バス停と、終わる世界
「うわぁぁぁ! 【双璧】が現れたぞ!?」
廊下には、そのような叫び声が響き渡った。
「!? な、なぜあのような先輩方がここに……?」
「でっか」「デカい」「たゆんっ!」
更に廊下からは、学園生たちの様々な声。
――来たか、俺の協力者。
もとい、年上の幼馴染み達。
「うぇいぃーっす!! そーちゃんはいるかな!?」
「そーくんは我がデータによると窓際、スミの席次さ」
よく声が通る、サイドテールギャルの方が。
至理あずさ――アズ姉。
白衣を着ていて、データとか言ってるのが。
藤堂いつき――ツキ姉。
この二人の幼馴染みは、顔がいいとされている。
おっぱ……スタイルもいい。
そのためかファンが多く存在しており、別のクラスからも野次馬が来たりしていた。
「高等部二年女子は、綺羅星の如き顔がいい世代」
「ああ。西棟で異名持ちの先輩は【双璧】【超織姫】【重工令嬢】【新撃の巫女】そして、南棟に座するはあの【三大天】」
「それに加えて全体的におっぱいも大きい、一等星のような世代だとも言えよう――」
謎の解説をする連中まで現れる始末。
その異名のほとんどが女性に冠せられるものとは思えないが、アズ姉とツキ姉はその顔がいい異名持ちの一つ。
【双璧】と呼ばれていた。
なぜ二人セットなのかはよくわからない。
ともあれ外野は賑わっている。
「俺は藤堂いつき先輩派だな。片目隠れで白衣が似合う! 学内にある謎の部活、ネオ・サイエンス研究団CEOで頭が良い!」
「僕は至理あずさ先輩推しなんだな。オサレメガネでサイドテール! 放送部MCで垂れ目の清楚ギャルなんだな!?」
「ちょっと男子ぃ! 御二方の、胸の辺りにもっと注目しなさいよ!? 凄まじいおっぱいよ!!?」
「ええ。顔も整っていてまつ毛も長いわ。腰もほっそいわ。何よりもそのおっぱいも大っきいわ! 抱きついて揉みしだいてお姉様とお呼びしたいわよぉぉ!!?」
このように周りは好き勝手言っているが、男女問わず人気の程がうかがえる。
その二人は、早速俺の所まで来ていた。
「うぇいうぇい! アズ達はね。づっちが早退したから来たんだよぉ、買い物に付き合って荷物持つんだよー!?」
「まあ、いづるくんが元気でも我らは馳せ参じたさ」
二人の発言に、別のクラスの者たちはどよめく。
ざわざわ……。
「双璧を荷物持ちに使うとは、あの男――何者なのか」
「奴の名は桜日蒼司。双璧とは幼馴染みで【シスコンパス】と自称する輩だ」
ふはは。俺は注目を浴びているようだ。
「双璧と幼馴染み!? なんたる豪運……!」
「桜日……? 確かそのような名字の先輩がいたな。どれ、ミリパイでも見てみよう……」
周りは、とある聞き慣れない単語を口にした。
――その、ミリパイとは?
この学園には、中等部主体で作成された怪しげなサイトが存在する。
その名も『魅力的な先輩ランキング』
略してミリパイ。
先輩たちを多角的、総合的に魅力計数なるもので推し量り。
あまつさえランキング形式で掲載するという、ふざけた非公式アンダーグラウンドサイト。
その怪しげなサイトを、俺も一度は見に行ったが驚きを隠せなかった。
俺の姉ちゃんのランクが、なんともいえない感じだったからである。
確か、Bという評価。
ちなみにツキ姉とアズ姉は共にSS評価である。
とはいえランクが上がっているかもしれない。
俺はスマホでミリパイを見てみることにした。
どれどれ……?
桜日いづる
総合ランクB+
うお、ちょっと上がってる!
俺的にはSSSでも足りないくらいだが、客観的に見れば姉ちゃんは普通なのだろうか?
姉ちゃんに関する、投稿されたコメントもタップしてみる。
『THE・普通』
『決定力が無い』
『隠れ人気はありそう』
『この先輩、昔厨二病だったらしいぜ』
『おさげいいよね……』
『いい…』
『魔王め、必ず討伐してやる』
『黒スト年中履いてない? 宗教上の理由?』
『ストッキングええな』
『前髪クロスしててウケる』
『胸の膨らみが見当たらない件』
……!? 討伐――!?
コメントの文字列に一瞬物騒な文字が見えた気がした。
『THE・普通』
『決定力が無い』
『隠れ人気はありそう』
『この先輩、昔厨二病だったらしいぜ』
『おさげいいよね……』
『いい…』
『黒スト年中履いてない? 宗教上の理由?』
『ストッキングええな』
『前髪クロスしててウケる』
『胸の膨らみが見当たらない件』
魔王に、討伐。
もう一度確認してみたが、その文字列は見当たらなかった。
俺の気のせいだったのだろうか?
そもそもゲーム内の事ではあるが、先ほど姉ちゃんを魔王にすると宣言したばかりで、まだ魔王に仕立て上げてすらいない。
なのに俺の姉ちゃんを魔王と呼称し、あまつさえ討伐するとはどういう事か――?
「うぇ? どしたのそーちゃん怖い顔だよー?」
「そーくん?」
アズ姉とツキ姉の声で我に帰る。
「あ、ああ。なんでもない――いや、大いにある! このミリパイにおける、姉ちゃんへのコメントについて」
「づっちについて? その心は?」
魔王の件は今は置いといて、他にも気になった事があった。
なので。アズ姉の問いに答え、宣言するとしよう。
「皆、聞いてくれ。俺の姉ちゃんは確かに胸は無い……おっぱいは無いが、スレンダーに見せかけてケツとふとももは
大きい! いや、デカいぞ!!?」
「……アズはさ、人前で自らの実姉のケツとふとももを主張する人初めて見たょ」
「ふむ。いづるくんの下半身の太さには一理あると言える――それはそうと、我々は急がなければならない」
ツキ姉は腕に付けたタブレット端末を見て、そのような事を言う。
「学園前バス停に、街行きのバスが来る時間なのさ。我のタブレットのデータにもそうある――!」
「アズはさ、バスの時刻表コピペしたのデータとか言ってる人初めて見たょ」
◇◆◇◆
色々あって黄昏時になってしまった。
夏の夕暮れはバスの車内を紅く染める――ともあれ、家路だ。
バスに揺られながら、戦利品を確認する。
目当てのゲーム『サタニック・オンライン』
それに付属された店舗予約特典のVRバイザーは手に入れた。
途中に寄ったドラッグストア。
炭酸飲料にスナック菓子、カップ麺とモニカのご飯まぐろチキン缶を購入。
後は姉ちゃんを魔王に仕立て上げるだけの、楽しい夏休みになりそうだ。
いや、なる!
俺は期待に胸を膨らませた。
そしてバスは海沿いの道を進んでいく。
もう帰宅間近と思い、姉ちゃんに電話してみた。
トゥルルルルルル……。
トゥルルルルルル……。
出ない――まだ寝ているのだろうか?
もしくは冷やし中華を作っているのだろうか。
自宅まであとわずかの所で、最寄りのバス停が見えてきた。
このバス停は幼い頃から活用している。
生活に、登下校に、待ち合わせに。
俺が遅い時、姉ちゃんがここのベンチで待っていてくれる時もある。逆の場合もあるが。
そういう時は、ここから二人で家路を歩いたりする。
今日あった出来事や、夕飯の献立を話したりする姉弟の時間。
――そんな時間が、俺はたまらなく好きだ。
やがてバスは停車する。
降りようとした時に、ふと気がつく。
バス停のベンチに猫がいる。
雑種なのに、アメショ風味なウチの猫さん。
「モニカだ」
モニカはじっと、バスから降りる俺を見つめていた。
「ワオ! 待っててくれるなんて頭いいねぃ」
「ふむ。猫は脳が小さいと思われがちだが、最近の世界的知見では知能指数が高い結果が得られているのさ。我の独自研究でも、猫の好奇心はマルチバース接続からのディストーション空間を形成し――」
ツキ姉による訳のわからない与太話はともかく、モニカが出迎えてくれた。
すごい。
そう思って姉ちゃんに再び電話してみた。
トゥルルルルルル……。
トゥルルルルルル……。
だが、またも出なかった。
……?
その間も、ずっと俺を見つめていたモニカ。
アーオ……ナーオ。
ふとモニカが哀しげにそう鳴くと、我が家に向かって足早に歩き始めた。
まるで、俺を呼んでいるかのように。
「モニカ……?」
どこか、どこか遠くから、サイレンの音がした。大通りからだろうか。
その音は近づいてきている。
直後。
夏の、生暖かい風が吹く。
なにか、なにか変な感じがした。
「……悪い、二人とも。俺先に行ってる!」
俺はモニカを追いかけた。
「うぇうぇ!?」「そーくん!?」
俺は家までの距離を駆け抜ける。
300メートルも無いのだが、何故だか不思議と、その数倍はあるように感じられた。
ハァ……! ハァ……!
やっとの事で自宅前まで来たが、家の明かりが付いていない。
夏の夕暮れ時は、まだ明るい。
だがいつもなら夕方には、姉ちゃんは家の明かりを灯す。
――そのはずなのだが。
玄関ドアを開けると、異様に静かだった。
薄暗く、夏なのにひんやりとした感覚。
「ただいま……姉ちゃん?」
アーオ。
猫用ドアから入ったのだろうか、廊下には既にモニカがいた。
モニカは俺を、
〝覗き込むようにして〟見ると、
その視線を廊下の奥へと向けた。
その視線の先には――――。
ダイニングから廊下にかけて、脚が。
投げ出されたような、脚が見えた。
見覚えのあるストッキングに包まれている、脚。
〝誰か〟が倒れている。
「姉ちゃん……?」
直感していた――――倒れているのは俺の姉だと。
行かなきゃ。
早く、そばまで行かなければいけない。
なのに、なぜだか足が鈍く感じられた。
動け。
動け。
動くんだよ俺の身体!!
そう奮い立たせる。
身体はハッとしたように動く。
倒れている姉ちゃんへと近づいていく。
恐る、恐る。
やがて、そばまで来た。
髪で表情は隠れて見えなかったが――。
何故だろう、綺麗だ。
そう思った。
それと同時に意味がわからなかった。
夏なのに、姉ちゃんは高等部なのに。
なんで、冬セーラー服を着ているんだろう?
少し揺さぶってみる。
あれ? どうして、こんなにつめたいんだろう? 姉ちゃん?
頬にも触れてみる。
つめたい。
ハハ。いつも体温高め、なんだろ?
――――死。
一瞬そんな一文字が頭を過ぎるが、理解が。
理
解が
が
理解が、
理解が、
理解が理解が理解が理解が理解が理解が理解が理解が理解が理解が理解が理解が理解が理解が理解が理解が理解が理解が理解が理解が理解が理解が理解ができなかった。
時間が、
世界が、
止まったような、感覚が襲い来る。
それも束の間。だったのだろうか?
何か音がして、ふと見れば玄関には。
驚愕した表情の、ツキ姉とアズ姉。
その後ろからは、救急隊員らしき人たちが入ってきた。
あぁ、さっきのサイレンは救急車だったんだな。
あぁ、そういえば誰が救急車呼んだんだろう? 姉ちゃん自身なのかな。
ふと、妙な事を考えつつも。
すべてが、スローモーションみたいに、俺の意識は途切れ途切れになっていく。
その日の、それからあった事はあまり覚えていない。
でも一つはっきりした事がある。
夏休み直前、7月19日は――――。
俺の姉、桜日いづるの命日となった。
――――それから、40日くらいが経過した。
読んでくれてありがとぉ
もしよかったら応援よろしくお願いします
次話、ヒロインは復活するかも……?
またみてね