夏休みはもうお終い
「へえ。コレが、サタニック・オンラインですか。なんとまあバカデカいパッケージですね、A4くらいのサイズじゃないですか?」
姉ちゃんはゲームのパッケージを眺めていた。
そして、ニヤニヤしはじめた。
「それにしても、私を作成するとはアレですね。蒼司はお姉ちゃんの事が好きなのですかぁぁ〜?」
は? この姉は。
何を当たり前の事を言っているのだろうか?
俺は姉ちゃんが好き。
「そうだ。俺は姉ちゃんが好き」
「え、えぇう……あう(真剣な顔つきで言わないでくださいょぉ……私が茹で蛸になるじゃないですかぉ……)
え、なんだって? でんでん太鼓?
だんだん小声になっていって聞き取れなかったぜ。
そもそもである。
家族なのだ、好きに決まってるじゃあないか?
俺を見つめる姉ちゃんも同様に、俺を好いてくれてると感じているぞ! ふはは!
「そういや姉ちゃん、顔めっちゃ赤いぞ? 部屋が暑いのかな? ――こんこちゃん。俺の姉の為に、もう少し室温を下げる事を提案する!」
『チッ……愚弟ですね』
エアコンのこんこちゃんはフォーン……と機械音を立てて室温を下げつつも、なんだか機嫌が悪そうだ。
何故だろうか。
「わわわっわ、私のことはいいんですぉ――それより、今後の夏休みをどうするか方針を決めましょう!!」
今後? とはいえ、もうすでに8月31日の夜9時前だ。
夏休みはもうお終いである。
「夏休み、あと3時間くらいしかないよにぇ」
「しかしまあ、今日一日は濃密な感じはするのさ」
ツキ姉に同意する。
姉ちゃんが蘇っただけでなく、チート三昧でいつもの夏休みとは別の楽しさがある。
まあ、だいたいチートで召喚された飲食物を食って飲んでるだけだが。
「ふーむ。後は歯を磨いて寝るだけじゃないですか? あ、お風呂という手もありますね」
姉ちゃんはそのように言うが、寝る? もったいない。
寝ている場合では無いだろう。
学生たるもの、完全徹夜で9月1日の始業式を迎えるべきではないだろうか?
姉ちゃんが死んで、無気力な夏休みを送っていたが。
その姉ちゃんが還って来て、今の俺はハイだぜ。
! そういえば、はたと気づく。
宿題はひとつも手をつけてはいない事を――。
「あ! 蒼司? 宿題はちゃんとしましたか?」
いやしてないが?
ゆえに俺はこう返す。
「そういう姉ちゃんも、死んでいたから手つかずでは?」
「あ、あ! ああぁぁ〜〜!!? 失念していました! ひとつも手をつけていません。今からやりましょう!!」
はー。
蘇って早々、真面目ちゃんな姉だ。
「はい、だめー。却下。宴だ。桜日いづる帰還パーティーを続けるに決まってるだろう」
祝わせるんだよ!
「決をとるぞ、姉ちゃん」
「多数決ですね、わかりました……蒼司、今私のケツがデカいって言いましたぁぁ!?」
「言ってないぞ。さて――二人はどう思う?」
俺はツキ姉とアズ姉の意見を聞いてみた。
「そうだね。継続に一票なのさ」
「アズも! 徹夜する所存なんだぞぉ!」
「よし、決まりだな!」
「ふえぇ、そんなぁですよおおぉ!」
姉ちゃんが死んでいた時に出来なかった事をしよう。
ゲームとか、なんやかんや。
まずは――。
「サタニック・オンラインしようぜ」
◇◆◇
それからしばらくして。
「せいっ! はっ! ぬっ、くぉっ! 強いですねこのザリガニは!!」
――俺たちはサタニック・オンライン内でクエストに挑んでいた。
真っ黒な六本バサミの巨大な甲殻モンスター。
『魔孔ザリガニ』と対峙しながら。
姉ちゃんは慣れないコントローラーをカチャカチャいわせながら悪戦苦闘している。
「!? 黒いオーラを発していますね!」
「超必がくるぞ! 姉ちゃん!」
魔孔ザリガニの超必殺技は、いわゆる脱皮である。
HPが減ると脱皮するのだが――。
その際の外殻を飛ばす攻撃パターンは範囲が広く、避けるのが難しい。
ゴバーーン!!
外殻が飛ぶ!
「ぶっへ! 当たっちゃいましたよ!?」
案の定だ。
姉ちゃんのキャラに外殻が直撃し、体力を半分近く持っていかれた。
そして、魔孔ザリガニは恐るべき姿に変貌していた。
二本バサミとなり、紅くて平べったい姿に。
「魔孔ザリガニは第二形態で骨格が変わるのさ」
「いやちょっと待ってください。いつきコレ骨格って言うレベルじゃないですよ――カニですよねコレ!?」
カサカサ。
横移動する魔孔ザリガニ。
「脱皮すると横歩きになるんだよにぇ」
「どう見てもカニじゃないですか!」
「戸惑う暇はない、姉ちゃん。泡ブレスがくるぞ!」
「やっぱりカニじゃないですか!!」
その後、なんやかんやあって俺たちは魔孔ザリガニに敗北。
泡まみれになってしまった。
『GAMEOVER』
テレビ画面にはそのような文字が表示される。
「えう、すみません足引っ張っちゃいましたね」
姉ちゃんはしょんぼりしている。
「あまり気に病む事はないのさ」
「魔孔ザリガニは炎属性が弱点なんだょにぇ」
「今回は姉ちゃんに慣れさせるために、あえて初期装備で挑んで敗北を誘発した。俺の案だ」
「うぇ、そうなんです!? むむむ……まあ少しは慣れましたし、次にあのザリガニと対峙する暁には、炎属性で退治してみたいと思います。レッツリベンジ、です!」
「ああ! まあ魔孔ザリガニは倒してしばらくすると、仲間が湧いてくる習性がある。倒したら素早く逃亡しないといけないけどな」
「なんと、恐ろしい習性ですね……それにしても、たまにやるゲームってなんだか楽しいですねぇ!」
「甘いぜ、姉ちゃん。今はチュートリアルみたいなオフラインだったが、このゲームはオンラインでもプレイ可能だ」
そうなのだ、サタニック・オンラインは魔王を目指す物語。
ゲームタイトルにあるように、オンラインする事によってキャラ覚醒――魔王像幻影までを時短できるとされている。
言いかえればオンラインがキモでもある。
「オンラインだけではないぜ! VR機能も付いていて、VR機器があれば360度迫力満点で楽しむことができるぜ!」
「! なんと、そうなのですか。でもアレですね今、蒼司が付けているそのゴーグル? にはそのような機能は無いのですか?」
姉ちゃんは良い点に着目した。
予約特典のこのバイザーには……VR機能は無い。
何故なら――。
「このバイザーは別売りのVRヘッドセットと合わせて真価を発揮する、らしいぜ」
「は? つまり今はただのカッコいいグラサンみたいなもんですか。でも、似合ってますよ蒼司」
やった、姉ちゃんに褒めて貰えた。
予約して手に入れた甲斐があるというものだ。
俺はカッコいいポーズをキメる!
ビシィ!
「でもさ、アズは思ったんだけど。サタニック・オンラインとかをフルダイブでプレイするには、おいくら万円かかるんだよ?」
アズ姉の疑問に、ツキ姉が応える。
「ふむ。最新VR機器一式揃えるとなると、ヘッドセットやグローブにゲーミングチェアなどで20万〜30万程だろうか? もちろんピンキリではあるのだろうけれど――」
「ささっさ、さんじゅうまんえん!? いつきそれマジですか!? そんなのみんながみんな出来ませんよぉ!」
「そうだね。だが残念ながら昨今の世界情勢、原料や半導体の高騰などで、ゲーム機器自体も値上がりしているのさ」
「うへぇ、世知辛い世の中ですね……よし、決めました」
? 姉ちゃんは何か思いついたのか、凛々しいドヤ顔をしている。
「ふふ、こういったようなゲームを、私のチートで創りだしてみせます! 手軽に世界のみんなが出来るようなゲームを、共有したいじゃないですか!?」
姉ちゃんは何を言ってるのだろうか。
……待てよ。
そういえば数時間前に世界を作れるとか、どうのこうの言っていた気がする。
「もしかして姉ちゃんは、世界を構築するつもりなのか?」
俺の言葉にきょとんとする姉ちゃん。
だが――。
「はい、そのような腹づもりです! ゲーム世界、このチートおっぱいで容易く作ってみせますよ? お茶の子さいさいというやつです!」
そう言う姉ちゃんは自信満々だった。
この時点では。
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次話は8月32日になります
またみてね




