ゲーム設定上の魔王
「はい。終業式も終わったわけで! 今日は7月19日、明日からは何が始まるでしょうか!?」
たゆんっ!
一学期最後、昼のHR。
我らが担任、桜日ゆうひ先生の声が響く。
ウェーブがかった黒髪の女教師、俺の叔母さんでもある。
生徒たちの視線は、そのゆうひ先生へと集まる――その大きな胸の辺りに!
「そう! 明日からお待ちかねの夏休みとなりますが? 新学期も元気に――」
「イィィヤッフゥゥゥ!! 夏休みよぉぉ!?」
「ゆうちゃん先生ぇ! 僕のママになって!?」
「キィエェェッ!! 六根清浄! 六根清浄!!」
「ミーンミンミンミンミーーーーーーン!!!」
クラスメイトたちは興奮している。
担任教師に母性を求める者、心頭滅却する者、セミの鳴き真似をする者、さまざまである。
だが、それも無理はなかった。
明日から――いや、最早今から夏休みなのだから。
「まってまって? まだ連絡事項があるんですけどぉ!? 落ちつきなさい、キチゲ解放にも程があるわよ私の生徒たち!!」
夏休みへの期待、感情の発露。
うちに秘めた、見えざるゲージを解放させんとする連中と、それをなだめる叔母……ゆうひ先生。
危なかった。
俺もすんでのところで、なんらかの謎おたけびを発してしまうところだった。
恐るべきは【夏休み】恐るべき魔力を秘めた期間だ。
しかして教室は落ち着きを取り戻していく……。
叔母さんは、連絡事項で何かを話しているようだったが、俺の意識は上の空。
窓際から空を見上げると、そびえ立つ入道雲が一学期の終わりを祝福しているかのようだった。
世界が変わる、何かが起きそうな予感――。
――そう、夏休みが始まる。
「聞いていますか? 桜日蒼司くん! 夏休み中の過ごし方。昨今の夏は猛暑続きですから、体調管理と熱中症対策の話をしていますよ?」
叔母さんの声で我へと帰る。そうか、熱中症の話していたのか。
大丈夫、俺には――。
「ゆうひ先生。俺には貴女の姪でもある、世話焼きな姉ちゃんがいるんだぜ?」
俺はカバンから水筒を取り出して掲げる。
「この水筒を見てくれ、中身は姉ちゃん自家製の経口補水液だ。それに、クラスのみんなも熱中症対策くらいは万全だ。なあ! そうだろ!?」
はて。
俺は、何を言ってるんだろうか?
どうやら知らず知らずのうちに、テンションが上がっているようだ。
ともあれ俺の言葉に、クラスメイト数人が呼応する!
「蒼司のバトンを受け取るぜ? 俺の熱中症対策は塩ヨーグルト、これに粉末プロテインを鬼盛りにする!!」
「私が携帯しているのは漆塗りの寿司箱。中身は高級寿司よ? 寿司は、塩で食したいものね!?」
「ぼ、ぼくは海水なんだな」
「あーしはヌトッとしている塩麹タピオカだし。夏はコレで決まりだし、おけまる?」
「甘いですね、君たち。僕は岩塩を持ち歩いてるよ!? ゆうちゃん先生舐めて!!」
「舐めません! あ、貴方たち何を持ち歩いているんわよ!? 食中毒の危険がある物は没収! いいでしゅかは? 熱中症は重篤化する可能性すらある危険な症状で、今日も朝から熱中症警戒アラートが――――」
叔母さんは少しテンパり、みんなの所持品に呆れつつも体調管理の大事さ、必要性。
そして、熱中症の恐ろしさについて語り出した。
あーあ、叔母さんの説教モードだ。
とはいえ――。
「では、新学期に! 元気に顔を合わせようじゃない! 解散!!」
たゆんっ!
美人であるという事と、そのおっぱいの大きさだけではない。
教師でありながらも、お説教があまり長くなりすぎない。
そこも叔母さんの良い点であり、人気の所以でもある。
海水や寿司は没収されたようだが……南無。
さて、一学期は終わった。
例年であれば皆バタバタと帰るところなのだが、今年の夏はいつもとは違う。
クラスメイトたちはポータブルゲーム機を取り出して、DLの手続をしていた。
周りはそれに関連した話題に興じている。
その理由は、新作ゲームが本日正午に発売、DL開始されたからだ。
次世代のVRMMOとされる『サタニック・オンライン』通称S・O。
このゲームは追放された魔族の皇子、皇女(男女選択可)が主人公。
プレイヤーはそのアバターを作成し、魔族や魔物を討伐したり、人間界を侵略する。
そしてやがては、世界を統べる魔王を目指す物語――。
このゲーム、特筆すべき点がある。
オンラインモードではプレイヤーの分身であるアバターに、特性が付与されるらしい。
【魔王像幻影】なる特性が。
マスターアップ前の公式アオリによるとこうだ。
『全アバターに存在する魔王因子を覚醒させ、理想の魔王を顕現させよ! ――――争え!!』
とある。
よくわからないアオリで詳細は不明だが、魔王となる道程を示唆していると考えられる。
その設定を利用して、俺はこの夏S・Oと姉ちゃんを弄って遊び倒す。
そしてゆくゆくは、姉ちゃんを最強の魔王にする――! そのような計画を思案中なのだ。
「俺はこの夏、姉ちゃんを最強の魔王にする――!」
「心の声らしきものが漏れているぞ? 流石は蒼司【シスコンパス】だな。ゲホッゴホッ!」
友人にそのように言われる。
それより大丈夫か友人。
プロテインの粉盛りヨーグルトの粉を食べるからむせるんだぜ。
だが【シスコンパス】という謎の単語。
なにやら文房具のような言われようだが、俺のあだ名である――それも、自称。
――俺は姉ちゃんが姉として好きだ。
家族ならば当然だろう。
しかしそれ以上に、姉ちゃんを弄るのが大好きでもある。
で、あるならば。
「そう、俺はシスコンではない。言うなればシスコンのサイコパス――【シスコンパス】とは俺の事だ!」
俺はいつの間にか、ポーズを決めていた。
カッコいい厨二ポーズをキメると、テンションが上がる!
「突然だが、俺の姉ちゃんを紹介するぜ!」
俺はスイッチが入ると止められないサガだった。
「俺の実姉、桜日いづる! 前髪クロス! 黒髪おさげ! 身長158センチ、体重45キロ! 7月7日生まれの蟹座、血液型はA型! 家事全般が得意で、趣味は飼い猫の『モニカ』とじゃれ合う事とポエム! 丁寧な喋り口調だが、時たまポンコツ気味なボロが出るぜ? 生真面目で、規則正しく基本的に健康で、世話焼き上手な姉ちゃん! そして弟である俺を、毎朝決まった時間に起こしに来る! 言うなれば、そうだな――月曜日みたいな女だ!!!」
「蒼司……今その情報いるか?」
友人はそうは言うが、いるのだ。
「いる! 俺が、俺であるためにな!」
「なるほど! 流石は蒼司、シスコンパスだな!」
「照れるぜ。つうか、姉ちゃんを自慢したいんだよおおおお!?」
俺の中で姉語りへの機運が高まる。
「なになにー? なんのはなし?」
「騒がしいですね」
半裸イケメンがプリントされた抱き枕を抱えた委員長と、イケメンでメガネの級長が、俺と友人の輪に入ってきた。
二人ともゲーム機を持っている。
どうやらS・OをDLしているようだ。
「ふふふ、話しているのは姉語り! 皆も姉ちゃんがいるなら自慢していいんだぞ?」
俺がそう言うと、皆はしばし固まった。
だが友人が口火を切る。
「あのな蒼司。普通、姉ってのは畏怖すべき存在だ」
「! 友人、姉が怖いのか?」
「怖いなんてもんじゃない。俺の姉貴は暴君――朝夕には奇声を発して吼えるし、深夜に冷蔵庫の残飯を漁ったりするんだぜ? そういや委員長にも姉がいたよな、妹の視点から見た姉はどうだ?」
「は? 今私にあぁんの理不尽の事聞かないでぇ!? だってだって私のイケメン抱き枕カバー寝取られたんだよぉぉ!!? このサタニック・オンラインの公式抱き枕『ベルゼヴァイヴ』様だけは持ち歩いて死守するんだからぁぁ!!!」
委員長は、悪魔的名を冠するイケメン(半裸)の抱き枕を抱えて涙ながらに叫ぶ。
「興味深いですね。僕には姉はいませんが、姉……。それはママ? ママなの? ママぁ……ママ? まってママ違うの!? おかあさぁぁん!!!」
ガンッガンッ!
級長は机に顔面を撃ちつけながら、そのような言動をのたまう。
メガネにヒビが入るほどなのでちょっと引くが、彼は複雑な家庭らしいので大目に見る事にする。
友人たちの意見をまとめると【姉】とは暴君で、理不尽を体現した畏怖すべき存在――ついでにママではない。
おかしい。
俺の【姉】という認識はそうではない。
「むぅ、俺の認識と差異が見られるんだが? 俺の姉ちゃん、口うるさい時もあるけど基本優しいよ? 今日は俺の買い物にも付き合ってくれる予定で――」
「「自らの幸福に最大限感謝して慎ましく生きろ」」
友人と委員長からツッコミが入る。
だが、感謝という言葉でふと思う。
姉ちゃんに対しての感謝。
しても、し足りないくらいだ。
――――数年前に母さんが亡くなった。
当時は、姉ちゃん自身も辛い時期だったと思う。
だが姉ちゃんは気丈にも俺の保護者であろうと振る舞い、引きこもっていた俺を救ってくれた。
大げさかもしれないが俺にとって姉ちゃんは、道無き道を照らして未来を指し示してくれた存在。
――羅針。
俺の自称である【シスコンパス】には、そういう意味も込められていた。
これは恥ずいので誰にも、当の姉ちゃんにも言ってないのだが――。
ふとスマホが震えた。
『姉ちゃん』と表示されたので瞬時に出るのである。
『あ、あーあうぅ……ごめんなさい蒼司、今自宅です……』
姉ちゃんの弱々しい声――なにかあったのだろうか。
「なっ? あぁぁ……!? だだだ、大丈夫なの!?」
『? ふふ。なにを動揺しているんですか? ちょっと頭がくらっとするので、早退しただけですよ。おかげで、終業式には出れませんでしたが』
早退。
そのような単語が気にはなったが、先程よりは張った声が聞こえてきたので、少し安心はする。
『熱はないようです。37度手前ですけど、私は普段から体温高めなので、平熱かなと』
「むぅ。まあでも家の中、屋内も暑いから、涼しくして水分補給する事だぜ! 姉ちゃん」
『はい、了解です。それにわが家の猫さん。モニカと戯れて、元気もらってますからね? もにもに! あ。買い物は、いつきとあずさに頼んでおいたのでちゃあんとエスコートするんですよ?』
「わかった。姉ちゃんはしっかり休んでてくれよな? 今宵は、夏休み前夜祭をするのだから」
『はい、夕方くらいまでは回復につとめますよぉ。いたわってくれて優しいですね? ふふ。あ、買い物ついでにモニカのご飯も買ってきてくれると助かります。まぐろチキン缶ですよ?』
「……まぐろ、いいなぁ。ウチの猫様は高級魚を食べれるのかぁ。――姉ちゃん! 桜日いづる様! 夏休み中には俺も姉ちゃんと、美味しいものを食べたい!!」
俺は姉ちゃんにリクエストする事にする!
「カニ! 甘えび! ハラミ! 冷やし中華! うなぎぃぃ!!」
『むぅ……海産物多めですね仕方ありませんね。バイト代が出たら回転寿司でも焼肉でも――うなぎぃ、は無理かもしれませんが、二人で食べに行きましょうか?』
「やった! ちゅき! 姉ちゃん大好き!!」
『ちょ。そそ、そぉ言われるとぉ嬉しいですが? わ、私は蒼司の保護者みたいなもんですからね、姉弟で食べに行くくくくらい普通です!』
「? 何を動揺してるんだ姉ちゃん。姉弟で外食、まさに普通のことだろう?」
『えぅ……』
「それにさ。食べ物だけじゃなくて、花火大会やキャンプに海水浴にも行きたい。みんなと新作ゲームでVR世界を旅したり、今年の夏は色々楽しもうぜ?」
『ふふ、そうですね。楽しい夏にしましょう! まあひとまず、お夕飯は冷やし中華作って待ってます。あまり遅くならないでくださいね?』
姉ちゃんはそう言うと、通話は途切れた。
その内容を、まるまる友人たちに聞かれていたようで、連中は妙な顔をしている。
「……姉弟で外食とかどこの別次元の話だ」
「アレが姉弟の会話? ノロケみたいで怖い……!」
「まるでママだ! やっぱり姉はママだったんだ! おかあさぁぁん!!!」
ふははそんなツッコミが入るが俺は気にしない。
「ふはは怖かろう!!」
――さて、姉語りをまだしていたいのは山々だが、そろそろ買い物の支度をせねばならない。
そもそも今日は半日なので、財布しか持ってきてないけれど。
そんな俺に、友人が気付く。
「あれ、蒼司はゲーム機持ち歩いてないのな。S・O購入は現物派なのか?」
「ん、ああ。その為の買い物でもある! DLも便利で素晴らしいが、新作ゲームが雛壇にズラリと並べられているのは壮観で、祭の雰囲気に近いものを感じられないか?」
それだけが理由ではない。
なんと、店舗特典でカッコいいVRバイザーが付いてくる。
それを装着したら、姉ちゃんカッコいいと褒めてくれるかな?
ウキウキだぜ!
――俺は現物を買いに行く!
買い物。
それは、新作ゲーム購入だけではない。
夏休みへのスタートダッシュを切る!
そのための、徹夜するのに重要なカップ麺やスナック類などを、ついでに買いだめするイベントである。
姉ちゃんが早退して来れなくなったので、このイベント達成には協力者の存在が必要不可欠だった。
さて。
幼馴染み達を頼りに、高等部をたずねようかと考えていたその時――。
「う、うわぁぁぁ!! 【双璧】が現れたぞ!?」
廊下には、そのような叫び声が響き渡った。
読んでくれてありがとぉ…!
もしよかったら応援よろしくお願いします
次話『バス停と、終わる世界』
またみてね