カタカタと動くリモコンと、姉の風鈴
――――チリン。
窓際の風鈴が揺れている。
今日は、8月31日。
大みそかに次ぐくらいに、終わり感の漂う日。
俺の家。
桜日家の玄関には、この夏の間ずっと忌中紙が貼られている。
その二階にある姉弟部屋で、俺は頭を悩ませていた。
なぜなら――。
胸の辺り、おっぱいをながめていたからだ。
◇◆◇◆
『おめでとうございます。貴方は当選しました』
それというのも今朝、そのようなダイレクトメールがS・Oから来たのである。
この夏、S・O内で【魔王】となる方法がいくつか開拓された。
重課金。ランキング上位。高難度レアクエスト。なんらかのフェスの勝利者。超重課金。
そういったガチ勢でしか、なし得ない方法ばかり。
――だが、弱者やライト層への救済ともいえるだろうか。
登録者ランダム抽選という道が存在した。
俺に届いたダイレクトメールには、特典となる魔王像幻影作成。
その為の無料DLCコードが添付されていた。
『さあ、思い描く【魔王像幻影】を作成してください』
早速DL。ゲーム機を据え置きモードにして、大きな画面でアバターを作り始める。
まずは黒髪、前髪クロス、ふたつ結びのおさげ。
黒セーラーとストッキング、指ぬきグローブと漆黒のカーディガンを羽織った姿。
そのアバターは、とある女性を形成していく。
その女性とは――桜日いづる。
俺はいつのまにか、姉ちゃんを模したアバターを作成していた。
それを作る事により、ギリギリ精神の安定を保とうとしているのだろうか?
違う、再認識しているだけだ。
姉ちゃんが、もういないという現実を。
このアバター作成にしても、姉ちゃんがいなければ意味がない。
楽しい夏休みなど送れない。
もう8月31日、最終日だけれども。
そんな自問自答をしつつも、指先は惰性で動いていく。
だが、作成中に詰まった項目がある。
『胸の大きさを設定してください』
そう、ここで話は冒頭に戻る。
この胸なる項目。
メモリを横移動させると、アバターの胸――その大きさがスライダー式に可変するという代物。
「ううむ……どうすべきか……」
姉ちゃんを模したアバター。
俺はその、胸の辺りの増減をどうすべきか眺め、悩んでいた。
そのついでに頭痛がしてきたのである。
生前の姉ちゃんは、お世辞にも弟びいきでも胸の大きさはある方ではなかった。
ケツとふとともは大きかったが。
せめてゲーム内では胸を大きくしてあげるべきだろうか? ウッ……頭が。
「あー。づっちに近づいてきたぬぇー」
そう言ってアズ姉はそばに来る。
ブラウスにショートパンツで、腰には青いジャージを巻いている。
距離感が近い、いい匂いがする。
おそらくブラをしていないのではないだろうか? 胸元が、たゆんっ! としている。
「懐かしいな。いづるくんの中等部時の姿に、酷似しているのさ」
前髪をかきあげながら、ツキ姉も寄って来た。
普段片目隠れなので、ふとした仕草で顔の良さが強調される。
この人は競泳水着に白衣という格好をしていた。
本人は部屋着と主張するのだが、パツパツでボディラインが艶やかなので、アズ姉とは別な意味で目のやり場に困る。
俺たちはこの夏、だらけていた。
多くの時間を我が家、桜日家の姉弟部屋で過ごしている。
二段ベッドの下段にクッションを固め、エアコンを設定16℃に効かせて寄りそっていた。
姉ちゃんがいない、ダウナーな夏休み。
ただでさえ夏休み最終日というのは憂鬱だ。
なのに、さらにローテンションになるような催しが、正午すぎに行われる。
――姉ちゃんの四十九日法要。
それまでには姉ちゃんのアバターを作り終えようと思っていたが、時計の針はもう十二時に近い。
少し、目を休ませるとしよう。
俺はアバター作成を中断する。
ゲーム機の電源はそのままに、テレビのリモコンを押す。
――やがて、静寂が訪れた。
「あ。あのさ……もし、もしだよ? 異世界転生、とかあったらさ? 今頃、づっち何してるかなぁ……?」
静寂に耐えられなくなったのだろうか、アズ姉がそのような事を口にする。
「……さてな。姉ちゃんは普通な人だから【村娘B】とかそんな感じで余生を過ごしているのだろう」
そうは言ってみたものの――。
異世界転生なんて概念は生者の作り出した気休めで、現実逃避で、そんな事は実際にはあり得ない。
でも仮に、仮にだが。
俺――いや、俺たちが姉ちゃんと異世界転生してパーティーを組んだら?
そんな現実逃避を、ふと夢想する。
俺は、姉ちゃんとならば。
なんだって目指せる気がする。
魔王討伐にスローライフ、未知の世界を旅する事だって。
例えどんな事でも、きっと楽しい冒険になる――。
ウッ……考え事をすると頭痛が強くなってくる。
なんかついでに耳鳴りもしてきた。
――――チリン。
!?
耳鳴りかと思ったのは風鈴だった。
昔姉ちゃんが、体験学習のガラス工房で作ったという風鈴。
窓際にあるその風鈴と、それにくくりつけられた短冊が揺れている。
しかし妙だ。窓を開けてないのに風鈴が揺れるとは。
エアコンの風か……?
『夏が来る、日はまた昇る、サンライヅ』
桜日いづる
その風鈴にくくり付けられた短冊には、そう書かれてあった。
怪しげなポエムだが、姉ちゃんの自作だ。
意味はわかるようで、よくわからない。
――――チリン。
(ただいまです。蒼司)
その風鈴が、また揺れた。
――その際に、姉ちゃんの声が聞こえたような気がした。
「……ツキ姉。アズ姉。なんか聞こえた?」
「ん、風鈴の余韻は良い……」「夏だぬぇ」
幼馴染み達はテキトーな事を言っている。
二人には、姉ちゃんの声は聞こえてない?
……いよいよ俺もヤバイのだろうか。
(ただいまです……やっぱり聞こえていないのでしょうか)
いや、俺には聞こえているが
亡くなった姉ちゃんの声。
それが俺だけに聞こえるとは、精神科にでも行ったほうがいいのだろうか。
(あ! そもそも貴方たち! なんてだらしない格好をしているんですか!? この部屋も寒すぎますよ!! ハァ!? 16℃!?)
また姉ちゃんの声。
――その直後。
ピッピッピッピッピッ! エアコンのリモコンから操作音が聞こえた。
フォーーン……。
クォンクォォォ……。
『22℃ニ 設定シマシタ』
息も絶え絶えな機械音の後に、エアコンの電子音が喋る。
(なんだかエアコンの反応が良くありませんね……それにしてもアレです。叔母さんが買ってくれたこの20万のエアコンは喋るんですよお!?)
またも、姉ちゃんの声。
俺の脳内が再生しているのだろうか?
「なあ、リモコン勝手に動いてね?」
俺は疑問を投げかけてみた。
「ふむ、暑さによる誤作動かな?」「夏だぬぇ」
幼馴染み達はテキトーな事を言っている。
(あとですね? いつも騒がしい貴方達が静かすぎますよ? くだらないバラエティ番組でも見ましょう!)
カタッ! カタカタッ!
いきなりテレビのリモコンがカタカタと動く!
それどころかテレビが付いてザッピングし始めた!
「なあ、リモコン勝手に動いてね? 物理的に」
俺は疑問を投げかけてみた。
「ふむ、怪奇現象といったところさ」「夏だぬぇ」
幼馴染み達はテキトーな事を言っている。
やがて番組は、地元の地域チャンネルに固定された。
『というわけで皆さんご覧下さい。今ドローン、数十機のドローンで大仏が浮かび上がろうとしています!!』
真っ昼間から、バカみたいな事をやっている。
その女性リポーターによると、ドローンで仏像を浮遊させようという試みらしい。
いかにも、夏休み最終日感あふれる企画だ。
『この大仏の眼には、LEDが埋め込まれています! 夜にはその眼が光ります!!』
(は? その機能いります!?)
いよいよヤバい。姉ちゃんの声はテレビに対してツッコミをし始めた。
『霊験あらたかな浮遊する大仏! アラフォーの私を婚活沼から救済してえええぇぇ!!!!』
テレビのリポーターは絶叫している。
(うーん、ちょっと音量高すぎましたかね……やっぱり切りましょうか)
テレビの電源は勝手に落ちた。
まさに怪奇現象だ。こわたん……!
「蒼司くん? 騒がしいわよ? もうそろそろお坊さん来るわよ?」
!!
もうそんな時間だったのか。
ドア越しにおばさん――ゆうひ叔母さんの声が聞こえるので、俺は応えるのである。
「はい! ちょっと今、怪奇現象で立て込んでて」
「は? なに言ってるわよ!? 開けますからね!」
叔母さんがドアを開ける。
たゆんっ!
喪服に身を包んだアラフォー美人。
普段のウェーブがかった黒髪は後ろでにまとめられていてうなじが見えていた。
いつもの教師の姿とは、一味違った趣がある。
一緒にウチの猫、モニカも入ってきた。
(ああっ! きゃわわあわえあわわ!! ウチの猫さんは至極かわいいですねぇ!!)
「えっ!? まだ部屋着なの!? 着替えなさい? 私は盛り塩と、お線香焚いて法要の準備に、お坊さんの対応してますからね? 蒼司くん達も早く制服に着替えるのよ!」
叔母さんは早口でそう言って、また階下に行ってしまった。
(ふふ、ゆうひ叔母さんは相変わらずですね。美人なのにちょこまかっとしていて、そのギャップがずるいです)
あ。
そういえば叔母さんにも、姉ちゃんの声は聞こえてない……か。
この姉ちゃんの幻聴は、いよいよ俺だけのようだ。
なーお。
お、モニカの珍しく甘えた鳴き声だ。ご飯でも欲しいのかな。
そう思い、モニカに目を見やるとーー。
そのモニカが浮いていた。
座布団の上に、ひざひとつ分くらいの間隔を。
まるで誰かに撫でられているみたいに、気持ちよさそうに。
ごろごろ……。
モニカの浮遊に気付いたのか、ツキ姉とアズ姉もまた驚愕の表情をしている。
それは数秒くらいの出来事だったのだろうか?
俺たちはモニカに注目していた。
やがて階下から、線香の匂いが漂う。
(あ、ああっ! そういえばこの部屋、線香の香りが充満していきます!? 私の存在ががが――うすく、きえ……ちょ……!!)
……なんだろう、姉ちゃんの声はいつしか霧散していった。
それと同時に、モニカは座布団の上に着地。
すぐさま毛づくろいをしている。
俺はいつのまにか、頭痛と耳鳴りもしなくなっている事に気づいた。
「ふむ、猫の滞空時間は目を見張るものがあるのさ」
「いつきさぁ……アズはその理論、無理筋だと思うんだよにぇ。でもまぁ目が覚めたょ」
……俺は、二人には言えなかった。
先程、一瞬だが。
――姉ちゃんの姿が幻視した事を。
「……着替えるぞ。ツキ姉、アズ姉」
なーお。
モニカは、
さっきから天井をじっと見つめ、
鳴いていた。
なーお。
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次話ではより霊的となります
がんばりまーす
またみてね