蒼司に寄り添う、夏になりましょう
俺は衝動のままに動く!
「走るぞ! ついて来てくれ姉ちゃん!!」
俺は海岸通りの方へと疾走する!
(ちょ! 海の方へ行くんですか? あ、もしかして向かうところは……!)
ハァ……! ハァ……!
ハァ……! ハァ……!
走って、辿り着いたのは、バス停。
――俺の夏は、ここで止まっている。
「姉ちゃん、ついて来て、居るか?」
(はい、ここですよ)
バス停のベンチの方から声がした。
「はは、さすがは霊だ。移動速度が速い」
(ええとですねえ。家では私は、霊だのなんだの勢いで言ってた気がしますが、霊というには少し語弊がある気がします)
姉ちゃんはよくわからない事を言う。
まあいいや、それより喉が渇いた。
ここのバス停には、飲料の自動販売機が備え付けられている。
叔母さん曰く、昔懐かしの銘柄が揃っているらしい。
その叔母さんから貰った一万円で飲み物を買おうと思う、だが。
「あ、一万円使えないじゃん」
飲料の自販機が受け付けるのは、千円が上限だった。
(! ふっふっふ。それが、使えるんですよ。私が使えるようにしてみせます)
(むんっ! さあ一万円札を入れてみてください)
――ぽいんっ!
はぁ? よくわからない事を言う姉ちゃんだ。
それに、よくわからない効果音が聞こえたぞ。
――都市伝説にあると言われる、大人の自動販売機なら一万円を入れる事が出来ると聞く。
だが飲料を売る自販機に、一万円を入れられる機能が付いていたら業者が大変である。
試しに一万円を入れてみる。
入らんだろ普通。
入った。
えぇ……。
自動販売機に一万円が入る。おかしくね?
俺は疑問を浮かべるも、自動販売機は購入可能状態となり光り輝く。
まあ、いいか。
「姉ちゃんにもおごるよ。今の気分はラムネだ」
ガコンガコン!
ラムネが2瓶出る。
(あ、蒼司ぃ。私が炭酸敬遠してるの知ってますよね? 舌がしゅわしゅわして辛いといった先入観があるんですよぉ)
「それって飲まず嫌いじゃないか? 俺に茄子などを食べろと言う前に、姉ちゃんが炭酸を飲んでみるべきでは?」
(う、確かに。の、飲んでみせますとも!)
ふふふ、声が震えているぞ。
(そもそもラムネって開けにくくないですか? まあ、今の私にはチートがあるんですけどね)
チート?
ラムネ瓶はビー玉で封がされており、その玉を押す栓が備え付けられている。
押すと泡が溢れるので、タオルかハンカチで上から押さえつつ開ける仕組みだ。
ハンカチ、今そんなものはないけれど。
――ぽいんっ!
ん?
またこの音?
(はい、ハンカチです。使いますよね?)
俺の疑問をよそにハンカチをくれる姉ちゃん。
「お、ありがとう姉ちゃん」
懐かしい。この以心伝心。
姉ちゃんがいる。存在するんだ。
(ん? なににやけているんですか)
ふと、声のする方を見れば。
姉ちゃんが座っているであろうベンチに、ビー玉が置かれていた。
!? 瓶を割らずに、どうやってビー玉を取ったのだろうか。
(ふふ、不思議そうな顔をしていますね。チートでラムネ瓶からビー玉を取り出したんですよ。私の固有スキルの一つに数えてもいいかもしれません)
ラムネ瓶からビー玉を取り出すスキル?
あの世で手品でも身につけたのだろうか。
(さてちょっと怖いですけど、ラムネをひと口飲んでみますね)
宙に浮いたラムネの瓶が傾く。
(あ……。ちょっとしゅわっとしますけど、優しい味なんです。時間をかければ飲めますねコレ)
「甘いぜ姉ちゃん。ラムネはこう飲むんだ」
俺は腰に手を当て一気飲みを敢行する!!
ゴキュ……! ゴキュ……!
(ちょ! 蒼司、小指が立ってますよ! まるでお風呂上がりにビールを飲む叔母さんみたいですね!!)
ラムネの炭酸は、俺たち姉弟を少し落ち着かせる効果を発揮したのであった。
リー。
リーリー。
(あ、スズムシが鳴いていますよ? 可愛いですね)
虫の声と、少し生温い晩夏の夜風に、秋の気配が感じられる。
夏の、終わり。
(夏が終わりますねぇ)
――そうだ、今日は8月31日。
夏休み最終日だ。
【夏】の内に思った事を、姉ちゃんに伝える事にした。
「あのさ、姉ちゃん。俺さ」
(ん、なんですか?)
「姉ちゃんが死んでから、この夏休みの間。いい事一つもなかった。でも最終日に――」
(はい。最終日に?)
「いい事あった。姉ちゃんが、帰ってきてくれた。たとえ、霊だとしても」
今は、姉ちゃんは存在するけれど。
そう遠くない未来に成仏してしまうのだろうか。
(むー。なんだか寂しい顔をしていますね。もっと嬉しい顔してください。お姉ちゃんが帰ってきた――いえ、還ってきたのですから)
「でも、姉ちゃんは、霊……なんだろ? いつかは成仏……したりするのかな」
(バカですね)
ふと、手を握られる感触。
それは優しく、柔らかで、温かかった。
(お姉ちゃんはここに居ます。もうどこにもいきません。それより、私の体温を感じてください。温かいですか?)
「……うん、あったかい」
(ふふ、もっと感じるんです!!)
俺の手は、少し上方へ導かれる。
(ここが、私の胸の辺りです)
え、胸!? ふにふにするんだけど?
おかしい。
姉ちゃんの胸は無きに等しい筈――と思った矢先、鼓動が伝わってきた。
トクン……トクン……!
(私の心音を感じますか? 幽霊なんかじゃありませんよ、私は生きています。温かいですか?)
「うん! あたたかあああああああい!!!」
(ふふ、元気になりましたね。少しアッパーなテンションの方が蒼司らしいです……ってなに胸触っちゃてんですかぁあ!? まったくもうです、もうもうー!!!)
牛のようにうなる姉。
触れさせたのは姉ちゃん自身なんだが?
俺たち姉弟はギャンギャン言い合った。
……しばらくお待ちください。
(ふう、少し落ち着いて話します。……実は私は、異世界帰りなんです)
「! マジでか」
(実体自体はありますけど、どういうわけか不可視、そして浮遊しています。あとは、そうですね……基本的に蒼司以外には認識されてないみたいです)
それは、ほぼほぼ幽霊ではなかろうか。
「それって、やっぱり寂しくないか? せっかく生き返ったのに……」
(そうかもしれません、でもですね。弟と、蒼司と話せるだけでも万々歳です。それにチートもありますから、生活するぶんには問題ないと思います)
先ほどから姉ちゃんの言葉の節々に、チートという言葉が織り交ぜられているのが気になった。
「そういえばさ。その、チートってなにが出来るんだ?」
(ふっふっふ。よくぞ答えてくれました。何かお姉ちゃんに願ってみてください。なんでも叶えてみせますよ)
姉ちゃんが駄女神的な事を言い出した。
急に言われても――。
だがふと思う、明日から新学期だ。
けれども姉ちゃんが亡くなって、今年の夏は、俺の中では始まってすらいなかった。
「……夏、かな。ほら終業式の日に、美味しいもの食べに行こうとか、花火大会にキャンプや海水浴にも行きたいとか――あと姉ちゃんと、新作ゲームもしたいとか言ったじゃん?」
俺は、そんな夏休みを過ごしたかった。
(そうですね、覚えていますよ。ならまずは、花火でも顕現させてみるとしましょうか?)
姉ちゃんがそう言い放つと――。
――ぽいんっ!
またもや謎の効果音、その直後!!
ドン!! ドン!! ドーーーーン!!!
パララッ!
宙には花火が打ち上がっていた。
パン!! パン!! バーーーーン!!!
キラキラキラキラ……!
(綺麗ですね)
「はは……」
俺は息を飲む。
どうやら姉ちゃんの所持する、チートとやらは本物のようだ。
大輪が上がる中、俺の手をギュッと握る姉ちゃん。
何か言いたげな雰囲気が伝わってきた。
(ねぇ蒼司、夏は好きですか? 私は――)
(――貴方に寄り添う、夏になってみせますよ)
どういう意味だろうか。
ポエムじみた、儚げな事を言う姉ちゃん。
その声と同時に、俺は。願っていた。
幽霊だろうが、異世界帰りだろうが。
どんな存在であっても、俺の姉ちゃんに変わりはない。
桜日いづるは、俺の姉だ。
その姉ちゃんに、そばにいてほしい!!!
実体化しろ、姉ちゃんん!!!
そう。
俺は願う『姉ちゃんと過ごす夏休み』を。
!! その時だった。
姉ちゃんがいるベンチに、光の粒子が漂う!
(はわわ……私、光に包まれていきます!?)
「ワオ、アメイジング!!」
「なんと、不思議な事が起こっているのさ」
いつのまにか、俺の背後にはアズ姉とツキ姉がいた。
え、なんで?
「ふえぇ? なんで二人がいるんですか!?」
「我らの事は置いといて、それよりも」
「づっち、そこにいるんだよね??」
え、二人にも姉ちゃんが認識できている?
すると、漂う光がより収束する!
バス停全体が光り輝やいていく――!
まぶしい……!
思わず目を閉じるが、やがて光は収まっていった。
俺は眼を開いてみる、そこには。
姉ちゃんがいた。
前髪がクロスする癖があって。
二つ結びのおさげが似合う。
しかしその服装は、なぜか黒セーラーにストッキングという格好。
まず、目があった。
姉ちゃんだ。
実体化して、浮遊している。
だが強烈な違和感。
ボリューミーな胸があるのだ。
そう、胸――おっぱいがあった!!
もう一度顔を見る。姉ちゃんだ。
もう一度胸を見る。おっぱいだ。
「胸が、ある!? 嘘だろぉ!??」
「あ、あのですねぇ!? 開口一番なんなんですかぁ!? そこは顕現出来たお姉ちゃんに、感極まって抱きつくとかあるべきだとは思いませんか??」
抱きつくったって、浮いてんじゃん?
――いや待て、姉ちゃんが抱いていいなどと言っているのだ。
役得すべきではなかろうか?
よし、抱く。俺は姉ちゃんを抱くぞ!
しかし、俺の目論見は頓挫する。
「づっちぃ! おかえりなんだよぉ!!」
「いづるくん! おかえり、なのさ!!」
アズ姉とツキ姉が、先に姉ちゃんに抱きついていたのだ。
アズ姉は感情のままにワンワン泣いて。
普段理知的なツキ姉は涙を浮かべていた。
そうだ、二人とも姉ちゃんがいなくて意気消沈してたんだ。
寂しかったのは俺だけじゃない。
「だ、ただいまでずよぉぉ。みんなぁぁぁ!」
なぜか姉ちゃんまで泣いている。
8月31日の夜。
姉ちゃんが帰ってきた。
いや――還ってきたんだ。
俺は言葉を探すが、適当な言葉が見つからない。
言えるのは、この一言だけだった。
「おかえり。姉ちゃん」
読んでくれて感謝です
この話で第1章はおしまい
よかったら評価などお願いします
引き続きグダグダスローライフな2章が始まります
またみてね