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月の光ランデヴー

 

 気がつくと、俺たち姉弟はバスに揺られていた。

 後部座席のようだ。


「すぅ……すぅ……」

 姉ちゃんは俺に寄りかかり、寝息を立てている。

 温かい。


 どういうわけか姉ちゃんの太ももの上には、俺のスマホがあった。

 手に取り、時間を確認する。

「――深夜2時、か」


 バスの車内から外を見る。

 月明かりに照らされる、地元の港町。

 そっか、現実に帰ってきたんだ。


 考えてみれば、なぜバスにいるのかよくわからない。

 たが、あのお姉さん【ハクア】の仕業なのだと思う。

 どうせ帰してくれるなら、自宅に跳ばしてくれよな。


 運転席を見てみると、誰もいない。

 ハンドルだけが動いていた。

 少しのホラー感が漂う。


 プシュー。


 やがてバスは停車、自動扉が開く。

 我が家の近くの、いつものバス停に着いたみたいだ。


「ん……んん。ふぁ」

 姉ちゃんがあくびをする。


「起きた? 降りるぞ、姉ちゃん」

「むにゃむにゃ……」

 まだ少し眠そうだ、仕方ない。

 この手段はあまり使いたくないのだが――。


「太ももに触るぞ、姉ちゃん」

「はぅ! 今太いって言いましたぁぁ!?」

「言ってないぞ」


 よし、姉ちゃんは飛び起きた。

 キョロキョロとしている。


「あ、あれ? ここどこですか?」

「バスだぞ、もう降りる所だが」

 俺は姉ちゃんの手を引き、出口へ向かう。


『ご乗車ありがとうございました。世界的おっぱいサマーは、またのお越しをお待ちしておりまーす』


 バス全体に、そのようなアナウンスがかかる。

 あの声だ。


 くっそ。

 ――ハクアめ。


 そもそもだ。

 どうやってまた、あのゲーム世界に行けるのか見当もつかない。

 また迷い込めたりするのだろうか?


 俺たちが下車すると、バスはこつぜんと消えていた。

 はは。不可思議現象が過ぎるぞオイ。


「あの、蒼司? 何かあったんですか? 私たちは魔孔ザリガニに襲われて、それから記憶がないんですけど。いつきとあずさもいませんし……」


「そうだな。何があったか、話すよ」


 それに、姉ちゃんに聞きたいことがある。


 ◆◇◆


「――自称、白亜の姉魔王・ハクア、ですか?」


 俺たちはバス停のベンチに座る。

 先ほど俺が体験した事。

 姉ちゃんは、それを静かに聞いていた。


「ああ、そのお姉さん――魔王か。彼女は自身の事をチートおっぱいの権化みたいなものだ、と言っていた」


「そう、ですか……」

 なにか思うところがあるのか、姉ちゃんはうなずく。


「姉ちゃん、あのチートおっぱい。異世界で魔王を討伐した際に手に入れたって、言ってたよな? 討伐した魔王って、どんな魔王だった?」


「えっと……女性の魔王で、麦わら帽子に白いワンピース。ロングヘアでツノと大きな羽根が生えていました。あと、ギターを弾いていたと思います」


 なるほどね、だいたいの風貌はわかった。

 ツノや羽根は無かったが、まんまあのお姉さん。

 ハクアじゃねーか。


「えっと私が異世界にいた時、女神の神託で現代に帰れる条件、それがわかったんです。それが魔王の討伐、だから私は頑張りました、頑張ったんです……」


「……倒す時、魔王はなんか言ってた?」


「は、はい。その時の記憶は曖昧ですけど、ただでは消滅しない、とも言っていました」


 だいたいの魔王は今際の際に言う。

 ただでは死なんと。


「倒した際にですね? 妙ちくりんなファンファーレBGMが鳴って、気づいた時には私のおっぱいは大きくなっていたんです」


 恐らくそれは――魔王の因子。

 そのような類を姉ちゃんに植えつけた。

 討伐特典のチートおっぱいを隠れ蓑として。


「え、えと要約すると私の中に、魔王は潜んでいたんですよね?」


「結果的にそうなる、な。姉ちゃんの中で、虎視眈々と復活のチャンスを狙っていたのかもしれない。ただ、不完全とも言っていたが」


 俺たちは無言になる。

 海岸からの風が、磯の香りを運んでくる。

 空を見れば、夜雲に浮かぶ月が綺麗だった。


 月光を頼りに、姉ちゃんを見ると涙が一筋、流れていた。

 その身体は少し半透明になってきている。

 透明化スキル――か!?


「あっあの! 私が、帰ってきた事で魔王を、呼び寄せてしまったんでしょうか? 私は、死んでたままの方が、良かったん、じゃないでしょうか!?」


 ぼろぼろ涙をこぼし、震えている姉ちゃん。


「バカだな。そんな訳ないだろ」


「ここ、怖いんです。いつもみたいに手を握っててください、蒼司……」


 俺は姉ちゃんが言うように、いつもみたいに、安心させるために、その手を握ろうとする――。

 だが、その手はすり抜けた。


「くっ、物理無効スキルも発動してるのか?」

「あぅ、えぅ。そんなぁ、ぶぇぇ〜〜ん」


 泣きわめく姉ちゃんを慰め、宥める。

 そんな弟として当たり前の事も出来ないのか?


 考えろ、俺ができる事。

 姉ちゃんの物理無効を緩和する事を。

 しかし現状、寄り添い、彼女を想うことしかできないのがもどかしい。


 何ができる?

 答えは、もう出ていた。

 俺の願いはひとつ。


 ――ずっと。


()()()、姉ちゃんの、そばに居たい」


 俺はその想いを口に出していた。

 その時だった。


 ――ぽいんっ!

 ()()()、その辺りから、小さな。

 ほんの小さな魔法陣が飛び出した。


 !? なぜ俺から魔法陣が?

 疑問も束の間、魔法陣は発光する。

「あ」


 直後、俺は理解する。

 これは、この魔法陣は。俺の願いの具現化、俺の想いの結晶。


 ならば、多分、触れる。さわれる。

 うつむいて泣いている姉ちゃん。

 おそらく今の魔法陣に気づいてない。


「なあ、姉ちゃん。顔を上げて」

「ふえ?」


「多分だけど、さわれると思う――いや、抱きしめていいか」


「あ、はい……」


 俺は姉ちゃんを抱きしめる。

 今度は、感触がした。

 とっても華奢だけど、柔らかくて、温かい。


「さ、触れれます蒼司。鼓動、感じますよ。凄いです、何をしたんですか?」

「ふふ、俺は【シスコンパス】だからな。造作もない事だぜ」


「はぇ……前から思ってましたけど、ちょっと変わった自称ですよねそれ、ふふ、あはは」


「ああ。なにせ、姉ちゃんは、俺の羅針だからな」

「むう、俺の姉ちゃんは太陽なんだぜ、とかありきたりな表現ならもっと私に刺さりましたよ?」


「ふはは。俺は少しだけ、ひねくれてるからな」

「もう……でもです。悪く、ないですよ? 私が羅針ですか……あ、羅針なら目標とか指ししめないといけないですね」


 姉ちゃんが、上目遣いでそう訴える。

 目標か、目標ねぇ……そうだ。

 この夏、やりたい事を――決めよう。


「ふはは、やりたいことやろうぜ! そうだ。夏しりとりやろう、そこに想いを、やりたい事を込めようぜ」

「なっ、夏しりとり、ですか?」


 俺は抱擁を解いて、夏のやりたい事を思い浮かべる。

 まずは――アレだな。


「俺からだ。冷やし中華!」


「ふえっ!? いきなり始まるんですか!?」

「そうだ、待ったなしだ。がんばれ姉ちゃん」


「冷やし中華……か、かですね? かき氷です」

「り……り、か。難しいな、臨海学校」


「はえ、なんですかそれ」

「海キャンプだよ海キャンプ。ツキ姉とアズ姉がやってたやつ。ほらアレ」


 俺が指差す先。

 砂浜にはクレーターのような穴がある。

 あそこからウチの庭に転移した事実が思い返される。


「……まあいいでしょう」


 よしセーフだ。

「う、ですね。えーと……うなぎ、うなぎ食べたいですよね?」


 うむ、夏といえばうなぎ。当然である。

 しかし、ぎ、だと? 難度が高い――。


「ぎ、ギヤマン体験?」


「ん、付いてるじゃないですか。それにギヤマンて……えと、ギヤマンって確かビードロやガラス……えっと待ってください? つまりそれを作る体験がしたいって事ですか?」


「そうそれ、訂正する。ギヤマン工房」


「ギヤマン工房て……ギリギリ、ギリギリですよ? 許可しましょう……にしてもまた、う、ですか ――海の家」


 俺たちは手を握ったまま。

 半ば踊るように、廻るように、でたらめなしりとりをする。


 スイカ割りやプール、肝試しに花火大会。

 バーベキューに夏山登山。

 などなど、などなど。夏の風物詩エトセトラ。


 この夏やりたい『ウィッシュリスト』を並べる。

 途中からしりとりではなくなっていたかもしれない。それでもいい、いいんだ。


「蒼司、笑顔ですね。何かいいことあったんですか?」


「ハァ? 姉ちゃんが帰ってきて、還ってきて嬉しいに決まってるだろ。それに、泣き止んだんじゃん?」


「えへへ、助けられちゃいましたね。ありがとうです。また。何かあったら……助けて、くださいね。蒼司……!」


「ふふ、バカだな」


 俺は姉ちゃんの髪を撫でる。

 この人が困っていたり、泣いていたりしたら即座に駆けつけて助けたい。

 あの魔王、ハクアに言われなくたって、俺はそれをする。したいんだ。


「弟ってのは姉を助ける、そういうものだろう?」


「そ、そういうものですか。ふふっ」


 そう言う姉ちゃんも笑顔だった。

 何かいいことあったに違いない、違いない。

 月明かりの下、笑い合う。


「さて。とりあえず、今日は寝るぞ! このテンションのまま、走って帰りたい気分だ」


「はっ、はい! 私も右に同じです!」


 俺たち姉弟は、月明かりを頼りに、家まで走って帰ったのだった。


 仲よく手を繋いで。


 ◇◆◇


「ハァ……ハァ……」

「ゼェ……ゼェ……」


 ――身をもって実感する事がある。

 たとえ数百メートルだろうとも、深夜に走るのは危険だ。


 普段寝ている時間帯に身体を酷使すると、全身が悲鳴を上げる。

 俺と姉ちゃんは脚がガクガクになっていた。

 体力ねーな俺たち。


 玄関の庭先に着くと、寝息が聞こえてきた。

 うちの庭にあるテントからだ。

 覗くと、ツキ姉とアズ姉が仲良く寝ていた。


 無事に幼馴染み二人も、帰って来れていたみたいだ。

 少しだけあの魔王、ハクアに感謝する。

 想いは同じようで、俺と姉ちゃんは目を合わせ微笑むのだ。


「ふぁ……俺たちも寝ようぜ」

「ふぁ……そうですね!」

 あくびも重なる。


 おっぱいの概念。

 魔王ハクア。

 そして、世界的おっぱいサマー。


 考えなきゃいけないことは山ほどある。

 でも――。


 俺は姉ちゃんと、夏しりとりをした。

 大切なウィッシュリストを作成した。


 これは約束で、願いで、誓い。

 今の俺たちには指し示す、やりたい事がある。


 とりあえず、我が家に帰ってきたんだ。

 それらは寝て起きてから計画しよう。

 今は姉ちゃんが居て、同じ時間を過ごせる事が嬉しい。


 玄関を開くと、どちらともなく言った。


「「ただいま」」


 なーお。

 廊下からは、飼い猫。モニカの鳴き声。

 おかえり、そう言ってるような気がした。


読んでいただいて感謝です

これで二章はおしまい


三章はもっとバカになる展開を予定中

体調はアレなんですけどマイペースに書いていきたいと思っています

もしよければ応援よろしくお願いします

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