!?」
私の声に反応はない
夜が子供達に近づき触れて入りのを見て
私は夜の側へ行こうとした
「空様、あまり見ない方がよろしいかと…」
私はその言葉で全てを察した
足を止めると
夜は子供達から離れ
私の横へ来た
子供達が見えないように
立ってくれている
その時奥の方から陽気が迫る感覚がした
夜は咄嗟に私の肩を抱き自分の胸に押し付けた
「私の住処で何をしている!!」
そう声を上げ
黒く大きな妖が目の前に現れた
私は空から離れ睨むように妖を見た
「あんた…子供たちに何をしたの…」
「人間の分際で私に話しかけるとは
怖い物知らずなものだ」
「もう一度聞く。
子供たちに何をした」
「ハハッただ腹が減っていたから
魂を食っただけだ
ガキの魂は美味いからな!」
私はその言葉を聞き手をギュッと握った
確かに今までも人間を嫌う妖は
山ほど見て来た
だがこの妖ほどの悪人は初めてだ
悪人…違う…悪霊か…
「ふざけるな!!
子供達が何をしたと言う!」
私が声を上げる前に
お鈴が声を荒げた
「どこがふざけてる。
妖とはそういうものだろう。
昔から人と共に仲良くやって来た
妖もそりゃ山ほどいるが
大抵は悪さをするものさ
お前はその人間に飼われ
心まで人間になったのか?」
「確かに昔はそうだったかもしれない
だが今の世は違う。
時代の流れと共に妖も人へ
寄り添うようになった
そうではない妖は
人目のつかぬ所で平和に暮らす
それが今の世の生き方だ!」
「時代についていけなかった
貴方にはわからないかもしれませんね。
人間は暖かい。
孤独な貴方には一生わからぬ事です」
お鈴に続き白がそう怒鳴った
「生ぬるい言葉を吐く為に来たなら帰れ…
帰らぬというなら私が始末しよう」
そう言うとその妖は
鋭い爪で私たちを襲って来た
夜たち三人は咄嗟に妖の姿になり
夜は私を咥え避けた
攻撃が当たらなかったことに
腹を立てたのか
妖は暴れ始めた
三人は隙を見て妖に攻撃を試みる
夜は私を乗せたまま
足で妖を蹴り飛ばした
妖が倒れ込むのを見て
私は地に降りた
「子供達の魂を戻す方法はないのか?」
「あるわけないだろ
私が喰ったのだから」
「人の命は短い。
それなのにあんな幼子の命を奪って…
あの子達はきっとこれから
沢山の事を学ぶはずだったのに
お前は何てことを…」
お鈴は涙を流している
「人の命は80年ほど…
私たちにとってはほんの数年ですが
人は違う。
そんなたった80年ほどしかない
人の、それも人の子の
命を奪って心が痛まないのか?」
夜がそう投げかけると
妖は「痛まないな」と答えた
「あんたの罪は深いぞ」
「人の子に言われたくはないな!
かつて人間だって
私達の居場所を奪ったではないか!
妖を退治したではないか!
それは罪にはならぬと言うのか!?」
「この世は人間によって回っているのだ!
いわばお尋ね者は私達、妖の方だ!
人の世では
人の子が1人消えれば大事になる!
でも妖の子が1人消えようが大事になるか?
ならないだろう!?」
私は荒れるお鈴の肩に手を置いた
そして妖へと近づいた
「私は物心ついた頃から
数え切れないほどの妖に出会って来た
確かに人を嫌う妖も山ほどいたし
人に悪戯をして面白がる奴も沢山いた
でもお前のやった事は悪戯のレベルを超してる
弁解の余地がない」
「人間のお前に私の何がわかるのだ…
妖の何がわかると言うのだ!!」
「そうだな、何もわからないかもしれないな
でも人が人を殺せば罰が与えられる
それなら妖が人を殺しても罰が必要だろう?」
「私を祓うというのか?
それもお前が言う殺す事と同じだろう!?」
「そうだな。
でも先にやったのはお前だ
だからこれは罰だ。
人だけに収まらず同じ妖まで食べた
お前は許されない
みんな、あいつを押さえて」
三人は返事をし
妖へ近づき
暴れる妖を押さえ込んだ
私は妖へ近づき
手のひらを妖へと向けた
「精々、楽に逝かせてやる」
私は妖気を手のひらに流し込んだ
辺りは光に包まれる
光がなくなった時には
私の目の前から妖は消えていた
「空様、この子達どうしましょうか」
「このまま置いていくしかないよ
警察に連れて行ったら
私達が怪しまれるし
人の道に四人もの遺体があれば
大事になる。」
「この子達一生人には
見つけてもらえないのですね…」
夜の問いに答えると
白は悲しそうにそう呟いた
この洞穴は妖の道を通らないと来れない
普通の人間では見つけられる確率が
殆ど無いに等しいのだ
「仕方ないよ。
私達が来なかったら
誰にも見つけられないままだったんだから」
お鈴は四人の側に跪き
一人一人の頭を撫でた
「可哀想に…
家族にも会えないのですね…
ごめんよ…私達妖のせいで…
寒かったでしょう?
お腹が減っていたでしょう?
怖かったでしょう?
家に帰りたかったよね…
もっと早く来ていれば…
ごめんなさい…」
お鈴はそう話しかけ泣き崩れた
私もそんな姿を見て涙が浮かんだが
お鈴に近づき抱きしめた
「お鈴は何も悪く無いよ…
帰ろう。お鈴…私達の家に」
お鈴は立ち上がり「はい」と答えた
最後に四人で手だけ合わせ
その場を後にした
山の入り口に着くと
行きに居た二人の妖怪が
駆け寄って来てくれた
「人の子は無事だったかい?」
私は首を横に振った
「なんて事だ…」
「あの妖は祓っておいたから
君たちはこの山にまた住めるよ
避難した仲間にも教えてあげて」
「本当か!?」
私は頷いた
「一つお願いしてもいいだろうか?」
お鈴が二人へ問いかけた
「何だ?」
「俺たちにできる事なら何でもやるぞ!
言ってみろ!」
「洞穴にいる四人の人の子を
妖の道の何処かに
埋めてやってくれないだろうか?」
「妖の道にって
それだと人間に
見つけて貰えないんじゃないか?」
「あの状態で見つかれば
人の世では大事になってしまう。
だから…」
お鈴は言葉を詰まらせた
それを見て二人は少し考えた後
こう言った
「あの妖の道を抜けた先に
川があってその川辺に花が沢山咲いていて
とても綺麗なんだ。
あそこに埋めてやろう」
「同じ妖として少しばかりの償いだ
人の子の事は俺たちに任せろ
人の子よ、俺たちの山を取り戻してくれて
ありがとう」
「そしてすまない。
人の子の命を奪ってしまって。
俺らからも謝らせてくれ」
そう言い二人は私に頭を下げた
「二人のせいじゃないから
頭あげてよ。
もっと早く私が来てたら
子供達は助かったかもしれないし
君たちの仲間も助けられたかもしれない
妖が悪いわけじゃないよ。
あの妖が悪かったんだ」
「優しい子だな
そう言えば名はなんて言うんだ?」
「空。二人は?」
「綺麗な名だな」
「俺はコモレビ
こっちがハモレビだ」
「コモレビ、ハモレビ
何か困ったことがあったら
向こうの遥山にある
神社を訪ねてきて」
「どおりで妖力が強いと思えば
空は巫女なのか」
「巫女なんてもんじゃないよ!
ただの神主!
それじゃああの子達のことお願いします」
私達は二人と別れ
家路へと急いだ
夜、寝ようと思い
部屋に向かおうとすると
縁側に座るお鈴が見えた
私はお鈴の隣に腰をかけた
隣に座った私を見て
お鈴は口を開いた
「私は元々子供は大の苦手でした」
「そうだったの?」
「えぇ、子供はすぐ物を傷つけたり
壊したりするでしょう?
私の事も雑に扱う子が多くて
ずっと苦手でした。
でも主人様に出会って
変わったのです。
私を大切にしてくれ
お優しい主人様を見ていると
子供が愛らしく見えてきてしまって…
最初は主人様の事だけが愛くるしかったのに
いつの間にか人の子という物全てが
好きになっていました」
「そんな愛くるしかった私は
もう大人になっちゃったけどね(笑)」
「私にとって主人様は
いつまでも愛くるしい子供ですよ。
私はこの神社の本坪鈴で心より良かったと
思っております。
そうでなければ主人様に
出会えていなかったのですから」
そう言ったお鈴に私は笑顔を向けた
「空様、もう寝る時間ですよ!
明日は朝早くから打ち合わせがあると
仰っておりましたよね?
起きれなくても私は知りませんよ!」
夜がリビングの方から何やら怒っている
「この人絶対に私の事
まだ6歳ぐらいだと本気で思ってるよ」
私はお鈴にそう耳打ちした
それを聞いたお鈴は私と顔を見合わし
二人で大笑いした