お姉ちゃんが霊ならば
「はー? 仏像が空中で大回転しただと?」
俺の正面には巫女服の女性。
その人は眉をひそめて脚を組みなおした。
「あのなーそんなバラエティ番組みたいな事が実際に起きる訳無いだろ。蒼司……お前大丈夫か?」
「ダ、大丈夫デス。僕ノ名前ハ、桜日蒼司。僕ハ今、オ腹ヲスカセテ、カレー屋ニ来テイマス」
「はー? 僕とかいう柄じゃないだろ。そのカタコトも変だし、そもそもウチはカレー屋じゃない。神社で喫茶店だー」
仏像が宙に浮かび。
さらには回転するという謎の怪奇現象――!
そのような事象に遭遇すれば、誰だってカタコトにもなろうというもの。
だがそれは方便で、俺は。
はっきりと聞こえはじめた姉ちゃんの声と、触れる事ができた。
その事実に動揺していた。
なので俺は腹を満たすためと、気持ちを落ち着かせるために神社に来ていた。
その境内に併設されている、社務所を兼ねた施設。
【小久保咖喱厨房】
カレーと、巫女服ウエイトレスが名物の喫茶店で。
……姉ちゃんが働いていたバイト先の一つでもあった。
「はー。ちょっとおかしな蒼司に、カレーでも出すとしようか。CLOSED間際なのに招き入れて、話も聞いて、オレ様は優しいぜー」
独特な『オレ様』という一人称。
網目のブーツに巫女服、頭に大きなリボンをした女性。
この人は、姉ちゃんと同級生。
――その大きなおっぱいの辺りには『小久保英子』と書かれた名札カード。
小久保先輩は女性らしい格好ながらも、その性格はイケメン女子だった。
生徒からは姉御や姐さんなどと呼ばれ、一部ではある理由からか【新撃の巫女】などと称され恐れられている。
「ルーがもう少ないから賄いみたいなものしか出せないけどなー。ちょっと待ってな」
小久保先輩はそう言って一旦厨房へと引っ込んだ。
『ここのカレーは絶品なんですよ。欧風系海軍カレーと言いましょうか? そんな感じです。さりとて! この巫女服可愛いですよね!?』
いつだったか。
バイト衣装の巫女服と、出されるという賄いを自慢しながら姉ちゃんがくるくる回っていたのを思い出す。
少し待っていると、気持ちが落ち着いてくる。
たまには喫茶店の雰囲気も良いな。
なんとはなしにメニュー表でも眺めようと考えていた、その時。
入り口のドアが開いた。
CLOSEDなのに。いやまあ人の事は言えないけど――。
だが、入ってきたのは人ではなく。
あの弥勒なんとか菩薩だった。
フヨフヨと仏像が飛んで、入店してきたのだ。
「ア」
開いた口が、塞がらない。
コトッ。
仏像はあろうことか、俺の座るテーブルに軟着陸した。
(どこに行くのかと思ったら、小久保咖喱厨房にいたんですね!? ここのカレーは絶品なんですよぉ!)
そしてその辺りから姉ちゃんの声がしはじめる。
「んー? いまドアが開いた気がしたけど、気のせいだったか? はい。当店自慢のカレーだよー」
小久保先輩がカレーを手に戻ってくる。
「いづるのやつが言ってたからな、ウチの弟は野菜を食わず嫌いで困ってますって。だから特別サービスで茄子付けておいたぞ」
出てきたのは焼き野菜カレー。
茄子やおくら、ベビーコーンなどが色とりどりではある。
(そう! そうなんです。野菜カレーとはさっすが! ふーちゃんですねぇ!! 蒼司、野菜を食べるんですよ!)
うーんお節介なボイスだ。
まるで生前の時そのもの。
(ふおおおぉ〜〜。それにしても光り輝く焼き茄子が食欲をそそります! 美味しそうですね!? あ、あ、あうぅ、お腹すきましたぁ〜〜)
この姉ちゃんボイスは食欲もあるのだろうか?
だとしたら――。
「焼き茄子食っていいぞ、姉ちゃん」
ふと、俺は、会話をするように口に出していた。
姉ちゃんが生きていた時のように。
(ほ、本当ですか!? えぅ……野菜は蒼司に食べてもらいたいのが山々なのですが、ここは仕方ありません。持つべきものは弟ですねぇ! いっただっきまぁす!)
「ん? 誰と喋ってるんだ、蒼司」
訝しげに小久保先輩が覗き込んできた。
近い。
そのデカパイに気を取られ、皿に目を戻すと違和感があった。
何かが無い。
(あむ、あむ。あつっ! はふ。はふはふっ)
誰かが咀嚼をするような気配。
それは、それとして。
カレーの上に我が物顔で鎮座していた焼き茄子が、消えていた。
(焼き茄子美味しいですね。ゴチです蒼司!)
お礼を言う姉ちゃんの声が物語る。
……今日あった一連の事を思い返すと、姉ちゃんが〝居る〟そう確信した。
薄々はそう思っていたけれど、もう向き合わないと。
――たとえ、霊だとしても。
俺はカレーの箸を進める事にした。
◇◆◇
食べ終わると早速、小久保先輩に尋ねてみた。
「先輩。ちょっと聞いてみたいことがあるんですけど……霊感ってありますか? 例えばですけど、もしあったら俺の背後とかに、誰か見えたりします?」
「はー? 霊感? 藪から棒だなー。んまあオレ様は巫女だが、霊感なんて感じた事はない」
「そう、すか」
「だがそうだなー。あえて言うなら……いづるという実姉を失って以来、無理矢理強がってる中坊が目の前に見えるぜー」
強がってる中坊。
グサリと図星を突かれた。
なおも小久保先輩は続ける。
「今の蒼司の状態を、お前の幼馴染みである藤堂と至理はどう思ってるか知らんが、オレ様は遠慮しないでガンガン言うぞー」
先輩の言うように、ツキ姉とアズ姉は俺と、距離が近すぎるのかもしれない。
小久保先輩の言葉は、俺に新鮮だった。
「まぁ、あのバカ二人はいづるの死でダメージ受けてるだろうから、それどころではないかもなー」
(え、えぅ。もしかして私が死んじゃった事で、色々影響与えちゃってます? あうぅ……死んじゃってすみませんゴメンなさい。でも、こうして帰ってきましたよ? 蒼司、ふーちゃん! 後でいつきとあずさにも謝らないとです!)
姉ちゃんの言動は少しズレ気味である。
それはともかく、ふーちゃんってなんだ?
俺は口に出していた。
「ふーちゃんってなんすか?」
「はー? お前なんで、オレ様の秘密のあだ名を知ってるんだ?」
巫女服の胸元には『小久保英子』という名札が付いている。
(あ、言ってませんでしたね。ふーちゃんは英子って書いてふさこって呼ぶんですよ。この事は秘密ですが)
「……もしかして先輩、英子じゃなくて英子って読むんですか?」
「ん。ああ、そうだが……教えたのはいづるか? いつ教えたんだあいつめ、生きてたらとっちめてやるとこだがなー」
(ふえぇ。今教えましたぁ、ゴメンなさいぃ)
とっちめてやる。
そのような事を言う小久保先輩も、心なしか声のトーンが低い。
「ほら、食ったんなら今日は店じまいだぜー。元々閉めるとこだったのに、蒼司のせいで無駄話もしちまったじゃねーか」
(あ。お勘定ですよ蒼司。さっき叔母さんに貰った一万円札を出しましょう! 確か、焼き野菜カレーは880円だったと思います)
俺は財布を取り出す、が。
「お代はいいぜー、余り物で作ったしな。まあでも、オレ様はテーブルに置いてあったコレに興味がある」
小久保先輩の手には、仏像があった。
「木彫りの弥勒菩薩半跏思惟像。コレがさっき言っていた、空中で回転する仏像かー?」
「あ、そうです。先輩にあげます」
「そっか、インテリアとしてありがたく貰っておくぜー? 怪奇現象が起きたら返品するけどな。さぁて、なんにせよ明日から二学期だ……蒼司、あんま無理はすんなよー」
「はい。ちょっと覚悟を決めます。おやすみなさい」
小久保先輩の助言で少し気持ちが軽くなった。
店を出る。
覚悟。
そうだ、姉ちゃんと向き合う覚悟。
(えへへ。ぶっきらぼうなとこはありますけど、ふーちゃんは優しいですねぇ。女子なのに、女子に人気があるというのも頷けます……って蒼司聞いてます?)
まるで生きているかのように騒がしい姉ちゃん。
俺は覚悟を決めたとはいえ、どう切り出していいかわからなかった。
(むぅ。さっき焼き茄子くれたじゃあないですか。意思疎通できてますよね? ねぇねぇ蒼司ぃ、お姉ちゃんが側にいますよ、聞いてます? 聞こえてますかぁー?)
結果的に無言になってしまい、境内を歩く。
(うぅ、近くにいるのに寂しいですよぉ……)
! その声に背中を押される。
なにやってるんだ俺。
死んでも、霊になっても、俺の行動原理となる――やっぱり姉ちゃんは姉ちゃんだ。
俺はようやく意を決する事ができた。
「姉ちゃん……居る、んだろ? ごめんな」
(!)
少し驚いた気配――。
(うぇ! あの、えと……はい! いますぉ!)
姉ちゃんは、普段はしっかりを装ってはいるが。
驚いたりすると、しどろもどろ気味になったり語尾がおかしくなる。
そういうところも生前と変わっていない。
姿は見えないが、姉ちゃんの気配や息づかいを感じる事ができて。
なにより、会話ができる。
その事が嬉しかった。
俺は【シスコンパス】として起動できる!
「やっぱり姉ちゃんは羅針だ」
(うぇ? 何か言いました?)
「いや、なんでもない。それより、行きたい所――そこで話したい事があるんだ」
まだ考え自体はまとまらない。
言いたい事、伝えたい事はいっぱいあるはずなのに。
だったら、衝動のままに動くしかない。
「走るぞ! ついて来てくれ姉ちゃん!!」
俺は、とある所まで走ってみる事にした。
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次回はヒロインが蘇ります
創作ぐらい死者が生き返ってもいいはず
またみてね