ケツのライン:ジェネシス
(ゔぇえええええっ!?!? なっ、なんですかコレ!? 触ったら? 私の存在ががが――――うすく、きえ……ちょ……! そんなっ……!!!)
えぇ……姉ちゃんの声は霧散していった。
騒がしかったが、なんだか聞こえなくなると寂しさが押し寄せてくる。
「……美少女、僧侶さん? もし俺に霊が憑いているとしたら成仏、しちゃったんすか?」
「ん? そんな顔をせずともいい。守護霊ならば、そのうち復活する――確証がもてなかったんだ」
「確証、って?」
「ああ、少年に憑いていた霊だが。守護霊にしては強大な力を感じたので、悪意がないかどうか保険のための結界を張らせてもらった」
「はぁ……」
結界て、何を言ってるのか? この美少女僧侶さんは。
「しかし安心してくれ、少年に触れてみてわかった。善なる守護霊で間違い無い。おそらく、たぶん、きっと」
なんだか不確定な事を言い、姿勢を正して俺を見る美少女僧侶さん。
「少年、君は愛されているぞ。温かい霊だった」
そう言われると悪い気はしない。
幽霊。
姉ちゃん、だとしても母さんだとしても。
「それよりも少年、そのような『美少女』という呼び方はしっくりとこない。いや悪い気分ではないが」
そう言うと、袖からおもむろに紙のようなものを取り出し、俺に差し出した。
「私の名刺だ。少年」
逢然寺と書かれた名刺には、名前と連絡先が記載されていた。
『逢然天南』
この人の名前かな。なんて読むのだろうか。
つうか俺も『少年』と呼ばれるのもしっくりとこないぞ。
なので意見する事にしよう。
「俺は、『少年』じゃありません。桜日蒼司といいます!」
「! なるほど。桜日蒼司というのか、いい名前だ。――少年!! はっはっは!!」
高らかに笑う美少女僧侶――逢然天南さん?
この人、俺の話聞いてないな!??
「それから、これは私の掘った仏像だ」
天南さんは、さらに袖から仏像を取り出した。
「え。なにこれ」
「知らんのか、弥勒菩薩半跏思惟像だ」
いや名称とかでなく、なぜ仏像を!?
「会心の出来なので、床の間や玄関に飾ると良い。さて、私はお暇するとしよう。なにかあればいつでも連絡をくれても構わないぞ? 特に、霊的な事とあらば。はっはっは!!」
うん、多分呼ぶ事はないだろう。
「おっと、言い忘れていた! お茶請けに出された、しょうが砂糖が散りばめられたせんべいは美味しかったぞ!!」
天南さんはそう言うと、ちゃぶ台の上に仏像を置いて機嫌良く帰っていった。
少し変だったが女騎士――いや。和風だから、女武士みたいな人だったな……。
「うーん、うんうん。なんだよー」
先程からアズ姉はうんうんうなっている。
「あー。ああっ! 思い出した! あの人わ、確か南棟の【三大天】の人だぞ!?」
「ふむ。我は気づいていたけれども、あえて言わなかったのさ。我がデータによると、彼女の名は逢然天南。文武両道の猛者と知られているのさ」
ツキ姉の情報で補足される。天南と書いて『モナ』そう読むのか。
だが文武両道? 武寄りだとも思うけれど。
ウチのマンモスのような学園は、初等部。中等部。高等部のエスカレーター式。
生徒数が多いため、校舎は西棟と南棟が存在していた。
南棟に座すると言われる【三大天】と称された、顔がいい人たち――その存在は聞いたことはある。
そうか、あの人がそのうちの一人だったのか。
とりあえず受け取った名刺も、ちゃぶ台の上に並べてみる。
しかしクオリティ高い仏像だ。
仏師にでもなったらいいんじゃないか? あの人。
ボーン…! ボーン…!
ボーン…! ボーン…!
ふと、居間の振り子時計が鳴る。
もう時刻は午後四時だった。
「……さて、明日に備えるか。ちょっと頼みがあるんだけど、二人とも今夜は――桜日家出禁な」
俺がそう言うと。
えー! ぶーぶー! と言わんばかりのツキ姉とアズ姉。
「……頼む。今夜くらいは、俺は一人で寝たいんだよ」
「ふむ。ゆうちゃん先生に、そーくんの事を頼まれてはいるが……そーくん自身がそう言うなら尊重するのさ。だけれども――」
「本当に大丈夫? 心配なんだぞ?」
「うるさいなあ。明日から新学期だぞ、それに……」
この夏の間。
姉ちゃんが亡くなって以来、一人で寝れていない。
ツキ姉とアズ姉。または、ゆうひ叔母さんに添い寝してもらっている。
俺はそれが、まともではない事を理解している。
夜を越えて、朝を迎えるのが怖い。
朝起きたら、姉ちゃんが存在しない現実。
それが、この先ずっと続いていく。
でも、今日は。
夏休み最終日くらいはそれに向き合おうと思う。
これは俺の決意表明だ。
「それに……姉ちゃんがいない事に、少しづつ慣れていかないとな」
少しずつまともにしていかなければならない。
姉ちゃんのいない日常を、日常としなければならない。
「ならば我らは今日は野宿をしよう。テントを持ち歩いているからな」
「海岸でキャンプするんだよにぇ。そーちゃん……辛かったらアズたちに連絡くれていいんだぞ!?」
「ああ、わかった」
やがて二人が家を出るのを見届け、玄関を閉める。
俺は廊下の柱に寄り掛かり、足を伸ばした。
――静かだ。
そう思うと、疲れが押し寄せてくる。
四十九日というイベントが終わって、姉ちゃんの死に一区切りついたのだろうか?
疲れと入れ替わりに睡魔が襲ってくる。
眠い、だんだんと意識が遠のいていく――。
◇◆◇◆
――――チリン。
風鈴の音だ。
俺は、そうか。廊下で眠っちゃてたのか。
――?
おかしい、ここは居間だ。
俺はいつのまにか居間で横になっていた。
(ふふっ。蒼司、廊下はつめたいので寝るのならば居間ですよ?)
姉ちゃんの、優しい幻聴がする。
それに。
俺の頭に、暖かく柔らかい感触を感じる。
その頭の収まり心地も、なにか懐かしい。
まるで姉ちゃんに、ひざ枕されている感覚。
なん、だ??
ふと虚空に手を伸ばしてみた。
……? 少しぷにっとしている。
(ちょ、どこ触ってんですか。そこはおなかです)
……? 姉ちゃんの声だ。
今度は頭の近くをまさぐってみる。
(ちょ、そこはふ、ふとももですぉ)
ふと、もも?
なでなで。
なでなで。
確かにコレは姉ちゃんがストッキングを履いた。
――太ももの感触。
(ひゃあん! くすぐったいですよぉ)
……!?
俺は飛び起きる。
(あ、蒼司。目が覚めたんですか? お姉ちゃんだから良いんですけれども、ねぼけまなこでも女の子に触りまくるのはだめですよ? め、です)
昼間よりはっきりと姉ちゃんの声が聞こえる。
(そういえばアレです。まったく! なんなんですかね。あの黒髪美少女僧侶さんは! ちょっっっと驚いて昇天しかけましたが、私は並の霊? ではありませんからね!? こうして復活しましたよ!!)
姉ちゃんの声が復活してきた。
「ステイ。落ち着こうこれ俺。水でも飲もう」
俺は、自分自身を落ち着かせることにした。
(! 喉が渇いたんですか? 蒼司。ここは姉の力を魅せる時ですね!?)
冷蔵庫に向かおうとしたその時だった。
ぽ……んっ。
カラン……!
!? なんの音だろうか。
振り返ると居間のちゃぶ台にはコップが置かれている。
よくよく見ると氷の入った水? だった。
……!?
(さぁ、お姉ちゃんが用意した液体で喉を潤してください! うん? そういえばちゃぶ台の上に何かありますね……あ。弥勒菩薩半跏思惟像じゃないですか!!)
姉ちゃんの声は、天南さんの作った仏像に興味を示した。
俺はその声のする方、ちゃぶ台に目を向ける。
!!
うっすらと、見える。
少し前屈みになっているのだろうか。
スカートと、ストッキングに包まれた、下半身が見えるのだ。
大いに見覚えのある、スカートに包まれたケツのライン。
(なんと凄まじい光沢ですね、漆でしょうか)
「あ、ああ凄まじい光沢だ」
ストッキングに包まれた太ももが――!
(そうです! 素晴らしい仏像といえましょう!)
その声に、心が引っ張られる。
俺は目をこする。
次にちゃぶ台を見た時には、その前屈みになる、ケツのラインは見えなかった。
そうだ、そうだよな。
目の錯覚、錯覚だ。
姉ちゃんのケツのラインが見えるはずはないのだ。
落ち着け俺。
姉ちゃんがいない日常を、日常にしなければいけないんだぞ?
そう決意した矢先なのに、こんな。
「俺はまとも」
俺はまとも俺はまとも俺はまとも……!
そう心の中で繰り返す。
繰り返していると。
――スウッ!
仏像が浮き上がった。
!?
(この弥勒菩薩像――持ってみると、なおわかります。前後左右精巧な造りですね。……回転させてみましょう。まずは縦回転! そして横回転!!)
!?!?!?!??!!!?
仏像が浮き上がり、くるくると回転する――!
そのような事態に、俺の脳みそが仰天すると同時に閃く――!!
ちゃぶ台の上にある名刺を目にすると、俺はスマホを手にその番号へ発信していた。
まだ仏像は回転している。
やべえ。早く出て……!
『はい。逢然ですが、どなただろうか?』
天南さんの声。
俺はすかさず次の言葉を繰り出していた。
「ドローンか!」
『……は?』
「ドローンだな!? 仏像が浮かび上がり、縦回転そして横回転をキメるなんてドローンを搭載しているとしか考えられない!! ワンエイティ!? トリプルアクセルゥゥゥ!!?」
『ちょっと待って、落ち着いて。その声は、少年か? かいつまんで聞くところによれば――ポルターガイスト的な心霊現象が起きているみたいだな!? 私の出番か!? ならば、暫く待たれよ! はっはっは!!』
天南さんは高らかに笑うと通話は途切れた。
なんなんだあの人。
無駄に体力を使ってしまって喉が乾く!
俺はちゃぶ台の上にある、コップに入った液体を一気飲みして自宅を脱出する事にした。
(ちょ!? 蒼司ぃ! どこ行くんですか!?)
背後からはそのような声。あいかわらず仏像も浮いている。
俺は、咄嗟に応える。
「ちょっと外で頭冷やしてくる!」
玄関を出ると、はたと気づく。
そういえば、さっき飲んだあの水――その味。
それは。
姉ちゃん謹製の、経口補水液の風味がした。
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